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02 期待してもいいのか?

「東センパイ、今日飲み行きません?」


バイト終わり、一コ下のレイちゃんが“いいお店発見したんです”って誘ってくれる。

行きたいけど今日は決戦の日だからすみません。


「ごめん、先約」

「……もしかして彼氏さんですか?」

「え? 東先輩彼氏できたんですかぁ? 男なんていらないって言ってたのに……」


彼氏じゃねぇよ……今ンとこ。


「彼氏ではありません」

「でも男ですよね? 香水つけ直すってことは」

「レイ先輩するどーい」


……さすが三年同僚やってるだけある。よくご存知で。

友達と遊び行く時は化粧直すだけなんだよね……ってこれレイちゃんが発見した法則なんだけど。


「超気になるんですけど。センパイ面食いだから」

「待ち合わせですか? それとももしかしてお迎え~?」

「……絶対隠れて見にきたりしないように」

「「お迎えだ!」」


くそ、二対一じゃ分が悪い。

休憩室兼更衣室で着替えながら軽く溜め息。確かに面食いだと思うけどさぁ。身の程知らずながら……


あれ、ケータイ鳴ってる。え?佳也クンか?もうそんな時間経ってる?

サブディスプレイに映ってるのは“チーフ”の文字。今日休みだったはずだけど……何かあったのか?


「ちょっとごめん……はい」

『あ、東ちゃん? もう帰ってる?』

「いや、まだ休憩室にいます」

『よかった! ちょっと本社に送って欲しいFAXがあるんだけど……今時間大丈夫?』


壁の時計を確認して……21:39。

ここから駅まで二分足らずで着ける。FAXならそんな時間かかんないだろうし、遅れるって電話するかな。


「大丈夫です。何送ればいいですか?」

『デスクにあるセール商品の集計表なんだけど、昨日送り忘れたちゃったの。今本社から電話来ちゃって……』

「わかりました。本社だけでいいですか? エリアの総括所にも送ります?」

『さすが話が早い! その二ヶ所お願いしてもいい?』

「はい、じゃあ送っておきますね。お休み中お疲れ様です」

『ありがとう! じゃあまた今度、失礼します』


遅番は基本社員さん不在だから事務仕事は古株がやることになってる。つまり今回は私。つーかパートさん抜かしたバイトの中じゃ私が勤続年も年齢も一番お局だし。


「レイちゃん鍵貸して、ちょっとデスク行ってくる」

「え? お迎えの時間大丈夫ですか?」

「電話するから平気だと思う」


電話帳から呼び出してすぐ通話ボタン。

もしかしたらまだ着いてないかもしれないけど、とりあえず着歴残すだけでも……って、繋がったし。


『――はい』

「あ、佳也クン今どこいる?」

『さっき駅に着いたとこっす』

「そっか。あんさ、大変申し訳ないんだけどあと五分くらい待ってもらってもいい?」

『全然いいっすけど、何か問題あったんすか?』

「んーん、ちょっと事務仕事が残ってただけ」


鞄にさっき吸った煙草のケースとライターを詰めて、脇にある鏡で簡単に化粧チェックして。髪はメット被るからちゃんとセットしても意味ないんだよなー……


『……ミウさんのバイト先って駅から見て右手の、ロータリー出てすぐのとこっすか?』

「え? そうだけど、あれ、言ったっけ?」

『いや、ただ見える範囲にあるケーキ屋ってそこだけだったんで。何か外の看板の電気ついてますけど、これって勝手に消えるタイプなんすか?』


……何ですと?


「レイちゃん、優希ちゃん、上看板の電気消した?」

「あたしは消してないです……」

「もしかして消し忘れてますか」

「そうっぽい……

ありがと佳也クン、消してくるわ」

『いえ。あ、俺近くのコンビニんトコに停まってるんで』

「わかった。終わったら行くね、じゃああとで」


通話終了。つーかコンビニって二つ脇じゃん。あんなでかいバイク目立つって。もう二人に見られんの確実……


「隠れて見に行く必要もなさそうですね」

「楽しみ~! 絶対かっこいいんだろな~」


動物園に行くガキか、あんたらは。




× × ×




俺でも知ってるケーキ屋の名前が書いてある看板の電気が消えた。

マジで駅から近ぇな。ロータリーから外れてるっつってもこれなら全然危なくねぇ……って俺は保護者か。

ケータイをポケットに突っ込みながら、軽く息をつく。


――期待してもいいのか?

今まで勘違いしそうになる言動はすげぇたくさんあったけど、今回は何かちょっと違う。

“話がある”“ふたりきり”“俺のマンションで”

こんだけのワードが揃ってりゃ、何かねぇ方がおかしい。いや、ミウさんのことだから油断はできねぇけど。


沸いて降ってきたチャンス。まだ待てるけど、逃すには惜し過ぎる。

つーか元々余裕ねぇのに無理矢理リミット作って待ってるだけだし。


「……決めるか」


この宙ぶらりんな関係を終わらしたい。

もっと近付いて、あの日みてぇに、早くミウさんに触りたい。

塞き止めて喉が焼けそうなくらい我慢してる気持ちを伝えたい。


「はぁ……」


俺、何でこんなミウさんのこと好きなんだ。

理屈捏ねて説明できる感情じゃねぇことくらいわかるけど、やっぱ意味わかんねぇ。

俺一目惚れとか信じてねぇし、そうやって告ってきた子は断ってたし。なのに自分が一目惚れしたとかマジ笑える。


「馬鹿だ、うぜぇ」


つーか独り言多い、俺。


「――佳也クン」


あー……俺、この人の声もやっぱ好きだ。いや、この人の声だから好きなのか?まぁどっちでもいいけど。


「ごめん、結構待たせちゃって」

「大して待ってないっすよ。こんばんは、ミ――アズマさん」


肩越しに見えた二人組の女がこっちをガン見してんのに気付いて、ギリで呼び方をチェンジして一応会釈だけしておく。

“よくできました”って感じに笑うミウさんは前と変わらず美人でかっこいい。惜しげもなく出た脚もやっぱすっげぇ綺麗。つーか今日はギャルっぽいロック系なんすね。何をどう着ても合わせられるってすげぇなこの人。つーか……


「髪、変えたんすね。色と前髪」

「あーうん……更に平凡貧弱になりました」

「だからどっからくるんすか、それ……普通に似合ってますよ。可愛いっすね、その髪色」

「あ、りがと……」


髪色っつーか、ミウさん自体を褒めたいんだけど、多分今言ったら殴られる。

後ろにいんのバイトの人だと思うし。


「(ちょ、東先輩面食い過ぎません?!)」

「(前以上のイケメン……つーかバイクでお迎えとかマジ羨ましい)」

「(それあたしも思いました! あ、敬語ってことは年下ですかね?)」

「(多分。下手したら優希ちゃんより下かもよ)」

「(えーないですよ~超大人っぽいし)」


「そこの二人、聞こえてっからね」


内緒話のボリュームじゃねぇよ。つーか話すなら“前以上の”ってとこもうちょい詳しく。


「レイちゃん、優希ちゃん。あんたら飲み行くんじゃなかった?」

「居酒屋は逃げませんもーん」

「目の保養です。女子大通ってると乾いてしょうがないので」

「えー共学だってロクなのいないですよ~勘違いかオタクかどっちかです」

「それでも生物学的にはオスじゃん。私のとこヅカみたいな世界広がってるからね」

「それはそれでアリじゃないですか~?」


……また愉快そうな人たちだ。

何でミウさんの周りってこうも濃いんだ。って俺の周りも結構アレだけど。


「はぁ……行こっか、佳也クン」

「いいんすか?」

「埒明かないし。このままだったら軽く一時間くらい質問攻めに遭うの君だけどいいのかな?」

「……じゃあ行きましょうか」


正直彼氏でもねぇ俺が質問攻めされんのもまた微妙だろ。

メットを渡してからエンジンかけて、自分のメットを被る前に少し考えてから着てたパーカーを脱ぐ。

ミウさんアウターとか持ってねぇよな、多分。六月になったばっかっつっても夜だと結構寒ぃだろ。


「アズマさん、俺が着てたので申し訳ないんすけど、これ」

「はい?」

「よかったら着てください。この時間、バイク乗ると結構寒いっすよ」


「(うわ~! 超クール系なのに超紳士~)」

「(でも多分他の女には絶対見せない優しさって感じのタイプだね、あれは)」


外野うるせぇ。

確かに他の女にはしねぇっつーか他の女ケツに乗せたことねぇけど。


「いや、そしたら佳也クン寒いでしょ」

「俺は慣れてるんで別に。いいから着てください」


押し問答すんのめんどくせぇ。ミウさんに風邪引かせたくねぇし、ここは譲らねぇから。

押し付けたパーカーをミウさんが受け取ったのを確認してから今度こそメットを被る。


「……じゃあ、私行くから。お疲れ」

「お疲れ様です」

「楽しんできてくださいね~」


「お願いします……」

「はい、ちゃんと掴まっててくださいね」


含みある笑顔に見送られて、俺の愛車はゆっくりロータリーを回り始めた。

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