第十五章 大船碇禎治
第十五章 大船碇禎治
大船碇禎治は千葉県を基盤にしたやくざで、非構成員も入れると500人を越える組織の長である。元々テキ屋の親分として代々続いてきた。そこへ全国組織の暴力団から参加の手が伸びてきて、大船碇禎治の代になってその傘下に編入された。今までは自分が一番であったはずだったのが上に何段にもわたった親分衆が出来、それなりの義理を果たさなくてはならない立場へと変わった。その全国組織暴力団の舎弟、中沢組の中沢が大船碇禎治の上に付いた。中沢の女が千葉市内で小さな料亭を開いている。女の名前は川島晴美といった。小股の切れ上がった、顔の小さい、気さくな美人である。年の頃は30を少し越えた頃だろう。大船碇禎治も中沢に気を使って会合などには必ずこの料亭を使っていた。
「姐さん。」
「姐さんはやめて。お願い晴美って呼んで。」
そんなある日、ふとした事から二人の間に関係が出来てしまった。常に関西へと出掛ける中沢では満足出来ない晴美の方から近づいたものだった。
大船碇禎治にも妻とは別に2人の女がいて、それぞれに1人ずつ子供があった。亀井靖子には千葉市内で小料理屋をやらせている。その息子が今、ゴールドコーストへ行き、大学で勉強をしながら不動産に手を伸ばし、随分と金を稼いでいる。勿論その元になる金は大船碇禎治が送り与えたものだ。
「こんな事を続けていると、いつかはばれる。その時は靖之の所へでも逃げるか。」
晴美の腹の上で大船碇禎治は考えていた。
「ねぇ、何を考えているのぉ。もっと、もっと強く。お願い・・・」
晴美が声を絞らせて言った。
「親父、昨日銀行から電話があった。なんの金だよ。2億円なんてビックリしたぜ。送ってくるときは何とか連絡ぐらいくれよな。」
久し振りにオーストラリアの靖之から電話が入った。
「こっちにあった山が少し売れたから、今更使い道も無いからそっちへ送ったんだ。土地でも買う資金にしてくれ。」
大船碇禎治がタバコに火をつけながら言った。
「そうなんだ、オッケイ、じゃぁ遠慮無しに使わせて貰うよ。」
電話の向こうから靖之の弾んだ声が聞こえた。
「それからな、少しずつ金をそっちへ送るから、定期預金でも作って置いてくれるか。俺も歳だから、そっちへ行ってゆっくりしたくなったんだ。こっちじゃどこに居てもうるさいからな。買った家もまだ見ていないしな。」
大船碇禎治が少し物思いに耽った感じで言った。
「おいおい、どうしたんだよ。親父らしくないぜ。もし俺が必要なら帰っても良いんだぜ。」
電話の奥で靖之が心配そうに言った。
「まぁな。こっちはこっちで色々と面倒な事があってな。たまには俺でも弱気になる事もあるさ。まぁその時は頼むわ。おっと誰か来たようだ、じゃ、頼むぜ。」
それだけ言って大船碇禎治は受話器を置いた。