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01 有り得ねぇだろ

物語は主軸二人の一人称で進みますが、人物に合わせて文章がかなり強い口語になっております。きちんとした文体の小説というよりゆるい読み物としてお楽しみください。

――予定より時間食っちゃったな。


走っては停まり、また走っては停まり。

“快速さんお先にどうぞ”とばかりにホームで待機するこいつに乗ったのはほんの分程前。


ったく、何であの駅快速止まんないのかな。あれに乗れてたらギリで待ち合わせ間に合ったのにさぁ。

溜め息をひとつ吐き出して、私は窓の外に視線をやった。



私、東ヶ原(あずまがはら)美雨(みう)の、一生に一度しかない大学三年の春休み。

……いや留年とか編入とかしたらあるかもだけど私の計画的にそんな予定はないし。


就活だの卒論だのはまだ何とか引き伸ばせるこの時期に、私はゼミでいつもつるんでる子達と一泊二日の小旅行に行くことにした。

今日はバイトしてるか飲み行ってるか寝てるかしかしてなかったこの長期休暇で私がかなり楽しみにしてた日だ。


ハイ、そこ。寂しい休みですねとか思った奴、今すぐ立て?

友達が帰省しちゃう地方組ばっかの私にとって長期休暇は食って寝て稼ぐくらいしかないんだよ。高校の友達は殆どが専門か短大出て社会人だし。

遊んだとしてもご飯食べるか軽く飲むかくらい。一応遠慮してんだよ、私でも。


ハァイ、立ってる奴の中で彼氏いないの?寂し……とか思った奴は歯ぁ食いしばれ。拳と脚どっちいくかわかんねぇから気をつけろ?

今は作る気ないだけだから。恋愛疲れしてるだけだかんね。

ここ一年以上おひとり様だけど全く不自由してないし。つーかむしろ彼氏いる方がかなり不自由だった。

次に彼氏にするなら、年下で盛りのついたゴリ押しド変態以外って決めてる。

……よく考えたらそんな条件にヒットする奴も滅多にいないわ。年下は多少色々とやんちゃなのが可愛いとこなんだけど、度を超すと“うぜぇ”の一言に尽きる。


頭に浮かんだド変態の可愛い笑顔を瞬時に消し去って、私は宿の予約メールにもう一度目を通した。



『温泉行きたくね?』

『どうせならどっかの僻地がいいな』

『とにかくゆったりまったりしたいよぉ』



ネットを見ながらだらだら決定した行き先は、温泉が密かに有名な(ひな)びた旅館。


…………これが花の女子大生の旅行か。

さすが私と愉快な仲間達。期待は裏切らない。



《次は――、――でございます》



腕時計をちらっと見て、予定通り――待ち合わせ十分オーバーかつ発車時刻ギリギリ到着を確認する。

……コンビニでガム買わなけりゃ十分前には着けたのに。何やってんだ私。


また溜め息をついて。

私は緩くスピードを落とし始めた電車の座席から立ち上がった。




× × ×




「めんどくせぇ」

「何がよ」

「言うのもめんどくせぇ」

「やー佳也クン、それ放棄されると俺どうしようもないんだけど~?」

「知らねぇよ」


へらっとした笑いを浮かべるこいつは谷崎(たにざき)京介(きょうすけ)。うぜぇくらいキラッキラした笑顔を振り撒く、俗に言う“王子様”系の男だが……頭ン中は年中真っピンクとド紫の花畑。

外見の上品さと中身の下品さが何とも残念な――非常に不本意ながら、俺、斎木(さいき)佳也(かや)の幼なじみだ。


こいつ、昔はもうちょいマシだった気がすんだけど……どこで間違ったんだろうな。


「……そんな熱い視線を向けないで…君の想いには応えられないんだ」

「死ね」

「いや~ん冷たいっ……でもアタシそんなアナタが「その先がもし俺の予想と同じなら間違いなく殺すからな」


「うわ~機嫌悪いねぇ佳也。電車嫌いだからって俺に当たらないでちょうだい」

「うっせ」


後一時間半もこんなのに乗んなきゃいけねぇなんて、拷問もいいとこだ。

俺が大っっっ嫌いな電車に揺られてるのは、勿論訳がある。



『突然ですが君達、卒業旅行的なの行きませんか~?』

『金ねぇ』

『つーかおれ達行く大学一緒じゃん。意味なくね?』


『違うでしょ……いーい? 佳也、昭。

高校生活ってのは一生に一度。すなわち高校生としての卒業旅行も一生に一度。まぁ色んな人と何度も行く人もいるけど俺が言いたいのはそんなことじゃないんだよ……そう、なんかこう……愛だよ、愛!』


『意味わかんねぇよ黙れ』

『まぁまぁ、いいんじゃねぇの? オレ車出すからさ。どっか行こうぜ』

『……愛してるよ、健司』

『ぅおお?! ちょ、すり寄るな囁くな! きめぇんだよ!』



毎度のことながら、俺らの中で一番京介の被害に遭うのは健司で、一番貧乏くじを引く率が高いのも健司だ。

それでも何だかんだうまく俺らのことをまとめてくれる健司には感謝してる。ンなこと絶対言わねぇけど。


だらだら話し合った結果、ちょっと田舎の海岸で健司指導の下軽くサーフィンをして近くの古びた旅館に泊まることになった。

いかにも体育会系って感じの外見を裏切らない趣味だ。何か新しく始めんのとかはだりぃから嫌いなんだけど、行くのは組んでるバンドのメンバー、勿論気心知れた連中だし、最近体動かしてなかったからいい機会だと思う。


行ったら行ったで楽しいだろうよ。

ただ、行くのがめんどくせぇ。こうやって座ってること自体がめんどくせぇ。

愛車で来れば絶対こんな気分にはならなかったはずだ……けど、残念ながら今はメンテ中。そもそも一晩潮風に晒されるのはきつい。


重い溜め息をついて、俺はどんどん田舎に変わっていく風景を睨みつけた。


「だから健司に待っててもらえばって言ったのに~車なら平気でしょ?」


何だかんだ言って物心つく前からの付き合い、俺がこいつの性格も欠点も知り尽くしてるのと同じように、京介も俺を熟知してる。

俺が電車独特の揺れが一番苦手だってことも、勿論のこと。

酔いはしねぇけど何か無理に引っ張られてる感じで妙に苛つくんだよな……新幹線とかジェットコースターくらい速けりゃ関係ねぇんだけど。


「……昭が今日すげぇ楽しみにしてて、朝一で行くってはしゃいでたんだよ。俺の都合で半日も遅らすわけにいかねぇだろうが」


あのちっさい犬みてぇな笑顔で、ガキかってくらいに“早く明日になんねーかな?早く遊びてーなぁ!”とか言われて予定を遅らせることができるか、お前。

俺は無理だ。仲間内に甘い自覚はあるけど、多分他の奴でも俺と同じことを言うはずだ。


「…………佳也くぅん」

「気味悪ぃ声出すなこの馬鹿」

「冷たいっけど甘い! なんてツンデレ……や、こういうのクーデレとか言うんだっけ?」

「知らねぇよ。車内だしうるせぇよ黙れボケ」


「幼なじみで萌え属性付き! おいしいでしょ~これ。何でお前女の子じゃないの、いっそ取っちゃいなよソーセージにミートボール」


「…………死ねよまじ頼むから」


俺、こいつの近くに座ってんの心の底から恥ずかしいんだけど。何なんだこの妙なテンション。

いくら普段あんま人目気にしねぇっつっても俺にだって恥の意識くらいはあんだよ。電車降りたらこいつシメる。まじで。


「あら~ん? 険しいお顔がいつもに増して怖ぅございますわよ、斎木様」

「コブラツイストとキャメルクラッチどっちがいいか考えておけよ」

「ちょ、まじやめて、お前の力半端ないんだから! この前オチたから!」

「だったら呼吸だけして座ってろ」


ようやく静かになった四人掛けのボックス席。

隣のボックスの人達がちらちらと視線を寄越してくるのがわかる。うるさかったか、それとも京介の発言にびっくりしたか。多分どっちもだな。

ド変態で馬鹿丸出しの幼なじみに代わって心の中で謝りつつ、ちらっと横を見てみる。


俺らより年上っぽい女二人組。

ひとりは緩いパーマの明るい茶髪で化粧もばっちりないかにもモテそうな女。その向かいには黒髪をおだんご頭にしてラフなメンズっぽい服をきた女。

俺と京介も全くタイプが違うけど、この二人も相当合ってない。どう見ても仲良くなりそうな系統じゃねぇな。


「――最後尾に乗っちゃったから今こっち向かってるって」

「……何で私にはメールくれないの」

「ひとりで充分だからだよ。智絵遅刻するし」

「田宮は今日五分前にきましたぁ!」

「奇跡的にね。前の先生との約束に遅れた時を忘れてないよ? あたしは」


「だから! あれはチェジュンがかっこよすぎてベッドから降りられなくなったのぉ!」

「それを堂々と言い訳に使えるあんたを尊敬するよある意味」

「泉だって渋いおじさまがドラマ出てたら絶対そうなるでしょ!」

「甘いよ……ワンセグで食い入るように見つめながら支度する。

ていうかあたしが好きなのはおじさまじゃなくておっさん!! ちょっとくたびれて公園でブランコ漕いでるような疲れた笑顔が素敵なナイスミドルだってば!」


…………すげぇ変な人達。

なんか、ある意味この席で救われたかも。


「かわいーね。あのお姉さん達」

「お前は女なら何だってそう言うじゃねぇか」

「や、普通にかなりかわいくない? じゃなくて……あのねぇ佳也、女の子はみんな宝石なんだよ? お姉さん達みたいに一般的かわいさがあってもなくてもキラキラした原石ちゃんなの。どうしてわかんないかな~」

「いや別にわかりたくねぇし」


一応TPOを考えたのか、落とした声のトーンに合わせて答える。

これでいきなりナンパとかし出したら絶対殴り倒してやるんだけど。


「お前絶っ対人生損してる……女の子がいない人生なんかドドメ色じゃん。意味わかんな~い」

「それモテない奴らの前でもっかい言ってみろよ。その無駄にいい顔がブルドックみてぇになるの見ててやるから」

「それは世の中の女の子が悲しむからナシで。んー佳也だって俺までいかなくてもいい感じなのに何でモテないかな~」

「髪かき上げんなうぜぇ。別にモテたくねぇし。めんどくせぇ」

「お前愛想なさ過ぎるんだよ~そんな険しい顔してるから女の子が逃げるんだって。しょうがないから俺が笑顔の特別講師になってあげよう」

「聞けよ」


必要ねぇよ。女にモテんのも付き合うのも。

……言っとくけど、俺はホモじゃねぇ。そういう対象は女だ。

けど別にいなくていい。きっと彼女作ってもすぐ別れる。経験則だ。


どんな可愛い子に告られても無理して付き合うのはめんどくせぇ。

束縛されんのも彼女を優先しなきゃなんねぇのもめんどくせぇ。

つまり俺は彼女っつー存在自体に面倒臭さを感じるわけだ。まぁ付き合った子達全員が大して好きでもない子だったせいもあると思うけど。

よく考えたら、俺この先彼女できねぇかも。別にいらねぇけどこのままだと一生独身か。


「俺の笑顔テストに合格したら~佳也くんの大好きな美脚美人を紹介しようじゃないですか」

「………」


ちょっと言葉に詰まる。


脚は重要だ。

胸より尻より顔より脚。

今時の細過ぎるマッチ棒みてぇな脚は駄目。太り過ぎて膝に肉が乗っかってるのも論外。

適度に肉付きがよくて、綺麗に薄い筋肉が乗ってれば及第点。脚線美と呼んでいいのは最低でもこのラインからだ。

それにプラスして、白くて膝から下がバランス崩さない程度に長くて、太ももからふくらはぎにかけてのラインが綺麗な脚が俺の理想だ。

特に太ももの外側のカーブは重要だ。これが急すぎるとバランスが悪いし、だからと言ってストンと落ちたみたいなのは色気もクソもねぇ。

足首の締まり方とか指の長さとか爪の形とか踝の高さとか膝の色とかまだまだ重要なところはあるが、さすがにそこまで理想そのものな脚に出会ったことはない。死ぬまでに拝んでみてぇ。


フェチと言いたいなら勝手にしろ。男って生き物は大概女体のどこかしらについて熱く語れるようになってんだよ。



ガラッ

ガッ、ゴッ、ガッ、ゴッ……



車両を繋ぐドアが開いた音と、多分足音。

すげぇ音。どんなごつい靴履いたらこんなんなるんだか。


「やっぱすんごい目立つよ、み…(あずま)


隣のボックスからかけられた声の先に目を向けて、

逸らせなくなった。


ごついブーツに守られた、細過ぎず太過ぎず、薄い筋肉に覆われてすんなりと伸びる白い脚。

かなり短いタイトめなスカートと網タイ、それを留めてるガーターが太ももの完璧なラインのエロさを際立たせてる。

視線が勝手に上へと動いていく。ごついベルトに派手なプリントの白いインナー、羽織った丈の長い黒いパーカーで体のラインはわかんねぇけど、結構細い。そのわりに出てるとこはきっちり出てそうだ。

インナーから出るくっきりとした鎖骨、更に細い首筋まで視線を移したところで、その人は俺らと隣に挟まれた通路で立ち止まった。


片目にかかる黒と金のツートンをうざったそうに流して、イヤホンを耳から外して、

ちょっとだけ申し訳なさそうに、それでも楽しそうに、綺麗に、笑った。


「ごめん、遅れた」


そのたった一言で、俺は馬鹿みたいに顔が赤くなった。


何だこれ。

有り得ねぇだろ。


俺は頭を抱えたくなる衝動を必死に抑えて、あの人を見る目の前の馬鹿の脛を蹴り飛ばしてやった。

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