1話 轢かれたらって異世界転生できると思うなよ(前編)
CASE1:一戸 耕平
「……あれ?
ここ、どこ?
僕、確か学校の帰りにトラックに轢かれて……」
重厚な扉を潜り抜け、ブレザーを着たごく普通の高校生が今、僕の前に立っている。
グレーのパーテーションに囲まれた、どこにでもある味気ない事務室のようだ。
窓の外は、ただどんよりとした灰色の『無』が広がっていた。
彼の名前は一戸 耕平。
彼は不安そうに周囲を見回している。
どこにでもいる、大人しそうな高校生に見えた。
「はじめましてぇ、一戸くん。
僕は査定課の平と言います。
単刀直入に言うけど、ここは死んだ人が来る場所なんだ。
君はトラックに轢かれて死んじゃったんだよね。
だから、君の魂を今からあるべき場所へ送る。
それが僕の仕事なんだ」
「そう…ですか……。
僕、死んじゃったんですか……。
あ、でもっ……もっ…もしかして!」
急に目を輝かせる一戸。
「トラックに轢かれたし、突然死だったし、僕は平凡な高校生だし…。
僕、『異世界転生』……できるんですか!?」
(はぁ〜、またかぁ……)
僕は手に持っていたペンをくるりと回しながら、心の中で深くため息をついた。
トラック、突然死、平凡な高校生。
テンプレを詰め込んだような妄想に目を輝かせる亡者を、僕は冷めた目で見つめる。
こうしたやり取りは、一度や二度ではなかった。
「異世界転生……ね。
最近、人間の生者の間では、そういう物語が流行ってるんだよね。
……うーん、君の生前の生き方とデータを見させてもらったんだけど、君の行き先は『畜生道』で決まりなんだよねぇ。
ってことで、じゃあね〜」
僕はサクッと事務的にタブレットの確定ボタンを押し、笑顔で手を振った。
「……は、え?ちょ、ちょっと待ってください」
一戸は一瞬あっけに取られたあと、眉をひそめて急に態度を一変させた。
「僕が畜生道?
冗談でしょ?
畜生道って何?
なんで僕がそんなとこに行かなきゃなんないんだよ!
僕は学校で真面目にしてたし、警察に捕まるようなことだって何一つしてない!!」
さっきまでの希望と不安が入り混じった顔は消え去り、露骨にイキり散らかし始める一戸。
「確かに……、君は『現実世界では』大人しい人間だと思ったよ。
でもさぁ……」
僕はタブレットの画面を一戸に向けて突きつけた。
そこに並んでいるのは、彼が裏アカウントで投稿し続けてきた膨大なSNSでの書き込みログだ。
「これ、全部君だよねぇ。
SNSや掲示板で、特定のタレントやアイドル、アニメの制作者に対して、毎日毎日『死ね』『消えろ』といった面白みのない短絡的な言葉や、『才能ない』『誰もお前のことなんか求めてない』っていう罵詈雑言を撒き散らしていたよねぇ?」
「な……ッ!?」
一戸の顔が一気に青ざめる。
「あはは。
SNSまでチェックされてるなんて思ってなかったのかなぁ?
君が暇つぶしや鬱憤晴らしで投げかけたその言葉で、傷つき、活動休止に追い込まれたアイドルがいる。
精神を病んだタレントもいる。
彼ら自身も、そのファンたちだって傷ついていたことを知ってた?」
「それが……それが何だよ!?
ネットの書き込みなんて皆やってるだろ!?
表現の自由だぞ!?
たかがネットの言葉くらいで勝手に傷ついてる方が、メンタル弱い方が悪いんだ!
僕の書き込みが誰かを傷つけただと?
んなわけねぇだろ!
この世にどんだけSNS使って書き込む人間がいると思ってんだよ!
世間知らずなんじゃねぇの?
この仕事できねぇ平社員がよぉぉお!」
一戸は開き直り、顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら叫ぶ。
「……そうやって、自分が顔を隠して投げた言葉の重みも分からず、他人の痛みも想像できない。
本能のままに他人を攻撃し、傷つける……。
それはまさに、本能にしか従えない『獣』と同じだよ」
僕は冷ややかな視線を一戸に向けた。
「ふざけるなぁぁあ!
そもそも、こういう裁定は閻魔大王がやるもんだろ!?
お前は何なんだよ!
お前が僕の未来を決めんな!
上の奴を呼び出せ!
僕には異世界に行く権利が絶対にあるんだ!
トラックに轢かれた被害者なんだからな!」
一戸はこちらに飛びかからんばかりに抗い、荒い鼻息を吐きながら暴れ出す。
だが、彼の足元から突如として禍々しい黒い泥のような手足が無数に伸び上がった。
ギュウゥゥ……!
無数の手が、一戸の足首、太もも、胴体をしっかりと掴んだ。
「うわっ!? なっ……、なんだこれ!?
放せぇぇえ!やめろ!嫌だ! たっ……助けてくれ!!」
ズルッ……ズルッ……
泥の手足を必死に振り払おうと暴れる一戸だが、力は届かず、床の暗闇の中へ引きずり込まれていく。
僕はデスクの端に肘をつき、沈んでいく彼の顔を見下ろしながら淡々と口を開いた。
「あっ、そろそろ時間だ。
別れの土産として教えておいてあげよう。
閻魔大王様は大変お忙しい方だから、基本、僕たちみたいな査定課の平社員が、君たち『死んだ人間』の情報を精査して、最後にハンコを押してもらうだけなんだよね。
つまり、ほぼ僕ら平社員の決定が判決そのものってわけ。
あと、君みたいな外に出して恥ずかしい人間を異世界に送れるわけないでしょ?
異世界転生できる人間なんて、たま〜〜〜〜にいるかいないかくらいだからね。
トラックに轢かれたからって、君のやってきた悪行は消えないんだ。
まあ、自分の『業』とじっくり向き合えたら終われると思うからさ。
ふぁいと〜」
「ふ……っふざけるなあああぁぁぁ!
この平社員ごときがぁ”ぁ”ぁ”ぁ”!!」
泣き叫び、首まで闇に沈みながら必死にデスクの端を掴んで抗おうとする一戸だったが、その指先は虚しく滑り、最後は髪の毛一本残さず暗闇の底へと引きずり込まれて消えていった。
ガチャン、と重い音がして部屋に再び静寂が戻る。
「……ふぅ。本日もお疲れ様でしたー」
僕が一息つきながらおしるこ缶のプルトップを開けると、棚の上に飾られた木製のコケシがカタカタと首を揺らして喋り出した。
『ふん、相変わらず容赦のない奴じゃ。
しかし……あやつも生前、もう少しマシな生き方は出来んかったのかのう』
「まぁ、こういう匿名で人を非難したり攻撃する奴って、大抵、孤独な人間なんだよね」
『……孤独、とな?』
「そう。
現実で誰にも見てもらえないから、ネットで他人を叩いて反論してもらうことでしか、誰かに構ってもらえないんだよ。
きっと彼……一戸くんは……心から繋がれる相手がいなかったんだろうなぁ。
超カワイソー。
だからと言って許されるわけじゃないけどね」
『家族も、友達も、おらんかったのかのう?』
「うーん、いなかったみたいだねぇ。
あはは、カワイソ〜」
『全然思ってないじゃろ』
コケシのツッコミを無視し、僕は空になったおしるこ缶をゴミ箱へ放り投げ、静かに息を吐いた。
【六道輪廻】
地獄道
餓鬼道
畜生道
修羅道
人間道
そして、———天道。
死んだ者の多くは、生前の行いによってこの六つの世界のいずれかに振り分けられる。
最近の死んだ者たちは「死んだら異世界転生してチート無双できる」なんて本気で信じているようだ。
———が……。
そんな上手い話はない。
現実はそんな甘くない。
ほとんどが修羅道以下に転生する。
その転生先の決定権は、誰もが知る『閻魔大王様』にあるとされているが、毎日毎日世界中で死んでいく膨大な数の人間を一人で裁判できるわけがない。
だからこそ、僕のような『六道輪廻・管理省・査定課』に勤める平社員が、対象者の生前の行いを調査、整理し、振り分けているのだ。
ちなみに、異世界転生が存在しないと言っているわけではない。
ただ車やトラックに轢かれたからといって、「はい、異世界転生」というような特別待遇を受けられるわけがない。
異世界に転生できる。
そんな特別な人間は一億人に一人いるかいないかなのだ。
(実際、僕も面白そうだなぁと思って、何人か転生申請してみたけど……。
全滅だったもんなぁ〜。)
『おい平、何を一人で物思いに耽っているのだ。
サッサと次の亡者を裁いて今日の仕事を終わらせんか!』
「分かってますよー、コケシさん」
僕は次の書類をめくった。
「さて……次の亡者は誰かな」
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