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第二十一章  密謀


第二十一章  密謀



「初恵か、俺もやっと自由時間を持てる様になった。そこでだ俺はそっちへ行って住むことにした。こっちの家などの財産は古女房にやって、来週にはそっちへと行けるだろう。」

 早川から初恵の住むゴールドコーストへ電話がかかってきた。

「お父さんが、こっちへ来て住むって電話があったわよ。」

 初恵が経営する日本食レストランへ夕食の為に立ち寄った征次に言った。

「えーそれは無いぜ。話が違うじゃないか。こっちは俺達だけが住むって事じゃなかったのかよ。」

 征次が口を尖らせて言った。

「汚いわねぇ、口の中身を飛ばさないでちょうだい。でも仕方がないじゃないの。」

 初恵が胸に飛んだ征次の食べかすを手で払いながら言った。

「なんでもかんでもお前は仕方がないで片づけてしまうから、俺が一番苦労するじゃないか。もういいや。」

 征次は食事も中途に立ち上がってレストランから出ていった。親父が日本へと帰った翌日、征次は母親の留守を好いことに家捜しをして、母親がへそくっていた2000万円の現金と、親父が金庫に入れていた1500万円の現金を手に入れていた。


「馬鹿親ばっかりだ。何とか金を作らなくては・・・」

 車をカジノへと向けて走らせている最中、ふと亀井靖之の顔を思い浮かべた。そうだ靖之さんに相談してみよう。車を走らせながら携帯電話からダイヤルした。

「亀井さん、御無沙汰してます。征次です。」

「征次君久し振りだねぇ。忙しいんだろう。今日は何だね。」

 電話の向こうから元気そうな靖之の声が帰ってきた。

「実は、ちょっとご相談したい事が出来まして時間を作っていただけませんか。」

 征次が聞いた。

「どうしたい。弁護士先生が相談したいなんて。反対じゃないのか。いいよいつでも。」

 冗談口で靖之が言った。

「今はどちらに居ます?」

「今、今はカジノに居るよ。」

「えっ、そうなんですか。じゃぁすぐそちらへ行きますから。」

 電話を切ると征次はアクセルを踏んだ。

「どうしたい。それにしても早いねぇ。どこから電話をしていたんだい。」

 VIPルームのバーへと飛び込んだ征次をいち早く見付けた亀井靖之が言った。

「すぐ前を車で走っていましたのでね。それよりか靖之さんに助けて貰いたい事が出来たのです。晩飯は食べました?」

「どうしたんだい。飯はここで一口ビールを飲んだだけだよ。どこか食べに行くか?」

「えぇ、ちょっと静かな所で話がしたいんです。」

 征次が言った。

「静かなところねぇ。」

「そうです。どこか知りませんか。」

「静かなところったって、そんなに流行っていないレストランなんてゴールドコースト中探したって無いぜ。いっそホテルのスイートでも借りて飯を食おうか。」

 靖之がアイデアを出した。

「あっ、それ良いですね。じゃ、撲、部屋を取ってきます。」

 征次がフロントへと行こうとするのを亀井が制した。

「馬鹿だなぁ。何のためにここの会員になっているんだ。聞くところに拠ると君は随分とカジノに寄付をしているそうじゃないか。君のカードを貸しなさい。」

 征次からカードを受け取って、亀井は手を挙げてウエイトレスを呼んだ。

「君、このカードをチェックしてスイートルームを今から確保してくれ。食事をするだけで宿泊をする訳では無い。ついでに中華レストランから2人分のセット料理を部屋に運ぶ様にしてくれ。」

 亀井は言ってカードを渡し、

「部屋さえ空いていれば、ただだよ。」

 征次に向かって、ウインクをして言った。

「へー、そんなことが出来るんですか。」

 判らないと言った感じで征次が言った。

「何だ、毎日毎日通い詰めて居るのにそんなことも知らなかったのか。随分とカジノに奉公したものだなぁ。3ヶ月毎に君の掛け金額がコンピューターに積算されており、その額に対して何パーセントかを払い戻してくれて、この建物内での利用金額をその範囲内でただで提供してくれるんだぞ。」

 亀井の説明を聞いて征次は今までの負け金額を頭に浮かべ、随分と損をした気持ちになった。

「そうだったんですか。考えたら賭と合わせて随分と損をしたんだなぁ。」

「ははは、まぁその分を博打で勝てば言いじゃないか。」

 部屋が取れましたとバーマネージャーが部屋のカードキーと入室確認書を届けてきた。

「じゃ、行くか。」

 受け取った亀井がせかすように立ち上がった。


「さて、何の話を聞かせてくれるのかな。」

 部屋に入っても雑談だけで酒を酌み交わせていたのだが、中華料理がテーブルにズラッと並べられ二人がイスに座った段階で箸を取り上げた亀井が征次に言った。

「えぇ、実は、本当に話にくいのですが、・・・1億円ぐらい貸して貰えないかと思いまして・・・」

 箸を持った手を下ろして征次がうつむき加減に言った。

「何を言っているんだ。君ところ見たいな財閥が金を貸してくれなんて。どうしてだ。まず理由を聞こうか。」

 亀井はフカヒレの入った碗を手にして言った。

「実は・・・この前ちょっと大きな勝負をしまして、その時親父がゴールドコーストに来ていたので、金を持ってくる事が出来なかったのです。だから、陳さんに借りたのです。その支払いが出来ないのでとりあえず亀井さんに借りられないかと・・・・」

 征次の声がだんだんと小さくなってくる。

「待て待て、そう言う金の借金申し込みなんて誰も貸さないぜ。お前の親父さんは40億もこっちへ送ってきているって、この前君が言っていたじゃないか。その金を使えば何も問題は無いじゃないか。」

 亀井が言った。

「えぇ、それは本当なんです。定期預金証書も何もかも僕の事務所で預かっていますから何もかも判っています。でも総て親父自身の名義ですから手の付けようが無いんです。」

 今度は征次も顔を上げ、亀井に堂々と説明した。

「ふーん、まぁ食べながら考えようや。このフカヒレ。うまいぜ。」

 亀井が手に持った碗を持ち上げて征次に言った。

「そうですね。うまいですね。全部ただだと考えたら特にうまさを感じます。」

 征次もフカヒレの碗に口を付け一口すすって言った。

「ところで、その定期なんかのサインは誰がしたのだい。」

 亀井が豚を焼いて味付けした皮と野菜を小皿へと移しながら聞いた。

「親父は中学しかでていないので英語なんてからっきしだから全部俺がしたよ。」

 征次が口一杯の料理をモグモグと噛みながら言葉を出した。

「お前も馬鹿だなぁ。それなら一番簡単じゃないか。親父は送ってきた金額は全部判っているのか。送金手数料や色んな費用を引き算したキッチリの金額を。」

 亀井が持った箸で征次を指さしながら聞いた。

「そんな事は判っている筈はありませんよ。実際、送ってくる度に何億何千万に小さな数字がくっついているから、そして何度もだろう。計算もしていないからだいたいこのぐらいだろうと思っていると思う。俺も正確な数字は、うちの吉川君から聞くだけで40億と言う数字だけしか覚えていないくらいですから。」

「なら、簡単な事じゃないか。明日銀行へ行って必要な金額を解約してお前の口座に入れて置けば済む事じゃないか。それもあるが、ついでに5億ぐらい余分に引き出して、征次、俺の仕事に投資しないか。今、マンションの建設販売をやろうとしているんだ。これは大きく化けるぞ。サーファーズパラダイスはお前も知っているように今、ハイライズラッシュだろう。しかも値段はうなぎ登りだ。もう土地は契約済みだ。最終取引は今月末。この金は俺の親父が投資する。ビルの設計も終わっているからお前に見せても良い。16階建てだぞ。建設費は親父と俺とで出す考えだったが、お前にも分けてやろう。そうしたらその1億円ぐらいは簡単に穴埋め出来るぞ。」

 亀井の言葉を感心しながら聞いていた征次だ。

「さすが、亀井さんは違うなぁ。その若さで、俺の親父より凄い仕事をしているんだ。一旦親父は日本へ帰ったからしばらくは来ないだろうし、・・・そうだ。亀井さん。明日時間ありますか。一緒に俺の事務所へ行きませんか。」

「あした、明日か。俺も忙しいからな。その親父が使っている銀行はどこなんだ。」

「ナショナルとウエストだけど。」

「そうじゃなくって、ブリスベンかゴールドコーストかどちらなんだ。」

「便利が良いようにサーファーズパラダイス支店を使っているよ。」

「なんだそうか。それじゃ、明日ブリスベンまで行ってもこっちまで引き返して来なくちゃならないじゃないか。いっそのこと今から行って証書だけ持ってくる事にするか。」

「そうですね。そうしたら朝一番で銀行に行けますね。」

 征次もうなずいた。

「よし、そうと決まればこれを早く食おう。」

 亀井は顎で料理を指しながら言った。



「あんなところに車を停めて大丈夫なのか。」

 征次の弁護士事務所があるビルまで来て地下駐車場へ入るキーを持って来なかった征次に亀井が聞いた。

「大丈夫、大丈夫。この時間は誰も車の移動なんかしないから。」

 征次はそのシャッターの真正面にバリケードを張るように車を停めたものだった。

 ビル内へは征次が持つカードキーで問題なく入ることが出来た。

「やっぱり事務所街だな。ゴールドコーストと違って人間がいないや。考えてみたら、こんな夜中のブリスベンなんか来たことが無かった。」

 変なところで亀井がしんみりと言った。

「さあさあ、入ってください。今電気をつけます。」

 征次は言いながら、電気のスイッチを入れ、横にある警報装置の設定解除用ボックスのカバーを外し、テンキーを素早く押した。手慣れたものだと亀井は後ろで眺めていた。

「お前はこんな夜中によく来るのか。」

「うん、こっちにもカジノがあるからな。家に帰るのが面倒な時にはここで泊まるんだ。」

 征次が自分の部屋まで歩き、ドアを開けて言った。

「さすが弁護士先生の事務所だな。随分と綺麗に片づいているな。」

 亀井が事務所を眺めて言った。

「なんか今日はいつもと違って綺麗に片づいていますね。いつもは書類が山のように積み上げられているんですよ。まぁ綺麗なのもいいじゃないですか。」

 征次は言いながら事務所の隅にデンと置かれている金庫の前まで歩いた。手には自室から持ってきた小さな紙切れを握っている。その紙切れを見ながら金庫のダイヤルを廻し始めた征次に向かって、

「何だ、お前は金庫のナンバーも知らなかったのか。」

 と、亀井が聞いた。

「そうじゃないんだけど、こんなのいちいち覚えなくてもいいじゃん。どこかに書いておけばそれを見て廻せばいいだけだから。」

 征次が金庫に耳を付けながら言った。

「馬鹿だなぁ。それじゃその紙を見たら誰だってその金庫を開けられるじゃないか。」

「あっ、そうか。でも弁護士事務所なんかへ入る泥棒はいないぜ。書類だけしか無いもんだ。」

 征次が答えた。

「社員とか別の弁護士なんかに見られたら困るものなんかはどうするんだ。」

「ははは、そんなの無いって。事務所の中では誰も秘密なんて持ってないから。」

 征次が言いながら預金証書の束を取り出し、

「これです。結構あるでしょう。」

 ずしりと束になった証書類を近くのデスク上に置いた。

「これ全部がゴールドコーストの支店なんだな。」

「そうですよ。」

「よし、じゃ、行くか。」

 亀井が歩き出すのを征次が止めて言った。

「えー、亀井さんこれ全部持って行くんですか。5億円を選ぶんじゃ無かったんですか。」

「お前も馬鹿だなぁ。5億円借りるのも40億円借りるのも一緒じゃないか。そこに使ってくださいって金があるのだから、使ってあげなきゃ可哀想だろう。」

「でも、もしもの事があったら・・・。」

 心配顔でもじもじしている征次に

「いいから、いいから。行こうぜ。」

 と亀井がせかせた。

「でもちょっと待ってください。俺にしたら大きな金なんです。もし親父に見つかったら殺されてしまいますよ。」

 征次が言った。

「お前は親父を尊敬しているのか?好きなのか?」

 亀井は征次に話の的をそらせた言葉を吐いた。

「何ですよぉ、そんな。親父を尊敬?だれが?好き?誰を?今更そんなことを聞かれたって返事は全部ノーですよ。」

 征次が力を込めて言った。

「じゃ、親父が居なくなれば、その金は全部お前の物じゃないか。遅かれ早かれ親父はあの世へ行くんだ。ちょっと早めに背中を押してやるだけで、今お前が必要な金が使えるんだぞ。」

 亀井が静かな声で重々しく言葉を征次に吐いた。

「そ、そんな・・・」

「まぁ、考えてもみろ。お前は親父がいつ来るかわからんと言ったな。日本へ帰ったからしばらくは来ないと言っただろう。そのしばらくは1ヶ月か、1年か?どうだ、そんな期間でお前がこの中から使う金の充填が出来るのか。もし明日にでも来られて見ろ、どうするんだ。」

 亀井は征次の前に立ち、

「お前も薄々感づいて居るだろうが、俺の親父はお前と同じで姓が違う。千葉でも名うてのやくざの親分だ。今、親父もこっちに住んでいるから、俺がうまいシナリオを書いてやる。俺の言う通りにしろ。心配するな。お前は明日から大金持ちだ。」

「ど、どうするんです。」

「まぁ、任せておけって。心配しないでその束を持って早く出ようぜ。」

 征次は迷ったが、亀井を信じて金庫を閉じ、亀井に続いた。




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