第十一章 密談
第十一章 密談
「良いことを考えたぜ。吉田がオーストラリアで調べてきたそうだが、社長の息子が大学を卒業して弁護士になるそうだ。」
山口が言った。
「待てよ、あの社長にそんな良い息子がいたのかい。」
中村が首をひねりながら言った。
「ところが残念な事に、あの2号に産ませたぼんくら野郎が弁護士様だとよ。まぁあとから吉田も来るように言ってあるから来たときに聞いて見ろよ。それにやはり馬鹿な息子ほど可愛いという奴で、社長はどんどんと金を送ってやっているそうだ。その金も金沢が俺達の金で社長の売れ無い土地を買い上げてやっているそうだ。既に数億円を送金したそうだぜ。」
山口がバーテンにヘネシーを注文して言った。
「でも、それでリゾートマンションにも手を出せたじゃないか。」
「そうそう、それよ。御陰で又々違う方から資金提供を受ける事が出来るようになったから、考えてみたら金沢様々だよ。ははは。」
ブランデーグラスを高々と持ち上げて、乾杯、と言いながら山口がほくそ笑んだ。
「そうですねぇ。市原のマンションも地元の何て言いましたっけ。あの大口投資家。ぽんと4億円を投資するんですからねぇ。都内だけじゃなく近県へと手を伸ばしたのもまんざらじゃ無かったですね。」
横で中村が水割りのグラスを手で包み込むようにして言った。そこへ大きな身体を揺するようにして吉田専務が来た。
「やぁやぁ、すまん。遅くなってしまった。」
「まぁ仕事をしている大会社の専務さんだから仕方がないか。早速だが中村に社長の弁護士息子様の事を話してやってくれ。」
山口がせかせるように吉田に向かって顎を突き出して言った。
「そう専務、専務と言わないでくださいよ。そりゃぁ俺は体型だけは貫禄がありそうに見えるけれど。山口さんが発案者で年上だし、頭も良いし。たまたま話の上で専務になり、山口さんが一番下の取締役になったというだけでしょう。」
「何を今更、そんなことを言うんだ。専務さんは専務さんでいいんだ。御陰で俺も仕事がし易いんだから。映画の配役見たいなもんだ。まぁそれもあと1ヶ月程でハッピーエンドだ。その間せいぜい俳優ごっこを楽しむこった。」
ブランデーグラスを手の中で弄びながら山口が言った。
「えぇっ、あと一ヶ月ですか。」
吉田が重そうな身体を山口に向けて言った。
「そうだ。中村があと10億で予定終了打ち止めだと言った。」
それを聞いて身体を中村の方へと向き替えて
「もう、そこまで進んだのか。中村君よくやった。」
中村の手を握り吉田が言った。
「そこでだ。仕上げを考えている。吉田。中村にぼんくら弁護士の話を聞かせてやれ。」
吉田の後ろから山口が言った。
「そうそう、何しろあのぼんくら息子が弁護士なんだぜ。何という世界になったのだとビックリした。オーストラリアへ出掛ける前に社長からちらっとそんな話を聞いた時は、別に息子がいるのかなと思ったんだが、会ってみてビックリだ。あのぼんくらだよ。しかも以前と全く変わっていない。まぁ社長の裏金で大学も入学し、卒業もしたのだろう。何しろビックリしたものだ。」
「そこでだ。吉田の話は長いから、俺が話す。」
山口が声をかけた。
「そこでだ。社長は可愛い息子が弁護士様に変身した。紛れもない弁護士様だ。でも息子の実体は身にしみて判っている。だから、普通の弁護士を雇って、弁護士事務所を開いてやろうとしている。そうなれば対外的にも仕事こそしない弁護士様だ。しかも事務所のオーナー。俺はこれに目を付けた。」
ここまで言って山口は又々ブランデーグラスの壁を愛おしそうになでこすり眺め、
「我々の役割を社長に担って貰う事にした。」
と言った。
「どういうことなんです。山口さんの話は突飛だから僕らには理解できません。」
カウンターに身を乗り出して、吉田の身体を避けて中村が聞いた。
「簡単な事だよ。今から社長が売りに出している土地が売れて、手にする金が約30億。勿論会社の物件もあるし、個人名義のものもある。しかも、早川建設の実体は談合の発覚で公共工事から総て降ろされたも同然で、仕事と言えば我々が大口顧客だ。今我々が発注を止めれば確実に死滅する会社だ。我々の会社はあと一ヶ月でこの世から消える。必然的に早川建設も消える。そうなると彼はどうすると思うか?」
「そりゃぁ、息子を頼ってオーストラリアへ逃げるでしょうな。」
吉田が言った。
「そこでだ。我々の金の大半は既にスイス銀行に収まっている。一ヶ月後の我々はヨーロッパのどこかで優雅な生活を享受している頃だろう。どうだ、投資家の目はどちらを捜す?」
「なーるほど。我々の罪を社長が背負ってオーストラリアへ飛んでくれると言う事だ。」
吉田が山口の言葉に大きくうなずいて言った。
「そうしたら、今の内に社長の売り物件に関しては大いに協力をした方が良い訳ですね。」
中村も言った。
「そうだ、だから送金も堂々とあからさまに手伝ってやれ。総ての金がオーストラリアに向かって送金されたと見えるようにな。それから吉田。あのオーストラリアに送った4億円はどうした。」
「はい、あれは言われたように、支払代金として香港に作った我々の口座に送りました。」
「それならよし。この際、いっそ捨ててしまってもいいかなとも考えたのだ。」
山口が言ったので
「どうしてなんです。折角我々の金として出来上がった資金なのに。」
吉田が口を膨らませて言った。
「考えてもみろよ。その金の方向が判れば、総ての金額が何らかのかたちでオーストラリア国外へ出されたと見られるだろう。でも香港に支払いしたとなれば実体を掴まれなければ問題は無いだろう。その香港の会社の役員はどうした。」
「それは抜かりはありません。現地でフラフラしている日本人を捕まえてサインさせましたし、現地人役員は港でたむろしている浮浪者に背広を着せて銀行の手続きをさせて来ました。勿論受け取った金はスイス銀行へと自動的に送金されるようにはなっております。もう既に我々の口座の奥深く眠って居るはずです。」
山口の問いかけに吉田が胸を張らせて言った。
「そうなれば、あと目標に達するには5億円弱です。」
中村が吉田の後ろから言った。
「そうか5億程度なら、これからは無理をしなくてもいいな。」
「例の金沢はどうします。」
「心配するな。今からなら何を知ってもどうする事も出来やしないさ。当たり障り無く今までどおり付き合ってやればいいさ。」
山口が言った。
「そうですか。では放っておいていいんですね。」
「そうだ。心配することはない。それよりか、社長がうまく逃げる算段をしてやらなくてはならない。中村。お前は今まで以上に社長におべっかを使って、土地の買い取りや販売の手伝いをしてやれ。営業はお前が指揮を執らなくてもいい程に動いているからな。それに吉田も経理関係はもう重要な時期では無くなった。今月中にもう一度オーストラリアへ運ぶ金の手伝いをしてやれ。お前が元居た銀行もふんだんに使って、ついでに借金もさせてやれ。勿論それもオーストラリアへと送らせるのだ。目標として40億。うんそうだ。40億円を送金させろ。そこまでの金額に膨らませれば、我々の100億がオーストラリアへと行ったと思わせられるからな。」
「なるほどねぇ。よく判りました。さすが山口さんだ。」
二人が感心してうなずいた。
「それに、社長がオーストラリアへと飛んだあと、吉田には重要な役回りがあるんだ。」
山口が言ったので吉田は次の言葉を待った。
「一番の適役がお前だからな。まず行方不明の社長を捜す振りをしろ。勿論俺達も参加する。そこでお前は臨時株主総会を開催して株主に不明金の発表をするのだ。勿論新聞記者なども集まるだろう。一世一代の演技をそこで見せてくれ。俺達は社長の被害者なのだからな。」
「そりゃぁ、最初から予想はしていましたが実際にここまで来ると足が震えます。まぁ任せてください。映画俳優顔負けの演技をお見せしますよ。」
吉田が山口に向かって言った。
「そうか頼もしそうだな。そして会社運営上かなりの支障があるので会社を解散させると発表する。勿論ケンケンガクガクの総会になるだろうよ。そこで株主の中から我々の解雇動議を提出させるように俺が手配する。勿論、我々はそこで解雇され、無一文になって放り出される訳だ。中村なんかそこの壇上で泣け。それもお前の役割だ。俺達は退場する。どうだ。そのご俺達は行方不明になり、ヨーロッパのどこかで優雅に暮らし始める。3ヶ月前に俺がヨーロッパへ行った時に既にバーレーンで大きなマンションを一つ買ってあるから、成田や関空から別々に飛び立って集合地点はバーレーンとする。」
「へぇーさすが山口さんだ。そこまでシナリオが出来ていたのですか。明日からは社長様に御奉仕をしなくちゃなりませんねぇ。バーレーンって僕は行った事無いですけど良い所らしいですね。なんか1ヶ月先が楽しみになってきました。」
中村がはしゃいで言った。
「よし、決まった所で、銀座へ繰り出して一杯いこうかと言いたい所だが、ここは慎重に今までどおりここで解散する事にしよう。君達もバラバラに出て帰るもよし、呑みに行くのも良しとしよう。まず俺から帰るとするか。」
山口は言って立ち上がり、内ポケットから100万円の束を二つ無造作につかみ出し、カウンターの上に放り出した。山口の後ろ姿を見送った二人は同時にその札束に手を伸ばし顔を見合わせてにっこりした。