04 何か、今更恥ずかしい
「佳也クン、これは?」
「ああ、いっすね」
「こっちは?」
「アズマさんだったらこっちのがいいんじゃないすか?」
さっさと頼まれ物を買ってから場所を移して、ミウさんが連れてきてくれたのはメインストリートから外れた路地にある店。
大学からもマンションからも結構近いけど、普通に暮らしてたら気付かねぇような場所にひっそりある。
中にあるのは俺とかミウさんが好きそうなゴツかったりデザイン凝ってたりする小物ばっか。店入っても店員出てこねぇし、強盗来たらどうすんだここ。まぁ強盗がわざわざ来るような場所じゃねぇけど。
ミウさんが次から次に出してくるのはその中でも更に厳選された俺好みのもんばっか。やっぱ趣味合うな。
「じゃあこれは?」
「んー……アズマさんにはでかくないっすか?」
「当たり前だろ。あんたが使うんだよ」
「…………は?」
思わずバングルとミウさんを四度見。
は?何で俺?え、何どういう話?
「佳也クン誕生日だったんでしょ?」
「はい、まぁ……」
「会ってる人の誕生日は外さないのが私のポリシーなわけですよ」
「はぁ……」
「だから選べ。プレゼントもへったくれもねぇけど何か買うから」
いや、何でそうなんだよ。
親も友達ですらくれるつもりもねぇプレゼントを、何でミウさんが。彼氏でも何でもねぇ、友達なのかすらよくわかんねぇ俺が貰えるわけねぇだろうが。
「いや、いいっすよ、そんな」
「私がよくねぇんだよ。いいから選べ。上限は一万まで」
……こんな高圧的なプレゼント方式、ありなのか?
つーか貰えねぇって。何、一万って。たかが知り合いの男相手に……金銭感覚おかしいだろ。
「いや、ほんとマジでいいっす。アズマさんにプレゼントねだりに来たわけじゃねぇし。くれるとしてもコンビニのガムとかで充分っすよ」
「何つぅ無欲……じゃあ私勝手に選ぶわ。これでいいよね」
「選ばないでください」
そのハット、確かに店入った時に目ぇつけたやつだけど。
「じゃあ何がほしいんだよ。ガム以外で」
ミウさん。
とか言ったらただの変態だ。
つーかマジでほしいもんねぇし。今日一緒にいてくれるだけでかなり嬉しいし。
「……今度会う時までに考えときますから。とりあえず今日は何もいらないっすよ」
「えー」
…………ンな可愛い顔しても駄目だから。
「あ、アズマさんの誕生日っていつなんすか?」
「私? 二月だからまだまだ先。あ、別にプレゼント期待して先にあげとくとかそんな魂胆じゃないから勘違いしないように」
「大丈夫っすよ」
ミウさんがンな女じゃねぇってことくらいわかる。
多分大学とかでもこんな感じなんだろ。何だかんだ言ってかなり優しくて……んで男もオチると。
……大学、浅野以外にも変なのいんじゃねぇのか?まぁ泉さんが排除してそうだから平気か。俺から見たら泉さんは可愛いっつぅより男らしい感じがひしひしくるんだけど。
「次までに絶対考えといてね? じゃあご飯食べ行こっか。
てんちょーごめん今日は帰るわー! また近いうち来んねー!」
店の奥から物音だけして返事もないまま、ミウさんは俺の手を引っ張ってさっさと店を出る。
だから、いきなり手ぇ握られると緊張すっから。前もって言っ…いや、その方が変に意識すっからこれでいいか。
「……いたんですね。スタッフ」
「そりゃ無人ってわけにもいかないしね。まぁレジ脇のベル鳴らさない限り出てこないから。変だよねーあの店。初めて入った時からずっとこうなんだけど」
「よく通ってるんすか?」
「高校の時からちょくちょく。結構コアなもんまで置いてあるから割と重宝してんだ」
「ミウさん好きそうですもんね」
「佳也クンも好きっしょ。ああいうの」
あ、こういう場所なら名前呼びしていいのか。外でも人がほとんどいない場合は可。使いどころ難しい……
どっかの店の暗いガラスに俺とミウさんが写り込む。そこそこヒールのある靴を履いたミウさんとブーツでほんの少しだけ底上げされた俺との身長差は、ぱっと見でもまだそれなりにある。
よく彼女が履いた靴のせいで並ぶと小さい男とかいるけど、あれは勘弁してもらいたい。もし自分だったら男として微妙な気分になっから。
「佳也クン身長どんくらい?」
「あー……確か182cmくらい、っすね」
ミウさんも同じこと考えてたのか、ガラスの前で立ち止まる。
大学の健康診断で測ったばっかだから多分間違いねぇと思う。185ほしかったけどもうさすがに伸びねぇだろ。
「ミウさんいくつっすか?」
「167cm。何つぅか、どうせなら170到達したかった。微妙じゃない? まぁそんな背ぇあっても履く靴とか考えなきゃで面倒臭いんだけどさ。現在進行形で」
「やっぱ女の人も気にするんすね。そういうの」
「そりゃ勿論。横並んでる男より頭飛び出てたらやだって。それ考えると佳也クンくらいのがベスト。服の系統も一緒だし、隣歩くのに一番抵抗ない感じ?」
自分で何言ってんのか、深く考えて……ねぇな。絶対。
誰と比べての一番なのかとか気にならねぇことねぇけど、無条件で嬉しい。この人の隣歩けるくらい釣り合いとれてるって、思っていいんだよな。多分。
「…………俺も、ミウさんみたいな人だったら歓迎っすよ」
「ありがと。そう言ってもらえると助かるわ。
じゃあ今度こそ行きますか。ごめんね止まっちゃって」
……当たり前だけどさらっと流される。
あーもう直球しか残ってねぇ。くそ。
× × ×
何か、すっかり忘れてたけどさ。やっぱ美形は遠くから鑑賞するに限るわ。心臓に負担がかかる。『美形鑑賞同盟』会員としてあるまじき事態だ。
でも佳也クンと話してて楽しいし、初対面の時より全然会話困らないし……まぁいっか。
「すみません会長、副会長は掟を破ります……」
「? どうかしました? ミウさん」
「いや、何も。あ、次こっち」
きょとんとした顔もかっこいいですね君。
ハットから出てる長めの横髪の間からちらっとピアスが見える。一個しかつけてないけどホールすげぇ空いてんな。
「佳也クンって両耳何個空けてんの?」
「えーと……」
……考えなきゃわかんねぇほど空けてんのか。
「右が五で、左が六……だと思います」
「自分で空けた?」
「はい。軟骨以外は」
「へぇ……ねぇ、今度私の空けてくんない?」
「え」
高校出て左右に一つずつ空けたまんま放置してたけど、前々からどっちか増やそうと思ってたんだよね。自分で空けんの何か怖いし、病院行くの面倒臭いし。佳也クン慣れてそうだからぜひお願いしたい。
「……ちゃんと病院で空けてもらった方がいっすよ。俺、人のあんまやったことねぇし」
「え、駄目? お願いっ」
病院面倒臭いのもあるけど嫌いなんだよ、何か独特の雰囲気が。内科でも外科でも耳鼻科でも整形外科でもやなもんはやだ。
いつまでもお子様気分でごめんなさいだけど行かなくて済むなら行きたくないんだ。
繋いでた腕にひっついてねだってみる。あ、これキモいわ私。かわいい子しか許されないコマンド使った。土下座で謝んなきゃいけない気がする。
調子のんなよ東ヶ原。テメェのキャラじゃねぇことしてイケメンに絡んでんじゃねぇよ。
「……あー何かごめ「いいっすよ」…は?」
「……俺でよければ空けますんで。ピアッサー買い行きますか?」
「あーううん、今度会う時までに買っとく。よろしく……」
「はい」
ハットで影になって見えにくいけど……何か苦笑いされてね?
“キモいんだよこの女。しょうがねぇからやってやるか”とか思われてたらさすがに死にたい。
「あの、ミウさん」
「は、はい……?」
いや佳也クンはそんなこと思う子じゃない。多分。もし思ってたとしても多少ソフトなはず。
「歩けないっすよ。これじゃ」
「……あ」
いつまでひっついてんだよ私。
「ごめんねーこんなおばさんにひっつかれて大迷惑だね。よし、次の角曲がってすぐだから行こう。さぁ行こう」
ぱぱっと離れてさっさか歩き出す。
…………そういやそもそも何で私佳也クンと手ぇ繋いでたんだっけ?イケメンに無礼を働き過ぎだろ、私。佳也クン何も言わないし気にしてなかったけど迷惑じゃなかったか?
つーか、ピアスか……あんな空いてんだから一個プレゼントしてもいいよね?
“今度会った時までに考えとく”とか言って絶対安いどうでもいいもの要求してくるに決まってる。おばさんが親御さんの分までプレゼントしてやっからね。臨時収入があればかなり強いんだから私の財布。
ただ、問題はどうやって受け取って貰うかだ。あんだけ遠慮してんだから普通に渡したら受け取ってもらえない可能性大。できれば今日中に何か…うーん……
「ミウさん、ミウさんっ」
「うん?」
「ここじゃないんすか?」
軽く腕を掴まれて通り過ぎようとしてた店の前に戻される。あーうん。確かにここ、なんだけど……
「佳也クンここ知ってんの?」
「いえ、初めてですけど」
じゃあ何でここだってわかるのさ。
「外観見えた時にミウさんが好きそうだと思ったんで」
「…………」
レトロモダンテイストの両開きのドア。ほんの少しだけ聞こえるジャズロック。
何か、今更恥ずかしい。
この子、どんだけ私の好み熟知してんだよ。会ったのだって今日入れて二回目なのに。
自分と趣味が合うって言ってもこんな、さぁ……
「…………あ」
そうだ。これだよ。
あるじゃん、プレゼント。
「ミウさん? ここ、違いましたか?」
「……いや、ううん。違くない。入ろっか」
プレゼントとしちゃあ微妙かもしんないけど、物は悪くないから許してね。
佳也クンが律儀に開けてくれたドアをくぐって古いジャズロックの中に入っていく。ガンガンくるロックもメタルも好きだけど、食事する雰囲気としてはこれくらいのテイストがちょうどいい。
「いらっしゃい。今日はテーブルですかね」
「こんばんは、マスター。奥、いいですか?」
「どうぞ。平日はこの通りですからね」
初老のマスターに挨拶して奥に進む。足音で佳也クンがついてきてるのも一応確認。
カウンターとテーブルが三つ。狭い店内は外観同様、いい意味で古臭い。
「ここってバーとかじゃないんすか?」
「あーダイニングバーってか……何て言うんですかね、マスター」
「そんな小洒落たものでもない、ただのしがない飲食店ですよ」
「……だってさ」
私も正直よくわかってない。中学生の時お兄ちゃんに連れて来られてバーだと思ったら出てきたのホットケーキだったし。
喫茶店みたいなのに夜しかやってないし。そのくせお酒は勿論紅茶もコーヒーもあるし料理は無国籍。看板すらないこの店はマスターの好きなように動いてる。だってメニューすらないし。
変な店だけど私は好きだから、多分佳也クンも気に入ってくれると思う。
「佳也クン、二番目に好きな色は?」
「え?」
「はい三秒ね。いーち、にーい、さー「あ、青!」マスター青っぽいのお願いします。あ、この子一応未成年なんで。食べ物はいつも通り適当で。佳也クン何か食べれないものある?」
「い、いえ特には」
「だ、そうなんで。お願いします」
「わかりました。美雨さんは何かリクエストありますか?」
「んー……すっぱくなくてあったかいものとかがいいです」
「では瑞江さんを呼んできますね」
ふふって感じの笑顔を残して裏に消えてったマスターを見送って、古めかしい感じのテーブルを挟んだ皮張りの椅子に座る。
「……佳也クン、こういうとこ嫌い?」
中々席に着かない佳也クンを見て若干不安になる。
さすがに全部が全部合うってわけじゃねぇし、何か変な店だし、駄目だったか……
「いや、何か今まで出会ったことないタイプの店なんで……ちょっと驚いたっつーか。けど嫌いとかじゃないっす。落ち着くし。『collision』っすかね、これ」
「え?」
「今かかってんの、lock gardenの『collision』って曲だと思うんすけど……」
「詳しいね、佳也クン」
「音楽関係にはちょっとだけ。親父が音楽好きでガキの頃から色んなの聞いてたんで」
ガキの頃にジャズロックなんか聞かねぇだろ、普通。どんな家庭だ。
「佳也クンってジャンル問わず聴く感じ?」
「今は結構偏ってますよ。オルタナ、ハードコア、パンク、ヘビメタ……ロックばっかっすね。普通のジャズとかも好きなんすけどやっぱ戻ってくんのはガンガンくるやつっつーか」
「わかる! ポップス好きな人から見たら“何これうるせぇ”って感じの曲が落ち着んだよね」
「やっぱありますよね。そういうの。あ、ミウさん、これ」
差し出された二枚のCD。一枚目は真っ赤なサラダボウルにこれでもかってほどきゅうりが突っ込んであるジャケット。あ、これが『レッドボウル』か。わかりやす。
二枚目は真っ白。ROMに焼込んだって感じの……
「ミウさん、ロスエンの『number4』、好きっつってましたよね。これ、インディーズ時代に『number4』が初出した時のやつなんすけど……」
「え?」
「あー、けどライブハウスでやってる時のなんで、すげぇ雑音入ってるし他のバンドのも一気に入っちゃってんですけど、よかったら聴くだけ聴いてみ「マジで?! いいの?! ありがと佳也クン愛してる!」
「ッ……」
うわ、マジで?すっげぇレアじゃね?初出しとかいつの話っつーかあれインディーズ時代の曲なんだ、初めて知った。あーもう佳也様斎木様マジ神っすよ!
――その時物凄く浮かれまくってた私は、渡されたCDしか見てなかった。目の前の骨張った手が震えてるのすら、わからなかった。




