02 今すっげぇ抱きしめてぇ
自分で金払ってないくせに言うのも何だけど、俺が住んでるマンションは結構お高い。
ワンルームだけど結構広さはあるし、大学も駅も余裕で徒歩圏内。角部屋とか一階にコンビニが入ってるとか他にも色々あるけど俺が一番自慢したいのは部屋の防音性が高いってことだ。
結構音量出しても隣に聞こえねぇみたいだし、ワットの高いアンプが使える。“スタジオ代わりにすればいい”とか昭が寝ぼけたこと言ってたのは当然却下したけど。
「……十時か」
自分で呟いた言葉に弦を弾いてた手が止まる。
え、俺いつから弾いてた……?あれ、外まだ明るかったよな?つーかまだ飯食ってねぇんだけど。あー冷蔵庫何も入ってなかったよな。めんどくせぇな、コンビニでいいか……
シールドを抜いたギターを立てかけて、財布とケータイをポケットにねじ込……もうとした途端に鳴る大音量のメタル。
電話……昭か京介あたりか?
「え」
東ヶ原 美雨
090ー****-****
「あ?」
あれ、今合宿じゃねぇの?まぁとにかく……
「はい」
『――佳也クン?』
やけに静かな声が、電波に乗って伝わってきた。
それがすぐいつもと違うってわかるのは多分ミウさん観察し過ぎなせい、もといおかげ。
「どしたんすか、何かありました? 俺でよかったら聞きますけど」
何があったのかとかわかんねぇけど、わざわざ電話してくれたんだから少しは俺のこと頼ってくれてるって思っても構わねぇよな?って沈んでるとか俺の勘違いで、実際ただ電話しただけとかだったら俺相当間抜けだけど。
『…………』
「……ミウさん?」
『ごめん、特に用はないんだけどさ……声、聞きたくなっただけ』
……電話でよかった、今目の前に鏡なくてよかった。
絶対、顔緩み切ってる。普通に嬉しい。いや不謹慎なのかもしんねぇけど、やっぱ嬉しい。
『……いや、マジごめん。キモいこと言った。くだらないことしてごめんね、切るわ』
「え?! き、切んないでください。別にキモくなんかねぇし、普通に嬉しかったんで」
ミウさんが声聞きたくて電話したのが俺だっていうのが、どうしようもなく俺を浮かれさせる。つーかそういう理由だったら真夜中でも講義中でもいつでも歓迎。
『……なぁんでそういうことペロッと言うかなーやっぱタラシ決定』
「だ、だから違いますって……!」
あんた以外に言わねぇよ。こんな背中痒くなるような台詞。
「ミウさん、今合宿中っすよね」
『うん、只今コンパの真っ最中。煙草吸いに抜けてきた』
「え、コンパなのにみんな吸わねぇんすか?」
『ゼミの先生とバトる覚悟がある猛者は吸うけどね。私は卒論安心サポートの未来を選ぶよ』
「……色々あるんすね」
『色々あるんすよ』
続いた小さい笑い声はやっぱ何か元気なくて。どうやったらミウさんがちゃんと笑ってくれるか、俺の脳内が大論議に入ってく。
京介だったら女を笑わせるくらい、簡単にやってのけるんだろう。あいつのボキャブラリーどうなってんだ、マジで。
『……佳也クンさ、最近誰かに頭撫でてもらったことってある?』
いきなり話飛んだな。
頭撫でて……ほとんどねぇな。すげぇガキの時か……あ。
「…………この前、ミウさんに」
『え?』
「家に送った時、ちょっとだけ」
軽く前髪ンとこぽふぽふやってくれた。あれは撫でたうちに入んのか?
『あー……あ! あれか、うわ、そういや撫でてたか。駄目じゃん、意味ねぇわ』
「? 何が駄目なんすか」
『えーと……何か、どうでもいい話なんだけど……』
「構わねぇっすよ。ミウさんさえよけりゃ話してください」
話が見えねぇけどとりあえず聞けば何かわかんだろ。
『……頭撫でてもらうっつーか甘やかされんのってみんな普通にあることなのかなーって、ちょっと思っただけ』
「女ならあるかもしんねぇっすけど、俺は……」
『甘えたいって思ったりは?』
「特には……」
この歳で甘やかされてたらキモい。つーか誰が甘やかすんだよ。
『男ってみんな女に甘えたい願望あるもんだと思ってた』
「俺はないっすね。多分甘えるより甘やかす側かも」
甘やかす対象を勝手にミウさんで妄想してんのは絶対秘密。
もしこの人が甘えてきたら、俺はどこの姫だよってくらい丁寧に可愛がってどろっどろになるくらい甘やかしてやる。それで笑って“ありがと”って言ってくれんなら俺も満足、本望。まぁもしも、の話だけど。
『そっかー……』
「ミウさんは甘えたいって思ったりします?」
『んー……』
ちょっと沈黙。何かまずったか……?
『………鼻で笑われる感じたっぷりなのはわかってんだけど』
「笑いませんって」
『……柄じゃないけどさー正直、思うことはあんだよね。でも無理』
「何でっすか?」
『甘えたい盛りの奴らばっか相手にしてると甘える暇ないってかさ。甘え方も意味不明未知の世界だし。世の中の甘え上手な女の子たちはマジやり手だと思う』
あー……何か、やべぇ。今すっげぇ抱きしめてぇ。
何、この不器用な人。若干変わってっけど大体何でもソツなくこなせそうなのに、よりによって甘え下手?何か、可愛くてしょうがねぇんだけど。
「……じゃあ練習しましょう」
『は?』
「そっすね……何でもいいからわがまま言ってみてください。一応俺が叶えられる範囲で」
『え、あ? ど、どゆこと?』
「甘える練習。まずは手っ取り早く直球で」
電話の向こうで何かを落とした物音がした。
『で、きるわけないじゃん! 何なの、いきなりっつーか意味不明な電話した上でどうやってわがまま言えと?!』
「何でもいっすよ。今何かやってほしいこと……って電話越しじゃ色々無理ありますね、すんません……」
何馬鹿言ってんだ俺。つーかわがまま言えとかどんだけ彼氏気取りだよ。うぜぇ男とか思われたら死ねる。
「……やっぱ流してもらっ『――佳也クンさっきまで何してた?』
「え? 家でちょっとギターを……」
あー流された。自分で言っといて何だけど何か苦ぇ。
『弾いて』
「は?」
『佳也クンのギター、聴いてみたい。だめ?』
…………何つぅ、甘い声。これで甘え下手?マジで?
甘えさせなかったクソ元彼ども、本気で馬鹿。別れただけでも損してんのにこんな可愛いとこ見なかったなんて人生損しまくりじゃねぇか。
「…………」
『や、やっぱ無し! ごめんキモい破裂した方がいいね私!』
こういうの聞くと泉さんと友達だって再確認する。爆発とか破裂とか……人間技じゃねぇから、それ。
「どんな感じのがいいっすか?」
『は?』
「ミウさんが聴きたい感じの弾くんで。アーティストとかでもいいっすけど」
『え、いや、え? 弾いて、くれるんですか……?』
「弾きますよ。ミウさんが聴きてぇならいくらでも。まぁ途中で抜けてきたならそんな何曲もはアレっすけど」
何でいきなり敬語?つーかこんなのわがままの内に入んねぇよ。むしろ甘えてくれるとかマジで嬉しいし。
ハンズフリーにしたケータイとベッド脇に置いたギターを取り替える。さっきまで触ってた赤いモッキンバードにシールド挿し直してから軽く手首の骨を鳴らした。ミウさんに聴かせんのにトチりたくねぇし。
『マジでオケ? 面倒なら断ってくれても構わないんだかんね?』
「大丈夫っすよ。リクエストどうぞ。っつっても普通にデビューしてるバンドとかとは比べたりしないでくださいね」
ミウさん、結構耳肥えてそうだから一応最初に言っとく。ギター一筋ウン十年とかの神的ギタリストの音と比べられんのは勘弁してほしい。
『や、何か普通にうれしー……じゃあ変なリクエストしていい?』
「どうぞ」
『ループトリックわかる? あれの曲が聴きたいんだけど……』
それ、かなり古い邦楽バンドっすよね。コアだな……まぁわかるけど。
曲の指定は特にないみたいで、ミウさんは俺の返事を待ってる。どうすっか……ガンガンくんのもアリだけど、何か今は違う気ぃすんだよな。もっと何か、こう……
「あー、と……『チェス』って曲、わかります? 結構初期の頃のB面なんすけど」
『うーん……ごめん、わかんない。でも聴かせてー』
「了解っす」
挿したばっかのシールドを抜いて軽く音を確認。何か生音の方がいい気がした。原曲は一本アコギになってるし。
「聞こえてますか?」
『ばっちり。つーかギターってそういう音だっけ?』
「アンプ通してないんで。結構変わるんですよ」
『そうなんだ。弦楽器全般には疎くて……申し訳ない』
「別にいいっすよ。じゃあ一曲やらせてもらいますね」
この曲、ギターだけじゃ寂し過ぎる。軽くメロディー歌うくらい大丈夫……だよな?うわ、尚更トチれねぇ。いくら原曲わからねぇからって歌詞つっかえたら間違いなくバレる。思い出せ、歌い出しさえわかりゃ何とかなる。
聞こえねぇように小さく喉の調子を確かめて、俺は頭ン中の『チェス』を再生させた。
特に難しいテクニックが必要なわけじゃねぇけど、ありきたりなはずのフレーズの組み合わせ方がすげぇ曲だと思う。
昔コピーばっかの時一回ライブで出したけど、曲作るようになってからは全然弾かなかったし曲自体もあんま聴いてなかった。けどやっぱ覚えてるもんだな。よくやった俺の脳みそと体。
「……――
『白黒の盤 僕は一番端
それでもいいよ
君を必ず守るから
真四角の盤 君は彼の横
それでもいいよ
どんな時も守るから
自由奔放な君
彼のためにひらひら舞って
白のドレスを翻して
黒い奴らを蹴倒すその姿にもう勝てないよ
ねぇクィーン
君にとって僕はただの駒
もっと使っていいんだよ
そのための存在なんだから
ねぇクィーン
僕は君だけの駒でいたい
彼なんかどうでもいいんだよ
君だけのルークなんだから
ガラスの盤 混ざっていく二色
黒づくめの騎士
あいつが君を狙ってる
いつでも強気な君
彼のために羽を生やして
四方八方に飛び交いながら
ねぇクィーン
お願いだから無理はしないで
どうしようもなく大事なんだ
強くて弱い君のことが
君が大事に守るものごと君を守りたいんだ
君が一途に愛すものごと君を愛したいんだ
ねぇクィーン
僕は必要ですか
そうだと言ってくれるなら とても嬉しいよ』
――」
歌詞を考えるのは楽しいけどこっぱずかしいです。




