05 愚痴くらいいくらでも
試されてる。
例え本人にその気はなくてもそうとしか思えねぇ。
何、今すぐ押し倒してほしいんすか、ミウさん。本気のお誘いだったら即オッケー……いや落ち着け俺、夢見んな。
あんな馬鹿ップルっぽいこと自然にやっといて、恥ずかしがるより普通にマジ申し訳なさそうに謝られたし。役得過ぎてむしろ礼言いてぇくらいなのに。
うざったそうに前髪を流してラテを飲むミウさんを盗み見する。
この人を放ってサークル行ったり、ましてキモいなんて思うはずねぇよ。こんなに綺麗でこんなに好きな人から誘われて、しかも下手なカップルよりカップルらしいことして。嬉しいに決まってんだろ。
「ん? ラテ飲む?」
「いや、大丈夫っす。ミウさ「アズマ」……アズマさんはブラックとかで飲まないんすか?」
「アイスだったらたまーに飲むけど、店とかだと大体何か入れるかな」
ミウさんは“ふっ”って笑うことより“にこっ”って笑うことの方が多くなった。っつってもまだ翠星館から二回しか会ってねぇけど。
目尻が下がって唇から八重歯が見える、すっげぇ可愛い笑い方。こんなギャップ見せられたら誰だってグラッとくる。
見る度、声聞く度オチて。なのに向こうは俺の気持ちなんかお構いなしに一貫して“自分じゃつり合わない”みたいな態度。しかも俺がミウさんに、じゃなくてミウさんが俺につり合わねぇと思ってるみたいだ。
マジ意味わかんねぇ。俺みてぇなのには勿体ないくらいの人なのに何だってそんな考えに行き着くんだよ。
「……あ、ごめん電話だ」
「気にしなくていっすよ。どうぞ」
「じゃあちょっと失礼――はい、東ヶ原です」
いつもより涼しげって感じの声で出た電話の相手は多分目上の人だと思う。口調もトーンも丁寧で、何か余所行きっぽい。
――ミウさんを見てて、気付いたことがある。
この人は自分に対して自信がない。異様に自分を卑下したがる。
こんだけ自己主張激しい外見でそれが変に見えねぇくらいミウさん自身もレベル高ぇのに、褒めると嫌がるし認めようとしねぇ。身につけてるものとかそういうセンスにはちゃんと自信あるみたいだけど、何でか自分だけは“平凡で貧弱顔の変なおばさん”って思ってる節がある。
これも全く全っ然、わかんねぇ。何でそうなんだよ。未だに謎過ぎる。この人の思考回路。いや、自信がねぇからそうなんのはわかっけど、どうやって修正すりゃいいのかが謎。
「――現時点ではM1の飯塚先輩、あと去年の四年生の喜多川先輩と久保田先輩が参加されるとのことです。まだ九名からお返事を頂けてないのですが、一応期限を明日までにしてその時点で参加の意向を示された方に詳細連絡をさせて頂く予定でいます」
喜多川……何か聞いたことあんだけど…………あ、お肉先輩か。え、何で今更出てくんだ、その肉が。
「はい、そう…ですね。これ以上増えるようなら初日のスケジュールを少しずらす形になるかと思います。お三方とも初日から最終日まで全て参加して頂けるとのことでしたので――、笹部くん、ですか? 私の方ではちょっと……イメージワーク班の人だったらわかると思うのですが……すみません、今学外にいるので」
あー……何か大変そう。ゼミの話か?そういや来週の火曜から合宿だっつってたよな。それ関係か。
つーかそんな疲れた顔するくらいならもっと愚痴ってくれて構わねぇのに。
メールとか電話でも“愚痴っぽくてごめんね”とか言うのに実際そんなでもねぇし。ミウさんって結構溜め込むタイプなんじゃねぇか?
「――すみません、ハニーカフェと……グアテマラで」
「かしこまりました」
……勝手に頼んだけどミウさん甘いもの好きだし多分平気だろ。話聞きにきたくせに手ずから餌付けされて浮かれてるだけの俺にできんのはそんくらいだ。
「………そうなると経過報告の持ち時間が厳しいかと…発表七分質疑応答三分のひとり十分で計算していたので……――、わかりました。私と田宮さんの経過報告を芸術療法とクロージングの間に入れます。フリーの時間分から回すので出発時刻を変更することはなくていいかと。はい、はい……ではそれで調整させていただきます。お忙しい中、お電話ありがとうございました。はい、失礼いたします」
しばらく画面を見てからボタンを押して、深い溜め息。
「……お疲れ様っす」
「ありがと……何か心に沁みるわ」
「そんなやること多いんすか?」
「今年は特別っぽい……去年の夏も先輩と組んでやったんだけどこんな酷くなかった。決定済のスケジュールいじんのだって結構面倒臭ぇのに先生もクソ男子も気軽に言ってくれっしさぁ」
「つーことはかなり細かく決まってるんすね」
「スケジュール自体は三十分刻みだけど卒論の発表会みたいなのがそん中で更に十分刻みずつになってんの。結構タイトなスケジュールにしたからほんとは動かしたくないんだけど……あーフリー時間が削られてく……! つーか実際OBに連絡すんのとか私の仕事じゃねぇしワークの持ち時間だってちゃんと本人たちに了承とって組んでんのに何でこんな土壇場で変更すんだよマジ頭どうかしてる豚の餌にでもなれよほんとさ!
…………あ、ごめんねうるさくて」
苦笑いのミウさんが少なくなったタルトにフォークを刺しながら謝ってくる。
別にこんくらいどってことねぇのに。他の女ならめんどくせぇって思うかもしんねぇけどミウさんなら話は別。
「構わねぇっすよ。つーかアズマさん色々ひとりでやり過ぎじゃないっすか? 他にもいないんすか、副ゼミ長とか……」
「…………そうだね、そんな役職の人もいたね、何にもやんないで引っ掻き回すだけ引っ掻き回して自分の主張だけはいっちょ前にしてくる能無しで酒癖悪くてうぜぇコウモリ野郎が」
……やべぇ、地雷か。
「…………何か、すんません」
「いや、佳也クン悪くねぇから。あのクソ男が元凶だから。あーもうマジ奥歯二本くらいペンチで引っこ抜かれればいいのに。そしたらさすがにしばらく黙ってんだろ」
な、何かマジっぽいように聞こえんだけど。リアルに実現できそうな気がする……
「副ゼミ長以外に手伝ってくれる人いないんすか? 泉さんとか智絵さんも同じゼミっすよね」
「泉は無理。スケジュールずれた煽りくらって私以上にイライラしてるし。智絵は卒論のレジュメまとまりきんなくて手一杯。他の子も色々やることあったり毒過ぎて愚痴るの申し訳なかったりっつーか……だからって学外の佳也クンに迷惑かけてるしね、私。マジでごめん、今日だけでいいから愚痴らせて」
「構わねぇっつってるじゃないっすか。俺は別に苦じゃねぇし」
遠慮する仲でもねぇし、とは続けらんねぇけど。
ミウさんが笑ってくれんなら愚痴くらいいくらでも。つーか大学でどんな感じかも聞けるし愚痴理由にして会えるし何のデメリットもねぇよ。
「佳也クン、やっぱ優しいよ……おねーさん泣きそう」
「え、なっ、泣かないでください」
ちょ、今泣かれたらマジでどうすればいいかわかんねぇ……
「いや、マジ泣きはしないけどさ。私ここ何年か泣いてないし」
「そ、そっすか……」
「でも、それくらい優しさが心に沁みてますよ。あー佳也クン一家に一台ほしい」
「……普通要りませんよ、こんなの」
「私には必要ーエロヴォイスとマイナスイオンが出てくんの」
ミウさん、絶対疲れてんな。自分で何言ってんのかよく考えてください。
円周率でも考えてやり過ごせ、俺。
「お待たせいたしました。ハニーカフェとグアテマラでございます」
ちょうどいいタイミングで運ばれてきたカップを見てミウさんがきょとんとする。
あーやっぱ可愛い。最近やっとわかってきたけど、顔自体は綺麗っつーか美人だけど表情が可愛いんだよ、ミウさん。
「……ハチミツ、嫌いでした?」
「いや、大丈夫…あれ? これいつ頼んだの?」
「さっき電話してた時に。疲れてんなら甘いの飲むかなって。勝手に頼んですんません。奢るんでどうぞ」
言ってもミウさんの手は中々カップに伸びない。
「アズマさん?」
「………反則。禁じ手」
「え」
「有り得ねぇよ、何それ、佳也クンマジかっこいい……――た」
最後の方はよく聞こえなかったけど、手で隠し切れねぇ赤い頬を俺の両目2.0が見逃すはずはなかった。
か、可愛……!え、何これ夢か?
「馬鹿ーやだーこのタラシー!」
「たッ?! 誤解っすよ!」
「いい男過ぎる! こんな女にまでサービスしなくていいから」
「アズマさんこそンなリップサービスしなくていいっすから」
「ガチで本音なんでご心配なく!」
「俺だってサービスなんかしてないっすよ!」
「「…………」」
何してんだ、俺ら。
「……とりあえず、少しは冷めたと思うんで飲んでください」
「……そうします」
それでもンな入念に息吹き掛けんのか。マジ猫舌。
「……あんさ、別に奢らなくていいかんね。頼んでくれただけで嬉しいし」
「いや、わざわざ電車でこっち来てくれてんだからこんくらいさせてください」
「だって誘ったの私だし」
「それだって俺が勝手に頼んだだけっすよ」
金と時間使ってここまで来てくれてんのに追加分まで払わせてたまるか。いくらミウさんが言ってもそこは譲れねぇ。
「…………じゃあ、ゴチになります。今回だけ」
「はい、なられてください」
勝った。
「俺がやりたくてやってんすから、アズマさんは気にしなくていいんすよ」
「わー……年下とは思えねぇ懐の深さ感じんだけど」
「……それ褒め言葉っすか?」
「褒め言葉っすよ、勿論」
おうむ返しするミウさんに何か返す前に、今度は俺のケータイが鳴る。
From 谷崎 京介
Sub ええええええ
------------
お前東さんの前だと別人過ぎない(;°Д°)…?!
------------
「…………」
どこだ。どこで見てやがる、あの野郎。
From 三島 昭
Sub 無題
------------
佳也すげー笑顔ー
つーか付き合ってねーの?すげーらぶらぶっぽいけど(*≧ε≦*)
------------
「……どした?」
「いえ、何もないっす」
付き合いてぇよ、俺だって。
ミウさんが俺のこと意識して好きになってくれて、ちゃんとデートって名目で会ったり彼氏として抱きしめたりキスしたりその先まで色々やりてぇ。あ゛ー妄想やめろ、キリねぇ。
From 坂口 健司
Sub 無題
------------
悪ぃ!オレひとりじゃこいつら抑えらんなかった…
------------
……お前のせいじゃねぇよ。多分。
「ねー佳也クン何飲んでんの? さっきのと同じ?」
「あ、グァテマラっす。さっきのはコロンビア。俺的にはこっちのが好きなんすけど」
「へぇ……豆の違いすらわかんないよ、私。いっつも何か入れて飲んでるし」
「……アズマさん紅茶の方が好きなんじゃないっすか?」
「家ではいつも紅茶……って私言ったっけ?」
「いや、何となくっす」
あー珍しく割れたな。俺コーヒー派だし。
「……佳也クンって…………や、何でもない」
「何すか? 気になるんすけど」
「…………秘密」
……くそ、この人の上目遣い、心臓に悪ぃ。
「もしバイクで送ってくれたら言ってもいいけど~」
「じゃあ送ります。大学、高速の脇っすよね」
「………え、いや、冗談だかんね? ンな迷惑かけらんない…」
「だから迷惑とか思ってないっすから。アズマさんさえよけりゃ海沿いまで軽く走らせますよ。少しは気分転換になると思いますけど」
ミウさんといるとごり押しスキルが上がってく気がする。
伝票を武器に渋るっつーか遠慮しまくりなミウさんを説き伏せて、少しだけ待ってもらって大学からかなり近いマンションにある愛車を取りに行って。
From 谷崎 京介
Sub 無題
------------
立派な紳士になったね……佳也くん(;∀;)おにいさん嬉しい!
------------
帰り際、店の奥で一瞬だけ見えたでかい図体の正体を今更再確認した。あいつらいつの間に入ったんだよ。
To 谷崎 京介
To 三島 昭
To 坂口 健司
Sub 無題
------------
店に行こうって最初に言い出した奴、三十分くらいサンドバックにしてやっからちょっと残ってろ
六時半には戻るから
------------
そっから俺はケータイをしまい込んでミウさんを乗せて、かなり遠回りして大学まで送ってった。
この前家まで送った時に思ったけど、ミウさんは単車の免許持ってねぇのに何でかタンデムし慣れてるからあんま人乗せねぇ俺でも運転しやすい。誰のケツに乗ってたのかとか俺が聞けることじゃねぇけど気になるのは確かだ。
けど、ミウさんが楽しそうに笑うから。何かつまらねぇ詮索とかあいつらサンドバックの刑にすんのとかどうでもよくなった。
――どんだけミウさん中心なんだよ、俺の頭ン中。
NEXT 第四章 ロシアンレッド




