05 わりと本気ですよ?
「やってくれたよあーもーほんっとさぁー……」
「す、すみません……」
さっきとは違う食堂の片隅で、とりあえず頭を下げる俺。
俺だってミウさんがいるって知ってたならさっさと打ち切って無視したのに!
有り得ねぇ。最悪だ。つーか何で普通にギャラリーに加わってんだよミウさん。
「でもぉ~中々にお熱い告白だったと思いません? 女の子への対応最悪だったけど」
余計なこと言うんじゃねぇよテメェ……吊るすぞ。
「あーあれね。予想以上だったけど……全く想定外だったわけじゃないよ。佳也クン愛想悪そうだし。それに告白なら個人的にもうちょいお熱いの頂いてるからノーコメント」
落ち込んでいいのか喜んでいいのか安心していいのか焦っていいのか……よくわかんねぇ。
ただ素の俺を見てもミウさんが引いてねぇってことはわかった。それだけで十分だ。多分。
「……アズマさん、どうしたんすか? その格好」
気を取り直して、俺は一番気になってた質問をした。
いつもと違う服装、いつもと違う化粧、いつもと違う長い黒髪。
すげぇ新鮮。やっぱ変わらずオーラあるし美人だけど。立ち姿からして綺麗だ。
つーか長い髪も似合う。中学ン時黒髪ロングだったらしいけど、こんな感じか?
あーこれで浴衣とか着たら最高……いや、浴衣は短い髪でも見てぇけど。ミウさん踝の形とか足の爪も綺麗だから絶対……
「あー……えーと、一応ここ元カレもいるから、まぁ、変装? みたいな?」
「え゛」
一気に現実に戻された。
ちょ、初耳なんすけど……!
いや過去の遍歴なんかお互い言ってねぇから当たり前だけど。
ミウさんの、元彼?
考えただけでも殴りてぇ……けど俺が会う前に別れてくれたのには感謝してる。その一点だけは。
「……佳也、顔こわいよ」
「うるせぇよ生まれつきだ」
「あ、佳也クンどうせだから今日マンションお邪魔してもいい?」
「はい! どうぞ」
「…………何、この対応の差」
「悪いね京介クン、愛の差だよ」
「ちょ、アズマさん……」
「え、違うの?」
違く、ねぇんだけど……ンな可愛い笑顔で言わないでください。しにそう。
からかわれてるってわかってんのに真面目に答えそうになる自分が馬鹿過ぎてうぜぇ。
つーか……さらっとうちに来てくれるみてぇなこと言うし。どうすりゃいいんだよ俺は。ミウさん、その落ち着きをちょっと分けてくれませんか。
「あ、と……智絵だ。ちょっとごめん――もしもーし、何置き去りにして逃げてんだよお前ら」
“愛の差”云々の話をさっさと打ち切って電話に出るミウさんを見ながら、溜め息。
メールすれば声聞きたくなるし、電話すれば直接会いたくなる。会えばそりゃ……触りたくなるわけで。
駄目だ。これ以上見てると触っちまう。正直溜まってるとかもあるだろうけど、ただ近付いて抱き締めたくなる。
俺だけかよ。こんなんなってんの……
「俺だけだろうな……」
「ねぇ佳也、どうせだからプチライブやんない?」
「は?」
「東さんと、智絵さんと、泉さん。防音室に呼ぼうよ~」
「……若干一名、無理あんだろ」
「東さ~ん、これからスペルの即席ライブ聴きに来ません?」
……聞いちゃいねぇ。
電話してんのにちゃんと京介の言うこともわかったのか、ちょっと驚いてからこくこく頷くミウさんは文句なしに可愛かった。
くっそ……何でそんな可愛いんだよ。京介に見せるには勿体ねぇ。
「智絵、泉にチェンジ。…――うるせぇよ、あーはいはい愛してっから交代してちょうだいよ――あんさ、四人でライブしてくれるって――えー? 絶対きらきらなんか気になんねぇから……バッカ、東さんガチおすすめだよ! ――この前にゃんこの指輪発見したんだけどなぁ~泉チャンにあげようと思ったんだけどにゃ~」
「…………」
「佳也、佳也、やめてその今にも飛びつきそうな目。俺自分以上に変態の幼なじみを持った覚えはないよ」
だって、“にゃんこ”に“にゃ~”とか!!何なんだよあの可愛い生き物!
もうド変態でも何でもいい。抱き着きてぇ……ミウさんが絶対嫌がるから我慢すっけど。
「つーか泉さん猫好きなんだ……ふぅ~ん…」
「……お前だってそのあからさまに何か企んでる目ぇやめろよ。キモい」
「お互い様でしょ~」
「ねーあいつらどこいればいい? 今記念館の近くにいるらしいんだけど」
「あ、じゃあ迎え行かせますよ~健司に」
聞いた瞬間、ミウさんがめちゃくちゃ苦い顔をする。
あーその分じゃ、知ってんすね、健司と智絵さんのこと。
「――ちょっと待ってて、すぐかけ直す」
わざわざ切って話しを持ち出す程やべぇのか。智絵さんの罠は。
「……昭クンで手ぇ打たない?」
「昭は昼休みぎりぎりまでご飯食べてるんで~何だったら俺が行きますけど」
「いや…………あんさ、いい機会だから聞いとくけど、健司クンは多分確定だから置いとくとして……君、うちの子狙ってたり、しません?」
ミウさんには京介の変態発言も一切話したことねぇし、二人で腰据えて話したりとかもしてねぇはずだ。だから、京介が泉さん狙ってんのだって勿論知らない。
なのに、このやたら鬼気迫った感じなのは何でだ。
テーブルに手ぇついて、身を乗り出してきたミウさんのきっつい視線を笑顔でかわす京介。お前何か悪の親玉っぽくねぇ?
「狙ってるっていうか……わりと本気ですよ? 俺」
……マジなのか、やっぱ。
「“わりと”なんて問題外だね。せめて“かなり”の段階になってから出直しな」
とんでもなく珍しい京介の“本気”を鼻で笑う。
まぁあんだけ大事に大事にしてる泉さんを“わりと本気”で奪われたくねぇんだろうけど……俺としてはこれがどんだけ凄ぇことなのかわかる訳で。
例の毒吐かれたので惚れたのかは知んねぇけど、京介が女に本気っつったの、初めてなんだよ。
だから、変態でどうしようもなくて既に嫌われてるけど、出来ればうまくいってほしい、と思う。
「……アズマさん」
「何」
俺が割って入る問題じゃねぇけど、
「やばかったら俺がちゃんと止めるんで、遠ざけるのだけは勘弁してやってください」
できれば、ミウさんも見守る体勢でいてほしい。
いや、精神衛生上NGとか身体の危機とかだったらガンガン突っ込んで大丈夫なんすけど……
ちょっときょとんとしてから、ミウさんが苦笑いする。
「遊びなら間違いなく妨害するけどね。“本気”なら私は止めない。私京介クンのこと嫌いじゃないし、誰かを好きになるのは自由だしね。
私が何言いたいかって言うとさ、“わりと”じゃあの子の相手には役不足」
長い髪をうざったそうに流して、久々に“ふっ”って笑うミウさんはとにかくかっこよかった。
ついでに頭撫でられて、“心配すんな”って感じに……なんておとこらしい…
「一応土俵から蹴落とされはしないってことですかねぇ~」
「一応はね。あの子の美形嫌いは相当アレだし……君、悪いけど望み薄いよ?」
「大丈夫です。愛があれば」
………………愛?
今まで“女の子は宝石”で“一度触ると曇っちゃうからどうも駄目なんだよね~”とか言って切捨て上等・最低最悪な女の敵だったお前がそれ言うか。
「京介クン、あの子のどの辺が気に入ったの?」
「ん~ヒミツです」
ウインクしやがった。キモい。
まぁ別に追求しねぇけど……マジで辛辣なとこが好きなんだったら、ドMもいいとこだ。
「……泣かせたら、亀甲縛りにして鼻ドリルの刑にすっから気をつけてね」
「「…………」」
頑張れよ、京介。
所詮人事。まぁ応援してやるなんて滅多にないんだからいいだろ。
× × ×
「石ころ帽子、石ころ帽子……」
「ねぇよ」
「きゃーん、かっこいい~」
「んで、お前はうるせぇ」
デスメタバンドのライブで雄叫び上げてた奴が今更黄色い声出すんじゃねぇよ。
出してもらった椅子に座って、準備とかチューニングとかしてる四人を見守る。
何か変な感じ。あんだけの人が熱狂してたライブを、こんな近くで見れるなんて。
こっちから連絡取んないでも勝手に合流してた健司クン達と泉達と待ち合わせた防音室は、さすが金のある大学って感じで設備が整ってた。
広さと機材から言って……バンドとかの軽音サークル専用か?うわぁ、金かかってる。
一応小中で吹奏楽やっててもこっちの分野はノータッチで、何か空間そのものが新鮮だ。後でいいって言われたら機材とか楽器触ってみたいなぁ。
「東サーン、何か聞きたいのあるー?」
「え? んーと……とりあえず『Black Tempest』」
「ちょ、アズマさん…?!」
「あとスペルで一番最初に作った曲が聞きたいでーす」
「りょーかいでーす」
めちゃくちゃ焦った感じにこっち見てる佳也クンには悪いけど、どうせリク権もらったなら行使しないとね。
だって聞きたいし。自惚れてる訳じゃないけどさ、あれ、私のための曲でしょ?
「……ブラックなんちゃらって、噂のアレ? え、マジ? ちょっとガチで聴き体勢入っていい?」
きゃいきゃいしてたのを一気に止めて智絵がケータイの電源を消す……本気だ、こいつ。
曲が始まれば、泉も現実逃避やめて似たような体勢になんだろうなぁ。私より聴くってのに慣れてるし、音にはうるさい。
「泉、お前絶対気に入るよ」
「……東が言うなら期待してるよ」
「せめて顔だけでもこっち向いて会話しませんか」
「無理。3メートル以内にめくるめくきらきらの世界が広がってるならあたしは暗闇を取ります」
「馬鹿言ってんじゃねぇこっち向けってーの!」
「いーやー! 目が溶けるー!」
こんなとこまで来て何で力比べしてんだ、私ら。
「うるさいなぁ~ヤるならどっか行ってよ二人ともぉ」
「誰がヤるか歩く十八禁」
「テメェの頭にゃそれしかねぇのか」
「……あの、始めても大丈夫ですかね~」
「ハイ、スミマセン」
騒がしくてすみません。ついでに余計な発言ばっかですみません。
つーか“わりと本気”の素振りが一欠けらも見えないのって、やっぱ泉がこんなんだから?
そう簡単にこの美形嫌いが治るはずないし……どうすんのかねぇ、京介クンは。これで荒療治とかで襲い掛かったらタマ潰すしかねぇな。
ロシアンレッドの件で素をちらっと見た私としては、多分そんな惨事にはならないんじゃないかって予想はしてるけど。
「じゃあ、俺らが最初に創った曲からいきますね~はい、昭」
「はいはい! お客が三人なんて超ひっさしぶりー! んじゃ聴いてくださいっ『Dive into...』!!」
冗談でも大げさでもなく、空気が変わった。
「――
『さっきまでが
真空状態
息ができない
甘い香水
群がるメスって名前の新人類
ブランド大好き男大好き
得意技は上目遣いとアヒル口
うぜぇよめんどくせぇ
fuck shit damned - fuck fuck Fuck Off!!
甘ったるい香り
派手な唇
巻いて盛った金髪に
キスもその先もNO THANK YOU
一晩だけでも
冗談じゃない
ほらお帰りはあちらから
俺が笑ってる間に消えないと……』
――」
相変わらず、何つぅ歌詞……でも私のどストライクなんだよなぁ、こういうの。
どっしりしたドラムに、響いて溶け込むベース、クリアに残るギターと、簡単に部屋一杯に伸びてくボーカル。やっぱ上手いし、好きだな。
やっぱりどの曲聴いてもギターだけがいやに耳に残んのは、音のせいか本人のせいかはわかんないけど。
「――
『こいつだけは
違うと思う
唸る第六感
やっぱメスはメス(なのか?)
だいすきあいしてる
love honey baby - love love Love Dive!!
甘くないシトラス
そっけないグロス
下ろしたままの黒髪に
できればキスして指絡ませて
俺をフるなんて
冗談やめて
ほらスタンバイオッケー
目を閉じてる間にきっとわかる
相性は最高
love honey baby - Dive into merry darling!!』
――」
超いい男が毛色の違う女に惚れて突っ走るって感じ?『Dive into』って飛び込むとか潜り込むとかそんな意味だっけ。
……なーんか、ちょっと作為的なモンを感じちゃうのは、さっき京介クンの話を聞いたからか。まぁ今は忘れよう。こっちに集中。
ギターの残響が消えた瞬間、叫んでいいのか拍手していいのかよくわかんない間が生まれた。
「……ねぇ、これ拍手? 拍手で許されるの?」
「ライブで拍手って変だよね。あたし昔客五人のライブ行ったけど二人くらいがひたすら絶叫してたよ」
「黄色い声で声援って感じでもねぇし……
ほんっとごめん。すげぇいいんだけど、少人数過ぎてどうしたらいいかわかんないから拍手でもいい?」
あんだけ人気あるバンドに対して失礼だとは思うけどさ、何か変じゃんよ、拍手。オケでもオペラでもないんだから。
「お気持ちだけで結構ですよ~俺らも練習のノリなんで」
「そっすよ。別に歓声ほしさに演奏してるわけじゃねぇんで、好きなように聴いてて下さい」
ああ、何て優しい子たち……!
けど健司クン、君不用意に発言すると智絵が何するかわかんねぇから気ぃつけてね。
「ど? 泉」
「……うん」
ただ真っ直ぐ四人を見てるその顔だけで、どんだけの評価を下したのかがわかった。
お目がねに適ったようで何よりです。
「谷崎くん、次のライブっていつ? チケット余ってる?」
……めっずらしい。
相っ当、気に入ったんだな。あんだけ敵視してた京介クンに、わざわざ聞くなんて。
昭クンじゃなくてちゃんと把握してそうな京介クンに聞くとこはちゃっかりしてるけど。
一瞬だけ目ぇ見開いてから、こっちも珍しくきらきらオーラなしで京介クンが笑う。
「チケは完売なんで、パスでよければどうぞ」
間延びしない、柔らかい声。また出た。素の方。
……へらへらしないで真剣に音楽やってりゃそのうち報われるかもしんないよ、あんた。
「えぇ~?! 私もほしい! 私の分もだめ?」
「大丈夫ですよ~運営側にはわりと融通きくんで。東さんはどうしますか? 前みたいに三十分でもオッケーですよ~」
「んー……何かそれ申し訳ないから嫌なんだけどなぁ」
聴きたいのは勿論。途中入場途中退場は全然有りだろうけど……他のバンドも聴きたいしMCの途中で帰るのも避けたい。
自分で金払ってチケット買ったならどうしようが勝手だけど、厚意で貰ったパスなら尚更帰りにくい。
「……無理することねぇけど、関係者側のブースなら座っても聴けますよ」
「え? そうなの……って」
あれ、私佳也クンに言ってないよね、人酔いするって。
どこまで私のことわかってんの……エスパー?いや、この会話聞きゃあわかる、か?それとも京介クンが言ったとか?
「じゃあそっちも話通しとくんで~次は八月の半ばくらいなんで、また日にち近くなったらパスお渡ししますね」
「よろしく」
…………この二人、音楽通してなら普通に会話できんじゃん。主に泉が。
「じゃあ次~健司、何する? あ、『Black Tempest』は最後の大トリにましょうね~佳也も心の準備が必要だろうし」
「……京介、テメェ」
「まぁまぁ! ゆったりやろうぜ。次『monopoly』でもいいか?」
やっぱこういう役回りなんだね、健司クン……
「爽やかきゅんきゅん……」
「…………智絵、黙れ?」
「智絵サン東サーン! やるからちゃんと聴いててねー!」
「「はぁい」」
揃って頷く私らはきっと同じこと考えてる。
何でこんなかわいいの、昭クン。
渇いたスティックの音が何回かして、今度はギターとドラムが一緒に入ってく。
さっきよりちょっとスローめな、バラード……に入るのか?でもポップスより激しいのは確かなんだけど。
音がさっきよりも優しく聞こえる。不思議。
曲も歌詞もいいけど、この音はただ楽譜通りに弾いてるだけじゃ出せない。なーんて音楽をかじった身としてちょっと言ってみたり。
「凄ぇなぁ……」
思わずぽそっと言った言葉には、当然だけど誰も反応してくれなかった。




