04 しあわせになりたい……!
「りょうへ、酒」
「東、呂律回ってないから」
「うっさいよ」
意識はちゃんとあっからいいだろ。
自分でも飲み過ぎだとは思うけどさ。
「お前、あんまのんでねぇだろ。付き合いわりぃな」
「だから俺明日一限からだってば。ゼミ休講で自分が休みだからって巻き込まないで」
「どうせ途中でいくのやめて単位おとすんだからーいかなくていいじゃん」
「別に落とそうと思ってるわけじゃないんだけどねーどうもめんどくさく……つーかもう一時半……」
綺麗で物が少ない良平のアパート。まぁ今は私が飲み散らかした酒の缶瓶で酷いことになってるけど。
同じワンルームでもこっちのが学生って感じ……って、考えない考えない。
「大体さぁ、イケメンならいっぷたさいが許されるとでもおもってるわけ? どう思うよ」
「顔がよくても浮気は社会的なイメージとしてよくないけど」
「だよねぇ? つーかマジ腹立つ。ブッとばしてやりゃよかったー」
言いはするけど実際実行する気はない。
できればもう会いたくない……本人目の前にして泣くのなんか絶対やだ。
彼女がいない間に私みたいな毛色の違う女引っ掛けて楽しかった?
鈍くて馬鹿な私が勘違いしてんの見ておもしろかった?
――いや、佳也クンはそんな人じゃない。それくらいわかってる。
でもそんな風に考えなきゃ理由がつかない。
こんな気分になるなら、素直に聞けばよかった。“その人、誰?”って。まぁ普通に私の予想通りの回答が返ってくるだろうけど。
つーかその前にキープに彼女紹介なんてできないだろ。マジでタイミング神がかってたな。
「東って男関係で泣いたりすんだね。意外」
「……明日になったらわすれるように」
「それは俺の記憶力次第。つーか俺じゃなくて浅野とかだったら完璧食われてんよ、この状況」
「はぁ?」
何でそこで浅野。つーか奴には死んでも泣きついたりしねぇから。
「普段強い女の涙って、結構クるもんだよ。普通の男には」
「んで、自分はふつうじゃないって?」
「だって俺、東とはたまに一服ご一緒する仲でいたいし」
ビールをぐいぐい飲みながら良平が軽く笑う。
だから私も電話したんだよ。お互いに安全牌って意識があるのわかってるから。
「りょうへい、彼女さんとどう?」
「ん? 別れたよ」
「うっそぉ、いつ?」
「昨日の夜」
良平の彼女さんは高校の同級生で、何回かうちの大学に遊びにきてんの見たけど、何つぅか清潔感があって綺麗でおしゃれな子だった。
並ぶとマジでお似合いのカップルだったのに……勿体無い。
「りゆう聞いてもよろしいかしらー」
「よろしいですよ。ただ単に向こうが好きな人できたっぽいから」
「はー? だって彼女さんりょうへいのことだいすきだったじゃん。つーかベタぼれ」
「まぁ直接本人から言われたわけじゃないけどさ。そうなんじゃないかなって思ったら何か俺もだんだん冷めてきちゃって」
「かんちがいなんじゃない? へんな勘ぐりしないで面と向かってはなしなよ」
自分で何気なく言った言葉が、妙に胸に刺さった。
やっぱ面と向かって話せばよかったのかもしんない。
よく考えれば、いきなり“ごめん帰るわ”で彼女さん盾にして逃げてきた私って相当酷くね?でもそれ以外に手がなかったんだよなー……
「うーん……この話にはまだ続きがありまして」
「なに? バイオレンスにはってんした?」
「するわけないから。かの、元カノからメールきたんだよ、さっき」
「なんてー?」
「要約すると“良平の考えてることがよくわからない。一度会ってちゃんと話したい”って」
それは……どう考えても彼女は別れたのに納得してねぇっつーか良平のこと好きだろ。
「……かえしたの? それ」
「いや、まだ。
何かさ、俺あいつのことなら聞かなくても大体わかると思ってたんだよね。向こうもそれは同じで、空気とか雰囲気とかで今まで続いてたんだよ。付き合う時も何となくお互いの気持ちがわかって何となく、って感じだったし。別れる時もそう。
けどやっぱちゃんと口に出さなきゃいけないことってあるな、って何か今更学んだ。あいつの思ってること全部わかるわけないって……当たり前のことなんだけどさ」
珍しく照れた感じでそう言った良平はほんの少し笑った。
――あの人とダブる、苦しそうな笑顔で。
ねぇ、何思ってそんな顔すんの?それってどういう意味なの?
「……りょうへい、かのじょさんのこと好きだろ」
「…………多分」
「冷めたとか、フラれたくないためのじこぼうえいじゃね?」
「うわ、痛いとこ突くね……」
……うん、私も痛かった。
あの場で逃げたのも、自分がこれ以上傷つきたくないから、自分がかわいいから、単なる自己防衛だ。
望みがなくたって、ちゃんと言えばよかった。
負け戦だって、立ち向かえばよかった。
そうすりゃもっとすっきりさよならできたかもしんなかった。
いや、もしかしたら“もしかしたら”があったかもしんなかった――まぁ奇跡の確立だけど。
「まぁ明日の講義終わったら電話して、そのままあいつのトコ行く予定」
「しっかりはなし合えよ。ついでにどげさしろ」
「場合によっては」
何、その“絶対にうまくいってみせる”って顔は。
「っあー!!」
「うわ、何」
「しあわせになりたい……!」
佳也クン、やっぱ好きだよ。
第二夫人はやだけど、でも諦めるにはちょっと遅過ぎた。
「っうぅ~……やだ、佳也クン……」
「あーまた泣く……ほら、美人が台無しだから」
「びじんだったらファーストレディの座ぶんどれてたもん! ッ変ななぐさめかた、すんなボケぇ!」
「何でそう斜め上思考なのかな、お前は」
あの本命さんより美人で綺麗だったら、割って入るくらいのことできた。それくらい好きだから。
でも私なんかじゃお話になんないレベルの差。どうしろって言うんだよ。
私なんか派手に飾っただけの平凡な女で、性格きついし自分勝手だし、いいとこなんかない。
あんな人に好かれる要素なんか、はじめっからなかったんだよ。
「佳也クンのそうぞうの中くらいきれいだったらよかったのに……」
「は? 何言われたの」
「いわれたっつーか、歌……」
百万倍美化された、『Black Tempest』の中の私。
今じゃ虚しいだけの曲も歌詞も、やっぱ都合よく頭から出て行ってくれたりはしない。
良平にかいつまんで歌いつつアウトプットしても私の中にはインプットされたまま。
「…………それ、相手の男が作ったの?」
「たぶ、ん」
「何つぅ壮大な…………東、今すぐそいつの家行きな」
「はぁ?! やだ、ぜったいやだ!!」
行ってどうすんだよ?!彼女さんとヨロシクやってっかもしんねぇだろ!あ、これ親父発言?まぁそんなのどうでもいい。
「そいつ、ちゃんと言葉にしてんじゃん。何でお前が怖気づいてんの」
「だって超びじんなだいいちふじんいた! 私キープかセフレなんだって!」
「言ったの? そいつが、そうやって」
きつい視線が刺さる。
……言ってない。言われてない。そんなの一言も。
いつだって佳也クンは勘違いしちゃうくらい優しくて、私の欲しい言葉をくれた。
「俺さっき言ったよね? “ちゃんと口に出さなきゃいけないことってある”って。
東、そいつに何も言わないで勝手に決め付けて逃げてない? お前ら出会って一、二ヶ月でしょ。ノン・バーバルだけの相互理解目指すには早いんじゃない? つーか男に厳し目な観察眼あるのに何でそいつに発揮できてないの。そいつの態度、視線、仕草、どうだった? お前はそいつと接して何感じた? それでもわかんないって言うなら言葉しかないでしょ。それくらいできるよね」
「…………」
「何か反論は?」
「………おっしゃるとーりです」
あの、相談なのかカウンセリングなのか講義なのかわかんなくなるんでそういう用語使わないでください。とは言える雰囲気じゃねぇわ。
「まぁそいつも態度ばっかで肝心な言葉言わないのが悪いけど。ヘタレ?」
「さぁ……」
私に聞かれても。
「とにかく、ちゃんと話し合って、ちゃんと観察して、ちゃんと向き合えば悪いようにはなんないから」
「……じしんない」
「………頭いいけどたまにとんでもない馬鹿だよね、東」
すみませんねぇ!
そりゃ勢いで生きてますから。馬鹿だってやりますよ。
反論できる箇所が見当たらない。良平の言うことは全部的を得てる。
私がひとりで先走って逃げたのも、佳也クンが決定的な一言言わなかったのも、全部。
つーかさ――そうだよ。らしくねぇよ、私。
好きだって気付いたらいつだって絶対勝負してきただろ。大抵勝てる戦な上にすぐ別れたけど……ってそれは置いといて。
勝負すらしないで逃げるなんてマジかっこ悪いわ。勘違いで砕けるよりずっと。
「……もっかいぶつかってみる」
「じゃあ行ってらっしゃい」
飲んでたワンカップが没収される。
今すぐ行けと?!ま、まだ心の準備が……
「こんな酒くさくてぐしゃぐしゃなかおじゃいけないですー女のいくさはけしょうからはじまんだよ!」
「……じゃあ明日っつーか朝になったら大学まで送ってあげるから一回帰れば? ただ“怖じ気づいて行かない”とか無しね」
「だいじょぶ、多分……」
「多分……?
ヤケ酒付き合って睡眠時間削って相談乗ってあげた上にアシになってあげる俺に誓いなさい。“明日絶対カヤくんと話し合います”って」
「………………ち、ちかいます」
「よしじゃあもうお開き、片付け。起床までまぁまだ寝れる。めんどくさいから雑魚寝でいいでしょ?」
「らじゃ」
良平の家に泊まんのは初めてじゃない。まぁ大体は何人かで飲んだ後みんなで死んだように寝てるだけだけど。
「りょーへーさん」
「ん?」
「あんがと。あんたやっぱいい男だよ」
空き缶片手に笑う男。今日はやけに優しかったね、あんた。
「どういたしまして。まぁ友達が泣いてんのにスルーするほど鬼畜じゃないから、俺」
「あさのはー?」
「ん? 誰だっけそれ」
酒と煙草だらけの空間で、やけに爽やかな笑顔が眩しかった。
――鞄に入れたまま電源切りっぱなしのケータイを思い出したけど、そのままにしておいた。
もし何もきてなかったら、やっぱ少し泣けるから。
もしメールがきてたら、ちょっとだけ時間がほしいから。




