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07 ――『Black Tempest』

「お待たせしましたっすヒメさん。はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


人の良さそうな笑顔の男の子――ミッチーが渡してきたコップを受け取る。

京介クンが遣わした使者さんは何とも若い子で、同じベーシストとして京介クンを尊敬してるらしい。昭くんとはまた違ったかわいい感じで癒される。こんなおばさんの相手してくれてありがとうねぇ。


「レモンティーなかったんでアップルティーなんすけど、大丈夫っすか?」

「はい、大丈夫です」

「よかった~」


ライブハウスってドリンク別料金なのはいいけどケチり過ぎだよなーとか思う。

まぁ今日入れて二回目のほぼ初心者ですが。


「あの、これのお金は?」

「ケイさんから受け取ってるんで心配いらないっすよ」

「ケイ、さん?」


誰それ。


「あ! えっと、スペルのライブ初めてなんすよね?」

「そう、ですね……あの、大変申し訳ないんですがバンド名すらわかってない状態で呼ばれたっつーか何つぅか」


スペルってのが多分佳也クンたちのバンド指してんじゃないかなーくらいしかわかんねぇです。

その辺も何となく聞いてあるのか、ミッチーは丁寧に説明してくれた。


「ケイさんってのはバンドネームで、本名は京介さんっす。あとの人は話したことないんで本名はわかんないっすけど、ボーカルがショウさんでドラムがコウさん、それとギターのキユさん。

サブメンもいるっすけど基本メンバーはその四人でSPELL NUMBERってバンドっす。

人気も実力もこの辺じゃピカ一でかなり有名っす」


「へぇ……そんなすごいんだ」

「すごいんすよ! メンバー全員演奏レベル高ぇし、バンドのカラーもはっきりしてて曲もノれてMCもうまいんす! かっこいいんす!」


自分のことみたいに自慢するミッチーの頭を無性に撫でてやりたくなる。

つーか有名バンドだったんだね、君ら。こりゃ更に聴き応えありそうだわ。


「演奏始まったら俺は前に行きますけど、ヒメさんは絶対この辺から動いちゃ駄目っすよ」

「……えーと、あんさ、すんごい今更なんだけど……“ヒメさん”って何」


さっきから何回かそんな単語が出てきてんだけどさ。

どう考えても人の呼び名で、どう見ても話してる相手が私だから、ヒメさん=私って式ができあがっちゃう気ぃすんだけど。気のせいですよね?


「ケイさんからそう呼ぶように言われました!」


きらきら~

あ、何かオーラが……


「いやマジ勘弁してください私みたいな残念なおばさんにはきつ過ぎる……」

「んなこと全然ないっすよ! ヒメさんマジで人形みたいに綺麗っす」


そりゃ服とヅラのせいだ。あと化粧。何とか化けてるだけで素材はアレだから。

ああ、純粋な少年の目を汚してしまった……


「無理しなくていいんだよ、ミッチー……」

「あ、そろそろ始まるっすよ! 気分悪くなったらすぐ後ろに出口ありますからね?」


スルーしたのか聞こえなかったのかはわかんないけど、心配そうにしながら前に行くミッチーを見送る。京介クンが何か言ったんだな。じゃなきゃ多分ずっと横で私の世話しててくれたかもだし。


つーかすんごい人……あれだ、“人がゴミのようだ!”みたいな。

どう見ても人詰め過ぎ。一番後ろにいても余裕あるってわけじゃないし、前列はスーパーのタイムセールに群がるおばちゃんより酷ぇわ。絶対行きたくない。



薄暗い照明がもう何トーンか落ちる。

ざわつきが段々広がってく中でステージに赤いライトが点いて、これぞロックって感じの雰囲気になる。滅多に入れないコンタクトを装備した目がきょろきょろ動いた。


右手から黒いハットの人が出てきて、続いてでかい人、その次に緩いオールバックの人、最後にいつも通りの子――うわ、マジであの四人だ。

つーかその長ったらしい前髪は後ろに流すためですか斎木サン、真面目にかっこいいんですが。いや、全員普通にかっこいい。何その超自然体。何か私の方がやけに緊張してんだけど。

出てきた四人が準備してる間に客のテンションが既にとんでもない感じになってく。どっから声出してんのあんたら。女の子も勿論多いけど結構男の雄叫びも聞こえるってことはビジュアルだけじゃないって証拠か。


多分簡単な挨拶とか紹介が始まるんだろうな、とか思って見てたら。


「――『Merry』!!」


はぁっ?!いきなり?

ちょ、初心者に優しく!


ベースから始まってギター、ドラムが乗っかってく。

こういう楽器の演奏テクとかはよくわかんないけど、好きな感じの音だ。ちょっとテンポ早めなのに何となくアングラな感じ?


昭クンの高いのに力強い声が室内いっぱいに反響する。すご……ミッチーがベタ褒めすんのもわかる。素人が聴いてもうまいって感じる。

聴いてる途中、赤いギターを持った佳也クンに何度も目が行く。ギターだけが異様にクリアに聴こえんのは私の耳が勝手に照準合わせてるせいなんでしょうか、それともそういう音なんでしょうか。

つーかよく聴いたら結構際どい歌詞……何つぅか“ビッチとクソ男の関係”みたいなサブタイがつきそうな。これ誰が作詞作曲してんだ。オリジナルだよ、ね?


考えてる間に曲が終わって、歓声だか怒声だかよくわかんない声が上がる。何か部屋の温度がどんどん上がってる気がする……


「初めまして、もしくはこんばんは~SPELL NUMBERでーす」


黒いハットを軽くずらして京介クンがやっと挨拶する。ステージにいると別人っぽいけどその軽ーい喋り方聞くと安心するわ。


毎回やってんのか、それとも私がいるからなのかよくわかんないけど簡単なメンバー紹介が入って、ミッチーの言ってたバンドネームを再確認する。

ケイとショウは本名を別の読み方してるってわかるけど……コウとキユはどっからきたんだ。つーかキユってまたかわいい名前で。


「――じゃあ待ちきれない人もいるみたいだから次のいきますか~はい、ショウちゃん」

「はいはい! 次ゆったりだからあんま体力使うなよー? 最後すっげぇのくっからさ! でも上げていこうぜ!」

「無茶言わないの」

「いーじゃん! とにかく好きにノってください!――『DRUG SCAR』」


タイトルに被るスレスレで健司クンの重いドラムの音が響いて、雰囲気が変わる。

昭クンの言う通り若干ゆったりめなテンポのイントロが終わって、今度はさっきよりもポップ色の強い曲。あれ、でもこの歌詞……女の恨み歌っぽいんですが。ちょ、どんなギャップ狙い?あーでも何かかわいい。この曲も好きだな。


多分、スペルナンバーは前に借りたROMの三コ目、ハードロックのバンドだ。曲調が変わってても音とか声ですぐ気付いた。

何か今まで学生バンドとか聴かなかったのって損してたのかも。こんないいバンド知らなかったなんて。


また曲が終わって、何言ってんだかわかんない客の叫びと群がる人にさらっと笑顔を返した京介クンがマイクを握る。


「この曲の男って馬鹿ですよね~俺だったらこんな女の子いたら絶対離さないんだけど~」


黄色い声、爆発。

微妙に聞き取れたのは“離さないで”とか“捕まえてて”とか“愛してる”とか色々。おー怖ぇ……マジで言ってる人絶対いるだろ。京介クンやっぱタラシだったか。


さっきよりも長いMCが続いて、次は最後らしい。

結構短いんだなぁ……ってかそろそろ人酔いしそう。後ろにいるから大丈夫かなとか思ってたけど部屋自体の密度が半端ないわ。


「セトリ見た常連さんはわかってるかもだけど、最後は新曲持ってきちゃいました~久々にツインボーカルだから今日来た人はラッキーかも。キユの美声に濡れちゃってね」


…………何言ってんだ京介クン。

智絵とキャラ被ってんぞ。


「ケイ、おれは? おれは?」

「ショウのはノれる声。キユじゃないと濡れないよね~みんな?」


いやいやいや、振るなよ。んで返すなよお嬢さん方。

マイク通さないで健司クンが何か言ってんのが見えて、京介クンが肩をすくめる。つーか佳也クン平然とし過ぎじゃね?あんたの声について言われてんだよ。


「コウが怒るから始めちゃおっか~

新曲はとあるお姫様に捧げます! キユよろしく~」


え?

“姫様”、“ヒメ”……うん?

……いやいや、まさか。


軽く頭を振った瞬間、私好みの声が室内の空気を奪った。


「――『Black Tempest』」


さっきよりも強くギターが耳に飛び込んでくる。

心臓が痛いくらい速くなって。



『――

飽き飽き退屈な風景

聞こえた声に

即ハマる


BGMはヒールの音

意味不明に

テンションハイ


最上級好みのいい女

一瞬でオチてトんだよ


焦れる悶える

妄想一直線

流した髪から

ちらつくけだるげな目


思考奪われ

脳内一本道

ガーターを纏った

長くて白い脚


他の奴が目をつける前に

息の荒い狼へ急シフト




そんな冷たい顔をして

電話口での

超毒舌


それなのに見上げた一瞬

隙だらけの顔

ひどい不意打ち


笑った途端可愛い女

ギャップに二度目の落下


どれだけオトとせば

気が済むんだ

ああもう!最高過ぎる!』



息が、苦しい。

音が声が歌詞が、ダイレクトにぶつかってくる。

とんでもなく早いギターソロが私を更に追い詰めてく。



『唇噛み付く

欲情一直線

合間に見える

赤い舌が誘ってる


迷う暇ナシ

本能一本道

喘ぎごと閉じ込めた

名前は俺のもの


どんな奴にも渡せないよ

狼が守る至高の宝


綺麗で強く可憐な君は

何もかも奪う黒い嵐

――』



歌と記憶がシンクロする。


――私、すんごい馬鹿だ。

どんだけ鈍けりゃ気が済むんだよ。

何が“向こうがどう思ってんのかわからないし”だ。

ずっと前、出会った時から、あの人は……



苦しい、恥ずかしい、どうしようもなく嬉しい。

自惚れてもいいよね?ここまできて勘違いとかってオチないよね?


曲が終わって最高潮に沸き上がる人の群れから外れた場所で、マナー違反とは思いながらケータイを開く。

何回か打ち間違えつつメールを作って。



To 斎木 佳也

Sub 無題

------------

ちょっと話があるんだけど、明日の昼か明後日の夜、無理だったら近い内に会えないかな?

------------



できれば今日、なんてことは言わない。

ライブ終わってすぐなんて空気読めないことしないし、正直私にも色々準備ってものが。


「熱……」


メールを送信した途端思い出したかのように熱気が戻ってくる。マジで限界かも……何か気持ち悪ぃ。


MCの途中なのは重々承知してます。でも今回はここで失礼させてください。

今日はこの気持ちだけ持って帰ります。倒れて運ばれたなんてオチはいらないんで。


出口手前で振り返って、もっかいステージを見る。


――崩れた髪を適当に掻き上げる彼を、どうしようもなく好きだと思った。


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