表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
C2~契約の紋章  作者: 小椋杏
貴族導師と傭兵と
2/7

1.

――最悪だ。


「……なんでついて来るんだよ」

 森へと至る街道に並ぶ、二つの影。小さい方の影は不満そうに隣の影に問う。

「何故って、私は貴方の護衛を任されましたから」

 小さい方より頭一つ分程大きな影は答える。当然、と言うように返された答えを聞き、小さい影の主である少年は、眉間の皺を更に深くした。

「護衛なんて必要ない。だからさっさとどっか行け」

 嫌悪感の塊をぶつけるように、少年は刺々しく言い放つ。

「そうも参りません。依頼の前金は既に貴方の父上である、ブランネイジュ公から頂いておりますから。契約は既に成立しています」

 途中で勝手に破棄するなど、できるわけないでしょう、と大きい影の主である男はまた返す。

(馬鹿言うな、知ってるんだぞ)

 少年は紫色の瞳で、横目に男を睨みながら思う。

(お前達傭兵は、金さえ積まれればどんな仕事も請ける、大きな金をちらつかせれば、契約なんざお構い無し、そんな連中じゃないか)

 少年の刺すような視線にも、男は淡い褐色の目を細め、笑ったままだった。

(ああもう、気に食わない!)

 男の、顔にこびりついたような笑顔を見て、少年の顔はますます不機嫌になっていくばかりである。

「そんな顔をなさらないでください、アルカス様。母上譲りの整ったお顔が台無しですよ」

 アルカス、と呼ばれた少年は勢い良く男の方を振り返った。上品に切り整えられた、さらりとした白に近い金の髪が揺れる。

「気安く僕の名前と母上の話を口にするな! つーか女に吐くような台詞を男の僕に使うな。気持ち悪いだろ」

 少年――アルカスは噛み付くような勢いで言葉を返す。

「母親似、という点は否定なさらないのですね」

 男はやはり笑いながら、そう返した。

(なんなんだこの男は!)

 不快指数に比例するかのように、アルカスの眉根はどんどん接近していく。頭に血も昇ってきているのか、色白の肌は少し赤みを帯びてきていた。


 全く得体の知れない男である。父も何故このような男を雇ったのだろうか。傭兵ならもっと落ち着いた年配の者も山ほどいるだろうに。隣の鬱陶しいのは、見たところまだ二十代も前半程度である。もともと護衛などいらないと主張していたアルカスにとって、この若い護衛はうざったい以外の何物でもない。視界の端に入る、男の纏う長く黒いコートの翻りも、無造作にはねるくすんだ金髪も、目障りで仕方がなかった。


「どこか具合でも悪いのですか?」

 アルカスの苛立ちに更に拍車をかけるように男は問い掛ける。わざとらしくも聞こえる敬語は、耳障りで仕方がない。アルカスは苛立ちを紛らすように、少しずつ早足になりながら言葉を返す。

「ああ、今とても気分が悪い。寧ろ機嫌が悪い」

「おや、そいつは大変ですね」

「お前が消えれば治る気がする。いや、絶対治る。だから僕の視界からさっさと消えて無くなれ」

「ならばご自分の力でそうなさればどうです? ――魔導師見習いのアルカス様」

 男は笑顔で――しかしどこか挑戦的な声色で、言葉を返した。アルカスは小さく舌打ちをする。

「……できるなら、とっくにやってる。……それに間違えるな。僕は魔導師じゃない。『聖導師』、だ」

 そう言って睨んでやると、男は肩を竦めて「これは失礼」と言った。

「導術を使えない私には、いまひとつ違いがわからないもので」

 背に負った、どちらかといえば細身に分類されるだろう体格には似合わない、大剣を指しつつ、「ご覧の通り、腕っ節だけが取り柄ですので」と言う男に、アルカスはこめかみが引き攣るのを感じた。

「……『魔導術』は破滅の導術、『聖導術』は創造の導術だ。名前が似てるからって一緒にするな。」

 そもそも、術の『導力源』だって全然違うだろ、とアルカスは続ける。

「と、申しますと?」

「魔導術は、術者の生命エネルギーをその力の源にするのに対して、聖導術は術者の精神エネルギーを源にする。……ていうかお前、本当に何も知らないわけ?」

「ええ。いや、勉強になりましたよ」

 悪びれる風もなく、男はそう答えた。

「……それで導師の護衛だなんて、聞いて呆れるな」

 人選ミス、なんてレベルじゃないぞとアルカスは心の中で父親に悪態をつく。

「とりあえず、導術の乱用は魔導、聖導、にかかわらず、術者の身を危険に晒す、ということでしょう?」

「え……」

 男の言葉に、アルカスは思わず言葉を詰まらせた。触れられたくない部分を突かれたような、嫌な、それでいて、奇妙な感覚。本当に何も知らない人間から、こんな台詞が吐かれるだろうか、と。

「黙っていらっしゃるところを見ると、図星のようですね」

「…………」

 当の男は、父上殿が護衛を何としてでもつけようとした理由がわかりました、と一人で納得しているようだ。

 たしかに。

 たしかに、導術は使いすぎれば術者の身を滅ぼす危険性を孕んでいる。


 生命エネルギーを媒介とする魔導術であれば、術者の生気を刈り尽くす。

 精神エネルギーを媒介とする聖導術であれば、術者の正気を刈り尽くす。


 そんなリスクを併せ持つ術の修業に向かう息子を、不安に思わない親がいないはずがない。そんなことは分かっている。――ましてや、一貴族の一人息子ともなれば、尚更である。そんなことは、分かって、いる。

「……人を馬鹿にするのも、大概にしろ」

 アルカスは立ち止まり、ぼそりと言い放つ。そして振り返り、やや後ろを歩いていた男の顔を、正面から睨みつけた。

「馬鹿にしているつもりはありませんが」

 男は尚も笑顔を崩さない。それが更にアルカスの神経を逆撫でる。

「僕は、正気を無くすほど術を乱用するような、そんなヘマはしない」

 男を睨む紫色の奥に、明らかな怒りの色が滲む。父はやはり、自分を信じてはくれていなかったのか、という失望にも似たような感情が、アルカスの中では大きくなりすぎていた。そこにこの男の、この態度である。

「今すぐ消え失せろ。でないと――」

 刹那、終始笑顔でいた男の目の色が変わった。こちらの怒りが一瞬にして畏れに変わってしまうような、殺気。淡い褐色の瞳には、先ほどのへらへらとした笑顔は面影すらない。

「な……」

 何、と聞く前に、アルカスは現状を把握した。辺りには、鬱蒼と生い茂る樹木が立ち並んでいた。いつの間にか、完全に森へ入っていたのだ。

がさり、と背後で何かが動く音がする。そして聞こえる、低い呻きのような声。

「アルカス様、お下がりくだ――」

「手を出すな。これくらい、一人で片付く」

 白い手袋を嵌めた片手で、アルカスは男を制す。そして、丁度いい、と言わんばかりに腰に帯びた剣に、同じく白い手袋の、もう片方の手をかける。抜くと同時に、潜んでいた獣が飛び出した。

「――グレームかっ!」

 昔、文献で得た知識を元に、対峙する相手を判断する。この気の早い獣は、たしかに肉食だったな、などと思い出しながら、アルカスは剣を握る手に力を込めた。

(こいつは体躯は大きいけれど、動きは鈍かったはず……)

 相手の振るう太い腕を剣で受け止め、弾き返す。小柄な身体に受ける衝撃は、思っていたよりも大きい。しかし、グレームが再び腕を振り上げ、近づこうとするより先に、アルカスは剣を構え直した。

「――光神よ、汝の力を貸し給え」

 厳かな口調で、アルカスは言葉を唱える。アルカスの声に呼応するように、剣は白い光を帯びた。元々白に近い金の髪や、色白い肌は、この光を受け、一層白さを増し、どこか神々しささえ感じさせるようであった。

(集中しろ、集中するんだ……)

 アルカスは目を伏せ、集中力を高める。強がった言葉を吐き続けていたとはいえ、アルカスにとって、実戦というものは初めてである。逸る鼓動を落ち着かせながら、アルカスは精神の安定に努めた。精神エネルギーを媒介とする聖導術にとって、精神を安定させることが重要であるのは言うまでもない。

 弾かれたグレームが腕を振り下ろす。同時に、アルカスは剣を地に突き立てる。瞬間、剣の帯びた光は拡散し――次には、アルカスを覆うように集合した。

 文字通り、光の盾となったのだ。

 光に腕を弾かれ、目を眩ませたグレームに、アルカスの剣が突き立てられる。グレームは低い呻きを上げ、地に伏し、そして、すぐに動かなくなった。


「お見事なものです」

 小さく手を叩きながら、男は言った。

「急所を一撃、とは、伊達に道場剣法を学んでいたわけではないようですね」

「黙れ。これでわかっただろ」

 アルカスは剣を鞘に納めながら、男の方を向いた。先ほどの真剣な表情は幻だったのか、男はやはり、 あの苛立たしい笑顔に戻っていた。

「……護身の為の剣術だって、ちゃんと習得してる。だからお前は必要ない」

 少し疲れたように、アルカスは言い放った。

「あの光が、聖導術ですか?」

「……聖導師は生まれた時から光神との契約を交わしている。その神から借りた力が具現化したのがあの光だ。……まあ、あれが聖導術の根源そのものとでも思ってればいい」

 溜息混じりに、しかししっかりと、アルカスは質問に答えた。

「……とにかく、導術と剣術で、十分に身は守れる。今ので理解できたろ」

 心底だるそうに、アルカスは男に言う。

「確かにわかりました。……ただ、随分効率が悪いようにも思えましたがね」

 男の言葉に、アルカスはまた舌打ちをする。

「……基本的に聖導術は、直接的な殺傷能力を持たないんだよ」

「すると、護身に特化した術、という事でしょうか」

「そう。あとはケガの治癒とかな」

 そう言いながら、アルカスは剣の柄に目を向ける。簡易な装飾の施された柄には、色を失ったかのような、無色透明のガラス球が、幾つか埋め込まれていた。

「……各聖地を巡って、四大神との契約を交わせば、少しは攻撃にも応用できるんだろうけどな」

「その為の修行の旅なのでしょう?」

 独り言のつもりが、男に言葉を返され、アルカスの苛立ちはまた増した。

「お前には話してない!」

 が、睨んで言おうが、男は全く動じない。

「いやあ、大貴族の子息様の、このユトレシア中を巡る旅に同行させていただけるなど、誠に光栄なことと心得ております」

 それどころか、もはや嫌味のようにしか聞こえない、低姿勢な台詞が返ってくる。

「僕はお前の同行なんて、認めてないからな……!」

 そう言うとアルカスは、大股でずんずんと前へ歩き進んでいった。

「……まったく、気の強い導師な事だ」

 男は困ったように肩を竦め、黒いコートを翻しながら、アルカスの後を追った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ