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04 何か、やばい、かも

角砂糖みたいな外観の、個人経営のカフェ。ラテの甘さがすんごい私好みで気に入ってた。

元カレと別れてから通うのやめてたんだけどさ……そろそろいいだろ。

あそこで別れ話して喧嘩になったの、時効だよね?もう一年以上前の話だし。その後一回だけお詫びに行ったけどそれからは近づきもしなかったし。


カラン――


「いらっしゃいませーおひとり様ですか?」


ドアについてるベルが小さく鳴って、かわいらしい笑顔のちいさい店員さんが素早く対応してくれる。

あ、この店員さん知ってる。まぁ向こうは覚えてないだろうけど。


「あ、もうひとり来るんで。窓際の席いいですか?」

「どうぞ~……彼氏さんですか?」

「……いえ。今回は別口で」


………何で覚えてるし。

結構通ってたからか?それともいつも同じ席指定してたから思い出したとか?

どっちにしろ別れたとは言いにくい。まぁあんだけ派手に別れ話してたらもう付き合ってない線濃いことわかるだろうけど。


「ラテとベリータルト、お願いします」

「かしこまりました」


窓際の一番右、窓越しに誰が入ってくるのかすぐわかる席。またここに座ることになるとは思ってもみなかった。

多分元カレはここには来ない。あいつ甘いものもコーヒーも嫌いだったし、私が誘わなきゃ絶対寄ろうとしなかった。もういい加減新しい彼女見つけてよろしくやってんだろ。


ガラスの灰皿を寄せて一服。まだ三限終わりまで時間がある。

佳也クンには最近いっつも愚痴ってばっかだ。うぜぇと思われるからやめなきゃなーとか思ってんのに何か話したくなる。ゼミのことだから私以上に苛ついてる泉とか今大変そうな智絵とかには話せないし。


「……迷惑がられてっかな」


口に出してちょっとへこむ。佳也クン優しいからよくわかんないんだよな、その辺。

好きなもん頼んでいいから今回までは許してください。次から自重します。


「あ」


カラン――


「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」

「いえ、待ち合わせしてて……」


クラシックの有線が流れてる店内で店員さんが同じ台詞を繰り返す。続いて聞き覚えありまくりなエロ声もとい艶たっぷりの声。


「佳也クン、こっちー」

「ミ……アズマさん」


おーちゃんと名字呼び。よくできました。


「ごめんね、変な時間に呼び出して」

「いや、全然構わねぇっす。

コロンビア、ブラックで」


「……何そのかっこいい頼み方」

「? 別に普通じゃないすか?」


いやいや、この前まで高校生だったろお前。

メニュー見もしないで、しかもブラック……いや私もメニュー見ないけどさ。


「意外と早かったね。三限終わってまだ二分くらいじゃね?」

「講義が五分前に終わってたんで。アズマさんは午後空きなんすか?」

「つーか一限だけ。卒単には関係ないんだけどどうしても取りたい講義でさ。ちょっと失礼」


一応断ってから二本目に火をつける。そういやこの店で吸うの初めてかも。あいつ煙草大嫌いだったしなー……


「すんごい今更だけど京介クンたちも同じ大学だっけ?」

「はい。あいつらは今サークル行ってますけど」

「へぇ……みんな同じサークル? 何の?」

「……一応、軽音サークルっす」


あ、すんごい納得。これでボランティアサークルとかだったらマジでイメージ違うけど。

軽音かー……ってことは。


「四人で組んでんの?」

「メインはそっすね。高校からずっとやってます」

「佳也クン……もしかしてギター?」

「え」

「あれ、違う? じゃあボーカル?」


雰囲気的にギターっぽいんだけどな。この声ならボーカルもありっつーか個人的に超聴いてみたい。


「い、や……ギターで、合ってます、けど……何でっすか?」

「んー顔と雰囲気。待って、他の子も当てっから」


バンドマン・パート当ては一時期泉と暇潰しに雑誌見てやったから結構自信あんよ?

“俺ギタリスト!”“俺ベース一筋!”みたいな顔してんだよ。大概。


「…………昭クンはボーカル、ドラムは健司クン、京介クンはベース?」


京介クンがちょっと微妙なとこだけど、消去法で。健司クンは絶対合ってる自信ある。


「すっげ……当たりっすよ、全部」

「マジ? やった!」

「昭がギターボーカルになったりサブでキーボード入る時もありますけど、基本的にはアズマさんの言う通りっす」

「へぇ……聴いてみたいなー佳也クンたちのバンドの音」



贔屓入るけど上手そう。ライブハウスとかでやってんのかな。



「……アズマさん、『レッドボウル』と一緒に渡したROM、聴いてくれました?」

「うん。聴き取んのに若干集中力必要だったけど全部聴いた。ありがとね。好きな感じの曲も結構あったし」

「あー録音環境は……すみません。けど気に入ってくれたならよかったっす。あれのどっかにありますよ」

「へ?」

「あのROM、俺らのバンドの曲も入ってるんで」

「…………え?」


ちょ、それ早く言えよ!

どれよ、どのバンドよ?!外野騒がしくてMC聞き取れないしいつ喋ったよ昭クン!


鞄からメモ帳とiPodを引きずり出して、トラックに分けられないで全部繋がったまんまの【バンド詰め合わせ】まで画面を持ってく。


「どの辺? どんな曲調? どんな歌詞?」

「ちょ、それに入ってるんすか?!」

「借りた日にデータ落とした。勝手にごめんね」

「いや、それは構いませんけど……ここで聴くんすか?」

「だって今知りたいし。ちょっと待ってね、大体の当たりつけっから」


昭クンの声質っぽい感じで、多分私の好きそうな曲で、声援が多そうなバンド……ってこれは完全な偏見だけど。

早送りして止まって、ちょっと聴いてから早送り。

気になったバンドの再生時間をメモして飛ばしまくって二時間半を流していく。


「はい、右耳つけて」

「……はい?」

「これっぽいっての三つあったから聴いて」


斜め向かいから隣の席に移って、反対側のイヤホンを装着する。テーブル挟んだら首つるわ。

何でかわたわたしながらも無事佳也クンがイヤホン装備を完了して、再生ボタンタッチ。


一コ目。ほんの少しだけ聞こえるMCの声が昭クンのノリに似てるガチヘビメタ系。

二コ目。高音の伸びが良くて周りの黄色い声が多い軽めロックの多分オサレ系。

三コ目。一際周りがうるさくて力強いボーカルとガツガツくる曲調のハードロック系。


イヤホンを外して。さぁ、お答えをどうぞ。


「……確かに、こん中にあります」

「わぉ、冴えてる私。で、どれ?」

「…………ノーコメントで。俺が言ったらおもしろくないじゃないっすか」

「えー? そりゃそうだけどさ」


せっかくだから教えてくれよ。ここまできておあずけって……


「……今度スタジオ来ますか? 六月辺りになりますけど」

「え、いいの?」

「はい、アズマさんさえよけりゃの話っすけど……」

「うっそ、マジ?! 行く、行かせてください!」

「じゃあ答えはそん時に」


そう言って笑った佳也クンは何かすっげぇ色気っつーかフェロモンが出てて、何か直視できなかった。

こ、これが十代でいいのか……?もはや凶器だろ。おばさん悩殺されそうだよ。


「そ、ういやさ……佳也クンはサークル行かなくていいの? 私がごり押しで誘ったのなんか気にしないで行ってきて大丈夫だかんね?」

「いえ。サークルっつっても今日は防音室借りらんねぇみたいだし……俺はアズマさんといたいんで」

「…………」


認識を改めようじゃありませんか。この子は恥ずかしい台詞をさらっと言えちゃう人種だって。

京介クンの友達やってんのは伊達じゃねぇってことか……って京介クンがンな台詞吐いてんのなんか見てないけど。何かイメージ的にさ。


コーヒー飲んでる無駄にかっこいい佳也クンを横目で見て、ラテのカップを持ってからあることに気付く。わざわざ隣り合わせで座って、片耳ずつイヤホン半分こにして、恥ずかしい台詞を聞いて。

あれ……何かすげぇ今更なんだけど、状況だけ見たらナチュラルにカップルみたいじゃね?私ら。

うわ、すみません周囲の人々!こんなイケメンにこんな変な女が寄ってて……誤解なんです、とりあえず正常な距離に戻るんですみません!


「アズマさん?」

「うん?」


何で不思議そうな顔してんの君。四人席で隣座ってる方が変だろうが。


「タルト食べる? おいしいよ、ここの」


うまく崩せた部分をフォークで掬って差し出す。これやるから今の行動については黙っててくださいよ。


「ア、ズマさん……ちょ、これは……」

「佳也クン甘いの苦手だっけ? ベリーだから甘さ控え目だけど」

「そうじゃなくて………………じゃあ、いただきます」


佳也クンの美形顔が近づいてきてフォークをくわえる。おー肌綺麗、やっぱ若さか。割と睫毛長ぇな、つーか唇エロい……


「おいしいっしょ。私イチオシ」

「美味いっすけど……あんまこういうの気軽にしない方がいいっすよ、ミウさん」


……な、何すか、そのマジ顔。

つーか名前、いきなり呼ぶなってば!


「今回ばっかは言わせて貰いますけど、今のはまずいっす。端から見たらそういう関係だと勘違いされます」


さっきよったことをよくよく考えてみる。

え、ひとつの光景が浮かび上がってくる。



『はい、あーん』

『あーんっ』

『どう? ダーリン』

『うん、おいしいよハニー』



…………うわ。

や ら か し た !


「大っっっ変失礼いたしました」

「いや、謝ってほしいわけじゃねぇんすけど……」

「きっついことやらせてマジごめん。ほんとどっかに頭打ち付けて死んだほうがいいわ私っつーか嫌だったら遠慮なく言ってくれていいからね“うわ、何やらせんだよこの女、マジきもい”とか思ってても大丈夫できるだけソフトに言ってくれんなら平気だから」

「お、思ってないっすよ、ンなこと!」

「いいんだよ君が優しい心の持ち主だってことくらいわかってるから」


私あんま気にしないんだよね。回し飲みとか今みたいのとか。誰かの舐めたアイスとかでも知り合いなら普通に食えるし。

よく考えたら男相手にやったのって彼氏以外じゃ佳也クンが初めてだったかも……とんでもねぇことしちゃったわ。いくら優しいからってこれは許容範囲外だよね、多分普通は。


「……俺、ミウさんが思ってるより優しくなんかないっすよ」

「君が優しくないってなら誰が優しいっつぅんですかね」

「ミウさんじゃなきゃ、こんな風になんないっすよ」


またそんな風に笑って、そんな言葉吐いてさ。

あー……何か、やばい、かも。


自分のどっかが傾いていく。そんな感じがした。

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