表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/26

第十六章  身代わり


第十六章  身代わり



「おい、ちょっと出掛けてくるぜ。」

 大船碇禎治が玄関の式台に立った。

「あっ、親分。どちらへ。」

 そこにいた若衆が驚いて聞いた。

「どこでもいいじゃねえか。携帯電話は持っていくが、2時間ぐらいはならすんじゃねえぞ。」

「へぃ。じゃ車を回してきます。」

 若衆が飛び出そうとするのを大船碇禎治は制して言った。

「待て待て、今日は俺が運転していくから誰も付いて来なくていい。」

 大船碇禎治は靴を履いて敷地内の駐車場へと歩き、セルシオにキーを差し込んだ。V8のエンジンが快さそうに力強く回転の振動を大船碇禎治の身体に伝えてきた。

 着いたところは住宅街に埋もれたひっそりとしたモーテルだった。電話で聞いていた部屋番号へと車を進め、そのガレージへと入れた。部屋へ入ると既に風呂を済ませ妖艶な姿態にバスタオルだけを巻き付けた晴美が迎えた。

「遅かったわねぇ。もう待ちくたびれたわよ。お詫びに思いっ切りかわいがってもらうわよ。」

「馬鹿、俺だって忙しい身体なんだ。はいそうですかって出掛ける訳にはいかないんだぜ。それよりか、お前の方で気が付いちゃいないか。中沢がどうも俺達の事に気づいた様子があるんだ。」

 大船碇禎治はすがりつく晴美を押しのけるようにしてイスに腰を降ろしタバコを取り出し火を点けながら言った。

「えっ、どうしたのよ。そんな事ないわよ。わたしの所へ来てもそんな事何も言わないし。忙しそうにしているだけよ。」

 晴美も大船碇の横に腰を降ろして言った。

「ならいいんだ。でもやっぱり気になる。そろそろ俺達もおしまいにしなくちゃなぁ。」

「どうして、どうしてなのよ。そんなのいや。イヤよ。」

 大船碇禎治の言葉に晴美が驚いて立ち上がり、すがりついて言った。

「なぁ考えてもみろよ。俺達の事が中沢にばれた時の事を。俺達はどちらも生きては居られないんだぜ。」

 大船碇禎治は晴美の両肩を握ってその身体を揺すりながら言った。

「でも、イヤ。別れるなんて。」

 晴美は目に涙を溜め、か細い声で首を大きく振りながら言った。

「よしよし、もう泣くな。俺は風呂に入ってくる。」

 大船碇禎治は晴美の身体を離して立ち上がり風呂場へと行った。タオルに石鹸を塗りつけて自分で身体を流し始めた時に、後ろの扉がそろっと開き、

「背中流しましょうか。」

 と晴美が入ってきた。

「おう、じゃ流してもらおうか。」

 と伸ばされた晴美の手にタオルを大船碇が渡した。晴美は渡されたタオルを手にしたまま、大船碇禎治の背中を見つめた。

「おい、どうしたんだ風邪を引くじゃねぇか。」

 大船碇禎治の言葉にハッとした晴美が

「あっ、ごめんなさい。」

 と言って大船碇の背中をこすり始め、すぐその手を止め背中にむしゃぶりついた。

「いや、別れるなんてイヤ。」

「そんなこと言ったってしようがねぇだろう。お前は姐さんだし、俺は傘下の組長だぜ。見つかったらそれこそお終いだ。いつまでもめそめそしてねえで。俺は風呂に入るぜ。」

 背中の晴美を振りほどいて大船碇は浴槽へと入った。

「じゃ、本当に今日が最後ね。だったら思いっ切り愛してちょうだい。」

 晴美が洗い場で下を向いたまま言った。

「よしよし、じゃぁこちらへ入いんな。」

 大船碇は浴槽に晴美の入る余地を作ってやって言った。


「いいの、いいから首のここを絞めて。あぁいい、来て、もっともっと…強く。駄目もっと強く、うっ、うっ、いいわぁ。」

 大船碇禎治は今までの晴美から、聞かされた事のない注文に一瞬ドギマギしたが、首を少し絞めた時に晴美の下半身に起こる痙攣に自分自身も大きな高揚を受け今までに無い快感を享受し、

「おう、こんな事誰に教わったんだ。」

 つい言葉で聞いてしまった。

「いや、そんなこと聞いちゃ。もっと続けて。いい、いぃ。もっと強く。」

「おっ、おっ、待てよ、これじゃ俺も早くからいっちまうじゃねぇか。」

 大船碇禎治が手を離して言った。

「駄目よ。離しちゃ。いっても良いから、続けて。そう、強く、駄目。もっと強く。グフッ。いい。いぃ。いぃわぁ。」

「良し、なら、これでどうだ。」

「ぐふっ、ぐふっ。いぃ…いぃわぁ。ぐふっ。」

「行く、行く。いくぜぇ。」

 大船碇禎治が大きく射精をしたのち、晴美の身体から離れた。

「今日のお前は凄かったぜ。こんな遊びが有るなら何故もっと前に教えなかったんだ。」

 大船碇が背を向けて言ったが、晴美は黙ったままだ。ふと大船碇が振り返って晴美を見た。 彼女の胸の動きが見えない。大船碇は慌てて抱き上げてみた。晴美の手は引力に逆らうことが出来ない様に垂れ下がったままだ。

「おい、どうした。おい。」

 大船碇は晴美を何度も揺すった。しかし目も閉じられたままで身体の総てから力が抜けきっていた。大船碇禎治は焦った。今ここで救急車を呼ぶわけには行かない。それに晴美は完全に死んでいる。殺意が有って殺した訳では勿論ない。事故なんだ。でもそれを言っても誰も聞いてはくれないだろう。これで俺の組も俺自身もお終いだ。

 何て事だ。

 大船碇禎治は自分で自分の頭を叩いた。そんなことをしてもどうなる事でもないのだ。考えろ。考えて何らかの打開策を見つけだせ。ふとテーブルの上に乗っている携帯電話を見た。

「そうだ、誰かを身代わりにすればいい。誰だ。誰がいい。」

 大船碇禎治はつぶやいた。舎弟の名前を順番に考えて行った、続いて代貸し。

「そうだ、坂本だ。あいつならやれそうだ。」

 指名する人間を見つけだし、電話機を取り上げた。しかし、まだ気持ちが動揺している。大船碇は冷蔵庫からビールを取り出し、一息に飲み干した。

「おう、俺だ坂本はいるか。」

 大船碇禎治が組に電話を入れた。

「おう、坂本か。今から俺が言う通りにしろ。判ったな。側に誰かいるのか。」

「いえ、俺だけです。」

 組長から直接声をかけられた坂本が電話の向こうでおどおどした声で言った。

「そうか、よく聞くんだぞ。お前、今からリンカーンを転がして、山上町の桜山モーテルの前に停めろ。そうだ良く聞け。そして車をロックして3号室のドアを3回軽く叩け。そうしたら俺が出る。判ったな。誰にも言うんじゃねえぞ。どこへ行くと聞かれたら俺を迎えに行くとだけ言え。判ったな。今すぐ出ろ。」

「はい、判りました。」

 電話が切れてから15分ほどでドアが打ち合わせどおり叩かれた。

「よし、入れ。」

 ドアを開けて大船碇禎治が坂本を入れ、ドアの外へ顔を出して周囲を見た。誰もつけている奴はなさそうだ。

「よし、ちゃんと言った通りにしただろうな。」

「はい、誰にも何も聞かれませんでした。」

 坂本は組長直々の呼び出しでまごつきながら答えた。

「それならよし。まぁそこへ座れ。」

 大船碇禎治は応接イスを指さし自分もその向かいに座った。

「おう、お前を男と見込んで頼みが有る。俺の頼みが聞けるか。」

「はい、な、何でも聞きます。」

 坂本はここからどこかへと鉄砲玉として送られるのでは無いかと思い、ビクビクしながら返事を返した。

「そう堅くなるな。お前に楽しい思いをさせてやろうとしているのだ。もし俺の言うことを聞けば、お前を舎弟に迎えてやろう。いや、兄弟としてやってもいい。しかもシマも持たせてやるぜ。どうだ気分がいいだろう。」

 大船碇禎治が言った。

「は、はい。そんな大それた事が俺に出来るんですか。」

「なに、お前が考える程大それたことじゃぁねえ。ちょっと2年ほどムショ暮らしをしてきてくれればいいって事だ。約束通り帰ってきたらハク付きでお前は俺の兄弟分よ。どうだ出来るか。」

 大船碇禎治の言葉を聞きながら坂本は考えた。話の内容から考えて命がなくなる事は無さそうだ。しかし話が余りにもうますぎる。断ればこの世界では生きていられないだろう。どんな話しでも乗るしかないと決めた。

「はい、判りました。組長の為なら何でもさせて頂きます。」

「よし、それでこそお前は男だ。心して聞けよ。お前は女をここへ連れ込んだ。そうだ女を連れ込んだ事にするんだ。そうして普通にあれを楽しんでいるあいだに、女が首を絞めてくれと頼む。そうすれば気持ちがいいからだ。そこで誤って強く絞めすぎて気が付いたら相手が死んでいた。そこでモーテルの事務所に電話をして救急車を呼ばせるのだ。勿論さつがくる。そうしたら今俺が言った通りに言うんだ。間違って殺してしまったと言うんだぞ。そうしないと過失と殺人とでは大きな違いが出る。それはお前でも判るだろう。どうだ。」

「へい、わかります。」

「そうなればせいぜい2年で出てこられる。弁護士は最高のを俺が付けてやるから安心して行ってこい。判ったな。」

「はい、判りました。その女と言うのは誰ですか。」

 坂本が聞いた。

「バカヤロウ。まだ話の途中じゃねぇか。良く聞け。その女はそこのベッドで寝ている。俺が出ていったあと、お前は裸になって風呂でも入れ。そうしてやりたければその女を犯ってもいい。それからは俺が先に言ったようにしろ。これがセルシオのキーだ。お前のリンカーンのキーをよこせ。それから女の事だが、お前の知らない女だ。道で引っかけた事にしろ。判ったな。」

「はい、判りました。組長よろしくお願いします。」

 坂本が立ち上がり頭を下げた。

「よし、あとは任せておけ。頼んだぞ。」

 大船碇禎治は立ち上がり坂本の手を握り言い、キーを受け取り部屋から出ていった。ドアを開けるときもモーテルから出るときも廻りを見回し、誰もいないことを確認してリンカーンのドアを開け、運転席へと座った時に大船碇禎治は全身の力が抜けるのを感じた。しばらくイスに身を任せてからキーを差し込みエンジンを始動させた。快い振動が大船碇禎治の身体を包んだ。

「これで俺は安泰だ。」

 大船碇禎治はつぶやいて車を走らせた。モーテルの影から密かに見ている者のあるのを知らずに。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ