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06 あと十分

『――できればお願いしたいなぁって』

「はぁ」


電話口の軽そうな声を上回る軽さで勝手に返事が出ていく。

だってさ、ライブ見に行くだけなのに“ひとりで来い”だの“佳也クンに言うな”だの“変装してこい”だの注文つけてさ。いっくらなんでも気付くよ、京介クン……


「あんさ、そのライブって君たち出んだよね?」

『あ、バレちゃいましたか~』


バレねぇ方がおかしいだろ、これ。


『ならもうちょいストレートにいきましょうか~絶対に俺以外にバレないように曲聴きに来てほしいんですよ、東さんには』

「…………何で」

『東さんがいたら駄目なんです。でも絶対東さんに聴いてほしいんです』


また、そんな真剣な声出しちゃって。この子の本質ってこっち側なんだろな、きっと。

そこまでお願いされて聴きに行かないほど私は鬼畜じゃない。佳也クンに“聴きに来んな”とは言われてないっつーかライブがあること自体聞かされてないかんね。その前に最近ぽつぽつメールしてるだけだし。


「……わかった。今週土曜の20:40、『ロシアンレッド』ってとこの前にいればいいんだよね?」

『はい! 迷ったりしたら即電話ください。それと当日のできれば早めにどんな格好してくるのか特徴教えてください~知り合いにゲストパス渡す役頼むんで』

「ライブ前忙しいもんね、了解」


一言二言プラスして通話終了。

つーか土曜って明後日じゃね?バイトなかったの奇跡だし。あっても交代してもらうしかないけど。


京介クンがあそこまでごり押しするライブ。こりゃあ個人的にもかなり気になりますね。

どんな格好してくかなー絶対に私ってバレねぇような……ウィッグ被って全然違う感じにするかな。普通じゃ面白みがないし。

歳考えて封印した、しまいっぱなしの服を思い浮かべながら、私は卒論関係の資料に向き直った。




× × ×




「……何だその格好」


…………何でいらっしゃるんですか。この時間に。

靴を履こうとした瞬間、後ろからかかった声に盛大に顔が引き攣る。最近いつもに増して不規則な生活してらっしゃいますね、オニイサマ。


「いや……気分転換?」

「卒業したんじゃないのか? ゴスロリ」


パニエで膨らんだ黒のジャンパースカートに白いブラウス、どっちもフリルたっぷりの仕様でリボン付き。緩い縦ロールの金髪ウィッグ、レースリボン、タイツ、木底シューズ……はい、ガチでゴスロリです。


「かわいいでしょ?」

「服はな。お前込みだと厳しい。二十歳過ぎて更にそういうの似合わない顔になったし」


う゛……またはっきりと。自分でも思いながら必死で考えないようにしてたのに。まぁ元から似合わないってわかってたけどさ。

二十歳過ぎてもかわいい人は長く着れるんだろうけど、私みたいな老け寄りな貧弱顔には無理でした。何となく未練があって捨てらんなかったゴスロリ服たち、やっぱ今回でさよならだな。


「…………ウィッグでなんとかなりませんかね?」

「つけまつげしろ。顔薄くするな。それと靴はもっとヒール低いやつで。そんなでかいゴスロリ女は認めない。髪のリボンは……いい。俺がやってやるからとりあえずリビング行け」


さすがファッション誌の編集やってただけありますね。今の仕事もそっから発展したやつだけど。

つーかンなことしてたら間に合わなくなるんですが……


「バスがあと七分で来ちゃうんだけど」

「駅まで送ってやるから。中途半端な格好で行くことは俺が許さない」

「……ハイ」


一般家庭の兄って絶対こんなんじゃないよな……いや、助かるっちゃあ助かるんだけどさ。


「ところでお前どこ行くんだ?」

「知り合いのライブ」

「……馬鹿か? そんな格好でハコ行ったらボロボロになって帰りの電車で恥かくのが関の山だろう」

「一番後ろで何曲か聴くだけだし。変装しろって指定だから」


こんだけいつもと違えば目立ってもただのゴスロリ女って印象になるだろうし。

つーかステージからじゃあんま見えないだろうし。


「何でもいいけど帰る時呼べよ? 迎えに行ってやるから」

「……え。何、何で今日そんな優しいの」

「ボロボロの状態で帰ってるのをもし俺の知り合いに見られたら俺が大恥かくからだ」

「………さいですか」


どうせそんなこったろうと思いましたがね。




× × ×




「金髪ロングのゴスロリちゃんっすよね?」

「うん、よろしく~」


何となく見覚えのある奴と京介がそう話してんのが聞こえた。

あー…そうだ。何回か前に対バンしたバンドのベース、だったか?確かこんな顔してたような……

好みの女でもいたのか?けど京介ゴスロリとか特にタイプじゃなかったよな。


「……また何か引っ掛けたのか」

「やだな~最近やってないじゃん。今回は普通に知り合いに頼まれてるだけ」

「あっそ」


別に何でもいいけど。チケットはいつも通りノルマ超えしてるし。

昔は友達とかに声かけまくってたけど、今はリピーターっつぅかファンみたいなのもいてくれる。俺らの音を気に入ってくれてる人がいるってのは無条件で嬉しい。まぁ京介が地道にビラ配ったりメルマガとか配信してる成果ってのも勿論あるけど。


「……あ、正十郎入院したって」

「え、また~? 今度何」

「滝壺に飛び込んで足にひび入ったらしい」


正十郎――小柳 正十郎はうちのバンドのサブメンバーでキーボード担当……なんだけどかなりの変わり者で、実家の古武術道場を継いで日夜おかしな修行に励んでよく入院してる。

小学校から付き合いがある俺の中じゃあいつは京介と張る変人の位置にいる。


「ひびだけで済むとこがまた何とも言えないよねぇ」

「まぁ、正十郎だから」

「だね~」


それで全部説明できる。京介ももうそれ以上はツッコまねぇし。


「でも『三星』抜かしてよかった~この土壇場でキーボいないとかなったらさすがにまいっちゃってたね」

「『Merry』『DRUG SCAR』で『Black Tempest』、だよな?」


さっき逆リハやったのにもっかい確認したくなるのは何でだろうか。


「うん。何て言おうとやるからね? 『Black Tempest』」

「別にやりたくねぇなんつってねぇだろ」

「結局六割佳也がリードになっちゃったしね~あはは」


仕向けたのお前だろうが。笑ってごまかせると思ってんのか。


「昭のボーカルも好きだけど、お前のも好きだよ? 俺は」

「……そうかよ」


好きなもんをストレートに好きって言える京介がたまに羨ましくなる。

俺も最初のうちにミウさんに言っとけばンなめんどくせぇことにはなんなかった…はず。最近あんまメールしてねぇな。六月に卒論の調査やるだか何だかで忙しそうだからうかつに会う約束言い出せねぇし……若干ミウさん不足。っていつもながらキモい俺。


とりあえず今日は叫ぶ。あんな本心発散できんのはここだけだ。

直接本人に言ったらドン引かれんの確実。つーか他の曲のがすげぇ詞だったりするし、詞にモデルがいるだけで別に詞自体は通常運行だ。ノンフィクションだとあそこまで恥ずかしくなるもんなんだな、歌うのって……


「かーや」

「んだよ」

「俺と泉さんの恋を見守ってね」

「はぁ? ねぇだろ、それ」


何、いきなり。お前嫌われてんじゃねぇか。つーかその前に俺は自分のことで手一杯だ。



「だって俺を避ける女の子だよ? 絶対この先いないって。超貴重」

「ンな理由で追っかけ回すなよ」

「追っかけてないじゃん~本腰入れたら家まで行っちゃうよ? 俺」

「……マジでニトロの刑になるからやめろ」


どんな変人でも幼なじみの悲惨な死に様はさすがに見たくねぇ。


「ちょうどいい具合に健司もアレだし~昭は残念ながらお相手いないけどさ」

「これ以上犠牲者を増やすな」


毒舌オジ専に擦り寄ろうとする京介と、女郎蜘蛛に引っ掛かった健司と、天然悪女に絶賛ベタ惚れ中の俺。

相当カオスなのに昭まで混ざってどうすんだ。


「ね~今度東さんたちの大学行ってみない?」

「何で」

「理由なんかないよ。行きたいだけ~佳也だって気になんない? ほら例の浅野とか」


浅野……見たら多分殴りたくなる。他大学で暴力沙汰は勘弁だ。いや、自分の大学でも嫌だけど。


「……アズマさんがいいっつったらな」

「それじゃ意味ないじゃ~ん! サプライズなのに」

「ンなの迷惑すんだろ」


正直、行きたくねぇし見たくねぇ。

もし大学でミウさんが俺にすんのと同じように男友達に接してんの見たら、悔しくなるか悲しくなる。女々しいって言われようがそんな予想しかできねぇ。

あの人の側にいるのが俺じゃなくても同じように笑う。俺が特別なんかじゃねぇって思い知らされる。

それに堪えられるほど俺はできちゃいねぇんだよ。


「余裕ないねぇ、佳也」

「うるせぇ悪ぃか」

「いやいや~でも無理して待たなくてもいいんじゃない?」

「は?」

「あー! 京介、ミッチーが捜してた!」

「はぁ~い」


ひょっこり出てきた昭の言葉に俺の疑問は掻き消される。待たなくていいってどういうことだ。意識してもらえてねぇ状況でどう突っ走れと。

わっかんねぇ……まぁそれより今はライブのことだ。一つ前のバンドが始まって……入りまでもうちょいか。


「……昭」

「はいはい?」

「アドリブでチェンジ、今回は絶対しねぇからな。特に最後だけは」

「えーそれは気分で」

「あとリハの時、『Black Tempest』のFの頭くらい、何個か音飛ばして弾いただろ。一個飛ばしたからって諦めんのやめろっつってんだろうが」


昭は楽譜に対して結構ムラッ気があるっつぅかルーズで、アドリブで切り抜けることが多い。けど結局京介に全部バレるし、今回飛ばしたのは元々俺のパートから分けた部分だから普通に俺でもわかる。

トチっても音とか声が縮こまんねぇのはいいけど、さすがに派手な間違いばっかだとまずいだろ。


「ごめん、本番はちゃんとやる!」

「おー……健司は?」

「もう裏入ってる」

「じゃあ行くか」


コーヒーをゴミ箱に投げてから、流した髪を軽く掻き上げる。


「やっぱ前髪上げんのかっけーよなー! おれもやろっかな、あ、でも佳也とかぶる?」

「……いや、被んねぇから安心しろ」


俺の場合、プレイに邪魔だから流してるだけで終わったら落ちてるし。お前とは色から顔から全部違ぇから髪上げても似ねぇよ。


「お待たせ~」

「待ってねぇ」

「おかえり! あ、何だったのミッチー」


ミッチー、ミッチー……あ、あのベースの奴か。今回入ってねぇよな、あのバンド。ただ聴きに来ただけなのに京介におつかい頼まれて……


「ん~? 捜し人が見つかってちゃんと保護したって」

「え、何、何、京介今度は誰引っ掛けたの?!」

「何でみんなして同じこと言うのかな~」


まず引っ掛けたって思うからに決まってんだろうが。

けど京介がライブに女呼ぶなんて珍しい。いっつも入待ち出待ちのファンらしき子つまみ食いしてんのに。


「今回は普通の知り合いだってば。あ、佳也~しぃニャンが佳也と話したがってたよ」

「……誰」


つーか何だその名前。ライブネームなのくらいわかるけど。え、男だよな?


「カリストの~、ミッチーがいるバンドのギターくん。ほら、緑のギター持ってた……」

「あー…あの。バラードでねっとり目の弾き方してた奴か」

「その覚え方ってどうなの……とりあえず佳也のギタープレイが好きだから話してみたいって言ってたから、終わったら会ってみて」

「……おー」


嬉しい言葉にいい感じにテンションが上がる。プレイが終わったら多分すげぇハイになってそうだ。


「そろそろ行かないとね~」

「健司ひとりで寂しがってんよなー」


時計を見て、軽く息を吐く。


――あと十分。

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