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01 私の頭痛の種のひとつ

――ちょっと、最近やばいと思うことが多い。

年下はしばらくやめとこうって思ってたのに、またかよ。

優しいからって勘違いすんなよ、私。あんなレベル高くて性格いい人、私なんかつり合うわけないんだからさ。


「――以上が、僕の卒業論文の経過についてです」

「はい、では質問どうぞ」


耳半分で聞いてた浅野の発表が終わる。先生が一言かけて質疑応答が始まるけど、誰も手ぇ挙げず沈黙。

正直ツッコミ所満載だったんだけど……どうすっかなぁ。


「(これって性格が認知で修正できると限らないっつーか気質とか別の要因も考えられると思うんですが、良平さん)」

「(俺も思った。つーかそもそも仮説に研究の大前提入ってないすか、東さん)」

「(……だよね)はい、質問いいでしょうか?」

「はい、東ヶ原さん。どうぞ」

「お手柔らかに」


にやにや笑いを浮かべた浅野を半目で見て、レジュメにもう一度目を通す。


「……性格特性別に顕れる認知の歪みを修正していくということなのですが、認知という点のみに着目したのはどのような理由からなのですか?

それと性格特性と一口に言っても様々な尺度がありますが全般的な特性についてを測って分類するのでしょうか。それとも攻撃性などひとつの特性だけに限定するものなのでしょうか。その辺りがレジュメには記載されていませんでしたが」


誰がお手柔らかになんかやってやるか。

どうせ先生が助け舟出してくれんだからガンガン質問させてもらいますよ。


浅野のよく回る口が当たり障りない感じに滑ってく。先生のフォローも入って“もっと詰めてきます”って感じで何となく終了。


「では、他に……」

「……はい」


お、出ました森下さん。

やっぱツッコまずにはいられないっすよね。


「レジュメには性格特性別に顕れる認知の歪みを修正していくことが目的だと書いてあるのですが、仮説に認知の歪みは性格特性ごとに顕れるとあります。この仮説がもし検証できなかったら研究の根本が揺らぐと思うのですが……と言いますか、これは仮説ではなく研究の前提ではありませんか? これってもしかして誤植ですか?」


うわ……そこまで言うか泉。大変グッジョブ。

隣の良平と軽くアイコンタクトして微妙な笑い。浅野の口が華麗に回ってくのを観覧しとく。


「――では、お疲れ様でした、浅野くん」


適当な拍手で二日目最後の卒論発表が終わる。後は予定外の第四部に回された私と智絵の二人だけ。

とりあえず、スケジュール移動しまくった鬼門の二日目が無事終わりそうで何よりです。珍しく卒論発表も時間押さなかったし。変更した通り、コンパに入れそうだわ。

初日は移動もあったから半日だけだったけど、二日目は朝からずっと椅子に張り付いてたから何となくみんな疲れてる。特に三年生は慣れてないから集中力が続かないみたいでさっきから時計チラチラ見てんのが丸分かりだった。


「ゼミ長、この後の予定をどうぞ」

「はい。この後はオープニングにお話した通り、事前に配ったタイムテーブルより三十分遅れで動きます。

諸事情で予定より短いんですが二十分フリーの時間が入って、六時半から中庭でバーベキューとコンパをやります。一応予定時間は九時まで。それからは自由なので部屋に戻ってもそのまま話してても何でもオッケーです。最終撤収は十一時。煙とかで相当臭いつくんでお風呂は後に入るの推奨です。ちなみにお風呂は0時でボイラー切られますのでご注意を。コンパの詳細・何かの要望はコンパ係にどうぞ。

以上、何か不明な点はありますか?」


普通ないと思うけどさ。あー三年生たち。ンな顔しないでももう終わるから、ちょっと待ってろ。


「では解散、気力のある人はコンパ係の買い出し手伝ったり、時間近くなったらバーベキューの具材を食堂まで取りに行くように。助け合いの精神持たないと肉食えなくなるからね」

「脅しっすかー先輩」

「お願いしてるだけです」


脅しなんてそんな、おほほ。


にっこり笑った後、先生に視線で確認を取ってから解散の指示を出す。

まったりフリーの時間突入……とはいかないことくらい、理解してますよ東さんは。


「東さーん、買い出しリストこれでいい?」

「あ、ゼミ長、氷とか食堂が出してくれんだっけ?」

「先輩~三年男子の部屋、シーツ足りないんですけどどこで借りれますか?」


……お前ら、ちったぁ自分で考えたり自分で聞いたりしろよ?


「リスト見せて――ビール多過ぎ。ワイン一本追加。あと女の子甘いの飲むからその辺も考慮して。

氷はなし。冷蔵庫貸してくれんだからそれで充分。割り物作るわけじゃないし。

シーツとかは最初に合宿係が確認してるはずだけど、ないなら良平さんかお嬢に聞いてみて」


何だかんだちゃんと答える私は佳也クンの言う通り優しいのかもしんない。

わらわら群がってきた奴らが撤収して、やっと溜め息がつける。


「お疲れ~」

「……おー」

「美雨、大丈夫?」


おー我が癒しよ。今だったら智絵からもマイナスイオンが出てるみたいに感じるわ。いつもはどろどろオーラだけど。


「頭痛が酷くなった……」

「偏頭痛プラス精神的なアレですか」

「みんなして美雨ばっかに頼ってるもんねぇ。“全然平気ですよ”って顔してるから頼られるんじゃない?」

「ひとつひとつは全然問題ねぇの。ただそれが積み重なっと頭を締め付けるのです……」

「ちょっと寝てれば? 休憩中は起こすなって言っておくし」


机に突っ伏した私の頭上に優しい言葉が降ってくる。

何か、最近特に人の優しさを感じます……


――鋭いのに物凄く優しい目が、一瞬だけ頭に浮かぶ。どうも脳内をちらつくあの笑顔も、私の頭痛の種のひとつ。


………どうしよ。やだ。

私ってマジで打算的な女だと思う。勝てない戦はしない、見込みのない男は狙わない。

だって苦しくね?どっからどう見てもモテるっつーかむしろ隠れファンがいそうなくらいレベル高い人なんかが、私みたいなの相手にすると思う?ないだろ、普通。


大体私なんかを好きになる奇特な奴なんて、滅多にいないんだよ。

だから――あんな目で、見ないでほしい。勘違いさせないでほしい。


「……ばぁか」


口の中だけで呟いた言葉は誰宛てだろう。自分でもわからなかった。




× × ×




「東、勝負」

「はぁ?」


どうにか復活してコンパをそこそこ楽しんでた私につきつけられたのは、にやにや笑いと日本酒の瓶。

……こいつ、出来上がってやがる。マジうぜぇ。


「誰かーこの酔っ払い回収して」

「冷たいじゃーん、俺ら友達じゃーん」


誰がだ。テメェと友達になった記憶はとんとない。


「浅野、正直うざい。私のハーレムにずかずか入ってくんな」


こっちは三年と四年の綺麗どこを侍らせて大変よい気分なのですよ。つーかみんなかわいいから全員綺麗どこに入るんだけどね。

手で追い払うジェスチャーしてもめげない浅野。自分の都合のいいとこしか見ないスキルが酒でレベルアップしてんじゃないかね、こいつ。


「そんなこと言わないでー一杯だけ、ほら東の好きな日本酒だから、ね?」


うっぜぇ……


「…………一杯だけなら付き合うから飲んだら男の群れに帰れ」

「おー心の友よ!」

「……東、大丈夫? 良くん呼ぼうか?」

「平気。さっさと潰した方が安全だし」


心配してくれるお嬢はマジ綺麗で、佳也クンもこういうレベルの子が合うなーとかぼんやり思った。

……まぁ、それは今は置いとく。


「イッキで勝負ねー負けたら「私が勝ったらテメェはこっちにくんな、絡むな。負けたらあと十五分テメェに付き合ってやる」


一升瓶飲むわけでもないし、コップ一杯で私が負けるわけがない。つーかイッキに日本酒はねぇだろ、普通。

ぎりぎりまで注がれた透明な日本酒を持って、スタンバイオッケー。


「お嬢、スタートよろしく」

「えぇ~?

……グラス持って、よーい、スタート!」


同時くらいに口つけて、流し込む。

っ?!何これ、まっず…!でも負けらんねぇわ。


ゴッ、ゴッ、ゴッキュ、


「っハイ勝ち!」

「……ップハァ!! 負けたー!」


くそ、安物買ってんじゃねぇよ。旨味もクソもない酒だなこれ。アルコールだけはやたら強ぇいし……うわ、頭痛ぇ。


「負けたんだから陣地に帰れ」

「超クール~でも俺そんな東が大好きー」

「良平さーん川端くーん清峰くーん、さっさと回収してー!」


そろそろ手が勝手に首絞めにかかりそうですよ。つらい合宿にきて尚且つ警察沙汰で帰れないなんて嫌だろ、君らも。

回収されていく浅野を見送ることもなく、私は肉を取りに行く。いち早く避難した泉の横に着いた途端、何かちょっとだけ視界がぐらついた。

あー……やっぱ完全復活してないのにイッキはきつかったか。


「肉ください」

「はいよ。美雨よくあいつの相手してやれるね」

「だってシカトしたら更にしつこいし。お前みたいにすぐ察知して逃げられる位置じゃなかったし」

「空気と一体化できるのがあたしの武器だから」


そのスキル、私にもほしいんですが。どこ行っても目立つ目立つって言われるし……普通の服着て髪イチクロしてた時も“すぐわかった”とかみんな言うしさ。

目立つ格好は好きだけど別に目立つのが好きなわけじゃないのに。


「智絵は?」

「……三年男子の輪に混じってったよ」

「あいつ……こんなとこでツバつけてんじゃねぇよ」

「智絵好みのはいないし、多分大丈夫だと思うよ」

「あいつにその気がなくても男が勝手に引っ掛かんじゃん」

「それは美雨にも言えるけど。お肉先輩、こっち見てるよ」


泉に言われても視線は金網の上のかぼちゃに固定。

あんだけ毒吐いたのにお肉先輩、まだ私にメール送ってくんだよね。着拒はしてるけどメールはまんまだから、何か強気に出たのが裏目ったのか前よりすごいメール来るし。何代か前のドM彼氏と張るくらいのガチドM男っぽい。マジひく。私的にはSっ気のある男のが楽しい……って変態発言自重。


「暴言吐かれんのが気持ちいいみたいだから。放置に限る」

「合宿に参加したのだって美雨見るためっぽいしね……マジで一回潰さないとわかんないのかな片っぽだけグシャッといっとこうか」

「どこをですか森下サン」


何かわかっちゃうんですが。お前、そんなかわいい顔してえげつねぇよ……


「……泉、私ちょっと抜ける。ニコチン摂取してくっから」

「行ってらっしゃい」


先生が大の煙草嫌い、それも女が吸うのは有り得ないって感覚の持ち主だからこういう場では吸えない。発覚したらせっかく作ったなんとなくな信頼はなくなるし、卒論とかで助けてもらえなくなるし百害あって一利なし。

でも何か、今日は疲れた。ちょっと静かなとこでぼんやりしたい。


部屋に戻ってiPodとシガレットケースを引っつかんで中庭から見えないバルコニーへ。


「はぁ……」


こんなことで疲れたなんつってて、社会に出たらどうなるんだ私。

頼られるのは別に嫌じゃない。でもたまに自分も誰かに頼りたくなる。無性に頭撫でてほしくなったりね、私キモい。

そういや最後に頭撫でてもらったのって、でろでろに甘やかされたのって、いつだったっけ。多分小学生とかそんくらいか。

よく彼氏とかに甘える彼女っているけど、私はできなかった。

甘えるのはキャラじゃないし、甘えたいって思っても相手が雰囲気的に許してくれなかった――歴代彼氏たちは“いつもの強い私”が大好きらしかったし。

だから彼氏は友達よりいつもずっと遠かった。それに疲れて別れる、お馴染みのパターン。


「…………」


佳也クンの前だと結構気ぃ抜けて話せてる気がする。頼っていいのかなーとか思えるくらい優しいし度量あるし。


――やだな。何でこんな一々佳也クンのこと考えてんだ、私。


そう思ってんのに、どうしても声が聞きたくなって。

あの人の優しさに甘えて通話ボタンを押す、ほんっと馬鹿な私。

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