03 私、佳也クンのこと、
泣くかもしれない。なんてぼんやり思った。
響いてるギターの最後が鳴りやむまで、私は自分が息してるのかもよくわかんなかった。
「――っ」
何、この選曲。何でこんなバラードを、こんな優しい声で歌うの。意味わかんない……
『………終わり、なんすけど……どうでした?』
「………………うん」
うんって何だ私。せっかく弾いてくれたのに、歌までつけてくれたのに。まともな感想くらい言えよ。
そう思ってもうまく喋れない。
『すんません。あんま好きな感じじゃなかったっすか?』
「い、や……あの、うん、ね?」
こんな歌、他の子にも歌うのかな。他の子にも甘えていいよなんて言ったりすんのかな。
それって何か、やだ。すんごいやだ。
私何考えてんだ……ちゃんと感想言えって。お礼言えって。
『……ミウさん?』
しっかりしろよ私!佳也クン不審がってんだろうが!
バチンッ!
『え』
「ありがと、すっごいよかった! 最高! ギターだけでもいい曲なのわかるし、まさか歌までつけてくれるとは。佳也クンもしかしてギターだけじゃなくてボーカルやったりもすんの?」
『そっすけど……え? 何すか今の…すげぇ近くで聞こえたんすけど』
「魂呼び戻しただけだから気にしないで」
いってぇ……ちょ、強く叩き過ぎたわ。
セルフビンタでどうにか動いてくれた口は意外と普通に声を出してくれた。
「つーかさ、ループトリックって佳也クンの世代じゃなくね? よく知ってたね」
『ミウさんの世代でもなくねぇっすか? 三十代前半辺りが黄金期っつーか』
「お互いコアだね……」
私はたまたまCDの安売りワゴンで出会ったんだけどね、あのバンド。コテコテ過ぎない古きよきロックが気に入ってアルバムもいくつか買った。
ロックなのに何かほっこりできるサウンドが聴きたくてリクエストしたのに、まさかああいう感じできちゃうとは……
「私、ギター上手いとか申し訳ないことによくわからないんだけどさ、でも何かもっと聴きたくなる音だった。電話越しなのが残念」
『ありがとうございます。ミウさんさえよけりゃ今度会った時にでもまた弾きますよ』
……何でやっと落ち着き始めたとこでンなこと言うかなぁ。
話してりゃわかんだよ、佳也クンは元々愛想いいタイプじゃないってことくらい。だからさ、そんな扱いされるといやがおうでも考えちゃうんだよ。
勘違いじゃ済まされなくなってくる。“もしかしたら”が止まらなくなる。
「……また今度ってのが増えてくねー」
『今ンとこアクセの店連れてくのとピアス空けんのと、ギター聴かせんのっすね。ミウさんが時間ある時に一コずつ消化してきましょうか』
「そうだね……」
何ですらっと言えちゃうし。つーか何で私の都合優先。
最近やっと気付いたけど、佳也クンはいっつも何か提案するとき“ミウさんさえよけりゃ”って言ってる気がする。私が嫌がること、絶対しない。
……あの、それって、何か、“大事にされてる”とかそういう風に、とってしまいそうになるんです、が?
「…………うそ」
『何がっすか?』
「いやいやいや、まさか、え? マジで?」
『? ミウさん?』
「ごめん十秒待って!」
勘違い、してもいいのか?いや、勘違いじゃないって思ってもいい?
でもまだわかんない。確実な証拠がない。聞いてみる?“私のこと好きですか”って。何の冗談だよ。もし違ったら裸足でブラジルまで駆け出すくらい恥ずかしいわ。
――もし、奇跡の確率で頷かれたら。私は何て答える?
私は……どうしよ、何か頭回んない。私、曖昧過ぎる。見込みないとか勘違いとか置いといて、とりあえず私は佳也クンのことどう思ってるわけ。
話してて楽しいし、出会ってちょっとなのに一緒にいるのも全然苦じゃない、むしろもうちょいいたいなーとか帰り際に思ったりするし今だって何か声聞きたく……あれ?
私、佳也クンのこと、確実に好き……だよね、これ。
「うっわ!」
『ミウさん?! マジでどうしたんすか?』
「大丈夫拳サイズのでっかい蜘蛛が顔面に飛んできただけだから心配イラナイヨダイジョウブ!!」
『え、それ大丈夫なんすか?!』
よりによって第一声が“うっわ”……いくら乙女って呼べなくなった歳でももうちょい、さぁ。
でも、うわぁ……マジっすか。全っ然考えてなかった。とりあえず佳也クンは見込み無しって意識だったから。うわ、どうしよ。何か今更過ぎる、私どんだけ。
「東ー! あーずーまー!」
とりあえず何か言わなきゃ、とか思って回してた頭がでかい声で中断される。
タイミングがいいのか悪いのか、それすら区別つかない私の脳みそはそろそろご臨終しそうなくらい疲れ果ててる。今日は無理だ。この話は日を改めてじっくり……
「あぁーずぅーまぁー! 寂しいよー遊ぼうよー!」
「ッうっぜぇんだよクソが!! テメェの酒に虫除けスプレー混入すんぞ!」
…………あ。ケータイ、持ったまんま。
「違うからね?! 佳也クンのことじゃないから! 副ゼミ長に向かってだかんね?」
『……あ、あー、そっすか。な、ならよかったっす』
うわー引かれた!超ドスの利いた叫びだったし、マジ有り得ねぇ……浅野、コロス。
「ごめんね、他の宿泊客もいるから迷惑になる前にあの酔っ払い回収しなきゃ」
『(……鈍器で殴りゃおとなしくなんだろ。うぜぇ、邪魔しやがって)』
「ん?」
『あー、と……忙しいみたいっすね。あんま無理しないでくださいね』
何でそんな優しい声で言うの、佳也クン。電話切りにくい。
「あずまー! 冷たくしないでーあいしてるー!」
………………うぜぇ!!
「うるさくてごめんね。って聞こえてないか」
『いや、微妙に聞こえてます、けど……』
「あ、そう? 酔っ払いの言うことだから気にしないでね」
「シカトしないでー! 誰と電話してんのー?! まっさかー彼氏ー?!」
だから邪魔すんなっつってんだろうが!あと三十秒くらい黙ってろよ。
「そうだよ今熱愛中の愛しのダーリンだよだから黙って酒飲んで急性アル中で死ね!!」
『え』
「マジ申し訳ないけどとりあえず一旦切んね。またメールする! おやすみ」
『お、やすみなさい……』
これ以上バタバタしてるとこ聞かせたくないし、佳也クンもこんなコント聞きたくもないだろ。
通話が切れたことを確認して、私は急いでバルコニー脇の非常階段のドアを開けた。
× × ×
浅野がどんな顔してんのか、今度教えてもらおう。んで、一発殴る。
ミウさんに絡んでんじゃねぇよ。つーか気軽に……“愛してる”なんて言葉吐いてんじゃねぇよ。うぜぇ。
まぁ全然相手にされてなかったし、意識外っつーか……俺も同じ位置だったらさすがにヘコむけど、多分あれよかマシだろ。
ミウさん、かなり毒舌だったのに浅野全然堪えてなかったな。酔っ払い効果なのかそれとも素なのか……どっちにしろ浅野はうぜぇ、これ決定。
それより何より、だ。
「いとしのだーりん……」
明らかに冗談で怒鳴り声だったとしても、だ。
「くっそ……」
嬉し過ぎんだろ。マジ単純だな、俺。
コンビニ行く気失せた。今他の声聞きたくねぇ。
――ミウさん、ちょっとは元気になってくれた、よな?何か最後辺り変だったけど。声はちゃんと浮上してたし。
つーか今更だけど何だあの選曲。いや、曲自体はいいんだけど、あれ、どう聴いてもラブソング……うわ。
「……まぁ、いいか」
正直に生きるんだよ俺は。あの時歌いたいと思った曲を歌った、間違いはねぇ。かなり恥ずかしいけど。
何ヶ所か危ねぇとこあったけどアレンジで何とかなったと思うし、歌詞はちゃんと覚えてた。嬉しい言葉も貰ったし、うっかり生で聴かせる約束までしたし。頑張った俺。
充電が切れかける寸前のケータイを充電器に繋いで、とりあえず風呂を沸かし直しに行く。最初風呂が沸くまで、とか思ってギター触ってた気がすんだけど。何時間弾いてたんだよ。
冷蔵庫にかろうじであったゼリーを開けながら鳴ったケータイを取りに戻ると。
From 店長
Sub 夜遅くにごめんね。
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明日午前、何か予定ある?
もし暇だったらシフト入ってもらってもいいかな?
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明日は別に用ねぇけど……珍しく急だな。
To 店長
Sub 無題
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大丈夫っすよ。
通常の9:30からでいっすか?
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From 店長
Sub 無題
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うん、その時間で。ありがとう。
香取さんが急に体調崩したらしくて、空いてるの斎木くんしかいなかったから助かったよ。
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香取さん……あんまいい噂聞かねぇんだよな、あの人。仕事覚えねぇとかやる気ねぇとか……まぁこれは慣れれば違うのかもしんねぇけど。
よくシフト代わってくれってメールくるって他の人が言ってたな。うち基本店長とバイト一人の体制だし、少し前まで研修中だったから二人でシフト入れてたのに……休まれちゃあ教育の意味もねぇよな。まぁ研修終わった後に唐突に休まれても今度はシフト上困るんだけど。
別に時給が物凄くいいとかそういうわけじゃねぇんだから、バイトが嫌ならさっさと辞めりゃいいと思う。うちの店は楽器とか音楽好きな男ばっかだし、香取さんみてぇな智絵さんっぽい感じの大学生には合わないのかもしんねぇな。
まぁ体調悪ぃなら悪く言えねぇ……シフト代わる口実によく使われるって聞いてたとしても。
To 店長
Sub 無題
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ゴールデンウィーク中はわりと暇してるんで平気っす。
じゃあ明日。失礼します。
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多分返ってこないだろう返事を待たずにさっさとゼリーの容器を捨てて、着てたTシャツを洗濯機に直に放り込む。明日帰ってきたら一回回すか。確か晴れ……って一人暮らしって何か主婦になった気分になんな。
最近シャワーばっかで湯船は久々だ。たまにはどっぷり浸かるのも………あ?
大音量の、今度はハードロック。半裸のまま一応確認に戻る。
From 東ヶ原 美雨
Sub 無題
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さっきはほんとありがとね!
何かうまく言えなかったけどマジで曲も歌も最高だった。
CD探して原曲聴いても佳也クンのがいいとか思っちゃうかも……
ちょっと色々積み重なって正直疲れてたからすごい癒されたわ。選曲神過ぎ。
次回までには復活してるんで今度はガンガンくるガチロック聴かせてほしい~とか今からリクしときます。
んじゃ佳也クンの美声を思い出しながら飲み直すね~
おやすみダーリン(笑)
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「ちょっ」
アリなのか?つーかそれ引っ張んなよミウさん!
うわ、何かすっげぇ恥ずかしい……落ち着け俺、(笑)だかんな?カッコワライ。あーくそ、天然悪女が……可愛過ぎる。
――ミウさんが聴きてぇって言うならいつだって弾くし歌う。あんな声で甘えてくれるなら何だって叶えてやりてぇ。
そういや前にピアス空けるの頼まれた時も片鱗出てたな。何かあったら困るから病院でって思ったのに、頼み方がすげぇ可愛かったからうっかり頷いちまった……あれは序の口か。
あの人の本気の甘え方はほぼ凶器だ。そう思うと元彼どもが綺麗でかっこいい面しか見なかったのはむしろよかったっつーか……
To 東ヶ原 美雨
Sub 無題
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ありがとうございます。ミウさんが喜んでくれたなら嬉しいっす。
原曲のCD持ってるんでよければ貸しますよ。
また何かあったら電話してください。
力になれなくても話聞いたり気ぃ紛らわすことくらいはできますから。
美声はねぇっすよ(笑)
おやすみなさい、
「…………」
……駄目だ。無理。俺には“ハ”と“ニ”と“ィ”は打てねぇ。死ねる。
いつも通り“ミウさん”って打って、今度こそ風呂に向かう。
名前呼びを許してもらえるだけでも幸せだってことを今更思いながら。




