体内浮遊
忘れていく出来事は
日常の素直な時間に
第三者には見えない本のように
突然、現れては
意識を引っ掻き回して
一回使ったら消えるアイテムみたいに
何処かへ行くのである
少しだけ疲弊した心が残っては
もう一度、忘れようとして
埃を払うかのように
疲弊したことを忘れようとする
たぶん、一生繰り返すことで
苦しくは無いのだが
好き好んで成りたい状態ではなかった
何処かで見たような景色を
車窓から見ると
付随した記憶が開こうとする
良いものだけど
今からを生きて行くことには
全く関係の無い映像が流れる
思い出とは
よく名づけたものだと
そちらを少し考えている自身に気づく
出力される記憶は
その時の自身が何かを思ったのだろう
だから記憶されている
脳内に強く残っている
勝手に溢れることだけは
少しだけ困りものではあるが
知っているのに実感が遠く
実感はあるのに
着ている服みたいには馴染まない
体内に居る浮遊霊みたいに
定着しないものである
中途半端な勉学は
中途半端にしかならない理由だろう
机に向かう時は
真面目である筈なのに
自身の中に
何処か、拒絶があるのかもしれない
苦手意識は無いのに
嫌ってしまう理由があるのは
自身の中にもう1人
別の自分が居るみたいだ
無理な食べ物を
久しぶりに口にすることがあった
意外にも食べれてしまい
気に入る一歩手前で
悠々と席に座るのである
記憶も思い出も
今には勝てないのかもしれない
あれは例題であり
「今」という時間は応用なのだ
応用は基本に忠実でありながら
時に基本を飛び越えていく
それを成長とは呼ばない
感覚を手に入れただけで
上手く使っている訳ではない
どちらかといえば
面食らっている分は
子供なのかもしれなかった




