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第十二章  弱気


第十二章  弱気



「社長、おめでとうございます。いよいよですか。征次君も弁護士。日本に居た時の征次君からは考えられない事ですが、外国へ出した御陰で本当に変わったのですね。いや、これは少し言い過ぎました。申し訳ございません。」

 ある日、社長室へ来た早川浩一に金沢が言った。

「ははは、まぁな。まぁ、君が言うとおりだよ。俺もまさかあいつがそんな風になるとは考えてもみなかったよ。でもなこれは秘密だが、君が言うようにあいつの頭では卒業なんか考えも付かなかったし、入学さえもおぼつかなかったものだった。まぁ運が良いというか、大学自体が経営難の時期だったから、寄付金をはずむだけでそれぞれの時期をうまく乗り切ったのが実状で、今でもあいつが弁護士として仕事が出来るとは誰も考えてはいないさ。」

 早川が誰もいないその部屋であるが、一段と声をひそめて金沢に言った。

「それでも弁護士ですから、勝てば官軍ですよ。」

「そうだな。しかし、免許や資格を握っただけでは意味が無いから。いっそのこと本当に勉強して卒業した同期の人間で日本人がいたら、それを雇って弁護士事務所を出させてやろうと考えているんだ。」

 金沢の言葉に早川が応えた。

「そうですか、それは良いことですな。そうすれば堂々と弁護士様で通りますね。」

「うん、それで君に色々と土地の事で動いて貰った訳だが、あと10億円程を作りたいんだ。どうかなあの吉田専務に言って、早川建設が持っている土地社屋その他を担保にして銀行から借りだしてもらえんだろうか。個人的な事だから俺から言っても良いけれど、君から言って貰えたら助かるが。」

 早川が身体を乗り出して言った。

「なんだ、そんなことはお安い事だと思いますよ。でも僕は社長のところの借金や抵当権などの事を知りませんから、一応僕からこんな話があると彼に伝えますから、社長の方で詳しく話してやって下さい。あと1時間程で帰ってくる予定になっておりますから、帰社次第こちらへ来るように言っておきます。」

 金沢が言った。

「そうだな。じゃぁそうしよう。ま、君も忙しいだろうから仕事をしてくれたまえ。僕もそれまでに抵当関係を少しまとめておこう。」

「はい、判りました。所で僕は今から新幹線に乗り、京都の物件を見に行きます。だから途中で吉田専務の携帯電話に今の内容を話しておきます。では、失礼致します。」

「おう、そうか頼むよ。」

 社長室から出ていく金沢に早川浩一が言った。

「さて、今の状況では早川建設はおぼつかないな、ここからの発注だけではいつかは・・・情けない事だ。この会社だとていつまでも投資家を集められる筈もなし、・・・いつか金沢が不明金があると言っていた事など考えると、長くは続かないだろう。」

 金沢が部屋を出てから早川は応接イスに深々と身体を埋め、冷めた日本茶に手を伸ばし一口すすりながらつぶやいた。


 事実、早川建設は談合の発覚から公共工事の指名を外され、完全に民間工事だけを受注する建設業者に成り下がっていた。しかも早川が社長を引き受けたこのエムパックインベストメント株式会社と言うマンション投資会社だけが早川建設を生き延びさせる糧を稼ぎ出す元なのだ。

「いっそ、征次を全面的に助けて俺もオーストラリアへと逃げるか。」

 早川はふと心に浮かんだ事を言葉に出した。

 社長室の扉がノックも無しに突然開き、吉田専務が大きな身体を覗かせ、

「あっ、社長。こちらでしたか。」

 と言いながら入ってきた。

 早川は今のつぶやきを聞かれたかと驚いたが手を挙げて自分の前に座る様に示し、

「忙しいのに又々呼び出してすまんな。」

 と言った。

「いやいや、社長の事ですから、どんなことでもお役に立たせて頂きますよ。金沢君から聞いてはいますが、具体的にお聞かせ下さい。確か10億円でしたね。」

 吉田は大きな身体をひねる様にしてイスに座りながら言った。

「10億円は大きな金だから、半分でも良いかとは考えているんだ。まぁ、自社の持つ土地建物を評価して第一抵当やその他を差し引いたら10億と言う数字になったと言うだけだからね。さしあたって必要では無い金だが、オーストラリアの息子に弁護士事務所を開設させてやろうと考えているところだ。金は有れば有るほど良いと考えただけだからね。」

 早川が言ったところへ秘書がコーヒーを二つ持って入ってきた。

「おっ、恵子ちゃん。いつ見ても美人だねぇ。丁度コーヒーを飲みたいなと思っていたところだよ。」

 テーブルにコーヒーを並べている秘書に吉田が声をかけた。

「まぁ、専務さんはいつもお口がお上手だから。」

 秘書は言って部屋を出ていった。

「あのこはいい子ですね。話しに入って来ないし、秘書としては最高ですな。僕もあんな秘書がいたら会社が楽しくて、外へ出る事が少なくなるでしょうな。」

 吉田が早川に笑顔を見せて言った。

「そうだね、でも実際わたしの仕事なんてこの会社では無いのと同じだから、可哀想な気もするがね。」

「いやいや、これから社長にも頑張って貰わなくちゃなりませんよ。会社の拡大策は色々と着々と進んでおりますからな。所で話を戻しましょう。資金の目的は会社では無く、息子さんの弁護士事務所開設資金として考えればよろしいのでしょうな。そうなれば金額のところで少々問題が出てくると思いますし、海外送金の問題も有りますから、いっそ社長の別荘用地取得と建設と言う事にされた方が銀行としても稟議書が書きやすいと思うのです。それともいっそのこと弁護士事務所ビルディング建設としましょうか。」

 早川が少し弱気になっての言葉に、吉田が発破をかける様に言葉を発した。

「それは、君に任せるよ。実際の所は息子の事業援助と言う事だから。しかしこれは君の内に秘めてもらっててもいいから。知っていてくれたまえ。」

「はい、それは良く判っております。それでしたら早速手続きを始めますので、総ての対象物件に関しての権利関係に関する書類のコピーを揃えて戴けますか。それがわたしの手元に届き次第銀行と交渉してみます。別に金利に関しての希望などはございませんね。」

 吉田が念を押した。

「あぁそれも総て君に任せるよ。」

「そうですか。それでは書類が揃い次第わたしの方へお届け下さい。」

 吉田は言って立ち上がった。

「そうそう、一度、ゆっくりと息子さんにお会いにオーストラリアへ旅行されるのはいかがです。長いことお会いにならてはいないのでしょう。大きなスポンサーであるお父さんが見に来られると息子さんも発憤されるのではないでしょうか。」

 吉田がドアへと歩きながら振り返って早川に言った。

「そうだな。考えておくよ。」

 早川が答えたと同時に社長室のドアが閉まり、吉田はその影に消えた。

「そうだな、吉田君もたまには良いことを言ってくれる。この話が済んだら一度征次に会いに行くとしようか。」

 吉田の出ていったドアを見つめて早川がつぶやいた。



「そろそろ何とか連絡があっても良い頃だと思うんですがねぇ。佐々山さんの方にも連絡はありませんか。」

 ある日ゴールドコーストでゴルフに同行した香山が佐々山に聞いた。

「もう6ヶ月でしょう。小野原さんも意思の強い人ですねぇ。たぶん香山さんの英語浸けと言う言葉を守りとおしているのでしょうよ。そろそろ日本語が恋しくなっていると思うのですが、まぁわたしには真似が出来ませんね。」

「本当にねぇ。どこかで化石でも見つけたら連絡ぐらいあると思っていたのですが、これだけ無しのつぶてとなると心配になってきますよ。あっ、あそこのラフに佐々山さんの球がありますよ。」

 香山が佐々山の打球を探しながら言った。

「参ったなぁ。あんな深いラフで。仕方がない7番ぐらいでフェアウエイに出しますか。」

佐々山が7番アイアンを抜き出し、1度素振りをして打った。

「おっ、素晴らしい。さすが佐々山さん。これ2打目ですよね。参ったなぁわたしの3打目よりか前ですよ。えーっと右ドッグレッグか、もう一度刻んでおくか。」

 香山がつぶやきながら9番アイアンを取り出そうとした。

「何言ってるんです。もうグリーンは目の前ですよ。香山さんなら7番で充分届きますよ。」

 佐々山が言うので香山もそうかなと思い7番アイアンを手にした。

「よし、佐々山さんの意見を入れてチャレンジしますかな。でもわたしはスライス名人ですから恐いなぁ。」

 言いながら打った香山の打球は素直にグリーンへと吸い込まれた。

「いいじゃないですか。プロ並みの打球ですよ。まぁ2打目だったらですけれどね。」

「あっ、ひどい言い方だなぁ。じゃ佐々山さんの打球も見せて貰いましょうかな。」

「まぁわたしも3打目ですから大きな事は言えませんがね。」

 と言って佐々山が打った。球はグリーンのポールに吸い込まれていった。

「おっ、さすが佐々山さん。もうプロですね。2打目だったら。」

「ははは、きっと言うと思った。ははは。」

 佐々山が大笑いしながらグリーンの方へカートを引きながら歩き始めたので香山も続いた。

「小野原さんはどの当たりを徘徊しているのでしょうね。」

 ホールに球を収めて佐々山が言った。

「もう6ヶ月だから幾らゆっくりでも一周は終わってる筈なんですが、まぁひょっこりただいまって帰ってくるんじゃないですか。」

 香山もホールから球を取り出して言った。




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