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01 まさかの全員不良説?

珍しく晴れた六月半ば、メンズショップで唸るかわいい子とたまに口出す派手なおばさん。


「白のがデザイン際立っていいけど黒のが無難。つーか泉インナー白ばっかじゃね?」

「だよね……でも黒いカーデこの前買ったし…」

「東さん的には緑をおすすめしますが」

「絶対ない」


そんな力強く否定しなくても……緑が一番かわいいのに。普段色使わない格好ばっかだからたまにはいいと思いますよ。


「東だったら絶対似合うよ?でもあたしはないよ。緑なんて着ないし」

「冒険しません?」

「しません」

「40%引きセール品でも?」

「だったら高くてもできるだけ長く使うものを買う」


それでいっつも黒いものばっかになってんだろ。まぁ泉が気に入らないならごり押ししないけどさ。


「……じゃあ一回出て飯食いながら考えね? 腹減った」

「ん、ごめんね長くて」

「こんだけ悩んだんだから今日は絶対何か買って帰るように」

「何か、は買う、と思う」


いいと思ったら即決、結構な浪費家の私とは正反対で、泉はマジで手堅い。“これ買い行く!”って決めたら悩まないで高い買い物とかするけどさ。


「何食べる?」

「…………牛丼?」

「ちょ、リーマンの昼休みだよそれ」

「別に食いたいわけじゃないけど近くにあったからさ」

「ていうかビジュアル的に牛丼はないよ東……」


本日の東さんは黄色いタータンチェックのハットと黒いアシメのロンスカがポイントですよ。はい、派手に通常運行です。確かにこれで牛丼とか笑える……


結局いつものハンバーガーで済まそうってことになって外に出る。


「あ、泉来週の水曜暇? 調査手伝って」

「何限?」

「三限と五限」

「いいよ。帰りに一緒にハンバーグ食べてくれれば」

「…………お前最近何食ってる?」


泉がこう言い出す時は食が貧相になってる時だ。

金銭的にじゃなくて面倒だからいつもひとりで適当なものしか食ってねぇんだよ、こいつ。


「…………」

「食パンか」

「それは朝です」

「おにぎりか。コンビニの」

「……銀しゃりおいしいよ」

「…………今日はハンバーガーやめておいしい洋食屋さんに行きましょうね、泉サン。私持ちますから」


無理矢理方向転換させて、さぁ出かけよう。


「ちょ、いいよハンバーガー大好きだから!」

「ジャンクフードばっかじゃ胃が腐るわ!」

「やだよ昼ご飯で千円以上かかるの!」

「だから払うっつってんだろうが!」

「お断り……っと」


わちゃわちゃ立ち往生してると横を通り掛かった人に泉の肩が当たる。


「あ、すみません」

「ってぇな……」


二人組の男子校生がガン飛ばしつつ振り返る。しかもご丁寧にどこの世代のヤンキーだってくらいの斜め四十五度から覗き込むようにメンチ切ってきて。


……確かに道端で立ち止まってる私らも悪いけど、その態度もどうなのかね。

つーか向こうが真っ直ぐ突進してきて泉の方が一歩引くくらいに当たったんだけど。それ呑みこんで謝ってんだからそのまま立ち去れよ。まさか長い人生でぶつかった人全員に同じことすんの?大人な対応しようぜ?


「あー? どこ見てんだよブス」


「…………あ゛?」


ちょっと、今……聞き捨てならねぇ単語聞こえたけど。

あれ、私の聞き間違いかしら……ンなわけねぇよなぁ?


自分で思っといてなんだけど大人な対応やめますね、すみません。


「失礼ですけど。

テメェこそどこ見て言ってんだよ。目玉濁ってんじゃねぇのか」

「は?」

「つーかちゃんと謝ってんのに“ってぇな”って? 痛いわけねぇだろどんだけ貧弱な体してんだよ。しかもぶつかったのに容姿関係ねぇわ。絡むにしても頭使えよ。ボキャブラリー貧困過ぎ」


身内贔屓なのは自覚してるけどね。それ差し引いても泉はかわいいんだよ。

背ぇ小さいし目ぇくりっとしてて小動物みたいだし。とにかくかわいいんだよ、何度もしつこいけど。


私が“ブス”とか言われても流せる。でも友達は無理。すげぇムカつく。つーかテメェごときレベルで泉をブス呼ばわりするなんざ百万年早いわ!


「ちょ、いいよ東……」

「頭おかしいんじゃねぇの? この女」


あーそうきますか。大人対応でも子ども対応でも駄目なのね。

まぁ私もかなり頭に血ぃ昇ってるわ、まずい。ビークール、ビークール。


「あー今のは私の言い方がかなり悪かったけど……自分の言動考えてみな? 君ら相当恥ずかしい人種だよ? 制服で堂々と煙草装備して練り歩いて一般市民に悪態ついたあげくこんなかわいい子捕まえてンな血迷った暴言吐いて絡んでさ。何年後かに悶えるの自分だし、とりあえず謝罪とさっきの発言撤回してもらえんなら私らもう関わらないから、とりあえず謝りなさい」


推定高校一年。三年でも私より四つも下。こんなのクソガキかおサルで十分だ。

胸ポッケに入った赤マルを見ながら思わず鼻で笑っちゃいそうなのを抑える。


まぁ、多分ブスとかは単なる意味のない罵倒だとは思うけどね。

俺偉い俺強いって自己主張したい御年頃なんだろう。おサル二匹はもう絡む気満々で、私らに謝らせたり、あわよくばカツアゲしようとしたんじゃないかと。

……馬鹿じゃねぇの?東さん、クソガキの恐喝なんぞに動じないよ?それにこここんなに人通り多いんだよ?遠巻きに見られてても悲鳴あげたら一発でこっちの勝ちだよ?

つーか残念ながらどんな理由であれNGワードが出た時点で再度謝る気もないし暴言吐いたテメェの方が罪が重いからさっさと謝れ。


「はぁ? うっぜ、何説教してんのこいつ」

「つーかテメェ関係ねぇだろ」


あーかわいそうに。黒歴史を増やすことしかできないのね。


「東、やめよう? あたし気にしてないし」

「私が気にする」

「いやでも……

この脳タリンどもからもらう謝罪の言葉に意味も重みも見出せないから」


…………お前、私以上に辛辣なんじゃないかって思うんだけど。まぁ泉がいいならいっか。何か面倒臭くなってきた。


「そうだね関係ないね。じゃあお姉さんたち帰るわーさよなら」


「はぁ? 待てよ!」

「慰謝料おいてけよこのブス!」


マジでボキャブラリー少ねぇな。何か笑える。つーか慰謝料とかちょっと無理あるよおサルたち……どんなドラマ見た影響?


「東……ちょっとその辺に長くて固いものない?」

「今のお前には渡せない」


お互い身内大好きなんだよな、私ら……


「――あれ? 東サンと泉サンだー!」


声変わりが終わってるトーンの、高い声が後ろから飛んでくる。

聞き覚えあるし、泉を名前で呼ぶ男子って実はあんまいないからすぐに誰かが特定できた。


「ひっさしぶりー!」

「久しぶり、昭クン」

「……久しぶり」


泉はあの四人の中だったら昭クンが一番合わない気ぃするけど、実はンなことないと思う。

昭クン、うちのゼミにいる子にすんごい似てんだよね。この……何つぅかウザかわいい感じが。

あんま男臭がしないし、イケメンってのよりかわいいのが合ってるし、多分泉の普通に話せる許容範囲。


「昭クン買い物?」

「いや? おれ家こっちだから今帰りー」

「あ、そっか大学か。私らほとんど講義取ってないかんねー泉」

「……まぁ、四年になれば取るものもなくなるしね」


あ、“うん”とかじゃなくてちゃんと返した。こりゃ大丈夫そうだな。


「っシカトしてんじゃねぇ! このブス!」

「「今どっちに対して言った」」


忘れてた頃に爆弾投下してんじゃねぇよおサル。つーか待ってても金もエサもやんねぇから帰れ。


「何このしつれーなやつ。知り合い?」

「全然」

「あえて言うなら敵?」

「じゃあおれもこいつの敵ー!」


何つぅか……昭クンって物凄い自由人臭すんよね。あの四人の中で一番自由そう。


「やっぱ頭おかしくね? ブスに馬鹿……」

「もう行こうぜ」


確かに昭クンは馬鹿っぽ……マイペースっぽいけどお前らよか頭悪くねぇよ、人間として。


おサル二匹が失礼な話し合いをして帰る流れになってく。

そのまま何事もなく帰れよ、とか思ってたら――


「テメェら何してんだ。三分で買ってこいっつったろ」


やけにでかい、健司クンくらいの体格の男が路地からぬぅっと出てきた。

ちょ、制服……え、高校生?!いや健司クンもちょっと前までは高校生だったけど!


「サトシさん!」

「すんません、でもこの変なのが……」

「ぁあ゛?」


漫画だったら“ギロッ”って効果音がつきそうなガンを飛ばされる。

自分も目つき悪いし友達にもこういう系統いたから別に平気だけどさ、路地に連れてかれて殴られんのは勘弁。

泉とだったらアイコンタクト使ってさっさか逃げられるけど、昭クンは無理だな。こりゃ最終手段の悲鳴あげるコマンドしかないか……


「あ、サトシー」

「ッ三島先輩?!!」


…………は?


「ひっさしぶりー」

「おおおお久しぶりっす! おつかれっす!」


きっかり九十度に腰折って“サトシ”が昭クンに挨拶する。つーか昭クンの名字って三島なんだね、初めて知った。


「……知り合い?」

「高校の後輩ーそっちのは知んねーけど」

「あ、あの……こいつらが、何かしでかしました、か?」


私と同じくらいの背の昭クンを覗き込むようにサトシが顔を上げ……つーかすげぇ冷や汗。

どう好意的に見ても不良のサトシとおサルたち。昭クンだって色抜いてふわふわの白金みたいな髪してるけどンなド不良には見えない。なのにこの状況……昭クン、君過去にこいつに何したの。


「あ、この人たちに喧嘩売ってたからこいつらおれの敵ね」

「なっ……!」


サトシ、顔真っ青だからどっかで休め。


「ッすんませんっした! こいつら中坊から上がったばっかですげぇ覚え悪ぃから全然道理とかルールとかわかってなくて……! ほんと、申し訳ありませんした!」


でけぇ手でおサルたちの頭を掴んで地面に叩きつけそうな勢いで何度もぺこぺこする。私らはもちろん、おサルたちもこのよくわかんない状況に完璧置いてかれてる。


「だってさーどうする? 一発殴っとく?東サン、泉サン」

「ヒイィ!」


…………何この力関係。いくら不良の上下だとしてもこりゃ何かすご過ぎだろ。


「いや、別に殴んなくていいからさ、一言謝罪と撤回がほしいわ」


「泉をブスっつったこと」

「東をブスって言ったこと」


……被った。だから身内贔屓過ぎんだろ私ら!


「ブスはねぇよなー! ふたりともかわいいし美人じゃん! マジしつれーだし」

「そそそっすよね! こんなお美しいお姉様方に向かって……何がブスだこの間抜けサルども!!」

「だ、だって女にはブスかデブっつって絡めばいいってサトシさんが教「テメェらさっさと土下座して誠心誠意謝りやがれ!」


別に土下座は求めてないよ、サトシ。ただ無差別にブスとデブを言わせないように教育しなさい。

意味がわかってないながら先輩の言うことに従ってきちんと土下座して謝ってくるおサルたち。あーこうやって芸を覚えて人間になっていくんだね、お前ら。


「次こーいうことあったら佳也と京介に言うかんなー」

「さささ斎木先輩と…たったたたた谷崎先輩のお知り合いで……?」


…………え。まさかの全員不良説?佳也クンはわからなくもないけど京介クンはちょっとない。健司クンも……何かイメージ違いなんだよな。全員目立ちそうなのはわかるけど。

うーん、意味わかんねぇ。機会あったら今度聞くか。


「東サン、佳也の彼女だもん」


何で見知らぬ人に紹介されてんだ、私。つーか彼女……間違っちゃいないけど改めてンな久々の称号もらうと何か変な感じする。


「かっ?! かかか彼女! 斎木先輩の彼女様でいらっしゃいますか! さすがお綺麗で!」

「でっしょー! サトシが褒めてたって言っといてあげるー」

「けっ結構っす大丈夫っす!」



『佳也ーサトシが東サンのこと褒めてたー!』

『……は? 何で』

『えー? ●●で××で☆☆があってー』

『………………殺す』



……うん、佳也クンなら言いかねねぇわ。サトシ死亡フラグ。


「……昭クン、腹減ってね?」

「そういやすげぇ減ったー!」


軽くアイコンタクトをして泉が頷く。これ、相手が京介クンだったら絶対NOだったな。


「私ら今からご飯食べ行くけど、一緒どう? ハンバーガーでよけりゃおごるよ」

「え、マジ、マジ? やりぃ!」

「まぁ、助けてもらったし。でも千円以内ね」

「超過分は東さんが払いますよ。

じゃあ君らももういいから行きな。話大きくして悪かったね。佳也クンには言わないから大丈夫」

「あ、ありがとうございます……!」


ねぇ、マジで何したの?サトシ涙目なんだけど。


サトシを出さないでうまくこのことを聞き出すにはどうしたらいいかを考えながら、駅前のファーストフード店に入って。ハンバーガー八個とポテト二個をぺろっと平らげた昭クンにほんのり引きながら、やっぱかわいいは正義だと思った。

昭クンみたいな犬飼いたいとかちらっと妄想したのはしばらく秘密にしておこう。

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