01 爆弾っつーか何つぅか
金曜の防音室に響いてた音が止まる。
「佳也、全体的にちょっと走ってんな」
「……悪ぃ」
自分でも感じてたのを健司に指摘されて、また一層テンションが落ち込む。
指先だけが先走る。音にまで影響出るなんて厄介過ぎんだろ、俺の精神状態。
「今日調子悪いっつーか何か魂抜けてねぇか? 何かあったのか?」
「………いや」
何か、つーか色々ある。現在進行形で。
――言えなかった。
たった一言、たった二文字なのに。
最後の最後で怖じけづいた。これ言ったら、もう俺の前で笑ってくれなくなるんじゃねぇかって。
だってあの人、俺のことなんて意識外の範疇外もいいとこなくらい何とも思ってねぇよ。もしあの場で言えたとしてもきょとんとされた後笑顔で“ありがと”って言われたら俺は立ち直れるかわかんねぇ。“ありがと”の後に“私も”は絶対続かねぇのがわかってるから。奇跡があるとしても“んーじゃあ付き合ってみよっか”辺りだ。
苦しい。どんだけ悩んでも考えてもミウさんの内側が見えねぇ。
あの人は優しいから。“もしかしたら”って何度も勘違いしそうになる。苦しい。けどやっぱ楽しくて、一緒にいたい。
「……今日はとりあえず終わりにしよっか~これより俺の新曲発表に移ります」
「おー待ってましたー!」
気ぃ使われてるのがわかる。
いつもは心読まれてる感じするけど今回は正直助かった。こんなめちゃくちゃな気持ちで弦弾くのは少し苦痛だったから。
「今回ギターにかなり頑張ってもらう感じなんだけど、斎木クンは大丈夫かなぁ~」
「……見せろ」
うわ、楽譜黒……何だこれ。
「……頭っからソロ、じゃねぇよな」
「いやいや~全体的にかなりアップテンポのジャカジャカした感じにしたから。ソロはこっち」
「結局あんのかよ」
パラパラめくってって段々自分の眉毛が寄ってくのがわかった。何つぅ速いパッセージ……
「弾けるでしょ?」
「…………合わせると悪目立ちする、多分」
「ソロなんだから平気でしょ。元から攻撃性たっぷりな弾き方のくせに」
「何、佳也ソロあり?! おれ佳也のソロ好きー! すっげぇガツガツくるし」
速弾きすっと他と合わせらんねぇくらい目立つ癖。
三人は“それも味”とか“全然許容範囲”とか言うけど何つぅか……俺自身は速弾きができないわけじゃねぇけどそれ自体が苦手なわけで。京介もあんまこういう曲出してこなかったのに何で今更。
「たまには思いっきりトぶ曲もいいんじゃない? はい、健司はこっち~昭はとりあえずメロディーだけね」
「はーい!」
「おいおい……オレのパートもとんでもねぇことになってんじゃねぇか」
「だぁからーできるでしょ? むしろやって」
「個人練、雑誌叩くだけじゃ限界あんだよなぁ……スネアうるさくて叩けねぇし」
「電子ドラム買えばいいじゃん。佳也ンとこ売ってねーの?」
「この前型落ちの新品で入ったけど……五万超え」
「ッ無理! 普通に無理だろ」
まぁ当然だろ。むしろ“おーじゃあ買うか”なんて言われたら逆に驚く。
「一応パート全体的に書いたけど変なとこあったら適当に直して。はい、佳也お願いね~月曜にはできるでしょ」
「……あー多分」
詞は俺の役割。かなりきちっとしたスコアをパラ見して頭ン中で立体化してく。
飛び出してく俺のギターに昭の高音が乗っかって、京介の重いベースラインと意味わかんねぇくらい動く健司のドラムが混じる。あーやっぱいい曲作んな、京介。
マジで今更な感じに頭が切り替わってく。今なら何時間でもいけそう……って今何時だ。
「健司、今何時」
「あー、と……六時ちょうど」
「おれ腹減ったー」
「それ時間聞いたからでしょ」
「…………もっかい合わせてぇんだけど…無理だったら先帰って」
引っこ抜いたシールドを持ち直して俺がぼそっと言った言葉に、帰る奴はひとりもいなかった。
× × ×
From 東ヶ原 美雨
Sub ううう…
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癒しがほしいので来週お時間ください……
会いたいよー佳也クン!
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「ブッ!!」
「おわっ! な、何だぁ?!」
「やぁだ佳也クン何してんの~」
「おっちゃん水ー!」
「げほっ、ゲホっ……」
今飲んでたのが水でよかった。吹く手前で留まれてよかった。もし餃子吹いてたら相当酷ぇことになってた……
昭がもらったピッチャーを健司が受け取ってコップに注いで京介が俺に渡す。何だこの連携プレー。
「っ、はぁ……」
「大丈夫か、佳也?」
「あー……ああ」
「そんな爆弾メールだったの?それ」
「爆弾……」
爆弾っつーか何つぅか……
『会いたいよー佳也クン!』
………むしろ核兵器の域。くそ、すげぇ可愛い、意味わかんねぇ。つーか彼氏でもねぇ男にンなメールすんじゃねぇよ。
ぐっしゃぐしゃに頭掻きむしる俺の気持ちなんてミリ単位もわかってねぇ、あの人。
「あれー? 佳也そんなピアスしてたっけ?!」
「あ゛?」
「珍しいねぇ。こんな華奢っぽいの。いいデザインだけ、ど………ん?」
右耳を軽く引っ張られて、そこに何をつけてたか今更気付く。
あの日言われた通り帰ってからポケットを見たら片方だけ入ってたホワイトゴールドのアメリカンピアス。返そうと電話したら“お前は私からのプレゼントを突き返す気か?あ?”とかすげぇドスの効いた声で凄まれて返せなくなった。
高ぇブランド物だってのよりミウさんがくれたってことがマジで嬉しかった。しかもピアス、片耳。つーことはもう片方はミウさんがしてる。下手すりゃペアリングと同じじゃねぇか。
……多分っつーか十中八九、ミウさんは深く考えてねぇだろうけど。
京介、お前マジで目ざとい。昭と健司だけだったらごまかしようもあるけど、こいつは無理だ。あー……めんどくせぇ。
「佳也くぅん」
「……うぜぇ」
「これ女物だよね~ブランド物だよね~? 俺これ知ってるんだけどさぁ、今年発表された限定のピアス~なんとお値段……は言わない方がいいか、とりあえずこないだの宿代全員分より……だね」
「マジか! 片っぽでか?」
「いやいや? 片方に黒い石が入ったペアだったと思うんだけどぉ~……佳也クン、片方どこいったのぉ? それにこれあの人好きそうだよねぇ~」
「死ね今すぐ死ねトラックに轢かれて死ね」
「そんな赤い顔で言われても迫力ないなぁ~」
くそ、誰かこいつの口に何か詰めとけよ。
「え、何、何、それ東サンがくれたん?! すっげ、何で何で?」
「……………………この前、誕生日だったから」
言いたくねぇ。けど昭のこのガキみてぇにきらきらした目に自分がすげぇ弱いことも自覚してるわけで。
昭の“何で何で”攻撃にあっさり根をあげた俺はこれをもらうに至った経緯を吐かされることになった。
「優しいねぇ~彼氏でもない奴にこぉんな高額のプレゼントしてくれてさぁ。しかも自分のピアスの片割れ。彼氏でもないのに」
「…………うるせぇ」
「えーでも普通おめでとーで終わりじゃね? 東サン絶対佳也のこと気に入ってるって」
「つーかそれで付き合ってねぇことがオレから見たら謎……」
……やっぱそう思うか。けど付き合ってねぇんだよ。未だに告りもしてねぇ。
確実に意識外扱いされててどこにも勝ち目なんかねぇし、ミウさんのことが好き過ぎて当たって砕けんのが辛い。結果膠着状態。
「………あの人は俺のこと何とも思ってねぇよ、マジで」
「えー嘘だー!」
「……自分と遊んだりして彼女に浮気扱いされないかって心配された」
「うわ……」
「ちゃんと言った~? “彼女なんかいませんよ俺が好きなのは貴女ですははっ”って」
誰の真似だ、それ。
「……とりあえず彼女持ちは訂正した」
「え、告白は?」
「急ぐつもりねぇからこれでいい」
正直、これ以上突っ込んで今のミウさんをなくすのが怖ぇんだ。あの人に伝わらないことよりあの人が遠くなる方が嫌だ。とんだヘタレだ、俺。
「……それでいいの? お前」
「いい……今は」
いつか絶対、俺はミウさんに気持ちを伝える。意識されてるとか砕けんのが怖ぇとかそんな問題じゃなく、きっとこの関係に耐えられなくなる時がくる。
自分でわかってる――あんま長く持たねぇ。半年なんか待ってたら気が狂っちまう。
リミットが来たら勝手に口が動くだろう。そこで拒否されたら、どうなるんだろうな、俺。
「――傷つけたくねぇんだよ、絶対に」
「……まぁ、佳也がいいならいいけど。あ、すみません野菜炒め追加で~」
「あー! おれも餃子二枚と炒飯と回鍋肉と「すんません餃子二枚だけで!」
「何でー?! おれもっと食いたい!」
「お前さっきラーメン大盛スープ代わりにして中華丼食ってただろうが! ちったぁ胃袋縮小させろ」
To 東ヶ原 美雨
Sub 無題
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どうしたんすか?
俺でよければ話くらい聞きますけど。
ちなみに来週だったら木金暇してます。
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「すんません、俺麻婆豆腐とライス」
「あ、オレも餃子追加」
「よく食べんなぁ。最近の若いのは」
「おやっさんの飯がうまいからっすよ。マジ毎日通ってもいいくらい」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。杏仁豆腐食うか? 坊主ども」
「マジ?! おっちゃん太っ腹ー!」
From 東ヶ原 美雨
Sub 申し訳ないです
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何かメール送った後で冷静になった……
変なの送ってごめん!できれば気にしないでくれると有り難い。
でも佳也クンに会いたいのはほんとだからね~
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「…………」
またこの人はこういう……
To 東ヶ原 美雨
Sub 無題
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そう言われると逆に気になりますよ。
俺も会いたいんで、時間作ってくれますか?
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どんどんメールも直球になってんのが自分でもわかるけど別に気にしねぇ。だってミウさん全部流すし。
From 東ヶ原 美雨
Sub 無題
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ちょっとゼミでモメてさー。まぁ超くだらないし話すと長いから今度で。
私みたいな派手おばさんに付き合ってくれてありがと!じゃあ来週木曜の夕方辺り空けといてもらっていいですか?
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「……アズマさんって、美人…だよな?」
「何それノロケの一種~? 普通に美人で通る部類だけど。佳也好みの超美脚さんだしね! 泉さんは可愛い系だし智絵さんは綺麗系。結構レベル高い三人組だよね~
ああ、泉さん……あんな可愛いロリ顔で巨乳で超辛辣……マジいい……」
「変態は死ね」
「え、何、京介いつの間に巨乳ちゃん狙いになったの?!」
「泉さんだ、いーずーみーさーんー! んな下品なあだ名つけんじゃねぇ!」
To 東ヶ原 美雨
Sub 無題
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はい、木曜に。よかったら前言ってたアクセの店案内します。
つーかミウさんおばさんでも何でもないっすから。京介たち満場一致で美人認定っすよ。
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どうせまた変な風に受け取られるんだろうけど。まぁ慣れたから。
「はいよー野菜炒めと餃子三枚と麻婆豆腐とライスね。それからそこのちっこい坊主に炒飯だ。杏仁豆腐とは別だからな、金払えよ?」
「うっわ、うまそー!」
「おやっさん、こいつにエサ与えないでくださいよ。マジで際限なく食うから」
From 東ヶ原 美雨
Sub 無題
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寝言は寝て言えっつっといて~
楽しみにしてんね!じゃあ時間とかはまたメールするから。またね~!
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あーやっぱり。何つぅ流し方……
To 東ヶ原 美雨
Sub 無題
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一応伝えときます;
はい、じゃあまた今度。
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「昭、餃子一個」
「じゃあ白飯半分!」
「馬鹿か。ンな食いてぇなら頼め」
「やめろ佳也! これ以上昭の胃袋を鍛えるな!」
「健司~それ手遅れじゃない?」
「おっちゃんライス追加ー!」
「……つーか昭今炒飯食ってんじゃねぇか」
あの人とのメールが終わったケータイに用はねぇ。
本腰入れて追加の飯に取り掛かった俺らのテーブルは、他の客もちらほらいるのにすげぇ騒がしくて。
絶対ンなこと言えねぇけど、こいつらとつるんでてよかったってマジで思った。




