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05 難儀な恋の戦友が増えていく

「あれ?」


スタジオ帰り、電車・徒歩・バイクと解散、の前にいつも通りメシを食いに行った帰り。

京介があげた声に俺らがそっちを向くと。


「離してくれない?」

「離したら他の男ンとこ行くんだろ?!」

「行かないけど、何でもいいから離して? 痛いの」

「アシに使うだけ使って何もナシかよ?! ふざけんじゃねぇぞ!」


うわ、うぜぇ、見苦しい。

黒い車の前で女の腕掴んで叫んでる男。女がやけに冷静そうな……って。


「智絵さん?」

「……に、見えるよねぇ」


視力がいい俺と人の顔覚えんのが得意な京介。二人してそう見えんなら確実に智絵さんだ。

モテそうだとは思ったけど……ミウさんといい、変な男に好かれるフェロモンでも出てんじゃねぇのか。


「木下君から“送ってくよ~”とかって言ったんだよねぇ? 私は送ってなんて一言も言ってないし、その前に君私の彼氏だったっけ? どうして私の行動制限したりするの?」

「そ、れは……」


口調いつものまんまだけどこれはダメージ大だ……さすがあの二人の友達。


「ごめんね、はっきり言えばよかったねぇ。私、君と付き合う気は全然ないの。セフレでも無理かなぁ」


「……まずいね。佳也、男の方お願い」

「ああ」


あのテの男は逆上しやすいのが相場だ。

妙に俺らが慣れた感じなのは……まぁ高校の頃色々あったからで。


「昭はおとなしくしてろ。健司」

「おうよ」

「えー?」


「ッテメェ! ざけんじゃねぇよクソ女!」


セオリー通りに男が智絵さんに殴りかかろうとする寸前に健司が間に入る。図体のわりに鈍くねぇんだよな、こいつ。

いきなり出てきたでかい健司にあからさまに怯えた男の後ろに普通に近づいて首を絞める。

三、二、一……はい、落ちた。


「……いつも思うんだけど、暗殺者みたいだよね、佳也」

「テメェがやらせてんだろ。いつも」

「やだなぁ~黒幕みたいに言わないで」

「佳也かっけー! 何でおれできねぇんだろ?」

「「お前はマジで殺りにいってるから」」


「大丈夫っすか? 智絵さん、どっか怪我とかしてないっすか?」


……コントしてる場合じゃねぇ。

落ちた男を昭が開けた車に放り込んでまばらにこっちを見てる通行人を京介が口で散らす。

おろおろしながら健司が話しかけても、智絵さんはぽかんとしてた。


「智絵さん?」

「えと……あ! ありがとぉ。じゃなくてどっから出てきたの君達。ていうか見てたよね? わぁ~恥ずかし……」


いや、何か違くね?その反応。


「あの人、やっちゃってよかったんですかね」

「あぁ~…うん。別に彼氏でも友達でもないしぃ……ヤリ目的で近づいてきたんだろうけど、ガード固くて焦れたって感じ?」


異様にけろっとしてる智絵さんを見て、何となくこういう展開に慣れてる感じがした。

殴られる寸前も、“あー殴られるなぁ”ってくらいの顔してたし。

……少しミウさんに似てる。けど何か違ぇ。危機感とか警戒心がないんじゃなくて……何か…


「ごめんね。変なもの見せて~」

「……智絵さん、手首」

「え?」

「うわ、ひでぇ……どんだけ力入れて掴んでんだ、あいつ」


健司がそっと智絵さんの手を掴む。

ブレスレットをした細い手首に手形の痣がくっきりついてて、怪我とかわりと見慣れてんのにやけに痛々しかった。


「うーん、ちょっと冷やした方が目立たなくなるかもですね」

「あっちの公園は? 水でも何もやんねぇよりマシじゃん?」

「何て優しい子たち……田宮感動です! でもいいよぉ、こんなのいつもだし」


は?


「いつもって、どういう……」

「何か向こうが勘違いしちゃうこと多いらしくてねぇ、結構殴られる。酷い時ほっぺたが倍くらいに腫れちゃって、本気で外出られなかったんだぁ」

「……随分楽しそうに言うんですね、結構ヘビィなことなのに」

「殴られるのはやだけど求められるのは好きなの。あ、でも肉体関係はナシね。そこまで勘違いしてほしくないから。一応本命以外は最後まではしない主義」

「ってことは……」


わ ざ と か 。

……真性の悪女だ。ここまでくると清々しい。


「……ミ、アズマさんが女郎蜘蛛って言った意味、今分かった」

「同感~」


同情もできねぇ……っつーか本人も別にしてほしくないだろ。

京介と似たにおいするとは思ってたけど、甲乙つけ難い。


「性分ってうか性癖っていうか趣味っていうか……やめられないんだよねぇ。よく注意されてるんだけど」

「えーと、東さんとか泉さんは知ってるんですか?」


それは俺も気になった。京介、よくツッコんだ。


「知ってるよぉ? 泉は大事にならなきゃ基本ノータッチだし、東は三原則守ればいいって」

「さんげんそく……」


「『売約済は狙わない』『本番最後まではしない』『殴られたら即報告』

ほっぺたが倍になった時に約束させられたんだぁ。殴った相手のバイト先まで行って蹴り倒して土下座させたんだよ、東。その後泉も参戦して警察に行くか二度と私に関わらないか脅したらしいし。二人ともマジかっこいいっ」


……凄まじい。あの二人なら、リアルに想像できる。


あんまりに智絵さんが嬉しそうに言うもんだから、何の解決にもなってねぇのにこれでいいんだな、って思っちまう。

すげぇ失礼だけど正直同性に嫌われそうな趣味持ってるし、そのまま受け止めてくれるミウさんと泉さんが大好きなんだろうな、とか。

京介だって最近はねぇけど女とっかえひっかえだったしセフレ以下とかも多かったけど、周りとかからは“最低に女癖悪いな”って言われるだけで済んだ。けど女の場合はそういかねぇだろ。結構どろどろしてるし。


何かすっげぇ微妙な空間を打ち切るように、誰かのケータイが鳴る。

すげぇシャウト……誰だったっけ、これ歌ってんの。


「もしもぉし」


って、これ智絵さんの?人はマジで見かけによらねぇ……


『――――!!』

「ごめ~ん! 怒らないでぇ、怒るなら直接愛の鞭をちょうだい!」

『……――』

「やだ、お願い帰らないで! 田宮を捨てないでぇ! 好きなの頼んでいいからぁ!」


この縋り様……男、じゃねぇな多分。今は本命いなそうな感じだったし。


『―――』

「わかった十分以内に行くから! ほんとごめん~! 愛してるよぉ、東」


「は?!」


ミウさん?電話の相手ミウさんだったのか?!

つぅことは近くにミウさんがいるのか。え、真面目についていきたいんすけど、智絵さん。つーかミウさんたちの大学って“あいしてる”が挨拶かなんかなのか。みんなして気軽に……


「ごめんねぇ、約束の時間過ぎてるから私行くね」


何事もなかったかのようにケータイをしまって、智絵さんが綺麗に笑う。

それから健司の方を見て、一歩距離を詰める。

ごっつい手を軽く両手で包みながら、自然な上目遣いで顔を覗き込むようにして。


「守ってくれてありがと、健司くん。すごく、嬉しかった」


少しはにかみながら、ふわっと笑った。


……あー…こういうのがあれか、女郎蜘蛛のテクか。恐ろしい……

一般的に見たら庇護欲そそる感じでグッとくるかもしんねぇけど、どうも斜め読みしちまう。


「あ、そぉだ。佳也くん」

「ハイ?」


うわ、声裏返った。


「合宿の二日目、東と電話してた?」

「は、はい」

「そっかそっかぁ」


ま、まさか……甘えろとか言ったのとか、歌ったのとか、全部筒抜けなんじゃねぇだろうな?マジで死ぬ、俺。


「あの……」

「じゃあ今度こそ行くねぇ、本気で帰られちゃう」


微妙な呼び止めをスルーして、智絵さんは早足で通りに出て行った。

残されたのは動く気配もねぇ黒い車と、俺ら。


「すごい人だったね……」

「……お前が言うんだから高レベルですげぇんだな」

「それ何基準?!」

「なーこいつこのまま転がしとく? それともこれに乗って帰る?」

「「やめろ昭」」


そこでやっと、健司が黙ったままっつーか固まったままなのに気付く。

いくら純情チェリーだからって手ぇ握られたくらいでそんなんなっててどうすんだよ、お前。


「おい、健司……」

「女って、守るべき存在だよな」

「は?」


何か、嫌な予感しかしねぇんだけど。


「あんなか弱い人、オレが守らなきゃ……いやいや、そんないきなり。でもすっげぇ小さい手だったなぁ……」


罠 に か か っ た 。


お前、よりによってあんなトコからいくか?!もっと普通なレベルの女にしとけよ!

たしかに免疫ねぇ奴はコロっといきそうな行動だったけど……って、免疫、ねぇな、健司。


「……京介」

「いやいや~まだ淡い恋の段階だからいいんでない? 健司も色んな経験すべきよ、うん」

「…………昭」

「え、何、何、健司恋しちゃった感じ?! お前らマジ青春じゃん!」


駄目だ。マトモな神経の奴がいねぇ。

難儀な恋の戦友が増えていく。この中だったら俺はかなり報われてる、そう思えた五月上旬のこと。




× × ×




「ハイボールとぉ」

「ぬる燗二合」

「あと茄子の一夜漬けとぉ」

「なんこつ揚げ。以上で」

「かしこまりました」


結構おしゃれな店なのに、いつもと変わらないおっさんチョイス。

智絵、店員がイケメンだと甘い酒に変更すんのやめろよ。確実バレてっから。


「やっぱりシャイニングボーイズも誘えばよかったねぇ」

「いや、一応未成年だから」


つーかンなサプライズいらねぇ。今あの顔見ながら酒飲める余裕ないわ。


「智絵、男の車乗んのは別にいいけど、もうちょい人通りの多いとこで降ろしてもらいな。佳也クンたちいなかったら確実顔殴られてただろ」

「んん~……もうちょっと“いい人”でいてくれると思ってたんだけどなぁ。見誤ったかな」

「お前の目も衰えたな」

「今回だけ! 次はきっちりばっちり見極めるから大丈夫っ」

「出た、悪女」


蜘蛛の巣引っ掛かってる男たち、ご愁傷様。

別にお前の趣味をとやかく言おうと思わないけどさ、妊娠騒ぎと刃物沙汰だけはやめてくれ。

本命できれば一旦巣が縮小されんだけど……何か最近いい感じの人いないらしいし。


「……あの四人はやめろよ? マジで」

「…………えへっ」


…………。

遅 か っ た か 。

やりやがったこの女……!


「誰だ。誰毒牙にかけた」

「毒牙なんかかけてないもん。ちょっと手ぇ握ったくらいだもぉん」

「絶対気ぃ持たすそぶり付きだろそれ! 誰だよ? 言っとくけど……」

「大丈夫! 佳也くんじゃないからぁ」


佳也クンじゃない。何か同族嫌悪臭がするから京介クンも違う。昭クンは智絵の好みじゃない。消去法でひとりだけ。


「健司クンか……よりによってあんな爽やかなのにいくとは……」

「翠星館でゴム返した時にかわいいなぁ~とは思ってたんだけどねぇ。颯爽と出てきて守ってくれたから“こりゃ網張るしかないっ!”って」

「何でそうなる」


普通“きゅんってなった”とかだろ。いや、智絵だったら殴られて束縛されても所有される流れでむしろきゅんきゅんするだろうけど。


「お前ああいういい人タイプ敬遠してなかったっけ?」

「まぁね~だから本腰入れたりはしないかなぁ。多分いい人過ぎて途中で耐えられなくなっちゃう」

「いい人よりいい男狙いだかんな、お前」

「それは美雨も一緒でしょお?」

「だっていい人止まりじゃつまんねぇし」


紳士なだけじゃつまんないよ、男って。ちょっとくらいオスの部分が見えなきゃ……って私も若干危ないか?これ。

そう考えると佳也クンは優しいいい人タイプ?いや、あのソファーの一件じゃかなりのケダモノ……つーかあのまま流されてたら好きとかないままセフレだったかも。うわ、止めてよかった。

あーでも何か今の微妙な感じも何とも言えない。何、今更告白でもすればいいのですか?いやでも確信ないしフラれんのやだし、つまりは動くに動けないんすよ、今。


――突っ走るにはちょっと恋愛ってものから遠ざかりすぎた。こっから先どうしていいか、よくわかんない。


「ねー智絵」

「なぁに?」

「私さ、好きな人できたっぽい」

「…………うん?」

「さっさと告っちゃえばいいかな、とか思ってんだけど何か向こうもアレっぽい感じすんだよね。これって待ってた方がいいかな」


……何か反応しろよ。この歳でこんな初歩的な相談すんのってわりと恥ずかしいんですけど。

追加分の注文が運ばれてきてやっと智絵が身を乗り出してくる。


「………一応、聞かせて? その相手って私が知ってる人?」

「ん」

「誰か聞いてもいい?」

「……佳也クン」


驚いたっつぅより安心したって顔されて何となく反応に困る。


「それなら私から特に言うことはないよぉ。時の流れに身を任せてもガンガン行っても問題なしっ」

「えー……でもさ、向こうがどう思ってんのかよくかわかんねぇし」

「……聞いてみたらぁ? “私のこと……好き?”って」

「無理。キモい。失敗したら死ねる」

「手堅いねぇ」

「いけるって思った時にしかいかないから」


勝てない戦はしない主義だっつってんだろ。


「じゃあちょっと揺さ振ってみる?」

「はぁ?」

「好きな人できた~とか相談してみたり、お迎え来て~って電話したり」

「…………それ、お前の体験談じゃね?」


色々駆使してオトしにかかってんよね、お前。

私は正直告るのより告られる方が多かったからあんまそういうのはやったことない。やるとしても勝てるって確信してるからもっと直球勝負だし。つーかよく彼氏いたよな、こんな女に。告ってきてくれた人、ありがと。


「いいや、もうちょい待つ。まだ自分でもよくわかってねぇし」

「美雨がいいならいいけどぉ。私はもうちょい発破かけてくわ」

「それはやめろ」


爽やか健司クンを汚すな。

つーかお前二コ下までだっただろ。いつの間にストライクゾーン広げたんだよ。


「今度向こうの大学行ってみようよ~」

「は? 無理。元カレいるし」

「気にしなくていいでしょお、別れたんだし。あそこの学食おいしいって評判だしぃ」

「あー確かにメニュー多いし食堂綺麗だし」

「泉も誘って潜入しようよ! 田宮プロデュースで変装してさぁ」


学生劇団に入ってるせいか、智絵はやたらと人を変身させんのが好きだ。

よく餌食になってんのは泉で一回ギャル系にさせられた時はかなり不機嫌になってた記憶がある。まぁ私も化粧手伝ったけど。


――この時ちょっと無理して突っ走ってれば、あんな面倒なことになんなかったのかもしんない。予想もできなかったけどさ。

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