04 その二文字を聞いた瞬間
髪を染めた。
ゴールデンウイーク明け――つーか明日からは実習も本格的に始まるし、黒金ツートンが許される時期は終わった。
ってかあれ一部の人に激しいプリンとかって勘違いされてるけど違いますから。わざとですから。
ちょっと強めのピンクブラウンにしてもらって、長い前髪も少し切って分け目も普通の斜めの位置まで戻した。後ろのアシメは死守したけど。
うん、おとなしくなった……とか思ってもどうせ目立つって言われんだろうな。
「…………」
ショーウインドウに映り込んだ自分を確認してみる。
銀色の薄手パーカーに紺と一部ピンクのワンピ。ちょっとどころじゃなく……服に髪が負けてる、よな?これ。
どうしよ。服の系統変えんのやだな。あーでも実習スーツだし、ない日は髪いじってけばいっか。
ウインドウの中にあるメンズのポロシャツが結構かわいくてそのままちょっと考える。
髪切って染めてトリートメントして、さっきスカートとネクタイ買って。割と今日出費多いか……でもまぁ先月あんま金使わなかったからいっか。臨時収入まだ残ってるし。
「あ?」
入ろうとしたショップから出てきた、見覚えのあるでかい男。
声かけていいか、ちょっと迷う。あれからずっと会ってないし。
「…………あれ?」
うわ、気付かれた?いや別にいいんだけど。
「久しぶり、健司クン」
「あ、やっぱ東さんっすよね?! 髪違ぇから一瞬わかんなかった。お久しぶりっす!」
おー爽やか笑顔。京介クンとは別のきらきらオーラが出てんな。
「やっぱ地味だよね。やだな……」
「ンなことねっすよ? 似合ってますし、確かに前のツートンは目立ちましたけど。東さん常にオーラ出てるんで問題ねぇっす。通り出てすぐ目に留まりましたもん」
「……よく言われんだけどさ、そのオーラって何?」
「何かこう……“東さんっ!”って感じの個性と自信に溢れたオーラってか」
どんなだ、それ。つーか自信なんか溢れてねぇっての。
「肩で風切って颯爽と歩いてるって感じで、とにかくかっこいいっすよ」
「……女としてアリ?それ」
「全然アリっすよ。あ、そだ。東さんこれから時間あります? つーか今買い物中すか?」
そりゃショップバッグ持ってるしね。夕方からのバイトまでぷらぷらしようと思ってたから時間はあるっちゃああるけど。
バイト先の最寄駅からここの駅まで歩いて十五分くらいだし、正直かなり余裕あんだよね。ちょうど沿線が分かれてどっちも一駅目だから近い近い。
「買い物は別に急ぎじゃないけど……夕方からバイト」
「俺らがバンド組んでんの…は知ってますよね?
もしアレだったら一時間ばっかしスタジオ来ません?こっから近ぇし、佳也たちも喜ぶと思うし」
「ぇ」
“佳也”
その二文字を聞いた瞬間、喉が急に渇いたように熱くなった。
あの夜からほんの何日かしか経ってないけど、未だに耳から離れない『チェス』。どうしようもなく嬉しくて恥ずかしくて、今更コイスルオトメの仲間入りを果たしちゃった微妙過ぎる気分が私の顔を引き攣らせる。
メールはできても電話はできない。声聞いたらうまく喋れる気ぃしないし。
なのに直接会う、だぁ?ンなことできるわけねぇだろうが!死ぬわ!スタジオのお誘いは大変魅力的ですが、ご遠慮させていただきマス。
「ありがと。でも今回は止めとく。いきなりこんなおばさんが潜り込んだら気ぃ散るだろうし」
「どこがおばさんっすか。綺麗なお姉さんが来てくれんならムサさもちったぁ軽減しますよ」
「(健司クンもさすが京介クンの友達だな……)うーん……あ、ねぇ今何時?」
思い出したように言って、わざわざ健司クンに確認させる。
対うぜぇ相手用、私お得意のテク。申し訳ないけど今回ばっかりはマジで心の準備できてないんで勘弁してください。
「今っすか? ……15:41、っすね」
「あーじゃあそろそろか」
「何かあるんすか?」
「修理出してた時計、三時半にできてる予定なんだよね。ごめん行くわ。また今度誘って?」
「あ、はい。また今度!」
脱出成功。ほんとは四時予定なんだけどね。まぁ修理自体は嘘じゃないから。
ごめん健司クン。君が悪いんじゃない、ただタイミングが悪かったんだ。
早足でさっさか通りを歩いて適当なとこで曲がる。あーあ、あのポロシャツ欲しかったのに。どっかでお茶と一服してからまた来るかな。
あっさり予定を切り替えて、カフェに向かう途中で靴屋の処分品ブーツが目に留まる。編み上げのミディアムで七割引き……これは買いだな。流行り関係なくいけるし。サイズもぴったり、うん。
寄ってきた店員さんにブーツを預けてレジへ行こうとした時にケータイが鳴った。
From 田宮 智絵
Sub はろーはろー
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今日夜お暇ですか~?
飲み行こうよo(>▽<)o
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「……」
To 田宮 智絵
Sub 無題
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今日バイト。22時からだったらオケ
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こう返したら大体何てメールくるかはわかってる。
From 田宮 智絵
Sub じゃあ~
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泊まっちゃいなよ☆
着ぐるみパジャマ貸すから(o´∀`o)
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智絵の家に泊まるといつも貸し出される牛の着ぐるみパジャマ。あったかくていいんだけどコンビニ行きたくなったりするとかなり面倒臭い。
つーかゼミの資料とか着替えとか何もないのに泊まれるわけねぇだろ。
To 田宮 智絵
Sub 無題
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いや、帰らせろよ(笑)
終電までなら付き合う。
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From 田宮 智絵
Sub 終電コース!
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ありがと愛してる~(●´3`●)
じゃあ東口のTAMで!
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TAMってことは……またイケメン店員見に行くのか。懲りねぇなあいつ。
泉誘おうって出てこなかったのは今ちょうど帰省中だから。多分終電ギリ辺りに家に着くように帰ってくんだろ。あいつ実家大好きっつーか実家の猫大好き過ぎるかんなー……もはや病気。
レジで三千円を出して返ってきたおつりを財布に突っ込んで、私はまたさっさか靴屋を後にした。
× × ×
「――ん~やっぱ佳也、全体的に抑え過ぎ。もっとキレていいから」
「……おー」
「あと健司~Fの半ばくらいのとこ、ハイハットどうしてた?」
「あっ! ハーフか……悪ぃ! 忘れてた」
「ほんのちょっとだけでいいからね~昭は勝手にキー高くしないこと。一瞬でもバレてるからね?」
「だってEンとこすげぇ低い!」
「つーかそこさっき佳也と交代するっつってなかったか?」
「え? マジ?! よっしゃ!」
いつも思うけど京介、お前の耳どうなってんだ。
つーか“よっしゃ”じゃねぇよ。リードとコーラス逆転多過ぎんだろ。
四割俺がメインじゃねぇか。ふざけんな。この自分の妄想丸出しな曲何度も何度もなんっっども歌って……いや、いいんだけど、何かよくねぇ。何かが失われてく。
「Cからもっかいね~」
指定されたリハーサルマークはソロ手前。
「もっとケモノっぽくガツガツいってくださいよ~斎木さん」
「そーそー狼にな「黙れ」
詞については一切話すんじゃねぇ。今すぐスタジオから逃げ出したくなる。
「昭~あんま佳也怒らせないでってば。全部お前のリードに戻しちゃうからね?」
「え、やだ! ごめん佳也 !でもおれマジでこの曲好きだから! すげぇかっこいいし!」
「確かにやってる分にはかなりきついけどいい曲だよな。テンションが問答無用で上がってくっつーか」
「……まぁ、それはわかる」
タイトルの通り嵐みてぇにごちゃごちゃした音が一気に巻き上げられて上ってく勢いの曲。曲と詩だって間違いなく合ってる。だから尚更こう、湧き上がる羞恥心っつーか……だったらこんな詩書くんじゃねぇよって話だけど。
……ミウさんが聴いてるわけじゃねぇ。何恥ずかしがってんだ、きめぇよ俺。メンバーに迷惑かけんな。
「……Aメロの後、シャウト入れる」
「マジか? めっずらしいな。佳也から言うなんて」
「昭も適当にトべ。俺も走るから京介と健司何とかまとめろ」
「お~きましたね。待ってました!」
「何、何、もっと遊んでいいの?! やりぃ!」
こんなノれる曲もらっといて縮こまったプレイすんのもアホらしい。
詩のことは……いい。正直に生きるから。あれが俺の本心だ。
「じゃあ最初っからやろうぜ!」
「当然。やっと佳也のエンジンかかってきたからね」
「あと四十五分あるしな」
「……おー」
乾いたスティックの音が響く。
アンプから炸裂してく自分の音を聞きながら、俺もやっぱこの曲好きだな、とか思った。




