03 大好きでした
「ミウさん腹減ってないっすか?」
「大丈夫。バイト前に食べてバイト中も損傷のケーキ摘んでるから」
「飲食店の特権っすね」
「特権っつーか罠。確実太らせる気だよあの店……」
油断すると2kg増くらい普通にあるし。恐ろしい……
「もうちょい太っても全然平気だと思いますけど。ミウさんすげぇスタイルいいし」
「……どこ見て言った? 今」
「え? へ、変なとこ見てないっすよ?! 普通に全体的に……」
褒めてくれんのは嬉しいけどさ、脚とか腰辺り見ただろ、お前。
最初胸とか顔から肉つくタイプなんだよ私。日本人に珍しく下半身はキープできんの。
地下の駐車場に停めたバイクの脇でわたわたしてる佳也クンを見ながら、これからのことを考える。
ついオッケーしちゃったけど、佳也クン一人暮らしだよね。つぅことは家には誰もいない。これって何か下心満載じゃね?私が。
いや、そういうつもりは別にないけど……今ンとこ。どうなるかわかんねぇし。
……多分七割くらい勝てる戦なんだってわかってるけど。
佳也クンどう思ったかなー……はしたない女ですみませんね。マジであんま気にしてないんだよね、終電なくなって一緒に飲んでた人(男)の家に転がり込んだりするもんで。まぁ相手は大抵そんな雰囲気にもなんない関係だけどさ。
「つーか佳也クンいいとこ住んでんねー」
「……親の金なんで何とも言えないんすけど、便利も内装も悪くないっすね」
かなり新しそうな六階建てのマンション。駅からすげぇ近いし、地下に入る前に見たら一階にコンビニあったし。こりゃ中も期待できそうですね。
大体マンションの名前からして何か違う。『何とかハイツ』じゃなくて『セレステ』とか何かよくわかんないけどおしゃれ感漂ってる。
つーか地下から直のエレベーターがあるってどうなの。学生が住むにしちゃあずいぶん……って。
「エレベーターに暗証番号ついてんの……?」
「はい、どの階でもこれやんねぇとボタン効かないんすよ。エントランスは別のロックついてっし……めんどくさいっすよね」
確かに面倒臭いけど……何その防犯体制。
「酔っ払って帰ってきたらどうすんだこれ……」
「…………そういやどうすんですかね。あ、お先どうぞ」
「はいはい。佳也クンん家何階?」
「俺押しますよ」
エレベーターのドア押さえて私を通してから四階のボタンと閉まるボタンを押す佳也クンは、どう考えても紳士だ。
……私が大一の時、こんな気の利く男いなかったけど。
独特の浮遊感と、何となく沈黙。
――マジでどうすっかな。さっさと告った方がいい気もするけど、できれば向こうの出方を待ちたい。
別に自分から告んのが嫌とかそんなんじゃないんだけどさ、今まで告るより告られて付き合った方が絶対長続きしてんだよね。例外なく。だから自分からいくのってちょっと微妙……いや、ンなこと言ってたら埒明かねぇわ。
「………ミウさん」
「……ん?」
「……………えーと、やっぱ後でいっす」
何だ。用件があるなら早く言え。気になる。
まぁ私も言葉出し惜しみしてるけどさ……
ポーン――
「どうぞ」
「ありがと」
密室から解放されて通路に出たら、予想以上にドアの数が少ないことに気付いた。
……あれ、三つ?
「一番奥なんで」
「……はーい」
普通一人暮らしってワンルームか1Kだと思うんだけど。1フロアに三部屋だったら結構広くないっすか?しかもこの防犯具合。
え、佳也クンってお坊ちゃん?あーでもこの歳であんなバイクとか持ってるし、よくわかんないけどギターとかだって安くはないだろうし。
考えてる間に佳也クンがポケットから財布を出して“ピッ”ってかざして普通にドアを開ける。
……何だこれ。ICカード的な?あれでも鍵機能のみでもICカードつぅん?都会怖い。ホテルの勢いじゃね?
「……もしかして鍵、カード?」
「はい」
「忘れたらどうすんの?」
「ここ開けると暗証番号入れるようになってるんで」
何てハイテク。何てブルジョワ。
ちょっとテクがいるけど窓動かすと普通に鍵外れて侵入できる智絵のアパートなんて……止めよう。比べること自体おこがましいわ。
最近のマンションってみんなこんなんなわけ?一人暮らし経験なしの私にゃわかんないっすよ。
「ミウさん?」
「……はい、お邪魔シマス」
色々と未知の世界へ、いざ。
「うわ」
「……え? 何かありました? 一応片付けたんすけど」
「いや、大丈夫。うん、すんごい綺麗だから」
入って通されたのは予想通り縦長のワンルーム……なんだけど私の想像してる学生のワンルームより軽く二回りは広い。
普通の学生さんン家、コーナーソファーとかでかいテレビとかかっこいい間接照明とかないっすよ。つーか十代男子の部屋がこんなおしゃれなモノトーンとか認めねぇ。私の荒れた部屋がブタ小屋に見えっから。
「一応聞いていい? これ配置とかインテリア選ぶのとか自分でやったの?」
「はい、大体は。実家と似た感じにしたかったんで」
実家もこれなのか。おそろしい……
「とりあえず座っててください。何か飲むもん用意するんで」
「お構いなくーって言いたいけど、ごめん喉渇いたかも」
「じゃあ甘くない方がいっすかね」
かわいく笑って佳也クンが奥のキッチンに消えてく。まぁワンルームだから普通にお互い見えてるんだけど。
どう見ても四人くらいは座れそうな黒いソファーはかなり座り心地よし。あーいいな、私もソファーほしい。
「あ」
ソファーの横にあった、赤いギター。
ロシアンレッドの空間が一瞬にしてフラッシュバックする。
よくよく思い返すとさ、あれ結構アレな感じだよね。
“おー佳也クンこんなこと思ってたんだ”みたいな。
あれをわからせるために京介クンはごり押しで私を呼び出したんだなー……ってことは京介クンももちろん知ってたわけだ。うわ、何だかなー
「『Black Tempest』……」
…………まさかあんな例えされるとは。
すっっっげぇ恥ずかしい。今更どっかその辺転げ回りたいわ。
歌詞ばっちり覚えちゃってるんですが。つーか曲自体丸々頭にインプットされてるんですが。
うわぁ……どうしよ、うわ、うわ、何か超緊張してきた……むしろ何で私さっきまで普通にしてたんだ?!
思わず頭を抱えて唸る。って何かいつもより香水きつい?気合い入ってるって感じに見える?うわ、やだ。
「ミウさん? どうかしました……?」
わぉ、超不審がられてる。
いやいや何もないっすから、あるとしたらこれからっすから。
「……あんさ、私、香水臭くね?」
……逸らすにしてももうちょい言葉選べ私。
これで“ちょっときついっすね”とか言われたらどうすりゃいいんだ。
「いや、ンなことねぇっすよ。ミウさんいつも何つけてます?すげぇいいにおいしますけど」
「知り合いっつーかお兄ちゃんの友達からもらったイタリアだかどっかのやつ。一応シャンプーとかも同じブランドので揃えてるんだけど」
「あー…だから髪から同じにおいするんすね」
ちょ、顔近ぇよ!いやそんな近くねぇけどでも近い!
「か、佳也クンはあんまそういうのつけないタイプだよね」
「そっすね。何かめんどくせぇんで……一応持ってはいるんすけど」
「若いうちはいいけど年取ったらミドルのたしなみだかんね?」
「気をつけます。あ、どうぞ」
ダークトーンの木とガラスでできたテーブルにコースターとコップ、ついでに小さいボウルに入ったクッキーが置かれる。
きっちりしてんね、君。一人暮らしの家行ってコースター付で出てきたの初め見たよ。つーか泉ん家とか智絵ん家だと普通にコンビニのパック持ち込んで直に飲んでんだけど。こんなとこで生活水準の差が……
「……いただいていいですか」
「はい、レモンティーじゃなくて申し訳ないっすけど」
……私そんなレモンティー好きっぽく見える?いや、好きだけど。
薄めの色した何かを飲んでみる。あれ、これ何か飲んだことあるな。
「…………白桃烏龍茶!」
「え?」
「あれ、違う?」
「いや……今日京介が押し入ってきて作ってたやつなんで、よくわかんねぇんですけど」
ちょ、こんなとこまで京介クンの仕掛けが。
「ミウさんが気に入ってくれたなら何でもいいっす」
……ずるい男だ。何でここでンなこと言うかな、ほんとやだタラシ!
佳也クンって私に対して甘過ぎませんか……?それはアレっすかね、何たらの弱みってか、そんなやつですかね。
あーもう、勘違いじゃなくてマジなら、早く何かアクション起こしてくれ。甘やかされ過ぎて心臓がフルボッコされてる。
これはもしかして“こんだけ待たせてんだからテメェから来いよ”ってことですか。くそ。
…………やってやろうじゃねぇか。智絵、ちょっとお前の領分に入るけど許せよ?
「……座んないの?」
「? 座ってますよ?」
「じゃなくて隣り。空いてますよ」
脚を組み直して隣を指してみる。
つーか佳也クンが家主なんだから普通に私だけソファーはおかしいだろ。これは通常行動だ。
「…………じゃあ、失礼します」
「どうぞー」
……端っこに座りやがった。そんな嫌か、私の隣が。マジでやっからね、後悔しても知らないから……まぁするとしても主に私だけど。
「ちょ、ミウさん……」
「んー?」
智絵の罠その一。何も言わず距離を詰める。
「どした?」
「い、え…あの……」
その二。しっかり視線を合わせる。
くそ、直視しづらい。この美形が。キラキラ度低くても文句なしに整ってやがる。つーか恥ずかしいなこれ、よくやるよ智絵。
「佳也クン、これよくつけてくれてんね」
その三。他意がないように見せて軽く触る。膝か手、髪辺りがベター。
以上、引っ掛けたい男がいた場合に田宮がやる王道パターン。これにプラスで笑顔を加えるとベスト。
ほんのちょっとだけ耳に触ってから軽くピアスを弾く。ってこれお揃いなんだよね。やっちまったな過去の私、あはは。
…………反応していただけませんか、斎木サン。
「あの、佳也ク「いいんすか?」……え?」
「俺、期待しますよ。ンなことされっと」
何となく苦しそうに笑う佳也クンの顔に覚えがあった。確か……マスターの店。
『…………そっすね。多分俺すげぇ彼女一筋で、それ以外の女なんて存在すら忘れたりしそうっすよ』
それって、誰のこと思い浮かべてた?
私の方こそ期待していいわけ?
「……すんません。困らせるつもりはなかったんです」
軽く笑ってゆっくり佳也クンが立ち上がる。
そんな一人だけ大人な対応しないで。ムカつく。私だけ焦ってるみたいで。
何、もっと直球でいけばその余裕取っ払えるわけ。
「期待、してもいいよ」
「――え?」
ごつい指輪が嵌った指を掴む。
ここまで言えば、わかんだろ。いや、わかってください。
「ミウさん…俺……」
これ以上言わせないでよ。自分から言うと早めに別れる法則を出したくないんだよ、あんた相手に。
フラれたことはないけど、最短一日だかんね?それだけは嫌なんだよ。
ピーンポーン――
「「…………」」
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンッポン、ピーンポーン――
「……マジですんません。ちょっと出てきます」
「イッテラッシャイ……」
早足で玄関に続くドアから出てった佳也クンを眺めながら、でっかい溜め息。
…………何これ。呪われてんじゃねぇの。
誰だか知んねぇけど、もうちょい、あと一分待ってろよ……!マジ殺す。
「――――」
「――!」
「――はぁ?!」
あれ?何か揉めてる……?
「ちょ、マジざけんな……帰れよ!」
珍し……佳也クンが大声出すなんて。つーか怒ってもエロ声ってもはや才能じゃね?
「やぁだ~私がいない間に女の子連れ込んじゃってるのぉ? 見せてよ~」
…………は?
「女……」
の声、だよね?どう考えても。しかもわりと若い……
え?何、どういうこと。
――もしかして私、やっぱり勘違いしてた?
「入ってくんなっつってんだろ!」
「冷たぁい! でも愛してるわよ~佳也~」
“七割くらい勝てる戦”?どこが?
家知ってて、この時間にここまで来れて、気軽に“愛してる”なんて言える女。
……いるんじゃん。彼女。
ってことは私は何、キープ?セフレ候補?そんなのにあんな曲まで作って、マメな男だね。
「……はぁ」
何か、マジ白けた。
やっぱあんな人が私みたいの好きになるわけねぇよ。無駄に恥かいた。
でも言わなくてよかった……“好き”って。言ってたら私ただの間抜けだったわ。
つーか趣味悪。キープにしてももっと他にいいのいるだろうに。
……キープにもこんな優しくしてんだから、本命には相当アレなんだろうなー
『…………そっすね。多分俺すげぇ彼女一筋で、それ以外の女なんて存在すら忘れたりしそうっすよ』
「………いやいや」
あれは私の幻聴だったのかもしれないな。もしくは単純に私の自惚れ。
ケータイの画面で軽く顔と髪をチェックして、鞄を持って。
私は押し問答が続いてるドアを大きく開けた。
いたのは普通に佳也クンと長いふわふわの茶髪の女。
結構年上……二十代後半と見た。んで紛うことなき美人。“仕事できます”って感じ。
かなり飲んでんのか、香水に混じって酒の臭いがする。でも化粧も崩れてないしスーツも綺麗に着こなしてる。
……普通に完全敗北。
佳也クン、こういう感じのが好きなんだ。私なんか最初から無理じゃん。何で勘違いなんかしたんだ、私。
「あら~やぁだ! 綺麗な子じゃない! 佳也ったらこんな子ひっかけ「すんませんミウさん! すぐ追い出しますんで!」
彼氏が女連れ込んでんのにこの余裕……でも、私だってみっともなく取り乱したりしませんよ。
「はじめまして。
佳也クン、私帰るから上がってもらえば?」
「………………え?」
「え~お話しましょうよ~!」
私だって一応プライドってモンがあるんでね。
第二夫人なんか絶対嫌。一番以外は認めない――いくら佳也クンのこと好きでも、そこは譲りたくない。
つーか女に順位なんかつけんじゃねぇ。本命だけで満足しとけ。
美人な彼女さんに曖昧な笑いを返して、パンプスを履く。
「ちょ、ミウさん! 待ってください!」
掴もうとする手から逃げて彼女さんの後ろに回り込む。
触らないでほしい。二番手にするような手には捕まりたくない。
どうしようもなく痛む心のどこかを無視して、できるだけ冷静な声を出す。
「佳也クン、さっきの忘れて。何かごめんね、私ちょっと勘違いしてたみたい」
私より小さい背中を盾にして、視線すら遠ざける。
もう無理だ。こんなとこいられない。
二人して私をコケにしてくれちゃって。平凡女だって幸せになりてぇんだよ。
「じゃ、ばいばい」
軽く彼女さんの背中を押し出して、細く開けたドアからすり抜けるように外の世界へ。
さようなら、久々の恋。
やっぱしばらく彼氏はいらねぇわ。
もっと自分に似合った人好きになればよかった。
「恥かきに来ただけかよ、私……」
何となく覚えてた暗証番号を急いで押して、奇跡的にこの階で停まってたエレベーターに飛び乗る。
――振り返っても、ダークレッドの頭が見えたりはしなかった。
うん、今日はもう飲もう。明日講義ないし。
「……智絵、は確か都内で劇団の集まりあるっつってたな。泉…いや駄目だ、佳也クン殺されそう。お嬢、桜、亜貴、絵里香、直子……うーん」
この時間から誘って飲み来てくれそうで、盛大に愚痴れる人……あ。
エレベーターが一階に着いたと同時に思い立って、電話帳から検索、即呼び出し。
あいつここの駅最寄りだったはず。
『――はい?』
「あ、良平さん?今暇?」
『暇だけど……』
「ちょっと今から付き合って。おごるから」
『今ぁ? 俺明日一限あるんだけど』
「いいじゃん、付き合って、くれ…て、も……っ」
『……東?』
喉が勝手にひくついて、やけに視界がぼやける。
久々過ぎて、それが涙だって気付くのに少し時間がかかった。
『ちょ、何泣いてんの?!』
「っひ…く、フラれ、たんだよ! っ悪い、かぁ! おごるッから、慰めろ」
『何でそんな高圧的……お前今どこいんの?』
「お前の、最寄駅、東口……すぐのッ、路地」
『じゃあ近いわ。五分以内に行くから。その辺にコンビニあるからそこで待ってなよ。入んの嫌だったら外の隅っこにでもいて』
マジかっこ悪い……
フラれるってこんな気分なんだ。歴代彼氏たちと告ってくれた人、大変申し訳ない。
毒があってわりと人でなしだけど何だかんだ面倒見てくれる良平。ちょっと甘えさせてください。
つーか近くにいたんだ……奇跡じゃね?
何かフラれることが天により定められてました、みたいな。
――好き。やだ、何で私が一番じゃないんだよ。
薄っぺらいメッキでできたプライドがぼろぼろ剥がれてく。
泣きついてわめいて失望されたくなかった、なけなしの虚勢が消えてく。
ちくちょう、私が泣くなんてマジで滅多にないのに。ここまで好きにさせといて、第二夫人はないだろ。
艶っぽい声が、鋭い目が、控えめな笑い方が、優しいあの人が、大好きでした。
――さようなら、もしかしたらはじめてかもしれない、本気の恋。




