03 神の存在を確信した
From 三島 昭
Sub 無題
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詞見たー!
かっこいー!おれ好きーああいうの!
あれって東サンへのラブソング?だったら俺コーラスやんよ~o(^-^)o
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ああ、何かもう死にたい。
いいんだけど、嬉しいんだけど、すっげぇ恥ずかしい。稀に空気読めるスキルをこんなとこで発揮すんじゃねぇよ。
To 三島 昭
Sub 無題
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気に入ったならお前歌え。俺はいつも通りコーラスで入っから。
つーかラブソング言うな。全国でラブソング歌ってるポップスの人に謝れ。
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ああいうのはラブソングって言わねぇ。ただの欲望剥き出しの変態ソングだ。って歌う昭にそれ言うのは何かアレだけど。
「休憩中ごめん。斎木くん、一昨日入ったエフェクター知らない? アナログディレイだったと思うんだけど……」
送信中画面を見てたとこでドアから店長がひょっこり出てくる。
店長にわからねぇこと、俺がわかるはず……
「あれ、裏の青箱にありませんでした? 多分香取さんが置いてましたけど」
「ないんだよー磨いて表出したかったのに」
「……あ、もしかしたらペダル類の箱に入れてんのかもしれないっす。あれ箱似てっし」
香取さんまだ研修中だし、間違えたのかも。
この店は基本的に店長がいつもいるし、シフトによっちゃあ店長だけの日もあるからバイトの人数はそんなにいない。今は俺を含めて遅番早番全部で五人だけだ。
俺は高校入った時からずっとここにいるからそれなりに古株で、自分より年上の新人に仕事教えたりすることもよくある。
香取さんは二ヶ月くらい前に入ってきた女子大生で、あんまシフト被んねぇから他の人が教えてんだろうけど結構ミスが多い。こないだレジ打ちミスって閉店時にゼロ四桁、しかも四捨五入で五桁になるマイナス出した時はマジでどうしようかと思った。
「あーそっか。うーん……あの子あんま覚えてくれないなぁ…箱にでっかくシールでも貼っておこうか」
「裏の配置、もっかい説明しときましょうか? メモとらせながら」
「じゃあ今度シフト被ってる時お願いしてもいいかな」
「了解っす」
“手間とらせてごめんね、話してた分休憩増やしていいからー”って人の良さそうな笑顔で消えてった店長を見て、誰もヘビメタバンドの現役ドラマーだとは思わねぇだろう。
ここでバイトしてるとバンド関係の輪がどんどん広がる。ロスエンのメンバーに初めて会ったのもここだった。
ライブとかで一方的に知ってた俺にとってはデビューしてなくても既に雲の上の存在だったあの人たち。話しかけられたのは店長とこの店があったからだった。
懐かしい。まだ京介とふたりでバンド組みてぇな、って言ってただけの時代。
京介が書いた例の真っ黒楽譜を出して眺める。昔は見ただけで眩暈がした。“こんなの弾ける奴は人間じゃねぇ”って。少しは成長できたよな?俺。
From 三島 昭
Sub Re:
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じゃあ1番おれ歌うから2番佳也歌えばいいじゃん!
つーか何でラブソングじゃいけねぇの?熱烈ラブコール叫びまくりじゃん。
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…………カラオケか。ライブでンなことできっか馬鹿。つーか熱烈ラブコール……間違っちゃいねぇけど全力で否定してぇ。
To 三島 昭
Sub 無題
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とにかくバランス見て適当にコーラスすっからお前がメイン歌っとけ。
詞についてはもう何も言うな。色々つらくなる。
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もしアレをミウさんに聴かれたら……うわ、ニトロ飲んで爆発してぇくらい恥ずかしい。変態丸出しじゃねぇか。他のなら聴かれても平気だけどアレだけは……
あの日、『レッドボウル』と一緒に渡したROMにはその日ライブに出てた全部のバンドの曲が入ってる――勿論、俺らのバンドも。
客の声でMCあんま聞こえねぇし、歌声で昭だって判断すんのは何回かうちの曲聴いてねぇと多分無理。そもそもミウさんには俺らがバンドやってるってことは話してない。わざと隠してるとかじゃねぇけど別に気張って話すことでもねぇし。
「……今度、誘ってみっかな」
とりあえず次のライブ以降になるけど。
『Black Tempest』は絶対に聴かせらんねぇ。ミウさん来る時は封印だ。じゃねぇと変態の烙印押されちまう。
「……ッあ゛ー」
頭を掻いた拍子にピアスが揺れて耳の下に当たる。
つけてると傷つきそうで嫌なんだけど外しとくのも勿体ねぇ。そんな微妙な気持ちで結局毎日つけてるアメリカンピアス。ミウさん、明日会う時つけてっかな。
世の中のコイスルオトメってのが味わうソワソワ感がわかっちまう、キモい自分に笑う水曜の夕方だった。
× × ×
「…………」
オムライスと親子丼がそれぞれ載ったトレーを持ったまま、しばらく悩む。
あれ、健司席取っとくって言ったよな。遠目から見てここに鞄置いてたはずなんだけど。何で女が座ってんだ?しかも二人。四人席だから相席なんか受け付けてねぇんだけど。
誰かの知り合いなのかもしんねぇけど……正直、話してどいてもらうのもめんどくせぇ。別の席行くか。
「あ、おーい佳也ー! こっちこっち」
……でけぇ声出すんじゃねぇよ。しっかり聞こえてっし目立つから。
「あ、斎木くんだー」
「マジ?」
水の入ったコップをでけぇ手で一気に持ってきてる健司の近くで、席にいた女たちが何でか俺に手ぇ振ってくる。
いや、俺あんたら知らねぇし。とりあえず会釈くらいはするけど。
「………席足りねぇなら別のとこで食うけど」
「えー斎木くんいなくなっちゃうのぉ?」
だから誰だよお前ら。何で俺のこと知ってんだ。
軽くイラっときた俺に気付いたのか、健司がフォローに入る。
「佳也、サークルの先輩。ほら入会届け出した時にいたろ? お前人の顔覚えんの苦手だしなー」
「ああ……」
悪ぃけど全っ然覚えてねぇ。
「……で、俺は席移った方がいいか?」
正直初対面の女と飯食いたくねぇ。黙ってていいなら何とか平気だけど。色々話しかけられても特に会話膨らまねぇし、めんどくせぇ。
「あたしら別の席あるから気にしないで~ちょっとお話にきただけだからぁ」
「そ~本格的にバンド活動やってるって聞いたから気になってぇ」
…………だったらどいて飯食わしてくれよ。居座る気満々じゃねぇか。
とりあえずトレーを健司の前とその脇の空席に置いて健司を見る。
お互いどうしたもんか……さっさと京介でも昭でも来い。んでこのやけに化粧濃くてキャバ嬢みてぇになってる女たちをどっかに追いやってくれ。すげぇ香水臭ぇし、飯がまずくなりそうなにおいだ。
「斎木くんも坂口くんも座んないの~?」
「つーかオムライスとかかわい~」
本日限定チーズオムライス。ミウさんが前に食ってたのに似てたからつい選んじまった。あーここにいんのがミウさんだったらすげぇ美味い昼飯になんのに。あの香水のにおいだったら……
現実逃避しながらも、意を決して席についた健司に続く。ここで逃げる術が思いつかねぇ。
「えーと、先輩たちはバンド組まれてないんすか?」
軽音サークルなのに。そう続きそうな健司の質問にキャバ嬢もどきたちがケタケタ笑う。
「つーか楽器もほぼ触んないってかねぇ」
「うちらコンパしか出ない幽霊会員だし~うちのサークル自体飲みサーじゃん? 学祭あってもライブしないでたこ焼き作ってるし」
「あたし去年屋台作る時爪挟んで折ったんだけどぉマジない! スカルプしたばっかだったのに」
「そういや駅前にできたとこ行った~? 何かマジ店員の態度悪くてさぁ」
あー……駄目だ。俺こういうタイプ、マジで無理。
つーか本気で何しにきたんだよこいつら。バンドの話じゃねぇのか。テメェの爪なんかに興味ねぇからもう飯食わせろよ。
「(……健司、俺あっちの席行く)」
「(やめろ。頼むから置いてくな)」
アイコンタクトで100%伝わる。さすが俺ら。
ただ空気読む気もねぇ向かいの女たちには何も伝わんねぇらしい。
「うちらの間で有名なんだよ~坂口くんたち」
「そ…そうなんすか?」
「一コ下にイケメンのガチバンドマンたちが入った~って」
「い……いや、ンなことないっすよ。なぁ、佳也?」
俺に振るんじゃねぇよ。しかもすげぇ微妙なとこで。つーかこのキャバ嬢もどきたち、マジで一コ上なのか?ねぇだろ、どう考えても年齢詐称。
「……そうだな」
「え~謙遜しなくってもいいのに」
「斎木くんってクールビューティって感じ? つーか髪どこで染めてんの~超綺麗~」
「え、知り合いに……」
「それって美容師~? すごーい」
……京介、昭、早くしろ。
席立とうにも横で健司が腕抑えてんだからな、こっち。
「あれ~満席ですか?」
「えーメシ食えねぇじゃん! 他の席……」
「「ここ座れ」」
今だったらお前ら崇め奉っても構わねぇ。
言葉もタイミングもぴったり一緒に席を立って二人を押し出す。
代わりの話し相手補充したからこれでいいだろ、センパイ方。
「佐久間先輩と長篠先輩、ですよね? どうされたんですか~こんなムサいとこに」
「え~うちらの名前覚えてくれてるんだぁ!」
……ターゲットは無事切り替わったみてぇだな。
こそ泥顔負けの足取りでさっさか遠くの席に健司と一緒に移る。
「…………何なんだよ。あれ」
「知らねぇよ。席取ってたら勝手に前に座ってきて……水取りに行ってもそのままだしよぉ」
「つーかサークルの先輩とかって全然見たことすらねぇけど、あんな人たち」
「いたんだよ! お前が全然周り気にしてねぇだけで」
やけに飯が冷めてる気ぃすんのは気分の問題か。
さっきの酷ぇ香水のせいで若干食欲減退気味。くそ、テンションもガタ落ちだ。今日は珍しく朝から気分良かったのに台なしじゃねぇか。
「あー……」
ミウさんに会いてぇ。いや、今日会えるけど。
今すぐあの人の声が聞きたい。無理に考えなくても自然に進む会話がしたい。
女と電話とか会って話してて沈黙が苦しくないのってあの人だけだ。初対面はそりゃテンポの悪ぃ会話してたけど、今はちゃんと京介たちと話すくらいに普通にできる。
ミウさん、ミウさんって一日何時間あの人のこと考えりゃ気が済むんだ。病気か俺は。
「……癒しがほしい…」
「同じく。つーか先輩たちにはほんと悪ぃけど香水で胸やけが……」
「……それ、同感。飯がまずい」
「あ、佳也ケータイ鳴ってねぇ?」
テーブルに伝わる振動。コップの横に置いてある健司のが鳴ってないなら自動的に俺のか。
だるさ全開でケータイ開いて。
次の瞬間、俺は椅子を蹴っ飛ばす勢いで立ち上がった。
「ちょ、電話出てくる!」
「え、あ、おう……」
こんなうるせぇ場所で電話できねぇ。聞き漏らしたらどうすんだよ。
出口より近かった窓からテラスに出る。飯食ってる人はそりゃいるけど中よりはずっと静かだ。
「――はい」
『あ、佳也クン? 今大丈夫?』
これだ。聞きたかった声は。底辺まで下がってたテンションがぐいぐい持ち上げられる。
「はい、平気っす」
『そっか。あんさ、今日約束してんじゃん? 十八時に駅って』
「はい」
『……ごめん! ちょっと無理そう、かも』
「………………え」
テンション、急降下。
そのまま地面に減り込んで更に地中深くへ。
『私、講義で実習取ってるんだけど、担当の先生にどうしても今日中に会わなきゃなんなくなって。その先生、学外のセンターに行ってて捕まんなくてさ……電話繋いでもらったら十八時半からしか時間取れないとかぬかしてんだよ。向こうのミスでこうなったのにマジない』
「そ、うなんです、か……」
『約束の時間変更してもらおうにも何時に終わるかわかんないし……だから夜は無理っぽい。私から誘ったくせにほんとごめん!』
「………いえ、俺は大丈夫、っすよ」
泣きたい。くそ、何だこれ。酷ぇ。俺何かしたか?どんな罰だ。
『ね、佳也クン』
「はい……」
『午後の講義、何限がある?』
「三限だけっす……」
端から見たら浮かれてたり萎れてたりで忙しい不審者だと思われてんだろう。別に構わねぇけど。
『大学の正門から出て右手に進んだとこにあるアナイスってカフェ、わかる?』
「はい、白いスクエアの建物っすよね……」
『よかった。じゃあ三限終わったら出てこれる? ちょっとだけ付き合って』
「え」
現金な俺は今、神の存在を確信した。
サンキューカミサマ。今だったら見ず知らずの隣人も愛せそうだ。




