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『対人恐怖症』のワイ、異世界で【起こり】

作者: 三ツ木夏菜
掲載日:2026/03/08

『最も世界から阻害されない者』


荒涼とした大地に男は立っていた───男の名前は◾️◾️(個人情報であるため伏せる)この世界ではアインとでもしておこう。アインはどこまでも続く地平線、黄昏時に染まりつつある中、乾いた風を友に眺めていた


巻き上げられる砂塵はアインにとって不快な物以外の何者でもなかった。アインは自分がなぜここにいるのか、いまだに理解できていなかった


ただ確かなのは彼の中に響いた声が彼をこの世界へと導いたことだけだった


「最も世界から阻害されない?

 この状況は?丸っきり阻害されてますがね?

 カミサマ?」


彼が選ばれた理由───アインは謎の声と言葉を交わそうとしているのだろう。仮にそれを◾️◾️と呼んだアインだったが返事はなかった


アインは世間体を気にして波風を立てることなくひっそりと生きていた───社会との関わりを極端に避けてきた今まで、この状況は皮肉以外の何物でもなかった


「いや、え?何マジで?」


返事がないことに憤りを感じたのか呼吸が浅く激しいモノになっていた。加えるなら彼の持つ精神的な病と言うべきか、特性というべきモノによるストレスからの忌避反応と呼ぶべきだろう


彼の今の状況を端的に述べるのであれば異世界転移と呼ばれる事象である───よく聞く『異世界転生』とは似て非なるものであり、これは『経験』『身体的なモノ』を直前までの状態そのままに『異世界』へと落とし込む現象のことである


アインは非科学的な出来事を信じることを信じる男ではないがこの状況を受け、目の前に広がるその光景を見つめ、事態の整頓を始めるべく座り込んだ


(夢じゃない、分かる

 嘘みたいに、何だろう気持ち悪いくらい

 ハッキリしている)


アインは呼吸を整え、自問自答を何度も反芻する。自分がこの事態を理解し、納得し、適応するべく、何度も、何度も、何度も繰り返した


(何なんだ、夢なら覚めてくれよ)


そして、漸く事態に適応した彼はこの世界における第一歩を踏み出した。それは今アインが死なないための世界への適応であり、抵抗だった


(せめて、目的を教えて欲しいよ

 全く)


当てもなく、ただ前へと身体を押しやる。風がアインの黒い髪を乱暴に梳く、それはこれから訪れるであろう苦難を暗示している様で不吉なものだったが当の本人は今日の晩御飯にありつけるか否かで青ざめていた


◆◇◆◇◆


どれ程歩いたのだろう。正確を記す指標はあれどそれは然程意味を持つモノではないだろう。砂塵の吹き荒れる場所を背に彼がたどり着いた雨風を凌げるだけに生い茂った森を目の前にしたと言う事実以外は


黄昏時から一向に沈まない太陽から逃げるべく入った木陰に喜ぶアインは砂塵を吸い込まないように巻いていた口元の布を外した


先程までの砂漠から一変、呼吸のし易さに安堵を覚えた様子でへたり込むアインは極限状態からの脱出により堰き止められていた喉の渇きと体温の増加に伴う倦怠感に思わず地面に突っ伏した


無駄な身動きひとつとる余裕のない極限的な状況の先、漸くありつけた安息の地にて、全身でその喜びを感じ取っていた


体温と陽の高さが下がる頃、アインは流れる水の音を耳にした。近場に小川か川があるのだろうと考えたアインは身体を起こすと音のする方へと歩き出した


(水だ!)


夜の光に照らされ煌めく小川に飛びついたアインは両の手で作った器で懸命に水を掬っては口へと運び、一心不乱に自らの渇きを潤した


息も絶え絶えのアインは大きく安堵のため息を吐くと周囲を見回し、その絶望的な状況に笑うしかなかった


彼は別段強いと言うわけではない、賢いわけでもなく、特筆すべき他人との違いは『諦め』が早いことだろう


『理解不能』───経験の最中に陥るであろう問題点に直面した時、彼は対策を二の次に逃避や適応を第一に行動する


現代における彼は『従順な聞き手』と言う印象を受けるだろう。頼まれればやる、経験からある程度の予測をし、他人に迷惑をかけまいと1を聞いて1を知り、1を指示されれば少なくても1できるなら2、3と行動する『都会人』───彼は狩りの経験などなく、狩ができたところで解体ができない。肉、野菜の切り方を知っていたところで扱えるモノがなければ無用の長物、思考の妨げになった


◆◇◆◇◆


森に響く程の大きな音ではないものの彼の鼓膜に届くには十分な大きさの『彼が聞き慣れた音』がした『腹の虫』───アインは目に触れる木々に実る木の実や植物を口にしようとはしなかった。食欲、空腹感より食中毒やそれが齎す危険性を考慮しての行動だった


それ以上に『都会人』他人のものを無断で口にすることに拒否反応を示していた。不法侵入は?と思うかもしれないが道路を歩く時、その傍に建っている建物の敷地に足を踏み入れずに人生を送れるだろうか?答えは否


どのような行動であれ、突き詰め、精査し、問題点を探せば全てに『犯罪』をこじつけられる。それを咎める者がいるかいないかの違いでしかない───アインにとって森はただの『道』であり、木の実などは『財産』であるだけに過ぎない。深く考えないようにするべきだ


川の近くを歩き川の流れに沿って歩くアインはやがて、完全に沈み切った陽の光の代わりに小川を照らす『夜の光』を見上げて理解した


(あぁ、本当にここは)


少し隣の森は既に暗闇だった。多少木々の間から差し込む光はあるものの真っ暗だ。遥か上空で地面を眺めて照らす『三つの月』がアインの孤独をより鮮明なモノにした


『万が一にでも逃げ場はない』のだから


(天動、地動、はたまた

 別の物理法則が働いているのか

 てか)


「月近!気持ち悪」


少しでも孤独を紛らわせようとアインに独り言が見られ始めた矢先───それは突然アインの浸っていた静けさに木霊した


(びっくりした)


暗い夜道で不意に聞こえるクラクションや犬、猫の鳴き声の様に静寂に慣れていたアインにとってこれ程心臓に悪い事はないだろう。アインの身体が硬直と同時に跳ねた


(叫び声、だよな?)


アインは大きく鼓動する心臓を押さえながら慎重に小走りになった。人の気配があると言うだけで向かうには十分な理由だった。一刻でも早くこの状況からの脱出を目指す彼にとってやり過ごすべきではない状況に小走りはやがて走りになっていた


アインの心に葛藤が生まれる。彼の特性にひとつ難儀なものがある『対人恐怖症』である。重度ではない軽度なものだ。他人に助けを求められない、ある程度であれば自分で学び、実行できるだけの度量と経験が彼が元来持つ『諦め』と結びついた結果───『自己完結』と言う形を持って不完全性を獲得してしまったのだ


『他人に助けを求める』───アインに対してとてつもないストレスを与えていた。彼自身はそのことに全く気がついていないが身体と心は着実に負荷を受けていた


「あ…ッ!?」


木陰にかかる不自然な影にアインは声を掛けようとして固まった


◆◇◆◇◆


影は二つあった。ひとつは人、アインが必要とする関わり、もうひとつはその真逆に位置するであろう『危険』───獣だった


獣は明らかな敵意を持って人に近寄っていた。垂れる唾液、見開かれた眼球と瞳孔、離れていても聞こえる息遣い───まさしく『獣』だった


「(何だあれ)」


アインはそれを前に息を潜めるべきか、注意を逸らすべきかを迷っていた。勝ち筋のない、見えない眼前の状況に彼が入ったところで共倒れが関の山だった。アインは直感的に察していた───間違いなく殺されると


「(逃げるべだ?)」


逃走、人影は襲われれば獣の餌となる。死肉を貪ってる間であれば警戒は薄く、逃げられる可能性は高いだろう。アインは振り返り逃げる準備を始めた


「助…けて」


か細く人影が助けを求める───アインはその声が聞こえるや否や、振り向き様叫んだ


「(助けなきゃ)逃げろ!!」


アインは後悔の最中で思考を始めた。『あの目』がこちらを見ようともしていない。それでも人影は獣から離れようと抵抗を始めていた。アインが考えていた僅かばかりの『自殺志願者』の可能性を否定する様に、そうでない以上獣をどうにかしようとした


「(なぜ獣はこちらを見ない?

 そんなのはアレだ、危険性がないんだ

 腹を満たすのが先決だから)」


アインは『見捨てた』───その事実が残ることが自分の心身にどれほどの負荷を掛けるかを無意識下でも分かっていた。できるのにやらない、それはアインの◾️◾️年で何度も味わってきた生き地獄だった


過去の選択、過去の経験、過去の出来事───何が正解で何が不正解なのかは未来である『結果』でしか分からないがアインは最善を選ぶことはできることを知っていた。せめて背負う荷物は自分で決めるために『思考』を続けた


そして辿り着く彼の最善は───真っ先に行った接近からのそこかしこにある木の枝を手折って手に入れた刺突武器による眼球への攻撃だった


「(今だ、早く)逃げろ!」


眼球への攻撃の最中、枝が折れると同時に獣から一目散に逃げ出したアイン。少なくとも抵抗した。逃げる手助けをした。これで人影が殺され、喰われても『見捨てた』───その後悔だけは自分を責めないと結論をつけて、彼が最も望むべく展開は獣が人影を見失うもしくは諦め、追ってくること


(死にたくねぇよ)


振り返ることなく走り続けるアインは疲労を忘れて、森の中を走り続ける覚悟を持った。何せ背後から聞こえる枝の折れる音は獣が彼を追うべき相手であると判断したことを彼自身に知らせるのに十分な情報だからだ


彼が今最も問題としているのは四足獣である獣が放つ足音とそれの間隔との近さ───それが明らかに接近していること、これよりその距離は近づく一方であることを示していることだった


(死ぬ死ぬ死ぬ!)


アインの足は黄昏時に続けていたアテのない前進の結果、限界は直ぐそこまで迫っていた。故にアインは走り続けることを想定していない。だからと言って食われて死ぬことで助けを求めてきた人影の逃げる時間を稼ぐことを結果としている訳でもない


(いくら僕が馬鹿だからって

 畜生風情との知恵比べに負けるわけあるか)


直進だけしかできない獣───高さは人の腰あたり、横倒しになっている長さ(全長)も同じ程、その質量が全速力を出してかつ、片目を失い頭に血が昇っているただでさえ低い知能に弱体化を受けている今直線上から離れるだけで交わすことは容易だった


しかし、獣もまたそれで飯を食っている。鋭い嗅覚は獲物であるアインの行き先を察知し、減速を最小限に進行方向を変えて臭いの先へと向かい『立ち止まっている』アインに向けて最高速度を出した末に木の幹に顔面から突っ込み、潰れた鼻と枝により重症化していた眼球からの出血により悶え苦しむことになった


(うわ、痛そう)


その様子を木の上で眺めるアイン───都会人と言ったがそれは転移前の直前の彼の居住地であった。獣は狩れずとも自然に囲まれて育ったアインは木ですら移動可能な場所だった


(そのまま大人しく

 死んでくれればいいんだけど)


そうして出血に苦しむ獣を足元にアインは夜が明けるのを待つばかりだった。鳴る腹と獣の叫び声ばかりが夜の友だった


◇◆◇◆◇


「ルル!どこにいるのルル!」


ところ変わってここはとある村、夜の深い所でそこの村人は失せ人探しをしていた───探し人は村の少年だ。夜に突然家を飛び出し、今も暗い森へと入っていったのだ


村人総出で探す。複数の声が失せ人───ルルを探していた。幼い子供、夜の森と来れば夜明けに死体となって発見されることもあるものだ。そんなことにならない様にとルルの両親は血眼になって探していた


「おい!これ」


そんな中、点々と続く血の跡を見つけ村人達の血の気が引いた。探す声に力と大きさが先ほど以上にのった


「ルル!ルル!!」


「ルルぅ!」


「お父さん?お母さん?」


そんな矢先、松明の光で照らされた茂みからルルが姿を現した。その手の中には『薬草うさぎ』という森の原生生物が死に瀕していた


「良かった!これを…」


「ルル!あぁ良かった」


「ルル!何でこんな馬鹿なことをしたんだ」


「え?だって、だって」


ルルが何故暗い中森へと入ったのか、それは家族を思ってのことだった


「お姉ちゃんが死んじゃうかも

 しれないんでしょ?

 だから、良く効く…」


「馬鹿!ただの風邪だ!」


「!え?だって」


「ルル、お前はお姉ちゃんにくっつき

 過ぎなんだ。これくらい言わないと

 お前も風邪を引くだろ」


「でも、でも」


病で伏せっていた姉を思っての突撃だった。しかし、病というのは方便であり風邪だったのだ。幼い少年はそのことに憤慨し、言葉を搾り出そうとするも出て来ず身振りでその怒りを発散するしかなかった


このことがルルの心に大きな歪みを生じさせるとはこの時の村人達は思いもしなかった。大きくなった彼が人の世に出た時『彼らの特性』を悪用し世を乱す小悪党になるとは思いもしなかった


◇◆◇◆◇


「(くそ、ブタだ

 負けてる分取り返さないといけねぇのに)

 どうした早く引けよ」


「(ここは賭けに出るか)コールだ」


「(スリーカード、勝てる)俺もコール」


「残念、俺は降りるよ」


「「「はぁ!?」」」


騒ぐ観衆と飛び交う怒号に狂喜乱舞する輩、煙草に酒の匂いが漂うこの場所はとある街の酒場である


高く積み上がっていたコインを『とある男』が雑に放るとコインは盤上のカードの元まで進み男の手札の上でクルクルと周り倒れ込んだ


『盤上のカードと手持ちのカードで役と呼ばれる特定の規則性に則った形を成立させるカード遊び』に興じていたルルはそのいく末を見守っていた


勝者と敗者のいがみ合いが始まるより早く勝負の一幕が終わると同時にルルは席から立ち上がると稼いだ金銭を持ってその場を後にした


「それじゃあ俺はこれで」


「くそ!勝ち逃げかよ!」


「大損だ…」


「またなルル、今度はお前も

 大損させてやる」


「それは楽しみだ」


ここは街の酒場、少年ルルが居た場所、時間とはまるで別の軸での話である───純粋無垢だった少年ルルは今や賭博場、酒場延いては街全体を言葉ひとつで揺らせる程の人物となっていた


言葉巧みに人を騙し、時には導くき、唆し、至福を肥やす


ノーハンド(手を汚すことのない)・フィクサー』


(儲けた儲けた)


あの日、森に向かっていた少年は『善意』から生まれた『不利益』と『嘘』により、歪みを持って成長した。あの時の不快感は今も拭えることはなく、逆にそれは『無知』に対する憎悪へと昇華を果たした


◇◆◇◆◇


(さて、どうしようか)


ルルは今日も街に大なり小なり変化を齎すことを楽しんでいた───今や村での出来事さえ一種の功績だったのだと考える程に


「(人が多いな)」


(お?)


ルルがそんなことを考えているとカモが心の声を上げたのを耳にした。心の声から聞こえる不安や面倒な感覚にルルは舌舐めずりをするとその方向へと向かって歩き出した


(旅人は一番騙しやすいんだよな)


ルルは長年の経験により、その声の正体が『旅人』であると結論づけて如何にして騙すかを考え始めた


(人攫いにやるか、薬漬けか

 それか嘘の罪をでっちあげるか)


今回は『悪意』が強い様でルルの足取りは軽さを持ち始め───聞こえる不安の声はまだ小さい、民衆の喧騒も相まって見失うかも知れないと速くなった次の瞬間


「いてっ!」


「っ!」


ルルは誰かの背中にぶつかった


「ったぁ、おいおま…」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


ルルが怒るよりも早くしゃがみ込み虚空に向かって謝罪を口にする人物にルルは思わず言葉を失った


「(恐怖、畏怖、失態、失敗、不覚、不快)

 ごめんなさい、ごめんなさい」


(な、何だこいつの心の中!?)


ルルは目の前にうずくまった人物が絶えず放つ負の感情に思わず後退りして、その場から逃げ去った


(何だったんだあいつ)


今も聞こえる背後のその声を不気味に思いながら人混みを縫う様に走り抜けるルルは裏路地で呼吸を整え始めた。声はまだ聞こえる


「(失敗した人混みは避けるべきだった

 もっと早い時間に街に来るべきだったし

 人前でこんな大声出したら迷惑だろ)」


(本当に何なんだよあいつ)


異質あまりに異質───ルルは自分がぶつかったことを自覚していた。しかし、舐められたら負けの世界に身を置く都合上凄むことは当たり前であり、反発されれば組み伏せ、歪めば押し通すことが当たり前だった


しかし、今回ばかりは歪みなんていう領域を逸脱した『流体』───触れることすら叶わない拒絶の表れだった


(流石に止んだか)


不安や後悔の奔流にルル自体が飲み込まれることは何も珍しいことではない『彼らの特性』───『種族特性』は他者の思考や感情、目に見えないものを読み解くことに特化している


読み解けるということは共感を強く示してしまうことの裏返しであり、相手の感情や考えが逆に流れ込んでくることなんて当たり前である


故に成長と共にその『特性』を制御し、許容範囲で使用するのだが絞ってなお流れ込んでくる感情に思わず吐き気を催したルルは深呼吸をした


してやられた。そんな感情が芽生えたルルはかの『旅人』をこれ以上ない程の悪意を持って嵌めることを決意した


◇◆◇◆◇


(あいつ何やってんだ?)


心の声を聞いて翌日、旅人が何かを探していることを知ったルルはその動向を観察した。聞き込み、視察の繰り返しをしているのが分かった。あれ以来旅人への『心の覗き見』は極力絞っているルルだったが、それの異常さは目に見えたものも分かった


(…あいつ、良くあんな動けるな)


食事を一切摂らず、水分補給も数えられる限りたったの一回で朝から晩まで街を練り歩き続ける旅人にルルは心底ドン引いていた


(うっし、そんなら食事の席にでも誘って

 無銭飲食でも何でもでっちあげられるな)


ルルは旅人の動向から悪意の導きを企てた


◆◇◆◇◆


(誰かにつけられてる?)


あの森の一件から数年。アインは身体を鍛えていた───この世界での身の振り方、ある程度の膂力と常識を身につけていた


(気のせいか?いや、また失敗するかも知れない

 気をつけるに越したことはない◾️◾️)


昨日のことを戒める様に深呼吸をしたアインは現在この街で起こっている異変についての聞き込みを纏めたメモ用紙を読み返していた


(近くの炭坑での失踪者が増えてるか)


『炭坑での失踪者』───炭坑労働者が相次いで失踪しており作業が滞っているとのことだった。炭坑での失踪は変な話ではない滑落や炭坑内で迷子になったりなど大なり小なり問題は発生するものだ


しかし、これの問題点は失踪事態になく『忽然と姿を消す』と言った冗談と疑いたい現象が発生していることが問題となっていた


(消失、あるいは)


アインはあの時から『元の世界』に戻る方法を模索していた。森から村、街に至るまで日銭を稼いで食い繋ぎ、遠く離れた場所───『この街』までやってきたのだった


『噂に聞く』───『人喰い坑道』の噂を聞きつけて。一途の望みは『転移』の現象。アインは転移によって元の世界に戻ろうと考えていたのだ


その間には『自死』『研究』『開示』などの葛藤もあったものの、そのどれもが『不利益』を蒙る可能性があるとして実行できないもの、実行未遂のもので溢れかえっていた


今回の『万能屋』もその一環なのだった。情報の回収と日銭稼ぎが両立できるため、街から街へ転々とするアインにとって向いていた


しかし、見知らぬ他人に任せられる仕事が都合よくあるとも限らず今日に至っては聞き込みだけで金銭的余裕が生まれることはなかった


「(今日は干し肉一欠片で我慢するか)」


残り僅かの金銭を確認したアインはため息を溢しながら街の入り口まで歩き始めた


「(なんかチョロそうな奴がいるなぁ)

 お兄さん♡」


「(どうしようかな、明日にでも炭坑に

 いや、せめてあかりになるものが欲しい

 松明は危ないからカンテラかランプを)」


「(え?無視)お兄さん?おーい」


「(数日分の食事も必要になるかも

 1日で数年続いて採掘された炭坑を

 網羅するなんて無理だろうし)」


「(聞けや)そこのお兄さん」


「っどわ!?(何だ?何だ?)」


アインの目の前に背の低い何者かが声を掛けながら現れた。考え事を始めた時に声を掛けてきた人物で客引きだろう


「(見窄らしい格好、借金ね)

 お兄さん、お食事はまだですよね?」


「(何だ藪から棒に)そうですね」


「でしたら、どうですか?

 うちで食事でも?(借金もな)」


「(いい匂いはしてこないな

 近くに食事処があるか怪しい

 何より人の多いところは嫌だ)

 いえ、今日の食事は決まってますので」


「(気取られたか?)

 そんなこと言わずに、お安くしますから」


「(この押しの強さ、苦手なタイプだ

 断るこっちの身にもなってくれ)

 あの、ですから」


「おい、ノームその辺にしとけよ

 森に突き刺すぞ」


「(っち)」


アインが困っているとそこにルルが現れた


「(助かったぁ)

 ありがとうございます」


「いえいえ、気にしないでください

 ここら辺は質が悪いのに

 やたら高値の食事や夜が売られてるので

 気をつけて下さいね」


「(うわ、そんなところにいたのか)

 すみません、気をつけますね」


「…」


◇◆◇◆◇


(変な奴だ)


ルルは不思議に思っていた。無視をすれば良い、いないものとして扱えば済む、相手の手札を知っているならそれが最善だと考えているからだ───故にアインの行う『反応』に対して不思議に思った


「良かったらいいお店があるので

 ご一緒にいかがですか?」


「(二重底の可能性があるな)

 すみません、食事は…」


「その身なり、旅人の方ですよね?」


「え?はい」


「私は旅人の話を聞くのがとても好きなので

 良かったらお話を聞かせてくれませんか?

 食事は私が奢らせて貰いますので」


「(…怪しいんだよな)

 すみません…話せる様なことは」


「どんな内容でも構いません

 つまらなかったから

 払わないなんてことはないので」


「(益々怪しいな)すみません」


(頑丈過ぎっだろこいつの警戒心!)


心の声を聞き取れるルルでなお、アインの警戒心の高さにとてつもない苦労を強いられていた。言葉の応酬は数分間続き、申し訳なく思い始めたアインの自己否定が始まったあたりでルルは根負けした


「ではこうしましょう。私が食事代を予め払い

 あなたとの食事をさせて頂きたい

 これは詐欺や勧誘、罠などでは一切ありません

 また、つまらない話をされたからと言って

 私が奢ることをやめるということは

 決してありません」


「(この人どんだけ話好きなんだよ!

 僕じゃなくても良いじゃんかよ!)

 えぇっと」


(あぁ〜もうこいつ何なんだよ!)


「(いや、ここまで提示されたらなぁ)

 僕なんかでよろしければ」


(よっしゃあ!!!)


◇◆◇◆◇


(こいつ、割と面白いな)


死人の動く街、しゃべる草木

自らを道化と言う賢者


食事の席でアインが4つ目に語ったのは『とある国』の話だった。曰く、その国では齢30歳を超えるものはほとんど居らず平均年齢が40歳を超えることはないらしい


「それは変な話ですね」


「(俄には信じ難い話だしね)

 僕も最初はそう思いましたよ」


その国での困りごとがあるかも知れないとアインは向かった。その国に入国したアインはそこで高度に発達した文明を目にした


『高度に発達した文明』───医療水準が高く、人口が多い、自動化が進んでいる様子を指す


「?」


「(これ美味しいな)

 僕は5日の時をそこで過ごしました」


「はぁ」


寿命が短い理由のひとつに医療がある。治るものも治せないとあれば失われる命もあることだろう。しかし、その理由は否定された


失った手足を模倣できる技術を聞かされた時はルルは耳を疑った。あり得ないとさえ否定したが『心の声』がそれが偽りでないことを知らせてきた


子供は笑い、仕事をする。有職者は100%


何故そこまで寿命が少ないのかルルは疑問に思った


「貴方はその理由が分かりましたか?」


「(はい)はい」


「では何故?」


「それは

(これを言っても良いものなのだろうか?)」


ルルは身を乗り出さんとする勢いでアインを見つめていた。アインは飲み物を眺めてそれを一気に飲み干した


「(少し遠回りをしよう)

 その国はなんて呼ばれていると思います?」


「寿命が短い国…とか?」


「(それに近いな)

 それに近い名前ですね」


「勿体ぶらずに行って下さいよ」


「(命を燃やす国)

 命を燃やす国だそうですよ」


「命を、燃やす?」


「(何故その国が強いのか、分かるかな?)

 何故その国が高度に発達したと思います?」


「…」


ルルは言葉に詰まった。皆目見当がつかなかったからというわけではない。質問であれば相手の思考を読めば答えが分かるルルはそうやって正解を手に入れ、不正解を弾いていた


「何故って」


心を読みたくない、先の展開を聞く喜びがそこにあった。幼少の頃に叱られ『間違い』であることを突きつけられた『失敗』を何処か楽しんでいる自分がいることにルル自身はとてつもなく混乱していた


「とても、熱心な先導者がいたから?」


(違う、これじゃあ命とは何も関係ない)


「(確かにあそこには優秀なトップがいたな)

 それもあるかも知れませんね」


「…機械を動かすのに命が必要だったとか」


(これなら燃やすって、違う

 高度に発達したに辻褄が合わない)


「(機械のメンテナンスに

 人員は割かれてたからな)

 それもあるかも知れないですね」


「… …えっと、あ、いや」


『微笑み』───言葉に否定はなかった。全てに辻褄を合わせて帰ってくる答え。それは慰めなんていう無礼なものではなく、咀嚼し、落とし込み、飲み込んで、考え、差し出されて返ってくる『返事』


「はは、分からないです」


「(僕も分からなかった)

 分からないですよね」


『不正解』───幼少の頃の雑に切り捨てられた『否定』とは違う言葉にルルは身を屈めた。啜り泣きを始めた


「(え?あ?そんなにショックだったのかな?

 意地悪しすぎた?無礼だったかな?)

 あ、あのすみ…」


「違います。違うんです

 言葉にできないけど、その何だろう?」


「(とても楽しそうだ)

 何でしょうね」


『無知』───言葉に詰まる。今まで積み上げてきた知識の数々。叡智に全くと言って届くことのない知識、罵声罵倒や汚い言葉ばかりを詰め込んだ言葉の手札ではどの様に形容するべきかを彼は、ルルは戸惑うばかりだった


「ひとつ、話を聞いてくれますか?」


「(相談なんて柄じゃないんだけど)

 僕で良ければ聞きますよ」


アインが聞いたのはルルの幼少期の頃の話だった。危険を冒してまでとってきたものを否定され、両親との軋轢が解消されることなく年が過ぎ、村から逃げる様にして遠く離れたこの街にやってきたこと


「俺は間違っていたんだろうか?」


「ふ〜む(難しいな)」


「忌憚のない意見が聞きたい

 どっちが間違ってたのか」


「(何というか)

 どちらも間違っていたのかも知れませんね」


「どちらも?」


「(何て言えば誤解が生まれないかな)

 何ていうんでしょうかね

 白黒はっきりつけられないと言いますか」


「…」


「正しくあるべきという点では

 嘘は間違ってますが

 何かを守る場合そうとも、言えないんですよね

(僕も兄弟がいたから分かる。依存した時の

 悲惨さと、それが生む反発を)」


「どうすれば良かったんですかね」


「(ん〜難しい、難しいよ

 僕は聖人様じゃないんだから)

 …今のままでいいんじゃないんですか?」


「へ?」


「(あ、でもアレは言っとかないと)

 ひとつだけ

 顔だけは出しに行ってあげるべきかと」


「何で…」


鳩が豆鉄砲を食ったような顔でルルが尋ねた。しかしアインもまたキョトンとした顔で答えた


「悔いのない選択をしたのなら誇るべきかと」


◇◆◇◆◇


「悔いのない選択を…か」


 アインと酒を飲み交わした翌日、ルルは何もない天井を眺めながらそう呟いた。憑き物の落ちた様子で外を眺めると朝が早いというのに人だかりができていた


「ん?何の騒ぎだ?」


ルルは急いで大通りに出ると昨晩のカード遊び仲間を見つけて駆け寄った


「おぉルル!すまんなこれから仕事なんだ

(身体が鈍ってねぇか心配だ)」


「仕事って何の?」


「久しぶりに炭坑が動かせるんだとよ

(たく、こっちは二日酔いだっての)」


「…」


「落盤事故何て不運だったぜ

(カードもいいが

 やっぱり身体は動かしてぇな)」


「枯れたって話じゃ」


「また見つかったって話じゃねぇのか?

(知らね、興味ねぇ)」


「聞いとけよ、落盤事故で

 崩落しかねないから止めてるって

 言ってたじゃねぇか(聞いとけよ)」


「奇跡的に助かって良かったぜ

(稼ぎが減るなぁ)」


◇◆◇◆◇


「なぁんだ俺がいなくても

 世界って変わってくじゃんかよ」


ルルは日々変化していく世界の背中を眺めながらため息混じりに独り言を呟いた。朝日が登り始めた大通り───程なくすれば洗濯物や子供達でごった返す大通りにただひとり、寂しくも芯のある独り言が過ぎ去った


「俺がいなくても…」


ルルはふと、ひとりの旅人の顔が思い浮かび自室へと駆け込んだ


◆◇◆◇◆


「何だいお前さん、4日分も無駄にして」


「それが目当てのものがなかったので」


「そりゃそうだ、ここにあるのは

 石と鉄、石炭、酒に夜」


「結構ありますね」


「引き留めやしないさ

 門番は見送るだけだしな」


アインは詰所で門番と話をしていた。昨晩ルルが酔い潰れたか泣き疲れたかした後炭坑に向かい『穴』と対峙した。しかし、それはアインの求めるものではなかった


アインは『いつも通り』それを解決して荷物をまとめると街から出発をしたのだった


「帰れる日はいつになるのやら

(全く、疲れる一日だったな)」


アインは振り返る。黒煙が風に流れて彼方へと飛んでいく、そんな煙突が乱立した崖の近くにある街、死んでいた街が息を吹き返し、息吹を帯びていた


「(人混みはもう勘弁かな

 でも、なんか話しやすい人が居たけど)

 もう会わないし、いい…か」


アインは踵を返すと歩き出そうとして、見られていることに気がつき、道の先を見上げた


「(昨晩の)何故貴方がいるんですか?」


「何ででしょうかね?」


ルルは繕ってはいるが走ってきたのが分かる息遣いをしていた


「(何でだろ)お金ですか?」


「違う、寧ろ恵んでやりたいわ」


「(腹立つな)では何ですか?」


「話の続き、発達した理由」


「(そう言えば話してなかったな)

 そう言えば言ってませんでしたね」


「それに言うだろ?

 旅は道連れ世は情けって」


「されど足取り軽し、ひとりがお情け」


「え?」


「旅に2人は多いってものですよ」


「あっそ、それでも客引きを直ぐに

 断れる人材は必要だろ?」


「っぐ…」


「ははは」


「そんな鬼の首を取ったみたいに笑うなよ」


「はいはい、そういや名前聞いてなかったな」


「(こいつ絶対ついてくるな)

 ◾️◾️、こっちじゃアインで通ってる」


「ふぅん、俺はルル。よろしくなアイン」


かくして、アインの旅は続く───新たな仲間ルルと共に。対人恐怖症のアインと『心を読める』ルルは続いていく【起こり】〜『終わり』〜

1万と2千文字の読破お疲れ様です


如何だったですか?まぁ、イカもタコも見易さなんてかなぐり捨ててるスタイルですから気にしたら負けなんですよね。初見さん


こんな感じで『アンチ・ヘイト』でやらせて貰っております。設定いいのに何やそれって個人的に思った作品の設定を下手くそな文章力でこねくり回しておりますんで生暖か〜い目で見てもろて


長々と打ち込むのもうざったいと思いますんでこの辺で、高評価とかブックマークつけなくて結構何でね


後最後に『読んでくれてありがとうございます』

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