努力は利的行動ではない
努力は宝くじみたいなものだ
買わなければ当たらない
努力への見返りなど
最初から少ないのである
報われることを望むなら
人へ優しくしていれば良いし
芸術とは離れた
完全と云えるものを作れば良い
人からの感謝など
芸術であればあるほど
無関係なのだ
権威や金、人からの評価を貰って
何の意味があるのだろう
過小評価された子供と
全く同じではないか
礼節を持って
やりたいことをやればいい
存在とはそれでいいのだ
形あるものとして
そこにあり続けることに
自分だけの意味を見い出せば良い
人生においての努力は
好奇心とも同じである
気づいたら知っている
気づいたら覚えている
それの積み重ねなのだ
それは何故できるか
好きで寄って行き
心と共にあったからだ
そこに下手な打算は無いし
仕方ないも無い
後悔も悪態も無い
ただそれに没頭する
単純な命の消費を
誰にも邪魔されずに行えている
実に純粋な形である
それに意味を成せないなら
努力に価値など無い
報われようとした時点で
努力とは呼べない
単純な利的行動としてしか
存在しないことになる
その存在に意味など無い
そこには様々な差が含まれ
スタートラインが変わることになる
行動となった瞬間に
状況や判断、出会い
他にも様々な要因で
既に大きな差があるものだ
差を埋めてなどは
第三者の評価でしかなく
それはそこで終わる評価だ
個人の趣味以上に
形が変わることは無いのである
世の中の凄いは
あなたを含めた第三者の評価で作られ
あなたを含めた第三者の意向で
持ち上げられているだけである
持てなくなれば終わる評価だ
それが終わったとしても
努力は終わらないのである
自らが亡くなるまで
努力は終われない
歳を取ろうと
身体が動かなくなろうと
脳が正常である内は終われない
努力とはそういうものであり
もう一人の自分のような存在だ
自分自身以外に
分かることなど無い
自らの死に際へ
「頑張った」という自分の言葉以外に
報われるものなど無いのである
たとえ第三者からの評価が
大きいものであったとしてもである




