04 ここまでくると作為的
「すみません。ちょっとお尋ねしたいんですが……翠星館ってここからどうやっていけばいいでしょうか?」
「あーこの道を真っすぐ行ってトンネル二つくぐってからY字路を右に。右手にでかい看板があるからそこの坂上がってけば着けるよ」
「ありがとうございます」
「今日はやけに翠星館に行く人が多いけど、何かあんのかね」
「いえ、私にもよく……多分皆さんのんびりしに来たんじゃないですかね」
ぼやっとした駅員さんに愛想よく返事しながら適当なとこで会話を切り上げる。
もたもたしてたら佳也クン達に追いつかれる。かっこつけて“またね”とかって別れたのに……つーか佳也クンでいいんだよね?王子がそう呼んでたし。かわいい名前だな。
「行くか、泉」
「……ねぇ、美雨」
名前と名字をきっちり使い分けてくれるのは大学三年分の付き合いがあるからか。
「さっきのって逆ナン?」
「まさか。世間話だって」
「でも美雨あんま男に話しかけたりしないし……お礼言ってすぐ切り上げると思ったのに」
「あー…だってさ、あの子すっげぇいい声してね?」
「……出た声フェチ」
「背も多分180cm超えだし割とソフトマッチョだったし顔はクールで鑑賞には文句なし」
「美雨の好みまんまだね……あたしはどっちも微妙だな。綺麗な顔してたけど」
泉と私は『美形鑑賞同盟』を組んでる。美形は鑑賞するに限るって信念の元、会員は現在二人。
あんまいい声だったからつい話しかけちゃったけど、あの子達多分彼女いるだろ。
系統は違っても間違いなくイケメンだ。話した感じ、外面良過ぎってわけじゃなきゃ性格も悪くなさそうだし。
まぁ旅の中でのことだから忘れてくれ。こんな派手なおばさんに話し掛けられたことなんて。
「あ、すみませーん!」
「はい?」
黒いバンからかかる爽やかな声に引き止められる。
降りてきたのはツーブロックの短髪でいかにも体育会系って感じのガチムキ男。NOTガチムチね。
……でっかい人だな。190cmくらいありそう。声を裏切らない爽やかな男前って感じ?
「ちょっと聞きたいんすけど、14:37の下り電車ってさっきのですかね?」
「あ、そうだと思いますよ」
「っかしーなぁ……あいつら何してんだ?」
こんな鄙びた駅に迎えに来てて、私らが乗ってた電車を待ってたってことは、だ。
十中八九あの子達だろ。多分同年代だろうし。何よりまたイケメンだし。
「あの、待ってるのって若い男の人二人組ですか? ひとりは暗めの赤い髪で」
「あ、はい。そっす」
「だったらさっき降りてたんですぐ来ると思いますよ。ほら、あの橋の上」
「あっ! おーい佳也、京介!!」
「……じゃあ私はこれで」
こんなところで出迎える気はさらさらない。さっさと立ち去るに限る。
泉に目配せしてお互い荷物を持って、ハイさよなら。
――何となく、また会える気がするんだけどね。
自然満喫し過ぎな細い道。何を言うわけでもなくいつものようにお互いiPodを出して。
「スピーカーある?」
「勿論。音割れするけどね。何流す? ハイフェッツ? ジャスパ?」
「んーキリスタとかメガラバでも。ノれるならオケ」
洋楽邦楽何でもアリ。
マイナーなバンドばっかだから他の人が聞いたら呪文みたいに聞こえるかも。
「じゃあロスエンがいいな。『ブリリアント・ブラック』」
「あいよ」
リアルにノーミュージック・ノーライフ。
音楽のない生活はつまらない。私らの時間にはいつも音があって、他人にはうるさいそれが気持ちいい。
泉のリクエストはロスエンの持ち味っぽい毒有りの薄暗い系。曲のノリはいいけどよくよく聞くと“何言っちゃってんのこの人達?!”ってくらい酷い。
デビューシングルがこれって……って思わないでもないけどそこが気に入った。
「~『薄暗い部屋 僕は逆さで君を見てます
二人の秘密 赤い電波で会話』」
「そういや毒電波系ロックとかって雑誌載ってたよ、ロスエン」
「新ジャンルかよ。つーか毒電波系って何。何か強そう」
ひとつ目のトンネルに曲調だけ明るい『ブリリアント・ブラック』と笑い声が響く。
子どもみたいに声を張り上げてサビを歌ってる横を黒いバンが走り抜けて。
……ん?何か、見覚えあんな。あの車。
「………うん」
ちょっと止まってから、また歌い出す。
まぁいいや。別に聞こえてないだろうし。
「『エレベーター上がって五階 お帰りなさいませ大好きな君
綺麗な瞳を潤ませて 僕は我慢できなくなりました』」
「『食べてもいいですか 逃げないでお願いします』
……って逃げるよねこれは」
「こんなのが家にいたら即玄関封鎖して火ぃつけんね」
けらけら笑いながらもっかいトンネルをくぐってY字路を右に進んで。でかい看板が見えた時には『ブリリアント・ブラック』を四回はリピートしてた。
細い坂を上ってパイプで固定してある小さいトンネルを早足で通り抜けて、ネットよりちょっとばかり古く見えるお宿に荷物だけ置かせてもらう。
「あっつい……絶対新陳代謝のせいじゃねぇだろこれ」
「確かに今日絶対おかしいよね。三月の気温じゃない」
ふたりしてアウターを脱いで荷物と一緒にしておく。
まぁお互いその下にもカーデ着てんだから暑いのは当然。系統は違っても黒い服ばっかの私らは並ぶと結構暑苦しい。
んー……智絵がこっちに着くまであと四十分ちょい。まだ結構時間あるな。
仲居さんに海に出る道を聞いて、裏手のこれまた細いトンネルから海岸へ出発。
どうせ海の近くまで来てんだから。ちょっと散歩してりゃ時間は勝手に過ぎる。
だって……
「わぁー! 海だー海ー!!」
「泉ちゃーん。あんま走んないようにね」
泉は海ナシ県出身だから、海を見ると異常にテンションが上がる。
私も海好きだし、何よりはしゃぐ泉はかわいいから大学から何駅かの海岸とかにはよく連れてく。
いつもの海岸よりずっと波が荒くて、散歩してる人よりサーフィンしてる人の方が多い。
もしかしたら佳也クンとかもここにいるのか?まぁンな奇跡の確率は……
「……あったよ」
堤防にくっついて路駐してある黒いバン。
中に人がいないことにちょっと安心する。
「みーうー! 何してるのー?!」
「ってお前が何してんだよ!」
何海入ってんだよ。いつの間に靴脱いだっつーか素早過ぎんだろ。
「どうすんのその足ー!」
「タオル持ってるから平気ー! 美雨もおいでよー!」
…………。
まぁいっか。
堤防から軽く飛び降りて、ガーターを外してから網タイとブーツを脱ぐ。
背に比例して小さい泉のスニーカーの脇にそれを並べて、私はデジカメ片手に砂を踏み締めた。
「泉ーこっち向けー」
「やだ撮らないで」
「何でひとりだと嫌がるかな」
「そりゃ撮られるより撮る方が好きだから」
むくれる泉を容赦なく撮って、逆光補正する。
これだけ暑いと日焼けするかも……油断してたな。
「水ぬるくね? 夏かよ」
「異常気象もここまでくると楽しくなってくるね」
「サーファーさんも過ごしやすい陽気のようで」
「あ、あれキラキラくんだよね」
泉が指した先には確かにあの王子。背格好でわかるだけでちょっと距離がある。
泉目ぇいいからな…つーかキラキラくんって……いや、王子なんて呼んでる私もアレだけどさ。
「サーフィンやるんじゃなかったのかな」
「さぁ……よくわかんないけど時間的に微妙とか?」
「何かキラキラオーラがまばゆくて目が潰れそう……」
「泉ああいうタイプ苦手っしょ。モロ正統派」
「二十年後に期待、かな。鑑賞用で」
「んで恋愛対象はおっさん、と」
「……どっかに素敵なおっさん落ちてないかな」
「落ちてるわけねぇだろ」
ぱしゃん
寄ってくる波を蹴り上げる。
こいつこんなんでマジ彼氏できんのか?いや、できたらできたですんごい複雑だけど。
「――あー……卒論やだー就活やだーゼミもやだー」
「あたしは浅野がやだー」
「そりゃ私もやだよあいつ」
バカヤローって叫んですっきりできたらどんだけ楽か。
ゼミの女子全員から嫌われてる浅野副ゼミ長の顔が一瞬だけ頭に浮かんだけど、うぜぇからすぐデリートした。
「ねー言ったっけ?」
「何が?」
「私この前浅野に押し倒されたー」
「……はぁ??!!」
泉にしちゃあ珍しい、全身全霊の大声。
きもいから心の引き出しにしまっといたんだけどさ、何となく言っておきたくなったんだよ。海って開放的だよね。
「なん、な、どっ、ぇえ?!」
「はいはい落ち着きなさいな泉チャン」
「お、落ち着いてられるかァ!! 何押し倒されたって何いつ何でどうしてどうなって?!
つーかマジ本気であいつの×××潰していい? むしろちょん切って煮溶かして無理矢理食わしてやった方がいいかな恐れ多くも美雨さんに手ぇ出して地球上で呼吸してられると思っ「真面目に怖いから落ち着け?」
後半は死んだような目でノンブレス。
私らの中でキレると一番怖いのは多分泉。
おとなしそうな顔して私と張る毒舌で淡々と死刑宣告をしていくそれは、自分が対象じゃなくてもかなりの恐怖だ。
「あー別にヤられたわけじゃないから、落ち着いて」
「……いつ、何された?」
「後期終わりの飲み会。
ほら、二次会に泉も智絵もいなかったっしょ? あん時酔った勢いで押し倒されてキスされそうになったから頭殴ってナニ蹴って逃げた。まぁ胸揉まれたけど未遂だし、向こう覚えてないみたいだからほっといてるけど」
「………どうして自分のことにはそんな無頓着かな。裁判起こしたら勝てるよ」
「だって面倒臭いし。別に私何とも思ってないし」
「それは土下座させた方がいいですよ~酔った勢いでもけじめはつけないと」
「ですよね! って…………え?」
は?
「こんにちは~何だかお姉さんの剣幕がすごかったから来ちゃいました」
キラキラだ。
何か後ろに星と花が飛んでんよ、この人。
いつの間に近づいたのか謎なくらい自然に入り込んできた王子を見て、私は一歩、泉は五歩引いた。
……出た。美形回避装置。
「あ、驚かせちゃいました?ごめんなさい」
「いえ……」
「………」
警戒心剥き出しの泉に代わって生返事しとく。
驚いたどころじゃねぇよ。まさか寄ってくるなんて思っても……
ガッ、ドスッ!
「………」
キラキラ笑顔の王子の頭が鷲掴みにされて、後ろから痛そうな音がした。
……ケツ抑えて涙目になっても美形は美形だな。
「~~ッ! か、何……」
「……すみません」
「いえ、大丈夫です、よ……?」
むしろ大丈夫か王子のケツ。
「何やってんだこの馬鹿」
「俺は佳也のためを思ってぇ……」
「うぜぇ。マジ落とされてぇのか」
うわードS……
でもこの声で罵られたら何か変な扉が開きそうだ。私はそういう趣味ないけど。
「……東、そろそろ行かなきゃ」
「あー、うん」
こっから駅まで二十分弱。足拭いたりするしもう帰るか。
「あ、もうひとりのお姉さん迎えに行くんですか~?よかったら車出しますよ」
「おい…」
「駅までちょっと遠いし。そこの黒い車なんですけど」
……これはナンパなのか親切心なのか。
女に不自由してなさそうだし多分後者?まぁどっちにしても答えは決まってる。
一応、一瞬だけ泉の方を見てから苦笑い。
「ありがとうございます。でもちょっと散歩がてらって感じなんで歩いていきます」
「そうですかぁ……」
「気持ちだけもらっておきますね。泉、行こっか」
正直、別に車出してもらってもよかった。
ただ警戒心がないとかまた怒られそうだし何より泉が嫌がってる。断る理由としては充分。
「……あ、の」
掠れてエロさが増した声に呼び止められる。
「俺ら、今日あそこの高台の旅館に泊まるんですけど…」
あのさイケメン達。何で揃いも揃ってこんなキワモノに絡むの。
……もしかして泉狙いか?やらねぇぞガキども。つーか…
「…ここまでくると作為的だ」
「え?」
「ごめんなさい、時間あんまないから。また宿で」
いっくらイケメンで私好みでも、泉が嫌がる限り近づかせねぇよ?
一足先に靴を取りに行った泉に続いて、私はイケメン達から離れた。
出てくるアーティスト・曲はすべて架空のものです。