02 一曲だけでいいんです
「佳也くぅん。お約束のブツは~?」
土日明けの月曜の二限。
開口一番に言われた言葉に用意してた台詞を返す。
「……できてねぇ」
「え?」
わかりきってた反応。直感で詞をつけるタイプの俺が丸二日かけて詞ができなかったなんて滅多にねぇ。
「………あのさ、佳也。お前嘘下手なんだから変なとこでごまかすのやめな?」
……わかってんならちょっとくらい気付かない振りしろよ。こっちだって慣れねぇ嘘ついてんだから。つーかすぐバレんのはお前が異様に鋭いせいなんじゃねぇかと常々思ってんだけど。
「…………」
「書き直してるの? お前いつも一発勝負じゃん」
――正直、詞自体は金曜の夜の時点で完成してた。
そっから別のやつ考えて三つくらい違う詞つけたけど、どうしてもしっくりこない。
理由はわかってる。単純な話、最初の詞が一番いいからだ。けどあれだけは出したくねぇ。
「……四通り考えた」
「めっずらし~んじゃ、最初に考えたの見せてよ」
「…………何で」
「だって最初のが一番いい出来なんじゃないの? 佳也直感型だし」
何でこいつはンな俺に詳しいんだよ。物心つく前から一緒に遊んでたのは伊達じゃねぇっつうことか?
「無理。あれ見せたら俺死ぬ。マジ無理」
「ん~? もしかしてもしかしてぇ?」
にやにやすんなクソボケ。あ゛ーバレてる。マジでこいつうぜぇ。
「そっかそっかぁ~それは是非とも拝見したいですねぇ。いつものテイストで熱烈なラブソングですか~わぉ、新鮮~」
「死ね」
今すぐどっかの床に穴開けて埋まりたい。
気づいてたらあの人のことで埋まってた紙を何度燃やそうと思ったか。
「――でも真面目な話さ。茶化すとか恥ずかしいとか抜きに、俺の曲聴いてお前が最初に感じたままを書いてほしいわけ。お前がつけたいって思った詞なら間違いないよ」
「………物凄ぇ変態くさい詞なんだけど」
「ロスエンばりにやらかした感じならさすがに止めるけど。あくまでうちの曲のまんまでしょ?」
「そりゃまぁ……」
「だったら何も問題ないじゃん」
そう、なのか……?
そう言われると何か無理して別の詞考えてたのがアホらしくなってくる。けどあれを昭に歌わせるのか……何か、すげぇ微妙な気分。
「………読め。駄目だったら考え直す」
空き時間に考えようと一応持ってきた四枚の紙を机に投げる。同時に講義開始のベルが鳴って俺は前を向き直した。
「履修登録期間が終了したので――
この講義を履修された学生さんは結構多くて――
――来週辺り教室移動――」
この講師、すげぇ喋んの遅ぇ。聞いてると眠くなる。これ昼飯後の三限とかだったらかなり地獄だな。
「……佳也」
「んだよ」
「これ、タイトル決まってる?」
タイトル?詞書きはじめる前に決まってたけど。あー書き忘れてたか。
「……『Black Tempest』」
嵐みてぇに全部持っていった、黒づくめのあの人。
うわ、何かこう考えるとやけに恥ずかしい。
「ちょっとパート譜書き直すね。今週末までに」
「……何で」
「昭とツインギターにしてボーカルも分ける。その方が絶対いい」
「はぁ?!」
予想外の発言にこれまた予想外の大声で答えちまった。前の席の人が振り返る前に居住まいを正して、できるだけ冷静に京介を見る。
「……ツインギターは構わねぇけどボーカルは昭だけでいいだろ」
「メインは勿論昭だけどさ。たまにやるじゃん、コーラスとメイン逆転。今回もやろうよ」
………そうすっと俺がガチで歌うことになんだけど。
つーかあれはほぼアドリブってか昭がライブ中にいきなりジェスチャーでチェンジ希望してくるからしょうがなく……よく考えねぇでもおかしいだろ。
「この曲、サビにもうちょい低音効かせたかったんだよね~昭嫌がるからあんまできなかったけど。今週も金曜あたりサークルに許可もらうから一回やってみようよ。あと一ヶ月切ったから頑張んなきゃね~」
「え」
…………これ、五月のライブで出すのか?ただでさえクソ難しい楽譜なのに歌まで追加されてどうすんだ。
「『DRUG SCAR』と『三星』と『Merry』って言ってたじゃねぇか」
「ん~……『三星』とチェンジで。あれ結構出したから。間に合いそうだったら新曲披露したいなぁって思ってたんだー」
「……間に合わなくねぇ?」
「いやいや、間に合わせようよ~俺早くこれ合わせたいなぁ」
………駄目だ。京介はやると言ったらやる。こいつはバンドに関して一切妥協はしない。
「……追加分の楽譜、できたらすぐ渡してやれよ」
「もっちろ~ん」
スコアをバサバサ出してさっさと作曲態勢に入った京介は、講義を聞く気なんてさらさらなさそうで。
軽く溜め息をついて、俺は京介がコピーすることになるだろうノートの作成に入った。
× × ×
「……一応聞くけど。何でこうなった?」
「…………浅野が差し替えたいって言ったから」
「………………馬鹿じゃねぇのあいつ」
面倒臭ぇ面倒臭ぇめんどくせぇ!
何、何やらかしてんだよあの男。マジ余計なことしかしねぇ。火山の噴火口に埋めてやりたい。
「認知療法は持ち時間二時間だっつってんだろうが。こんな内容にしたらプラス三十分は堅いって逆算すりゃわかんだろ? あ?」
「俺に凄まないでよ東ヶ原さん……」
あーわかってんよ。お前は某ガキ大将浅野にくっついてる某マザコンお坊ちゃまの位置だって。浅野にどこまでも従う金魚のフンだって。
だからお前に何か言うのは無駄なんだよな。
「先生もレジュメ差し替え許可してくれたから、ゼミ長にタイムテーブル動かしてもらいなさいって」
へぇー上に取り入るのがお上手なことで。代わりに同僚から相当反感買うタイプだな、浅野。
「…………認知を二日目午前のSSTとチェンジ。その後の卒論経過報告の時間削って第三部作って二人回してコンパの開始時間ずらす」
頭ン中にあるタイムテーブルをパズルみたいにずらして無理矢理嵌めていく。
多分これがベストっつーか一番ベターな代替案だ。
「うん。じゃあ、それで」
「スケジュールずらすのはいいけどSST担当者と第二部卒論発表組とコンパ係に連絡取って了承得るのはそっちでやんなよ」
「えー……」
何だ?その不満タラタラのツラは。
あんまふざけてっとそろそろ拳飛ぶぞテメェ。
「…………先週の金曜、過去三年間のOBとOG全員に連絡してやったよね? 君らが仕事忘れてたせいなんだけど。その後認知療法の演習リハに付き合ったよね? 改善点とか話し合って四時間かかったんだけど。
その上スケジュール調整して変更したプリントを皆に配布した上で波が及ぶ人全員に連絡しろって? 私が? 何で? ねぇどういうこと? 何でお前らの分まで私働いてんの? 何黙ってんの? まさか今のに何か反論あんの?」
「な、いです……」
「じゃあ連絡しといて。全員、漏れなく。連絡網使えばすぐなんだから別に苦でもないっしょ。大体あんたらのグループ四人もいるんだから何とでもなんだろ」
話は終わったとばかりに煙草を取り出す私に怯えるように奴が去っていく。
怯えられても怖がられても結構。ナメられるよりよっぽどいい。
自習室前のテラスと今いる図書館前の広場は、ゼミに入ってから私にとって癒しの喫煙所になった。
ゼミと演習がない日に大学来る時は大体ひとりだけど、適当に置いてある一番いい席に陣取ってスパスパしてる。だから目立つんだってゼミの後輩に言われたけど関係ねぇわ。
「あれ、東、何してんの。俺も吸ってっていい?」
「おー良平さん。どうぞー」
今日も今日とて爽やかですね、君。
長ぇ足組んで私の横に座った良平はバサバサ紙を置いてポケットから煙草を取り出した。
「あ、合宿のSST、認知と時間チェンジだから」
「は? 何で」
「副ゼミ長と愉快な仲間たちのご要望」
「はぁ……? あいつらどっかに埋まればいいのに」
うん、それ私も思った。
「俺らやっとレジュメ出来たばっかでまだ先生にオッケーもらってないんですけど。初日の夜リハやってぎりぎり間に合う計算だったんですけど」
「随分リスキーなことやんね、お前ら。まぁ私らも似たようなもんだけど」
私は三日目の芸術療法担当で、初日のバスの中で役割振り分けて各自で内容掴んでから夜にリハやって備えとく手筈になってる。
………良平たちに負けず劣らず酷いなこれ。
「東、研究室開けられる?」
「あー……大丈夫、今日は鍵持ってきた。一緒行くわ」
今日……水曜か。先生出校日じゃないな。つーことは研究室使いたい放題。だったら私もあっちでパソコン借りて論文調べるか。
煙草を処理して鞄を持ったとこでケータイが震える。
んー?長いな、電話か。
「はい」
知らない番号だったけどとりあえず出てみる。
『あ、東さんですか?』
「そうですけど……」
『お久しぶりです。翠星館でご一緒した京介です~覚えてますか?』
何となく聞き覚えのある軽ーい声とばっちり覚えてる名前に一瞬で顔が浮かんでくる。
「あー京介クン?! 覚えてる覚えてる。つーか君ら印象強くて忘れないって」
『よかった~佳也と愉快な仲間たちで記憶から省略されてるかと思ってました』
「大丈夫、京介クンも健司クンも昭クンも覚えてるから」
あんだけのイケメンズを一ヶ月で忘れたりしないって。つーか何で私の番号知ってんだ?佳也クン教えた?
『佳也のケータイ見て番号いただいちゃいました。勝手にすみません~』
「いや、私は別にいいけどさ。
あ、良平さん先行ってて」
「はーい」
鞄漁って発見した鍵を投げる。私ノーコンなのにキャッチできた良平ナイス。
『……え、彼氏さんですか?』
「違う違う。ゼミ仲間。あいつ超美人な彼女さんいるし。で、何か用あんだよね?どしたの」
『あ、そうですそれなんですけど!
東さんライブハウスとか行きます?規模は小さいんですけど、すんごいおすすめのチケットあるんです。どうですか~?』
何でいきなり。まぁいいけど。
ライブハウスか……うーん。行きたいけど、さぁ……
「あんさ、笑わないでね?」
『? 何がですか~?』
「………私、人酔いすんだよね、満員電車とか人が密集してるとこにいると。だから正直ライブとか相当おっきい会場じゃないと行けなくて。ライブハウスは一回行って倒れそうになったから無理かも。いても三十分が限界」
乗り物酔いはしないのに人の塊は駄目。何かにおいっつーか空気っつーかとにかく段々気持ち悪くなってくるんだよね。
他にも理由はあるんだけどさ、とにかく人ごみは大敵。
こんな弱点晒すのはかなり恥ずかしいけど、せっかく誘ってくれたのを適当には流せない。
『確かに異様な熱気とか人の群れとかすごいですよね~苦手な人はきついですね、あの空間は』
「うん、だからせっかく誘ってもらったけど……」
『でも~三十分なら大丈夫なんですよね?』
「は?」
まさかの切り返し。
いや、普通引き下がんだろ、この場合。
「いや、限界が三十分であってきついのは結構序盤からなんだけど……」
できれば遠慮したい。つーか何でごり押しすんだ。
『――一曲だけでいいんです。五分もない、それだけでいいから聴いてもらえませんか?』
電話口の声には軽さなんてどこ探しても見当たらなくて。
「わ、かった」
それ以外言う言葉が見当たらなかった。
『よかったぁ~ライブは五月後半なんで、日にち近くなったらまた連絡しますね。あ、できればおひとりで来てほしいんですけど大丈夫ですか?』
「都内とかじゃないんだったら平気だけど……多分」
『ちゃんと会場の説明もしますからご心配なく~』
そっから軽く一言二言喋ってから電話を切ると、無意識に溜め息が出てくる。
何なんだ、王子よ。私に何を聴いてほしいんだ。まぁ別にいいけどさ。ライブ行くのは好きだし人酔いするけどハコの独特の雰囲気も好きだし。
鞄を持ち直してケータイを握りしめたまま、私は研究棟に急いだ。




