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08 手ぇ伸ばせばすぐに触れる

そこはかとなくお下品ご注意。

ピーンポーン――


「――……あ?」


ピンポンピンポンピーンポーン――


何かデジャヴを感じながら起き上がる。

……いつ寝たんだ、俺。確かミウさんが――つーかミウさん?!


「え? ちょ、え?!」


やたらとぐしゃぐしゃになってて、部分的に濡れて色が変わってるシーツ。

腕の中は当たり前としても、無駄に広いベッドのどこにもあの綺麗なピンクがかった茶髪は見当たらない。


……ミウさんどこ行った?さっきまで――


ピンッポンピンポンピンポンピンポンピーンポーン――


「……」


下だけ履いて玄関へ走る。ドアフォンなんか使ってんのめんどくせぇ。どうせ大体の目星はついてっし。

つーか邪魔すんな。今忙しいんだよ。


「っるせぇんだよ帰れ!」


そう言って開けた瞬間に見えた綺麗な顔が、ちょっと歪んだ。


「す……スミマセン」


………………え。


「いや、ちょ、ミウさん?! うわ、すんません、マジすんません!」


下の暗証番号知っててンな鳴らし方すんの親か京介くらいしか思い当たらなかった。

死ねよ俺。何ミウさんに暴言吐いてんだよ。マジで死ね!


「あーうん、別にいいよ。入ってオケ?」

「ど、どうぞ……」


むしろ入って下さいお願いします。

あーUターンされたりしなくてマジでよかった……つーか何で外からミウさんが帰ってきたんだ。

って何かふらふらしてるじゃねぇか。


「ごめんね、勝手に冷蔵庫開けたんだけど何もなくてさ。腹減ったしすんごい喉渇いたから下のコンビニ行ってきた。佳也クンのも買ったけど食べるっしょ?」

「ありがとうございます……持ちます。とりあえず座って下さい」

「ん、ありがと」


しっかり上まで留めてあったド紫のワイシャツのボタンをひとつ開けながら、ミウさんがコンビニの袋が差し出す。受け取りつつどさくさに紛れてミウさんの手を取った俺の視線は、見えた首筋に集中。

ぱっと見“何の病気?”って聞かれそうなくらいについた……キスマーク。え、あれ、俺がやった…んだよな。うわ、何してんだ俺、つーかミウさんマジでエロ……


朝からの何時間かが、脳内で超速再生とハイライトの2パターンになってフラッシュバックしてくる…………駄目だ、鼻血出そう。

すっげぇエロい声で顔で、煽りまくって。何かもう色々開眼した。何あの人、意味わかんねぇくらい可愛かった。つーか普通に今までの彼女とかよりかなり上手かった……複雑。

そん時は全然余裕なくて人間的な理性とか何もなかったけど……あー…俺マジでミウさんとヤったんだな……


今更実感できる。やっとこの人を手に入れたんだって。

……まぁミウさんは別に俺の物じゃねぇけど。気分として。

ずっと欲しくて欲しくてどうしようもなかったもんが、今近くにあって、手ぇ伸ばせばすぐに触れる。

それが死にそうなくらい嬉しくて、やべぇくらい浮かれる。俺マジでミウさんのこと好き過ぎんだろ、今更だけど。


「ねぇ佳也クン、ちょっと伺いたいんですが」

「は、はい?」


うわ、声裏返った。俺もしかしてすげぇだらしねぇ顔してるかも。

にやついてるだろう俺よりずっと真剣な顔で、ソファーに座らせたミウさんが眉間に皺を寄せる。


「……この部屋、壁薄い?」

「は?」

「何か……下降りる時に隣の住人だと思われる人とエレベーター乗ったんだけどさ、やけに見られた気ぃすんだよね。自意識過剰だとは思うんだけど」


楽器オッケーのマンションで声が聞こえるはずはねぇ。まぁ、確かにミウさんかなり声出てたけど……って今は思い出すなよ俺。

軽く髪掻き上げながら溜め息をつくミウさんは尋常じゃねぇ色気が出てる。いつもよりかすれてる声とか、赤くなってる目元と唇とか、寝起きみたいにけだるそうな感じとか……って。


そ の せ い か 。


「……何で俺起こして行かせなかったんすか」

「だってすぐ下だし。五時間ぶっ通しでヤってこんなすぐ起きるなんて思わなかったし。だからあんなうるさくピンポン押して遊んでたのに」

「え」


ちょっと今恐ろしいこと聞こえたんだけど。

え?そういや今何時だ?


「……ごじかん?」

「約五時間ね。最後一瞬だけ時計見えたから多分合ってるよ。インターバルなしの最長記録ぶっちぎり」


…………マジで?

外まだ明るいから全然……つーかどんだけがっついてんだ俺…!


「……すんませんでした。俺、マジで余裕なくて……ミウさん、きつかったっすよね…?」

「きつかったっつーか……セックスしてて失神したのはじめてだったし……」

「えっ? 寝たんじゃないんすかあれ」

「終わってナニ入りっぱで寝る馬鹿がどこにいますか。自分でもよくひとりで目が覚めたと思うわ」

「マジですみません」


馬鹿は俺だ。よくよく考えりゃ落ちた時と似てたじゃねぇか。

つーか……失神するくらいよかったですか…?そこすげぇ気になんだけど。それよかミウさん大丈夫なのか。


「どっか痛かったりつらかったりしますか? つーか歩かせたりしてすんません」

「いや、妊婦と一緒にすんなって。まぁあそこ超違和感だし足がくがくだし腰だるいし太もも筋肉痛だし喉痛いし結局全身プルプルするし満身創痍? やっぱしばらく使ってないと鈍るもんだねー。多分明日すんごい筋肉痛だと思うわこれ」


……そんな久々に全力で運動したみてぇなノリでいいんすか。つーかすっげぇ無理させたんじゃねぇか、俺。


「寝ててすんませんでした……」

「いや別にいいから。佳也クン謝り過ぎ。つーかやっぱ君すんごい体してんね。鍛えてるって感じ」


ぺたっと腹を触られて、自分が半裸だったことをやっと思い出す。まだ筋肉保ててるけどそろそろ鍛え直さねぇとやべぇな……ミウさんが見るなら尚更。


「道場行ってた頃はもうちょい絞ってたんすけどね」

「え、何、空手でもやってたの?」

「いや、古武術道場に通ってました。高校入ってバンドに本腰入れるまで」


正十郎とはそこで会ったんだよな。あの頃から時代錯誤な奴だった。


「……いいとこ住んでてバイク乗り回しててバンド組んでて武術やってて、かっこよくて優しいイケメン? 何それおいし過ぎっつーかどこの登場人物? マジで私なんかでいいわけ?」


……“私なんか”もNGワードに追加。


「モデルみてぇにスタイルよくておしゃれで存在感あって、きついようですげぇ優しい美人につり合ってんならいいんすけど」

「……はぁ?」


何でそこで“誰のこと”って顔すんだよ。あんたのことに決まってんだろうが。

今の流れでミウさん以外の話するわけねぇだろ。心底不思議そうな顔されても困る。


「“なんか”じゃなくて俺はミウさん“が”いいんすよ。ミウさんじゃねぇと嫌だ。

俺にはもったいねぇくらいっすよ、ミウさんこんな綺麗なのに」

「…………ごめん、何かすんごい恥ずかしいから勘弁して」

「じゃあ“私なんか”とか言わないでください」

「………………善処シマス。

つーかご飯食べませんか」


……逸らしやがった。けど普通に腹は減った。昨日の夜から何も食ってねぇし。


「……それ何すか」

「レモンティー」


じゃなくて大きさのこと言ってんだけど。

1.5リットルのペットボトルを開けて普通に飲もうとするミウさんを止める。


「グラス用意するんで待っててください」

「え、いいよ面倒臭い」

「それ持って飲むの重いじゃないっすか」

「……君はどんだけ私を甘やかす気なんですか」


そりゃ……どんだけでも。有言実行っつーか前に思ってたことだし。

ちょっと拗ねるミウさんがマジで可愛くて、キスしたくなる……けどその前にグラス。多分今したらまた止まんなくなる。


繋がったキッチンでグラスを物色してると、ミウさんの小さい声が聞こえた。いや、歌か。何か聞き覚えが、あ…る…………


ガシャン!


「え? ちょ、大丈夫?!」

「…………ミウさん、今何歌ってました?」


聞き覚えあり過ぎるリズムと詞。

まさか、いや、けど……


「え、『Black Tempest』」


ふらっ……ガンッ!


「だからさっきから何してんだって!」

「いや、何もないっす、何も……」


壁に頭打ち付けるくらいじゃ羞恥心は消えたりしねぇ。

…………いや、むしろ何で知ってんだよ。


「も、もしかして……ライブ…………」

「あーうん、京介クンが誘ってくれた。いいもん聴かせていただきました」

「…………コロス」


明日がテメェの命日だ。

脳内で最高ににやついた京介の顔を拳で完全整形してやる算段ができあがった。


「『焦れる悶える 妄想一直線』~」

「ちょ、マジで勘弁してください……」

「だってあの曲好きなんだもん」


気に入ってくれたのは嬉しいけど、勿論嬉しいけど……!妄想ソングを本人に知られた上にばっちり歌われるなんて拷問どころの話じゃねぇ。


「またライブあったらチケット買わせてね。ぐっとくる音聞かせてもらえてスペルのファンになっちゃった」


お世辞とかじゃなくて、多分本当にそう思ってくれてんじゃねぇかって思う。

その笑顔だけで、恥とか京介の命日とか何か色々どうでもよくなった。


「……ありがとうございます。つーか買わなくてもパス渡すんで」

「いいよ別に。金払った以上の価値があるライブだし」


最上級の褒め言葉っすよ、それ。

今度あいつらにも言っとくか……


「つーかさ、パスはいいから別の頼み事あんだけど……」

「何すか?」

「これ食べ終わったら、そろそろ風呂貸してください。マジ限界」


何時間もべたべた触って舐めてキスマーク残しまくったミウさんの肌を思い出して、俺はもう一度全身全霊で謝った。

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