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時間遡行の魔女

作者: オゴポゴロウ
掲載日:2026/07/24

「お前……何を……。」


上手く呼吸ができず、声が掠れる。

私は先程何者かに攻撃され、毒薬を飲まされたばかりだ。


私を襲った男の顔は、暗雲のせいではっきりとは見えなかった。

体が痺れて、相手のフードを剥ごうにも難しい。


(死ぬ……のか?私は……。)


「ごめんね、もう少しの辛抱だから。」


その声は優しくて、聞き覚えのある声だった。


「レオ……?」


その名を呼んだ瞬間、まるで桃のような甘い香りがして、視界がぐらりと揺れる。

フードの男が分裂して見え、このままでは意識が飛んでしまうと、そう思った。


(まずい……!)


混沌とする意識の中で「ま……き、もど……れ。」と呟く私。

すると青い光が私を包み、世界は光で満たされる。


(間に合った……!)


心の中でそう安堵した。


……


「はっ!」


目が覚めると、私は夕日の差すラボの机に伏している。

目の前には開発したばかりの「時間遡行装置」が置いてあった。


(プロトタイプはこんな大きかったんだっけか。)


「良かった、私が死んでしまえば世界の損失だぞ。」


深いため息と共に起き上がった。「サラ・アシュリー」、それは世界有数の財閥すら欲する天才の名で、私の名でもある。


私はラボにあるスイッチを押す。すると、電球がポウッと点った。

そう、これこそ我が子である。「誰にでも扱える魔法」という新しい分野、「魔法科学」に魅せられた私は、17歳という齢にして数々の発明品を世に送り出していた。


時間遡行装置は私の手掛けた最新作。「巻き戻れ」と唱えた者を過去に連れていってくれる。

装置のダイヤルには、0506と刻まれていた。


(作ったまま動かしてなかったから、この装置が産まれた日に戻ってしまったか。)


こんな物を開発してしまったのだ、今すぐにでも発表したい所だが……この装置には大きな欠陥がある。

だから作ったは良いものの、長い期間持て余していた。


(まさかこんな形で使う羽目になるとはね。)


私は1ヶ月後、殺される。しかも……幼なじみの「レオナルド・オーウェン」という男に、だ。


レオとその家族にはかなりの恩がある。

彼とその父が私の発明品を気に入り好条件で売買契約を結んでくれなければ、私の名はここまで売れていなかったろう。


(レオが私を……殺そうとした?どうして……。)


レオは優しくて明るい人気者で、人を恨むような性格でもない。

最近忙しくて口もきけていないが、私と彼には確かな絆があると勝手に思い込んでいた。


思い悩んでいた時、ラボの扉を叩く音がする。

まだ許可を出す前からドアはガチャリと開き、銀髪に蒼い目の男が顔をのぞかせた。


「やあ。やってるか?」


この男は私の出資元、「アベル」だ。

学園の生徒会長にして高貴な血筋のおぼっちゃま。

私はこの手の人間は好かんのだが、開発にはどうにも金がいる。

だから表向きは愛想良くしていた。


「生徒会長、ラボとはいえ許可を待たずに女子の部屋に入るとは。そんなことですと婚約者候補も見つかりませんよ。」


「はは、相変わらず可愛くないな。お、見たことのない装置だ……今回は何を作ったんだい?」


アベルが涼しい笑顔を浮かべて尋ねてくるので、私は数秒考える。


偏屈、傲慢、変人の3拍子が揃っている私には、友人と呼べる者が一切いない。

レオとの交流が減ってから、主に話すのはこの男か教師くらいのものであった。


(説明がてらこの男に何があったかを話してもいいだろう。生徒会長だって出資している人間に死なれては困るはずだ。)


この装置の機能と1ヶ月後に起こるであろう事件をアベルに話す。彼は最初こそ涼しい顔で聞いていたものの、段々と顔を曇らせていった。


「それは……本当かい?出来事もそうだけど、時間遡行ができるというのも信じ難い。」


私は何とか会長の信用を得ようと頭を捻ってから「白馬の購入を考えているでしょう。今から1週間後にあなたに乗馬に誘われそれはもう執拗に馬に乗ってる様を見せつけられました。」と言い放つ。


会長は目を見開き、「なるほど、性能は本物みたいだ……君の感受性の無さもな!白馬に乗っている僕を見て何も思わないとは。」と赤い顔で悪態をついた。


(何不貞腐れてるんだ、こいつ……。)


「しかし、レオナルド君が君を殺したという話にはいささか疑問が残る。あまり他人を褒めたくないが、あの男には毒気というものが微塵もない。誰かを殺したいほど憎む性格には見えないな。」


「……事情が深そうですね。」


顎に手を当てながら口にする。アベルも少し眉を下げ「そうだな、もしかしたら勘違いや人違いかもしれないし……君の無神経さに愛想を尽かせたのかもしれない。」と言った。


「なっ……!?レオは私ともう17年も一緒なんですよ!?愛想を尽かせるなど……!」


「君はそう言うが……僕はレオナルド君とサラが話しているところを一度も目にしてないものでね。最後に話したのはいつなの?」


「……半年くらい……前です。」


「それ見たことか。レオナルド君の機嫌でも伺ってきたらどうだ?一応僕もついて行ってやるから。」


私は「ありがとうございます……」と呟き席を立つ。


その時、アベルが「なあ」と口にしたので顔を見上げた。


「僕は……乗馬の後、君に何か伝えなかったか?」


珍しく真剣な顔で言うので、私はハッとして「跪き、君の人生を僕にくれと言われました。」と答える。

みるみる内にアベルの白い肌が赤く染まり「君は……なんて返した?」と尋ねてきた。


「学生の内から一生涯にわたる専属契約を結ぶのはリスクが高いので見送りますと答えましたが。」


それを聞いた瞬間、アベルは深いため息をつき「……行こう、時間は有限だ。」と低い声で呟く。


(なんだよそのだめだこいつ、みたいな反応は。)


少し不服に思いつつも、私はプロトタイプの時間遡行装置を小脇に抱えアベルの後をついていった。


その後、学校中を探すもレオの姿はどこにもない。


「変だな……本当にどこにもいない。サラ、君きっと避けられているんだな。」


アベルをギロリと睨むと、彼は「怖い怖い」と言いながら時計を見た。


「……すまない、少し生徒会に顔を出さないと。気をつけて帰れよ、雲が少し出てきたから。」


アベルは空を見上げる。私が殺されかけた日を想起させる灰色の雲を見て、アベルと別れてから足早にラボへと足を向けた、が……


(くそ、通り雨……!)


本来ならばこの日、私は1日かけてラボに籠り完成した時間遡行装置に「誕生日おめでとう」と言葉をかけたり歌ってやったりしていた為、雨に降られることはなかった。


(プロトタイプの時間遡行装置は水に弱い、避難せねば!)


運動グラウンドを抜け中庭を走っていると、温室が目に入る。私は急いでそこに逃げ込んだ。


そして、その先に……奴はいた。


「レオ。」


赤髪で泥が付いた長靴を履いたその男は、こちらを見てエメラルド色の目を見開き、「君も予報に騙されたりするんだ。」なんて言って笑っている。


「……バカに……しているのか……?随分楽しそうじゃないか……。」


息を切らしながら言う私。君を見つけるまでにどれほどの時間がかかったと思っている。

どこを探してもいないはずだ、こんな園芸部くらいしか利用しないような場所で一体何をしていたのか。


「馬鹿になんかしてないよ!サラに会えて嬉しかっただけ。大丈夫?それ、発明品でしょ。」


レオは言いながら、魔法で私の体を乾かしてみせる。


「……馬鹿だな、君は。くだらないことで魔力を消費すると死ぬぞ。それにラボの鍵を渡したろう、会いたいならいつでも会いに来ればいい。」


レオには、昔から患っている病があった。

加齢と共に魔力が無くなるという恐ろしい病気だ。


「ああ……ごめん、忙しくて。それにくだらないことじゃないでしょ、うちの特待生が風邪ひいて熱を出す危機だし、発明品がダメになる危機だった!生徒として見過ごせない、ね?理屈は通ってる。」


レオは勝手な持論を展開しニヤリと笑う。

そして私はその言葉を聞いて、深く安堵していた。

雨に降られたくらいで風邪をひく心配をするくらいだ、やはり彼は私を殺す気なんてない。


レオはにやける私を不思議そうに眺めてから、「次は何を作ってたの?」と尋ねてきた。


「時間を……遡行できる、装置だ。君は1日24時間じゃ足りないと思ったことはないか?私はある!だから作ってみたという訳さ。」


得意気に見せびらかすも、レオは少し目線を動かした後で「無いなぁ、俺はいつも満たされてる。」と寂しげに口にする。

そして目の前に咲いていた青白い花を手折った。


「えぇ……?本当に?本当にないのか!?風呂にもっとゆっくり浸かりたいとか、もっと沢山寝たいとか、友人と過ごす時間が欲しいとか!」


「そういうのは限りある中でやるから意味があるわけで……はは、そんな顔しないで。ごめんね、サラの発明は素敵だ。」


半年ぶりにやっとゆっくり話せたにも関わらず、レオはあまりに飄々としている。

こちらに目もくれず、花を雨にかざして目を細めていた。


それがまるで「お前と会えなくてもなんの問題もない、花を見てれば十分。」と言われてるようで少し癇に障る。


(一応……私のこと恨んでないかとかも確認しておくか。)


「雨はまだ止みそうにもないのだから、そんなもん眺めてないで話でもしようじゃないか。」


「そんなもんじゃないよ、ゲッカソウって言う……あ、ちょっと!」


私はレオの手を引き、温室内のベンチに腰掛ける。


「どうなんだ、その……体調は。」


切り出すと、レオは吹き出してから「お父さんみたい。」と呟く。


気恥ずかしさからか、次の言葉が出ず固まってしまった。


「元気だよ。前にも言ったけど、魔力が無くなってくって言ってもちょっとずつ。焦げた物を毎日食べてたら体には良くないけど、すぐ命に関わるわけじゃないでしょ?同じこと。」


「そうか……。」


「サラは最近どう?その発明品、実用化できそうなの?」


尋ねられ、バツが悪くて俯いてしまう。


「これは……その、欠陥品でな。魔力の上限値を削ってしまうんだ。まあ、微量ではあるが。」


「寿命を削っちゃうってこと?」


「そうだな、そういうことだ。」


魔力は、命と繋がっている。それが削れるということは、生きる力を削ると同義だ。

この装置の効果は画期的だが、安全とは言い難い。


「でも時間遡行できるなんてすごい!未来にも行けるの?」


「ああ、未来にも過去にも行ける。」


「未来だったら……俺も行ってみたいかも。サラがどんな発明してるか気になるから!」


「……そんなもん、これから嫌という程見せてやる。君の好きなキャンディマシンとか、自走する小さい馬車とか……。」


「いつの話してるのさ。」


レオが可笑しそうに笑う。――そうか、この男ももう、そんなもので喜ぶ歳ではない。


雨はまだ止む気配がなく、硝子製の天井を雨の音がポコポコと叩いている。

隣にはレオがいて、他には誰もいなかった。


私はそれに少し安心して、彼の肩に寄りかかる。


「……どうしたの?」


「最近ろくに寝れていないんだ。悪い大人が私の才能に目をつけたせいでな……発明したくないものまで作らされそうになる。」


「……例えば?」


「バンシー財閥って知ってるか?」


「うん。知ってるも何も、俺の家はその傘下だし。」


「そこが、妙に物騒な発明を要求してくるんだ、とんでもない額でね。

引き金を引くだけで心臓を貫く小さな銃とか、乗ると透明になれるほうきとか。」


震える私の手を、レオは優しく握り

「受けなくていいよ、そんな依頼。俺はサラの幸せな発明が好き。」と答えた。


レオの手は、陽向のように温かい。

そのせいかはわからないが、私は不覚にも彼の肩で微睡んでしまう。


でも……レオがもし、私を殺す気なら。

きっと今殺してる。だから死ぬ間際聞いた優しい声は、彼のものじゃなかったのだろう。


「夜、嫌な夢を見るんだよ。私の発明品が人を沢山殺す夢だ。私は、そんなことに才能を使いたかったわけじゃない。ただ、魔力の無い人間にも、魔法が使えるようにと……ずっと……。」


「じゃあ、次にサラが悪夢を見そうな日に、寝かしつけに行こうかな。まだ好き?長靴を履いた猫の話。」


「……君こそ……いつの話を、してるん……だ……。」


そのまま眠ってしまい、目が覚めた時。

空は暗くなっていて……隣にレオはいなかった。


時間遡行装置も膝の上に置いてあって、壊れている様子もない。


(あれ?日付……6月24日だったか?脇に抱えていたせいでダイヤルが動いたかな。)


そこだけ不自然に思いはしたが、私の脈にも異常はなかった。


(良かった、やはりレオは私を殺してなんかいない。)


足元にコツン、と何かが当たる。

見ると、ランタンの中に魔法の火が点っていた。


「馬鹿だな……貴重な魔力を無駄にして。」


手に取り、まっすぐラボに帰る。そしてそれを置いた時……気付いた。


【6月6日、絶対に一人で過ごさないで。】


砂埃の溜まったガラスに指で描いたであろう文字が浮き出る。


「なん……だ、これ。」


それはまるで、1ヶ月後私が誰かに殺されるのをレオが知っているかのように思えて首のあたりがゾクリと冷たくなるのを感じた。


――真相を確認しようにも、レオは今度こそ学校のどこにも姿を見せなくなってしまう。

アベルが家を訪ねても「しばらく帰ってない」と答えられたそうだ。

霧のように消えたレオを心配しつつも、私は言いつけ通り暫くの間アベルと行動を共にしていた。


「これでいいですか?手写ししなくても版画のように資料を複製できる機械です。……悪用しないでくださいね。」


きたる6月6日の放課後、私は生徒会室で発明品を披露する。

部屋にはアベルだけが残っていて、嬉しそうに拍手していた。


「ありがとう!これで生徒全員に書類を手渡せるようになった!」


「会長の残業も減りますね。いつもこんな遅くまで残っているんですか?」


「ああ、まあ……生徒会のメンバーには沢山時間を作ってやりたいんだ。どうせ僕の家はもう当主が決まっていてなんの期待もされてないし、僕は頭がいいあまり復習も必要としないから。」


かっこいいんだか悪いんだか分からないセリフを吐いてから、アベルは私を見て「まだ心配かい?レオナルド君のこと。」と呟く。


「心配……ですよ。時間遡行前にはレオが行方不明になることなんかなかったのに。」


指を突き合わせながら言うと、アベルは突然私の手を握った。


「なんですか!?」


「こんな時に言うことじゃないかもしれないけど、僕は……君を慕っているよ、サラ。」


あまりにも唐突な愛の告白を聞いて、一気に体温が上昇する。


「本当に今言うことじゃないです!一体何を企んでるんですか!?」


アベルの手を振りほどきながら言うと、彼は少し目を泳がせ「大事だろ。ちゃんと気持ちを伝える……って。」と小さな声で口にする。


「気持ちを、伝える……」


「結局は自己満足だが、全部終わってから何もせず後悔するくらいなら言っておきたいだろ?……それにほら、君って本当にはっきり言わないと伝わらないからさ。自分の気持ちにも相手の気持ちにも疎すぎる激ニブ女に惚れると苦労が絶えん。」


告白されたかと思えば小言を言われ、情緒を乱されてしまう。


「悪かったですね、激ニブで!私は会長がいい人なのか悪い人なのか非常に分かりかねてます。」


「どっちでもないよ、白黒つく人間の方が稀だ。……君もちょっとは気持ちを伝える習慣を付けた方がいいぞ、後悔のないように。」


アベルに言われ、少し考えてから「会長、いつもありがとうございます……。」と呟く。

そして、告白に対しどう答えようか迷っていると「告白への返事は不要だ、もう分かりきってる。」とキッパリ言い捨てられてしまった。


帰り道、アベルの後ろを歩いていた時……黒いマントの裾が廊下の端にちらついたのが見える。

彼もそれに気付いたのか、かなり警戒していた。


アベルが何かを唱えると、廊下や階段が埋まるほどの蔦を召喚する。階段の方へ逃げたと思われる何者かの悲鳴が聞こえてきて、思わず顔を見合わせた。


二人で声のした方へ走ると、蔦に絡まった黒いフードの男がもがいているのが見える。


「……同じだ、レオらしき男と同じ服を着てる。」


それを聞いてアベルはゆっくりフードを外した。


レオの顔が覗いたらと思うと怖くなり、一瞬目を細める。……しかし出てきた顔はレオに似ても似つかない仏頂面の男だった。


「……君は?」


アベルが尋ねると、男は名乗りもせず「愚かな魔女め。大人しく金を受け取れば良かったものを。」と私を見て吐き捨てる。


「は……?彼は一体なんの話をしているのか……。」


「身元を調べるか。」


アベルが男の持ち物を探っていた時、懐からライターが出てきた。

そこにはレオが手折っていたあの青白い花が描かれている。


「ゲッカソウ、バンシー財閥のエンブレムだ。君、この財閥と関わったか?」


その言葉に血の気が引く。そして「しつこく依頼されていましたが、断っていました。」と答えた。


「繋がったな。大方、君を拉致でもして発明を無理やりにでも作らせたかったんだろう。」


「拉致して……発明を……。時間遡行をする前、レオはこいつと同じ服を着ていました。彼も私を拉致するつもりだったのでしょうか?」


「拉致するつもりなら、殺しちゃまずいだろ。」


私はそこで、やっとレオの狙いに気付く。


「! そうだ!殺しちゃまずいから、殺されたんです!」


「どういうこと?」


「死んだら発明ができないでしょう?だから量を調整した毒薬を飲ませ……仮死状態にしたのだとしたら?」


「……なるほど。こいつらの目的は失われ、撤退せざるを得ない。」


(やっぱり……レオは私を殺そうとなんかしてなかったんだ……!)


――その後、バンシー財閥の回し者かと思われる男は警察に引き渡された。

しかし男の独断ということで処理され、財閥に調査は入らなかったと聞く。


私の周りではもう不穏なことは起きず、時は驚く程平和に過ぎていった。

暫くレオの家にも通ったが、依然としてレオの足取りは掴めない。


心に澱を残したまま迎えた6月の24日、レオの訃報が届いた。


何度も名前を読み直したし、何度も送り主を確認したが……間違いない、レオの家のものだ。


……レオが……死んだ?


「魔力がなくなってしまう奇病だったようです。」


「……馬鹿だな。」


私はそれを聞いて、雨に溶けるくらいの小さな声で呟いた。


葬儀は墓地で行われ、遺体があるか不安だったが、レオは黒い棺の中で青白い「ゲッカソウ」に囲まれ、寝息が聞こえてきそうなくらい安らかに眠っている。

近くで花を手向けた時、微かに甘い香りがした。


(この香り……知ってる。本当に、レオは病で死んだのか?まさか、病気に見せかけて殺されたんじゃ……。)


レオは人望に厚い男だったこともあり、若い男女が彼を前に泣き崩れている。


ずっと、空は澱んでいる。太陽が死んだと言わんばかりに泣き続けているみたいだと、そう思った。


……


「サラちゃん、あのね……レオが死んだ時、警察にレオの遺品を没収されちゃったんだ。

レオに……一体、何があったんだろう?」


レオの親父さんはそう言って震えている。

確かに不気味だ、レオは恐らく……バンシー財閥内部に潜って何かを調べていたのかもしれない。


「辛いだろう、サラ。」


葬儀の後、アベルがそう言って私に傘を差す。


「私がそんなことで感傷に浸る人間だと思うのか。心外だな……こんな物必要ないよ、どけてくれ。」


傘を避け、ラボに戻る。

――そうだ、私はこのようなことで泣いたりするような女ではない。


電気を点けて机に向かう。窓ガラスを叩く雨の音が、レオとの最後の会話を思い出させた。


レオの言葉も、手の温かさも、優しい声も。

全て思い出して、唇を噛む。もっと話せばよかった、眠らなければ良かった。

そうすれば、レオと最後に話した時間がもっと沢山できたのに。


発明品の点検をしていると、そこに数滴水が落ちる。


「ああ……濡れたままラボに入ってしまった、私としたことが。」


髪を乾かすのですら、今日は面倒に思える。

ラボは湿り気厳禁。発明を壊してはいけないと、ラボを出て自室のソファで横になった。


……その日、また夢を見る。

私の発明した商品が人の胸を貫き、命を蹂躙する夢を。


(まただ……やめてくれ、争いの為に私の才能を消費するのは。)


そう心の中で呟いた時、1匹の猫が出てきて、私の発明品を悪用する大人を蹴り上げた。


(え……?)


その猫は長靴を履いていて、凛とした顔でこちらを見ている。


(長靴を……はいた、猫……。)


幼い頃好きだった寓話だ。知恵は富に勝る、魔法科学に通じるそのメッセージ性が好きで何度もレオに話してもらったのを覚えている。


ゆっくり目を開けると、暗い夜の闇に微かな輪郭が見えた。

指でなぞると、レオは寓話を語っていた優しい声で「起きちゃった?ごめんね。」と言う。


合点がいった。あの最後に話した日……レオは、6月の24日に飛んだのだ。


「馬鹿だな……。魔力を削ると言っただろう、こんな……くだらない、ことで……。」


「くだらなくないでしょ、大天才サラ・アシュリーが寝不足で動けなくなったら、世界の損失だ。」


「君は死んだんだぞ。……今日、葬儀をしたばかりだ……!」


レオは、何も言わず黙り込んでいる。まるで、そんなことは知っているとでも言いたげに。


「君は……!きみは、馬鹿だ……!」


手が震え、水分が頬に伝い、流れた。


「君がいなくなったら……魔法科学を勉強した意味がなくなるじゃないか……!馬鹿……!」


――こんなの、私の言葉ではない。

冷静で、賢くて、感情なんかには流されない女のものではないのだ。


でも、この時だけは涙が止まらなかった。まるで不具合を起こした機械みたいに、感情と共に溢れてくる。


「ごめんね、油断して……財閥の人に情報集めたの、バレちゃった。」


「独断で進めるからだ!そういうのは私にちゃんと相談しろ!」


こんなに声を荒らげたのも、泣きじゃくったのも、数年ぶりだ。

きっと私はこの時を後から後悔するだろう、折角再会した彼との最後の会話を、怒りの感情なんかで台無しにしてしまったと。


抱きしめようとすると、レオの体が腕からすり抜ける。


「なんで避けるんだよ……?」


「なんでだろ、死人が出しゃばるのも悪いかなって。」


「正確に言うならば君は近く死ぬ人間であり、まだ死人ではない!」


そう言って手を伸ばす。するとまるで子供をあやすみたいに、レオは私の頭を優しく撫でた。


「また眠れそう?」


一瞬雷で照らされたレオの瞳は、恐ろしい程に優しい。


「寝ない……!君が帰るまでは。……体に毒だぞ、そろそろ戻れ。」


そう促したが、レオはただこちらを見つめて頭を撫でていた。

瞬間強い眠気が襲ってきて、レオと一緒にいたい気持ちと、睡魔と戦う気持ちと、早く帰らせたい気持ちで心の中がごちゃつく。


(寝るものか……!絶対……!)


そう思っていても、何故か瞼は重く降りてくる。頭から伝わる温かい手の感触……体温じゃない、これは恐らくレオの魔法なのだ。


「君の悪夢が今日で終わりますように。」


優しい声が頭に響いた時、最後の力を振り絞るみたいに声を出す。


「レオ……私……ね……」


言わなければ、後悔する前に……

しかし、私はそれを口にする前に、眠りについてしまった。


――


目が覚めると、手に温かい感触だけを残してレオは消えていた。


(言えなかった……。)


そう思うと、また昨日みたいに涙がポロポロと溢れてくる。


(本当の本当に、最後だったのに。)


アベルの言う通りだ。気持ちを伝えないまま終わると、心にこんなにも汚い跡を残すのか。


この気持ちはきっと、もっと早くに言えたはず。

長く一緒にいて、時間は沢山あった。なのにレオが居なくなって振り返った時に「好きだ」と気付くのは遅すぎる。


最後、最後と言いながら、男との時間はいくらあっても足りない。


(もう少しだけ……気持ちを伝えるだけだ。)


そう思いながら――私は時間遡行装置の電源を入れる。


「巻き戻れ」と唱えた瞬間、青い光が体を包む。

そして私の体は……5月6日へと送られた。


……


目が覚めると、また西日の差すラボで机に伏していた。


「……成功だ……!」


扉を勢いよく開けると、アベルがビクりとしながら「ああ失礼、丁度訪ねようと思っていて……!」と口にする。


「会長、本当に申し訳ないのですが、少しお話が……!」


私はアベルに、時間遡行で体験したことを全て話した。


「……なるほど、信じ難いことではあるが……君が聞いたとする僕の発言からして確かに信ぴょう性はあるね。」


アベルは思っていたよりもスッと飲み込んでくれ、流石は生徒会長だと感心させられる。


「レオはどうして私になんの相談もしてくれなかったのでしょうか。」


「レオナルド君の家、オーウェン家はバンシー財閥の傘下だ。家族への影響を恐れたか……君を巻き込みたくなかったのかもしれない。」


「巻き込みたくないって……急に毒を飲ませる前に、一言くれてもいいのに。」


拗ねるように呟く私を見て、アベルは呆れたように優しく微笑んでいる。


「そう思うなら、やることは1つだな。君の報告を聞く限り、まだ彼は温室にいるんじゃないか?文句の1つでも言いに行け。」


アベルが言うと同時に、空が陰りだす。


「しかし、色々わかった以上バンシー財閥の闇を暴いてから……えっと……!」


「野暮だな!処理してやるから行って来いって言ってるんだ!」


そう言って私の背中を押すアベル。

ドアの前まで押し出された私は、振り返って「会長……いつも、ありがとうございます!」と言い放つ。


アベルはそれを聞いて、少し寂しそうに俯いた。


雨が……降りはじめる。

微かな泥の匂いと、地面を水が叩く音が聞こえてきた。


私は傘を持って、足に泥が跳ねるくらいの勢いで温室へと駆けていく。


その先で、あの時と同じようにレオが立っていた。

……まだ、生きた状態で。


「レオ!」


思わず飛び出して、抱きついた。


「いって!折れる!急に突進されたら折れちゃうから!」


レオの叫びを聞いて咄嗟に離れ、「すまん」と呟く。


「どうしたの?そんなに喜んで。またいい発明でも思いついた?」


ゲッカソウを手折りながら尋ねるレオに、私は「その花、毒あるだろ。」と言い放つ。


レオはびくりと肩を揺らしこちらを見た。


「凄いね、流石特待生!そうだよ、ゲッカソウには微量の毒があって……濃いと死んだように眠っちゃうんだ。死んだはずの人が起き上がるから、『フッカツ草』とも呼ばれてる。」


「別に私の知識ではない、未来で君にその毒を盛られたんだ!時間遡行装置で色々見てきたから全部知ってるぞ!」


ずんずんとレオに詰め寄り、背伸びしながら威圧する。

それでも一切レオの背には届いていなかったが、彼は気圧されたように少しずつ後ろに下がっていた。


「全く君ってやつは!少しは報告連絡相談をしたらどうなんだ?君に避けられてる半年間私は寂しくてあんな装置まで作ったというのに……!」


そこまで言いかけて、やっと冷静になる。

そうだ、こんなことが言いたくて戻ってきたわけではない。


「こほん。……ちょっと話せるか?」


レオは水受け皿に花を浮かべ、ベンチに腰掛ける。


「話って?」


レオが切り出したにも関わらず、いざ言おうと思うと中々言葉が出ない。


「サラ?フリーズした?」


「だ、大丈夫。」


一度気分を落ち着かせると、息を大きく吸って、「私はレオが好きだ!」と大きな声で言う。


暫く反応が怖くて目を瞑っていたが、恐る恐る目を開けた。

すると、レオが呆けた顔をしてただこちらを見ている。


「ど、どうした……?嫌だったか?」


「ううん、そういえば初めて聞いたなと思って。知ってたけど、新鮮だね。」


「知っ……!」


思ってもみなかった回答に動揺していると、レオは「だって、そもそもサラが魔法科学勉強しはじめたのが俺の為だもん。そんなの絶対好きじゃんって10年くらい前から思ってた。」と追い討ちをかけた。


(そんな前から!?)


「……でもほら、時間遡行してるなら知ってるでしょ?俺殺されなくてもそこまで先がないからさ、誰が好きとかそういうの興味無いんだ。

あ!サラ、半年前くらいから生徒会長と話すようになったよね!お似合いだと思うよ、食事にでも……いへっ!」


私はレオの頬を摘み、睨む。


「君、余命幾ばくもないくせに6月の24日私を寝かしつけに時間遡行してきたぞ、魔力が削れるというデメリットを知った上で、だ!あとほんとにしょうもない……体を乾かすだの、ランプに火を点けるだのそんなんばっかに魔力を使って!」


また、感情と共に涙が溢れ、目の前のレオの顔が霞んで見えた。


「……そんなの、絶対好きだろ……!認めろ、レオは私が好きなんだ……!」


言う度、レオの頬は赤く染まり……言い切ると同時に彼は私を抱き寄せる。


「うん……そうだね。……激ニブのサラでもわかっちゃうか。俺たちずっと、言葉にしてなかっただけみたいだ。」


雨の音が響くガラスの部屋を出て、同じ傘の中に入り話をした。

暫く会っていなかったからか、お互い積もる話が沢山あったようだ。


特別、恋人らしく手を繋いだりすることもなかったが……その時はただ、隣にレオがいることが幸せだった。


「正しく権力を行使できると気持ちがいいな。前から僕の家とバンシー財閥は仲が悪い。レオナルド君、君の証拠が決定的なおかげで我が家の格も上がりそうだ。」


ラボにて、アベルが高笑いする。

レオの集めた証拠は、裏金の記録や拉致した魔法使いの名簿、人質に取られた家族からの手紙など多岐にわたった。


これだけの証拠を名家が突きつけてくれば、警察も動かざるを得ないだろう。

アベルの家とバンシー財閥の攻防は、バンシー財閥が不利と言わざるを得ない状況らしい。


「私のみならず複数人の魔法使いを攫っては働かせていたのか……恐ろしいな。」


レオは現在、アベルの家に匿われている。

おかげで彼や証拠に手が及ぶことはなく、私は1人安堵していた。


「……っと、そろそろ生徒会室に顔出さなきゃ。レオ、また迎えに行くから勝手にラボから出るなよ。」


アベルはそう言ってラボを後にする。レオ曰く、今回のことでアベルの評価が上がっており、上手く行けば次期当主候補に名前が上がるかもしれないらしい。

彼は有能な男だ、やっと評価が追いついたとも言える。


……一方、レオの病気はというと……


「だめだ……何度やっても魔力自体を作り出すものなんて作れん。」


私は机に伏しながらぼやく。


「そんなの、簡単にできたら凄すぎるよ。ゆっくりやっていこう。」


お茶を差し入れながら、レオが穏やかに微笑んだ。

彼の提案により、時間遡行装置は金庫に封印されることとなる。


曰く、レオは有限な中で過ごす方が好きらしい。

だからこそゆっくりなどしていられないのだ、レオの魔力はこうしてる間にも減少している。なのに……


「気力が底を尽きそうだ……。」


項垂れていると、レオは隣に椅子を持ってきて頬にキスをした。


「頑張れそう?」


思考がショートしてしまった私に、レオはそう尋ねる。


「まだ君との時間が全然足りないんだ、あと100年は生きてもらうぞ。」


私はそう言って再びデスクに向かったのだった。

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