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06 そういうのやめた方がいいよ

チーズとバジルが入ったオムライス。絶対美味いはずなのに……正直何食ってんだか味しなかった。ごめん瑞江さん。



『……俺がかっこいいんだったら、ミウさんは綺麗っすよ』



自分好みの声で、顔で、そんなこと言われてときめかない女は女じゃない。女として終わってる。

復讐でもいじめでもお世辞でも何でも構わないけど、結果的に心臓に渾身のストレートを叩き込まれたみたいな衝撃。

あの声で名前呼ばれるたびに正直きゅんきゅんきてんのに。これ以上私を殺しにかかるのはやめてほしい。


「はぁ……」

「……疲れましたか?」


タンブラーを傾けながら佳也クンがほんの少しだけ笑って聞いてくる。飲んでんのは水なのに無駄にかっこいい。ったくこれだから美形は……


佳也クンの笑い方は控え目だ。

翠星館で初めて笑った時みたいにかわいい笑顔の場合もあるけど、大体は目元を和らげてちょっと口の端が上がるくらい。鋭くてツンツン超クールって感じの顔がすごい優しく見えんの。

私さ、声と張るくらい好きなんだよね、佳也クンの笑い方。多分これ言ったらまたとんでもない復讐されるから言わないけどさ。


「んーん。ちょっとゼミのこと思い出した。頭悩ませてくれる奴が何人かいてさ」


まぁ嘘じゃない。浅野はまた色々引っ掻き回しそうな予感だし、心理療法の演習は四年が指導して実践してく形なのにまだ意味わかってねぇ奴らはいるし、グループごとのまとまりも悪い。女子ならうまくアドバイスできるけど男は言うこと聞きゃししないし。

そいつら叱って尻ひっぱたかなきゃなんないゼミ長職はメリットと同じくらいデメリットがある。


「ミウさん、もしかしなくてもかなり面倒見いいっすよね」

「んなことない、と思うけど。一応まとめる立場になったからしょうがなくって感じだし」

「しょうがなくでもまとめてどうにかしようとするでしょう? 中学生でもねぇんだから自己責任って投げとくこともできんのに。充分面倒見いいっすよ」


うん……まぁ、言われてみればそうかもしんない。“見た目に似合わずいい人”って何か微妙な褒め言葉もらうこともたまにあるし。つーか私面倒見いいのか……面倒臭ぇこと嫌いなはずなのに何でだ。あ、面倒増やされんのが嫌だから面倒見る場合は結構あるかも。


「優しいっすよ、ミウさんは」


あーまたそうやって笑う。

んな顔してさ、優しいのはあんただっつぅの。これでどんだけの女陥落させてんだか。


かっこよくてかわいくて性格も顔もいい。こんな子が彼氏だったら彼女は幸せだろうな。

どんな子と付き合うんだろ。やっぱ口下手をカバーできるくらい明るくてかわいい感じの子?それとも同じくらいクールで綺麗な子?

何にしても私みたいに身長と服のつり合いだけじゃなくてもっとバランスがいいお似合いな彼女なんだろう。

つーか、あれ?


「佳也クンさ」

「はい」

「彼女いないわけ?」

「……………はい?」

「いや、女とふたりで会っただけでも浮気認定する子もいんじゃん? そういうの大丈夫なのかなーって」


深いふっかぁーい溜め息。

……何か馬鹿にされた気ぃすんだけど。気のせいじゃねぇよなぁ。


「……いると、思いますか? この状況で、俺に、そういうのが」

「あー………いない、ね」


顔的にいると思い込んでたんだけど。すみません。


「何かごめんね」

「……いや、むしろ誤解解けてよかったっす」

「よく考えたら彼女いたら私みたいな変なのと遊んでないよね。佳也クンって浮気できなそうな性格してっし」


「…………そっすね。多分俺すげぇ彼女一筋で、それ以外の女なんて存在すら忘れたりしそうっすよ」


その時の佳也クンの顔を見た瞬間、もう金輪際この話はしないようにしようと思った。

あんまりに、幸せそうに笑うから。意味わかんないくらい苦しそうだったから。

私がこの話をするべきじゃないんだと、何となくわかった。


「……そっか。

ね、そろそろ出よっか」


それだけを言って笑うのが、今の私にできる精一杯だった。




× × ×




あーやっばいなコレ。


何となく黙ったままの帰り道。佳也クンの家がどの辺なのかは知らないけど電車を使わないのは確実。でも向かってる先が駅なのも確実。

もしかして送ってくれんの?でも今は正直、困る。


「………」


恐れてた事態が起きてます。踵がかなり痛いです。完璧靴擦れしてます。

ひっさびさに味わったわ、この痛み。店出て歩き出してから気付くとかどうなってんだ私の痛覚。

足の強靭さには自信あったから結構無茶しても大抵平気なのに、くそ。

この状態で駅行って電車で立ったまま揺られてそっからバスがなかったら歩きで帰宅?うわ、ない、マジ無理だ。


「ミウさん」


何の奇跡か両足がほぼ同じ状態だし。死ねる。つーか今歩いてんのすら結構痛い。座りたい。


「……ミウさん」


お兄ちゃんまだ仕事だろうな……お父さんは今日会合だって言ってたし、お母さんは親父の居ぬ間に友達とオペラ観に行ってるし。うわぁ絶望的。


「ミウさん、ストップ」

「へ?」


腕を引っ張られて強制的に一時停止。店を出てから初めてマトモに見た佳也クンの顔は異様に険しかった。

何、何かした私。まさか店での失言について今更物申す?嘘だろ。


「ちょっとそこに座ってください」

「は、はい……?」

「早く」


何となく逆らえない雰囲気に大人しくガードレールに軽く座る。何されんだかわかんないまま佳也クンの動きを目で追って。

黒いハットを見下ろす形になるまでぼーっとしてた私は、一声かけられて足首を触られるまで、やっぱ何されんだかわかってなかった。


「……捻ったんじゃねぇな。やっぱ」

「………え、何してんの君」

「ミウさん、靴脱いでもらっていいっすか」

「………何で?」

「店出てから何か歩き方に違和感あるんすけど。歩調とか、歩幅とか。しかも庇って歩いてるにしちゃあ両足変だし」


ウォーキングの達人かお前は。

ツッコむ前にパンプスを脱がされて……って何だこの図。


「ちょ、佳也クン、いいって汚いから!」

「別に汚くないっすよ。あー……完璧靴擦れっすね。酷ぇ」


右の踵を見てから左も同じように。その手つきが丁寧過ぎてどうしようもなく気恥ずかしいっつーか申し訳なくなる。


「気にしないで。ちゃんと歩くから。ごめんね、気ぃ使ってもらって」

「…………」


また深いふっかぁーい溜め息。今度は呆れられた感がひしひしくるんだけど。


「……歩かせるわけないっつーか歩けないっすよね、これ。無理しましたよね。皮めくれてる」

「………あはは」


ウォーキングの達人もとい靴擦れのスペシャリストに言い逃れはできない。つーか正直もう歩きたくない。絆創膏あっても嫌だ。しかも皮までいっちゃってるか。

あー……帰ったら即行ケアしよう。んでもうこのパンプス捨てよう。履けない靴持ってても意味ないわ。


「…………ミウさん、二十、いや十五分だけここで待ってもらえますか?できるだけ早く戻ってくるんで、動かないでください」


少し迷ったように、でも念を押されるように言われた言葉に、私はとりあえず頷いた。


……うわ、あんなイケメンを(ひざまず)かせちゃったよ。つーか足、爪の手入れしてたっけ?四月だからって油断したな。

早足で路地を曲がってく佳也クンを見送りながら、自分がどうでもいいことばっか考えてんのが何か笑えた。




× × ×




ガードレールに座ったまんま十分ちょいくらいケータイをいじって。


――ドルルゥウンン!!


聞こえた重低音にちらっと顔をあげると、片目のハイビームがちらついた。

おーかっこいい。暗くてよく見えないけどでかいバイクだな。


ドッドッドッドッ……


黒いバイクが目の前で停まる。全身黒のライダーさんに私が何かアクションを起こす前に、これまた黒いフルフェイスのメットがカポッと外れる。


「――すんません、こんなとこで待たせて」

「…………は?」


いや、ちょ、待て。どういう展開だよこれ。

何でこの子ンなかっこいいバイクなんかに乗って登場してんだ。どうしてこうなったよオイ。


「ミウさん、タンデムしたことありますか?」

「あーうん」

「その靴だと乗りにくいとは思うんすけど……ちょっと我慢してください」

「あー、うん…?」

「多分三十分くらいでいけると思うんで。できるだけ安全運転しますけど」

「…………ねぇ、ちょっと聞いていい?」

「はい?」

「全然話見えないんだけどどういうことですか斎木サン」


多分、勘違いじゃなきゃこれに乗ってどっか行くっつぅ話に聞こえんだけど。無理だから、足マジ痛いから。


「あー……何かすんません、先走ってて。迷惑じゃなきゃ送ってきます。ミウさんの家の近くまで」

「え」

「ほんとは車とかの方がよかったんですけど、今一人暮らしでバイクしかなくて。すんません」


申し訳なさそうに言うけどさ、あんた。私の方が申し訳ねぇよそれ。


「いやいや、ンな迷惑かけらんないし」

「別に迷惑とか思ってないっすよ。むしろ気付かなくてすんませんでした」

「いやいやいや……」


佳也クン、君どこまでいい人なんですか。ここから私の家まで結構距離ありますよ?つーか送ってくとか何という紳士。


「とにかく、乗ってください」

「いいって……」

「いつまでもこんなとこいても埒明かねぇし。早く」


多分自分的に譲れないことは絶対譲らない性質だな、佳也クン。たまにすげぇ押しが強い時とかあるし。

押し問答しても無駄な雰囲気に私は渡されたメットを被って、良平のよりでかいバイクの後ろに跨がった。


「しっかり掴まっててくださいね。結構スピード出ますから」

「う、うん……あ、私家言ったっけ?」

「前にメールでちょっと。大学病院の近くでしたよね? そっからはわかんねぇんで口頭でお願いします」

「わかった。つーかこちらこそよろしくお願いシマス」


目元だけで笑って答えた佳也クンに掴まる前にちょっとだけ準備する。こんだけ密着すりゃうまくすればどさくさで渡せるかもしんない――何日か遅れのプレゼントを。


「ミウさん? 出ますよ」

「はーい」


細く締まった腰に抱き着いてスタンバイオッケー。いつも乗せてもらってるやつと形が違うから何か変な感じ。

軽く吹かしてからゆっくり車体が進み出す。

そういや佳也クンこの前十九歳になったんだよな。これ中免で乗れるバイクじゃないよね?十八で免許すぐ取ったとして……あれ、タンデムって免許取得から一年しないと駄目なんじゃなかったっけ?私以外に乗せたことあんのか?あ、でも先に十六で中免取ってりゃ問題ないか。

何かよくわかんなくなってきた……とにかく安全運転でお願いします!


そんな私の杞憂を余所に、佳也クンは夜の国道を慣れた感じですいすい走ってく。結構な速度が出てる車上は後ろに乗っててもかなり風がすごくて、ぎゅうぎゅう抱き着いて暖を取ろうと手が勝手に動く。


「ちょ、ミウさ……!」

「え、なーに?! 聞こえないー!!」

「……いや、何もないっす!!」


風の音とメット被ってるせいでよく聞こえない。

……今だったら何とかなる、か?


「ッ何してんすか?!」

「んー?!」

「そこ、やめっ」

「何がー?!」


ジャケットのポケットに手ぇ突っ込んでブツをしまい込む。佳也クン脇弱いのか……新発見。

とりあえずこれ以上おふざけすると完全に事故原因になるからミッション完了して大人しくしておく。あとは家に着くのを待つだけ。


渋滞を尻目に軽く高速を通り抜けて、一番近いICで降りて。

頭ン中にナビでもついてんのか、佳也クンは全然迷わずに私の家から徒歩十分の大学病院まで飛ばして、あとは私が話しやすいようにゆっくり走って家の前に停めてくれた。


「――ありがと。マジな話、すんごい助かった。それとごめん、高速代っていくら?」

「いえ、俺がやりたくてやったんで……あ、ETCなんで別にいらないっす。いくらかわかんねぇし。それよりあの、さっきのって…」

「あれ、お兄ちゃん帰ってる。珍しー」


……もうちょいまともな逸らし方しろよ私。

つーか高速代。いや今ツッコんだら逸らした意味ねぇわ。今度調べてささっと押し付けとこう。


「……ミウさん」

「帰ったらポケットん中調べてみて。帰ったら、だかんね?」

「……」

「返事は?」

「わ、かりました」

「よし」


メットを取った長めの前髪を撫でる。おー中々のキューティクル。


「美雨、さん」

「うん?」

「………、何もないっす。おやすみなさい」

「……おやすみ」


重低音と今日一番の優しい笑顔をプレゼントされた私は、真っ黒な後ろ姿をぼけっと見送った。


ねぇ佳也クン、そういうのやめた方がいいよ。

そんな目で見るとさ、勘違いされんよ。つーかむしろしそうになるよ。


――家のインターホンはまだ押せない。私、今絶対変な赤い顔してる。

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