03 ……予言者かお前
電話に出ました。ちょっと意外な人でした。少し会話をしました。
で。
「――はぁ?!」
思いっきり叫んだのにも拘らず電話口のトーンは変わらない。
『だから去年の続編で、もう一回』
「っ聞いてないですよそんなの! 急過ぎ!」
『だって今言ったもの。いやだなぁ、アメちゃん』
「…………気ぃ使う余裕ないからしばらく受けられないって言いましたよね?」
『だって向こうからのご指名だし、断れないよ』
「~~~!!」
『ああ、怒らないで。今度アメちゃんの好きな…ほら、プリンスホテルのバイキング連れてってあげるから』
「……そんなんでごまかされ『あ、ごめん来客みたい。詳細はユキに渡しとくから。よろしくね』
ブッ、プー、プー、プー……
「ちょ、明人さん?! ……っざっけんなよ切りやがったあの野郎……!」
「だれぇ?」
「お兄ちゃんの友達っつーか悪友……くそ、有り得ねぇ……」
去年ってあれか、あのやつか……あれの続編?!マジかよ冗談じゃねぇ今からなんか調整できんわ!
「またバイト? あ、智絵それやだ」
「文句言わないのぉ! 東も早く、あと十五分でバス来ちゃうっ」
「はいはい……ったく、仮装かっての」
現在地、田宮宅。室内は大荒れです。
ベッドは服の山、ローテーブルにはアクセやらメイク道具やら何やら。
そんな中でまさに仮装しちゃってる私。
胸元が開いた白いインナーに花柄の膝丈ワンピ。超ナチュラルっぽいけど結構作りこんだ化粧と極めつけは黒髪ロングのウィッグ。
ある意味ロシアンレッドに潜入した時より酷ぇ。詐欺だこれ。
「後ろから見たら綺麗なお姉さんじゃね? 私」
「前から見ても予想通りだから大丈夫~ほら、泉さっさと着て!」
「やだってこんなひらひらしたの……」
「いや、かわいくね? 泉超かわいい! やべぇ写メ写メ!」
「もぉ~あとにしてっ!」
黒いカーデは死守してるけどキャミとシフォンチュニック重ねてショートパンツに生足……かっわいいな!髪下ろしてんのがまたいいじゃないっすか泉サン……って親父か。
ちなみに私と泉の服は全部田宮プロデュース。当の本人はパーマでふわふわにしてる髪をコテでストレートにして分け目変えて、眼鏡とかパステルカラーのワイシャツとかで綺麗なOLさんを気取ってます。
お前何だかんだ色んな服似合うよね、つーか雰囲気変わって見えんのは劇団員の本領か?
「昼までに着けるかなぁ」
「次のバス逃したら微妙だけど……行かなくていいよ、本気で」
「この期に及んでまだ言うのこの子はぁ! 何か言ってやってよぉ美雨さん」
「つーかマジで潜入すんのかよ……」
昨日の夜来たメールに何となく書いてあったけど、まさか本気だったとは思わないじゃん。講義後連行されるとは思わないじゃん。
「清黎館大学名物一日二十個限定ピロシキ復刻版が今日で最終日なんだってばぁ~!」
「ンなくだらねぇことのためにわざわざ服とヅラまで用意して待ってるお前が何か愛しくなってきたよ……」
「やめて、それ幻だから美雨!」
「ありがと私も愛してるっ! あ、泉も愛してるよ~」
「それは拒否したい」
「え、つーか私も泉愛してるし」
「がっちり三角関係だねぇ~私たち」
「……どうでもいいけどバス間に合わなくなるよ」
鶴の一声っつぅか冷や水みたいな声で我に返ってマッハで準備を終わらせて田宮宅を後にする。
『今度向こうの大学行ってみようよ~』
『は? 無理。元カレいるし』
『気にしなくていいでしょお、別れたんだし。あそこの学食おいしいって評判だしぃ』
『あー確かにメニュー多いし食堂綺麗だし』
『泉も誘って潜入しようよ! 田宮プロデュースで変装してさぁ』
あんな酒の席での話が真になるとは、世の中とはわからんものですね。
軽く化粧のチェックをして、学校のバスじゃなくて普通の路線バスにギリで飛び乗って。
じゃあ行きましょうか、元カレと今カレがいる清黎館大学へ。
× × ×
「……だりぃ」
「めっずらし……風邪~?」
「……道場通い始めてからひいたことねぇよ」
んでその跡取り息子の正十郎は生まれて一度も体調崩したことねぇとか言う超健康優良児だ。入院してんのはいつも怪我だし。
講義終わってこれから飯だってのにどうも食う気がしねぇ。
だりぃ。何か全体的にめんどくせぇ。あー……
「…………ミウさん…」
……よりによってぽっと出てきた単語がこれって。マジで病気か。
「かわいい名前だよね~」
「ッ今のナシ」
何やってんだ俺。普通に京介いんじゃねぇか。
「や、でも俺知ってるよ?」
「え」
「東さんのケータイ知ってんだから名前知っててもおかしくないでしょ~」
そりゃそう、だけど。
つーか未だに何でケータイ知ったのかその経緯が謎だ。
「…………絶対本人の前で呼ぶな」
「さすがにそこまで図々しくないよ~俺」
……そうか?
まぁお前に奥ゆかしさなんか求めてねぇけど。
「やっぱ愛だよねぇ。溜め息混じりに名前呼んじゃってさ~……やっぱお前ちょっときもい」
「うるせぇ死ね」
「死ぬなら泉さんの胸の中がいいな~」
「塵になれ」
悦に入るな。お前の方がキモいじゃねぇか。
「お前と東さんがまとまったからねぇ~次は俺の番でしょ?」
「いや、無理だろ」
「障害があるほど燃えるよねぇ……楽しみ。ふふっ」
その笑い、不吉なもんしか感じねぇんだけど。
つーかドM開眼してっけど、元々こいつすげぇドSだった気ぃすんだけど。使い分けてきたら相当めんどくせぇ感じに……
泉さん。こいつ止めらんなかったらマジすんません。
「……飯」
忠告すんのもめんどくせぇし無駄だってのがわかるからさっさと鞄を持って立ち上がる。
後ろからついてくるやけに機嫌のいい幼なじみをできるだけ気にしねぇようにして俺は教室を出た。
「あ~泉さん、どっかにいないかなぁ……こう、ふわふわっとした感じの服着て、髪なんか下ろしちゃってさ~」
「100%テメェの妄想だな」
「いやいや~脳内は自由ですもの」
「キモい。死ね」
こいつも結構重症だ。俺、ここまでキモくねぇよな……多分。
ちょっと心配になりながら角を曲がった時、ふわふわっとした感じの服を着て、長い髪を下ろした女が見えた。
京介の妄想通り。全然泉さんのイメージじゃねぇよ、これ…………あれ?
「…………」
ストレートの明るい茶髪の女と一緒にいるその人が一瞬だけこっちを向いて、ほぼダッシュで逃げていった。
ちょ、え、嘘だろ。
「何してんの佳也、邪魔~」
「……予言者かお前」
「さっきの講義の続き? 佳也無宗教でしょ」
こいつに教えていいのか、すげぇ迷う。
けどあの二人がいるってことは、だ。あの人がいるとしか考えらんねぇ。
「…………京介、落ち着いて聞け」
「だから何。お腹すいたんだけど~」
すんません泉さん。この馬鹿が手ぇ出さないように頑張るんで許してください。
俺ほんとにミウさんに会いたいんです。
「腹の減り具合なんか気になんなくなるから。
……さっきお前が言った妄想、現実になってんだけど」
言った瞬間の京介の顔は珍しく大間抜けだった。




