03 綺麗、可愛い、可愛い
……五分前。まぁ妥当、か?
大学の講義はだいぶ前に終わってたし、一回家に帰ったりかなり余裕があった。
マジなとこ、一時間くらい前から駅行ってようかずっと迷ってた。さすがにキモいからやめたけど。
ミウさん、もう来てっかな。時間ぴったりに着く電車あるけど多分それじゃねぇ。そういうとこ割ときちっとしてそうだし。上りのあの線だと……
「佳也クン?」
外見からの想像より高めの声が、後ろからかかる。
振り返って、俺は今日ちゃんといつも通りでいられるかめちゃくちゃ不安になった。
綺麗、可愛い、可愛い。
初対面の時のがっつり黒ロック系じゃなくて、派手めな色使いのゆるいロック系の服。外し多くてもまとまってんのはミウさんだからこそだな。
当然ながら今日も綺麗なラインの脚してる。さすがに寒いから露出はねぇけど、それでも拝めるだけ眼福だ。
化粧も前より色が多くてまた印象が違う。つーか前髪上げてるとか反則。予想外過ぎる。何でこの人美人系統なのにこんな可愛くなれんだよ。意味わかんねぇ。
「久しぶり。ってよくメールしてるからンな感じしないけど」
ツヤツヤの唇から八重歯が見えて、キスしたくなる衝動を必死で抑える。
せっかく今まで普通にしてきたっつぅのに、ここでンなことしたらただのド変態のレッテル張られちまうじゃねぇか。
「……そうっすね。けど会うのは久しぶりっすよ、
ミウさん」
……言えた。さらっと言えた。よくやった俺。
「…………佳也クン、名前呼ばないで」
「え」
思いっきり顔をしかめられて軽く死にたくなる。いや、もう死のう。
「な、なんで……」
吃る俺の声にミウさんは更に顔をしかめて、俺の死にたい度も更に上昇する。
これでミウさんの顔がほんのり赤いのに気付かなかったら俺は土下座して帰ってた。
「……恥ずかしいから。誰が聞いてるかもわかんないし」
「……え…こんなうるさい改札前で、誰が……」
「わかんないじゃん! 通りすがりの高校生とかが聞いて“え、あの人あんな顔でそんな名前? うわ、マジないわー親大失敗じゃん。可愛い名前は可愛い子にしか許されねぇしププッ”とか思ってたらどうすんだよ?! 恥で死ねるわ!」
……何だその妄想。
つーかンなこと気にしてるミウさん自体が普通に可愛いんだけど。
「別に気にすることないと思いますけど。ミ、アズマさんは自分で思ってるよりずっと可愛いっすよ」
…………またやった。
いつ終わんだよ口の反抗期…!!つーか京介の口が乗り移ってんじゃねぇのかこれ!
「…………佳也クン」
「は、い」
「かわいいってのはね、正確には……こういう意味なんですよ?」
微妙な半笑いで差し出されたケータイを受け取って画面を送っていく。
【かわいい】(可愛い)
1幼さや弱さを感じ取り、守り慈しみたいと思うさま。またそう思われるさま。
2外見・しぐさ・性格・行動様式などがほほえましく、愛情を感じさせるさま。愛らしい、愛くるしい、可憐だ。
3日用品などが小さくて愛らしい。
4[俗]どことなく心をくすぐるところがあって好感が持てる。
「…………2。いや、4もアリ…?」
「ンな答え期待してねぇよ馬鹿! あーもーマジ眼科行け眼科!」
「……俺視力2.0ありますけど、両目とも」
もういい。俺正直に生きる。無理して黙っても勝手に口動くし。ミウさん可愛いし。罵ってても顔真っ赤だし。
「じゃあ視覚の反逆だよそれ。マジご愁傷です。
いいかい斎木クン、かわいいってのはあの泉チャンのような思わず抱きしめてちゅうしたくなる対象にのみ使用許可が出されてる単語なんだよ。あー泉マジかわいいよね私男だったら絶対食うしっつーか女でもいけないことないけどトラウマ作って嫌われんのもやだしそういや私前にマジで女同士で使う道具買ってやろうかとか思ったことあってさまぁさすがに血迷ってんなとか思ってやめたら智絵が「アズマさん、場所変えましょうか」
大浴場の惨劇がフラッシュバックする。この人ひとりでも結構な破壊力だ。
公共の場と俺の精神の平和を求めてミウさんの肩を掴んで早足で駅を出…………って。
何 だ こ の 体 勢 。
え、俺、何ミウさんの肩抱いちゃってんだ。つーか相変わらずいいにおいしてんな、何の香水だこれ。あー肩すげぇ細ぇ。力入れたらマジで骨折れんじゃねぇか?京介に馬鹿力とか言われっし、俺バンド内で腕相撲暫定トップだし…………はい現実逃避終了。
「…………」
どうすんだ、この状況。
何も考えねぇで駅出ちまったし。あれ、何すんだっけ。つーか手離したくねぇんだけど。いや離さなきゃおかしいだろこれ。
「佳也クンっ、ちょ、ストップ、逆!」
「え」
「あっち、あそこ行くから」
「あ、はい」
するっと腕から抜けて、そのまま手を取って。物凄くさらっと俺の手を握ったミウさんは駅のロータリーを戻り始めた。
…………あれ?
「佳也クンさっさか行っちゃうからびっくりしたわー」
「す、すみません」
「お腹減ってない? 先に買い物付き合ってもらいたいんだけど。あ、そんな時間とらせないから、私即決派だし」
「あ、はい。大丈夫っす」
…………何か、マジ普通じゃね?この人。さっきまでの焦りっぷりはどこいった。ミウさんの中で“視覚の反逆”でカタがついたのか。うわぁ……
「買い物って、何買うんすか?」
「んー……とりあえず臨時収入分でアクセ買うつもり。あと頼まれ物がちょっと」
「へぇ……」
ミウさんが向かってる先には有名百貨店。何となく変な予感がすんのは何でだ。
「佳也クン、この指輪どこで買った?」
繋いだまんまの手を持ち上げられて、中指をつままれる。何でこんな動作まで一々可愛いんだよ。つーか手、このままでいいの、か?うわ、俺汗かいてねぇか?やべぇ何か今更緊張してきた……
「あー……知り合いの店なんすけど」
「いいなーこういうのってあんまサイズなくてさ」
俺がしてる指輪はバンド関係で知り合った人がやってる小さな店で作ってもらったやつだ。つーか“お前用に作ったからやるよ”って押し付けられたやつ。シンプルなのにゴツい感じが気に入ってるからよくつけてる。
ミウさんとは何か大体の趣味が合う、気がする。音楽も、服も、アクセも。
「多分女物も売ってましたよ」
「え、マジ? 場所教えて」
「いいっすよ。入り組んだとこにあるんで今度案内します」
「ありがと!」
店に電話してミウさんの好きそうなの作ってもらうか。あ、けどサイズわかんねぇ。今日買い物してんの見ればわかるか……って。
何か今俺次の約束取り付けた?ちょ、何してんだ俺よくやった!
すっかり浮かれた俺がぼけっとしてる間に百貨店のドアを通って、やってきたフロアは――
「……げ」
やっぱ、そうくるんじゃねぇかとか、ちょっと思ってたけど。
「ミ……アズマさん、いつもこんな店で物買ってる、んですか…?」
「まさか。臨時収入があった時だけだよ」
その割に堂々と入ってくんですね、こんな超有名ブランドの店舗に。
……そういや今日の腕時計と鞄、ブランド物だよな。財布とかならまだしも時計って確か結構……ミウさんってもしかしてわりとお嬢様か?まぁ余裕で通えるのに電車嫌いを理由に一人暮らし許してもらえるうちが言えたことじゃねぇけど。
「こっちの新作のピアスとそのふたつ右にあるの、出していただけますか」
「かしこまりました」
って、さくさく話進めてるし。
普段入りもしない場所だから何となく落ち着かないながらも、ミウさんが手を離さねぇからその場にいるしかない。いや、俺は嬉しいくらいなんだけど、ミウさん買い物しにくくねぇか?
「ね、佳也クン。これとこれ、どっちがいいと思う?」
あ、何かこれカップルっぽくね?まぁミウさん何も考えてねぇだろうけど。
何か慣れた。大抵のことならどんだけやってもこの人は気付かねぇ。
あんなキスしたのすら曲解してるし。今も手ぇ繋いでても何も気にしてねぇし。まだ意識してもらえる段階ですらねぇってのが虚しいけど、まぁまだ一ヶ月。先は長ぇ。
「そっすね……今日みてぇな格好ならこっちでもいいけど、前のだったらこっちのがまとまりいいっすね。けど……アズマさんの感じなら、あそこのケース、端から三番目…とか」
自分の趣味はそこまで悪くねぇはずだし、ミウさんとは好みが似てるはずだから濁さず意見させてもらった。
女の買い物付き合うほどだりぃことはねぇと思ってたけど、ミウさんなら平気だ。世の中の男たちは自分の好きな女の買い物だから我慢できんだな、きっと。
持ってたピアスを返して、代わりに指したものをショーケースから出してもらう。
ブランドマークを変形させたキューブがついたアメリカンピアス。
小さい黒い石が片方にだけ入ったそれは多分ミウさんの好きそうなデザイン。多少華奢だけど俺も好きな感じだから間違いはねぇと思う。
「おーさすが佳也クン。センスいいな」
「別にセンスいいとかじゃ……ミウさんに合いそうだと思ったんで」
「だからセンスいいんだって」
鏡の前で当ててみて、少し考えて。
「これ何の石が入ってるんですか?」
「そちらにはブラックスピネルを使用しております」
「……うん。じゃあ、これを頂きます」
…………マジで即決。
つーか値段は?ちゃんと見たのか?ちらっと見たケースには値段が書いてなかった。それが更に恐ろしい。
ブランドのピアスって大体いくらくらいなんだ。あれ、これってもしかして端から見たら俺が買うべきって話か?さすがにそれは無理。マジで無理なわけじゃねぇけどミウさん困るだろ。そもそも臨時収入で買うっつってんだから俺が払うのもおかしいか。
「では只今ご用意致しますので、あちらにおかけ頂くか店内をご覧になってお待ちくださいませ」
「はい、お願いします。佳也クン、何か見る?」
「……いえ、特には」
こんな店でついでに何か見て買おうだなんて到底思えねぇ。適当に買うモンとはゼロの桁が違う。
言われた椅子に座るとやけにふかふかしてて、また居心地が悪い。
「つーか、あれでよかったんすか? ほとんど迷いませんでしたけど」
「だって好きなデザインだったし。値段的にもまぁ妥当だし」
「……あれ、どんくらいすると思います?」
「素材がホワイトゴールドでしょ? だったら……多分四万強か。石入ってるからもうちょい上がるかもだけど」
「…………」
たかがピアスで四万……
ンな簡単に出せねぇよ。ますます謎だ。臨時収入。
「あ、誤解ないように言っとくけど。私別にブランド大好きブランド女とかじゃないから。これとかは貰い物なだけだからね?」
こことは違うブランドの腕時計と鞄を交互に指してミウさんが俺を覗き込む。似合うモン自分でわかって身につけてんだからいいと思うけど。
…………あ?いつの間に手ぇ離れたんだ?椅子に座った時…はどうだった?何これさらっとし過ぎてて全く気付かなかったんですけど。
「あとこのフロアで名刺入れ買って下でワイン買いたいんだけど、いい?」
「あーはい、構わないっすよ」
気にしてねぇ。この人。
いやもう何か慣れたけど、何か、こう、さぁ……
「……ワインも頼まれ物っすか?」
「んー頼まれ物ってか、そろそろ父親の誕生日だから何か買わなきゃ、みたいな」
「律儀っすね。俺ん家あんま誕生日とか気にしねぇから何か新鮮ってか」
「男の子ってそういうの多いよね。ちゃんとプレゼントしてないと自分の時何もなくて寂しくない?」
「いや……あんま考えたことないっすね。こないだもそうだったし」
特に何かもらってもねぇし、普通に京介たちと飯食って終わったな。
「…………あんさ、佳也クン」
「はい?」
「誕生日、いつ?」
「? 先週の金曜っす」
その時のミウさんの顔は、今まで見てきた中で一番気が抜けた感じだった。
「………………」
「アズマさん?」
「ちょっと待って今色々考えてっからっつーか先に言えよそういうの」
「は?」
結局ミウさんは店員が品物確認しに来て支払い処理をしても色々考え中で。
綺麗な脚を組みながらキャッシュでさくっと払う姿は何か普通にかっこよかった。




