03 心臓は限界寸前
ぶりぶりした薄ピンクのドレスに白タイツ、がっつりロリータ系の服を着た…………坊主頭のおやじが隣のボックス席に座る。
有り得ねぇだろ。
何で首から上だけまんまなんだよ。
やるんなら化粧とヅラくらいやれよ。その方がまだ視覚的ダメージが少ない。
つーかうぜぇ。
何だこのおやじ。何でわざわざそこに座んだよ。空いてる席山ほどあんだろうが。
よりによってアズマさん――で、間違いねぇと思う――の正面なんかに座りやがって。マジむかつく。
「佳也。顔こわい」
「うるせぇ生まれつきだ」
横向くとおやじを引きずり出しそうになる衝動に堪えらんねぇ気がする。
あのエロくてすっげぇ綺麗な脚にちょみっとでもおやじの白タイツが触ってんの見たら、確実に蹴り飛ばしたくなる。
アズマさんは、綺麗な人だ。
一緒にいる人が言うように、きつい感じの美人。何で本人に自覚がねぇのかわかんねぇけど。
綺麗なのは脚だけじゃねぇ。細い指も白い首筋も流した髪もちっせぇ顔も全部だ。
どのパーツ見ようとしても意味わかんねぇくらいどきどきして直視できない。
つーかどんだけガン見してんだよ、俺。マジ気持ち悪ぃ。
「……ユウゴさん達の、よかったじゃん」
「…おー」
「でも奇跡じゃない?こんなとこでこんな話聞くなんてさ」
――アズマさんが好きだって言ってたLOS ANGELESは、俺らの先輩達が組んでるバンドだ。
先輩っつっても別に学校の先輩じゃねぇ、バンドの先輩だ。俺らがバンド始めた時からかなりお世話になってる。
すげぇ実力のある人達で、メジャーデビューした時は自分のことみてぇに嬉しかったな。
「にしてもあのチョイスはねぇ~」
「うっせぇ」
「あらあら? 顔が赤くなってございますわよぉ?」
「お前駅ついたらマジその鼻潰すから」
「頭の固ぁい男は嫌われるよ? いいのかな~?」
当たり前だけど、バレてる。
そりゃここまでガン見しといて何でもねぇとは言えねぇけど……何かうぜぇ。
「関節技ひとつで勘弁してやる」
「ややや、それ全っ然嬉しくないから」
「第三十八章千二十二頁盲目の羊飼いは黒と白の羊を手に入れました盲目の羊飼いは黒の羊に泥で作ったつがいを与え白の羊は山の供物として捧げました」
「「…………」」
あれか、ちょっとヤバ気なやつか。
ロリータおやじを視界に入れないようにアズマさんを見る。
怖がるとか気味悪がるとか何か色々反応はありそうな気がするけど、見事に無反応。隣の人も全然気にしねぇでケータイいじってる。
「貴女は黒の羊が生贄になるべきだったとお思いですか?」
知らねぇよ。
多分ここにいる四人全員が同じこと思った。
「…………」
「貴女は黒の羊が生贄になるべきだったとお思いですか?」
「…………」
あ、今ちょっと眉寄った。
怒ってんのはわかるけど、何か色っぽい。
今まで適当に付き合ってきた子達にはンなこと全く思わねぇし感じなかった。
アズマさんは確かに美人だけど今まで見た中でずば抜けて美人ってわけじゃねぇ。なのにすっげぇ綺麗に見えんのは俺の好みのせいか?
ロリータおやじが同じセリフをリピートする度にアズマさんの眉間に皺が寄る。
「……泉」
「一分以内に戻ってきてね」
「努力する」
ごついブーツを鳴らして立ち上がったアズマさんは、ロリータおやじを丸無視して早足に別の車両へのドアを開けて消えて行った。
しばらくしてからうるさい電車の音に混じって聞こえたのは、
「っあはははははは!!」
………。
爆笑するところかこの状況。
「貴女は黒の羊が生贄になるべきだったとお思いですか?」
「あ、智絵? あたし達一回宿に荷物置きに行ってからその辺ぶらぶらしてるよ」
「貴女は黒の羊が生贄になるべきだったとお思いですか?」
「……うん、ん? 東は今ちょっと取り込み中。今度乗り遅れたら宿まで自分でGPS使ってきてね」
何、この空間。
京介ですら若干戸惑ってんだけど。
ドアが開いて、また派手な足音を立ててアズマさんが戻ってくる。
おやじの足が邪魔なのか、通路に脚を出すように席に座って。
やっぱすげぇ綺麗だ。傷もほくろもひとつもねぇ。つーか何で網タイなんだよ、エロ過ぎんだろ。あーアズマさんブーツ脱いでくんねぇかな。
……ジロジロじっくり見てる俺は京介にも勝るド変態だ。自覚あるだけマシか?
《次は――、――でございます。お出口変わりまして右側です》
「貴女はどちらが生贄になるのが正しかったのか……答をお持ちですか?!」
金切り声のロリータおやじが詰め寄るのよりも、俺が腰を浮かすよりも早く。
ガンッ!
長い綺麗な脚がおやじの座席の端を蹴り上げてた。
《――、――でございます》
「自分で考えてください」
にっこり。
そんな効果音がつきそうな笑顔で凄むアズマさんは普通にかっこよかった。
つんのめりながら逃げて降りていくおやじを見送ることもなく、かといって脚を組み直すアズマさんも直視できない。
俺の位置からじゃしょうがねぇんだ。不可抗力だ。俺に落ち度はねぇ。
…………黒か。外さねぇ人だな。
「ごめん、泉」
「あたしは全然平気。むしろ東がやばかったでしょ?」
「目の前でマジ吹き出すかと思った……ああいうのダメなんだって。腹筋無駄に鍛えられちゃうから」
「智絵がいたら確実に爆笑の渦だったね…」
「あいつこのためにいなかったんじゃねぇの?」
「一理あり」
棚に上げた大きめの鞄を降ろし始めたアズマさんを見て、そういや次の駅で降りるんだったかとか気づく。
これで宿まで一緒とかだったらマジ奇跡なんだけど。つーかアドレスとか聞いてもいいのか?その前に話しかけなきゃどうにもなんねぇ。
こんな時に京介の口のうまさとか昭の人懐っこさがほしくなる。何かうぜぇ。だせぇ俺。
――ガタンッ!
「っわ」
「と……」
……俺、無宗教だけど、今なら神様に感謝してもいい。つーかマジすげぇタイミング。
大きくカーブした電車が揺れて、よろけて倒れてきた背中に手ぇ伸ばして軽くキャッチ。
ドラマかってくらい出来過ぎてんだろ、これ。
「す、みません」
「……いえ」
女にしちゃあ結構背あんのにやっぱ細いし、何かすっげぇいい匂いする。香水か?髪いじってるからワックスかもしれないけど何かくらくらする。どこまで変態なんだよ俺。
つーか何が“いえ”だ。もっと何か気の利いたこと言えねぇのかクソボケ。
「……取りましょうか?」
「え?」
「荷物」
「えーと……お願いします。傘が奥に入っちゃって」
何か、わりと背ぇでかくてよかった。
とりあえずアズマさんを座らせてから荷物置きを覗き混んで、奥にある薄い折り畳み傘を取り出す。
「何か変なところに引っ掛かってたみたいです。破けてないと思いますけど」
「あ、ありがとうございます。すみません、ご迷惑をおかけして」
「いえ」
性格きつそうだしかなり愉快な人っぽいけど礼儀正しい。きっちり頭下げてくれるし、敬語で話してくるし。
それに引き替え俺は何だ。“いえ”以外に返事できねぇのか。
「えーと、お二人で旅行ですか?」
神様ってやっぱいるんだな。俺今度から信じるわ。
「いえ、もう二人いるんですけど車で先に行ってて」
「へぇ……県内からですか?」
「そうですね。そちらは?」
「私達もですよ。まぁ小旅行って気分なのでかなりゆったりなんですけど」
「この時間ですからね」
「お二人、じゃなくて四人は何をしに? この辺は別に観光地でもないし」
「俺らはサーフィンを……」
《次は――、――でございます》
………殺す。
すげぇぎこちないけど成立してた会話が打ち切られる。
どんだけ俺が頭使ったと思って……!
「佳也、降りるよ~」
「…………」
そのうぜぇくらい楽しそうな笑顔、ボコボコにしてやりてぇ。
「あの」
「…は、い?」
「降りる駅、同じだったんですね」
「……そうですね」
そうですねじゃねぇだろ!
何ガチガチに緊張してんだ馬鹿!
「また会ったらゆっくり話そっか」
「え?」
「またね、佳也クン」
ふ、っと笑って颯爽と降りていくアズマさんに俺の心臓は限界寸前だっだ。