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豆腐の夢

日本 60年代後期に学生時代を歩んだキナコの思い出、それは親父と2人で江戸川区で過ごした切なくも笑える様な思い出だった、、、、




2人の流れ者


東京都江戸川区 江戸川中学校。静まった廊下に響く教室から漏れる先生の声と、黒板にチョークを打つ音。

 宮本は、2年3組のキナコを呼びに2階の廊下を歩いている。

 3組のドアをノック、その音にクラス中がドアに注目。社会科担当の吉田に言った。

 「授業中申し訳ないな、キナコの保護者が迎えに来てるので、キナコは今日早退きさせます」


 キナコは呆然としている。


 宮本に連れられて、棟の一階で職員室や事務室の向かいにある会議室へ向かった。

 中に入ると担任の小林と教頭の福井、2人と向かい合わせで座っているキナコのおばあちゃんの3人が待っていた。

 深刻そうな表情から、親父に何かあったと理解した。きなこはバッグを下ろし、おばあちゃんの横に座った。


 「キナコ、、、」




もともと極貧な生活だった。親父の白兎 勉と、中学生の白兎 きな子の2人は、日曜日、昼の14時頃、江戸川区の町中に止まったバスから降りる。

 親父は右手に茶色の皮のバックを一つ、左手に2つの黒のバッグを持ち、手が塞がっている。

 きなこは大きなリュックを背負い、中から新聞に映った海外スターが丸く切り取り貼られたうちわが飛び出している。そして、両腕で抱くように丸いクッキーの容器を持っている。

 2人は車の多い大通りをしばらく歩くと、横断歩道を超えてちょっとのところで狭い路駐へ入った。そこからは中道で、これから2人が住む格安アパートへ向かう。


 「親父!疲れたぁ、キナは明日から学校〜」


「キナ!あともう少し〜頑張れ〜」


親父は43歳になるが見た目はまるで子持ちとは信じられないほど若く、その上なかなかのイケメンで背も高い。上下揃いの2つ赤いラインがサイドについたダークグレーのジャージを着ていて、センター分けのヘアースタイル。

 しかしその代償か、頭は悪く、金運もなく、奥さんも男をつくって逃げていった。キナコにとっては母親に当たる人は、キナコがまだ赤ん坊の時、貧乏生活に嫌気がさし、キナコと親父を残して出て行った。

 日雇い仕事の求人を見つけるので精一杯、異常なほどノーテンキで気弱な親父は今後の家計のこと考えているのか、ふとした時に不安になる。

 キナコは母親に似たのか、親父とは違い気が強く悪賢い。背丈は166cmの長身で親父に似ており、顔立ちは母親要素がつよい。おかっぱ頭の真面目に見えて、時折学校をサボったり、試験時にカンニングがバレるなど何かと問題児扱いされている。そこは父親に似た。

 仲道をしばらく歩くと、住宅地の中の大きな通りに出て、そこを左に歩き信号が見えてきたところをまた左に曲がると、古いアパートが立ち並んでいた。

 アパート同士の間の細道を渡ると、駐車場を構えた茶色のアパートに辿り着いた。

 斜めになった今にも取れそうな白い看板には黒文字で「江戸サキ」と書かれている。ボロアパートだが、想像していたほどのボロクソではなかった為、2人は盛り上がった。

 

 「キナ!綺麗そうなアパートじゃないか!」


 「よし!親父、よくやった!」


2人は錆びた階段を上がって2階の201号室のドアを開けた。

1DKの部屋だが、賃貸が安いわりにお風呂場がついているのはラッキーだ。

 キナコと親父はこの日からここに住むのだ。その日の夕飯はどこから貰ってきたのか全く不明なさんま2つと、お米、それから具が豆腐だけの味噌汁。味噌は引っ越す前に隣のおじさんがくれたもの。

 田舎ではもう暮らせないと、都市部へ渡る人々の流れに乗ってキナコと親父もここに来た。

 江戸川区はなかなか発展した町だ。車がたくさん走り、道路までしっかり整備されている。そして、商店街も賑わい仕事も有り余るほどにあるだろう。


 「いただきます!」


 「美味しそう〜」親父は上機嫌に飢えたようにご飯を食べる一方、キナコはマイペースでテンションが真逆な2人は茶色の丸いテーブルを囲む。


 親父「明日から学校、楽しみか?」


 キナコ「ぜんぜん、、、普通〜」


 親父「楽しめよー、さめてるやつ〜」


キナコはサンマを一口分に切った後、お米と一口サイズのサンマを口に放り込む。

 親父は思い出したかのように立ち上がり、外に出て行くと、いつの間にか持ってきた自転車を開けっぱのドアからキナコに見せて自慢する。


 親父「キナコ!見てみ!」


 キナコ「また、どこから?」


 親父「さっき、ゴミ捨て場所を確認しに行ったら、捨てられてた」


 キナコ「はぁ?捨てられてたというより、止めてただけじゃないの?」


 親父「いやぁ、倒されてたよ」


 キナコ「こいつ、、、やばっ」



親父は顔をやや右に向け目を細めたキメ顔でキナコを見る。キナコは我が子のイタズラを見守る母の様子で夕食を再開。

部屋はダンボールなどはなく、茶色の皮のバッグが2つ、部屋を区切っている襖の端に放られている。

 ここに前住んでいた人が残したタンスと使えないテレビが一台と茶色のテーブルが置かれている。

 家具など持ってこなかった自分たちにとってこれほど都合のいい部屋はない。


 

 翌日からキナコは江戸川中学へ初登校。道は何となくで知っている、バスでこの町に来てすぐ学校の場所は確認した。でも念の為、他に制服姿で歩いてる同世代の子達を横目でチラ見しながら、学生バッグを大げさに振り、大きく足を上げながら歩いた。

学校の校門前に着くと、生徒指導員らしき先生が校門前で登校する学生達におはようと大きな声で迎えてる。

先生は腕を組みながら、ゆっくりと登校するキナコの顔をじーっと見て、「おはよう、、、見ない顔だな」と言った。


「おはようございます」

キナコの声は小さめで、先生の反応を面倒くさがっている。


「転入してきて、、、埼玉から」


「おお!転入生か!初登校緊張してるだろう!」


「そんなところです」


「元気ないなぁー、元気出せ!」


「はい〜」


キナコの背中に気合を込めて叩きたそうだが女の子だった為、叩く事を控えた。

 校門こえてそのまま歩いて行くキナコを止め、「おい、まだ自己紹介してないだろう、ちゃんとしろ!」と履気のある厳しい口調で言った。

 キナコは苦笑いしながら、忘れてたととぼけた。

 

 「忘れてた、、白兎 きな子です。中学1年の」


 「きな子、いい名前だな、俺は生徒指導の宮本です。よろしく!」


 宮本は握手を求め、控えめに差し出すきな子の手を素早く握ると、二振りほどして「頑張れよ」と言って手を離した。

 背が高く体格もいい、焼けた肌に中途半端に伸びた坊主頭、上下青紫のジャージ姿だが、きな子の目には学ランかグレーのスーツ姿で、男前のイケメンに見えている。好みではないが、手を握られた時は心が高鳴った。

 すぐには教室に向かわず職員室に寄った。ドアの前で待っていると、キナコが声をかけた女性の先生が、若い男性教員を呼んでくれた。

 その人は白のワイシャツに黒のズボンで汗だく。うちわを煽って座っているが、他の男性教員にと違って足を閉じ、背筋を伸ばした座り方、机に甘えてない感じから新人オーラが隠せない。

 その先生を見てキナコは確信した。「よし、勝った」。

 その男性教師は職員室前に立つきな子に気づき、笑顔で右手を振って中に招いた。


 その先生は小林 拓哉と名乗った。自己紹介も容易く終え、キナコをクラスへ案内した。

 教室の廊下を歩いてるだけ、周りの視線が鬱陶しい。「お前らはじめて人間見たのかよ」と心の中で愚痴が止まらない。

 3階の一番奥の教室が1年7組。ちょうど朝礼の時間、先生の声かけと金の音でみんなが席に着く。


 「よーし、おはよう!号令!」


今日の日直の男女が2人前に出てきて、朝の挨拶をした。「みなさん、朝の挨拶をしましょう!おはようございます!」

 後に続いてクラス全体が「おはようございます」と若干ズレ気味のボー読みで返す。

 みんなキナコに興味深々で、キナコを見て後ろの人とこそこそ話したり、笑ってたりする。


 「朝礼する前に埼玉から転校生がきてます!自己紹介してキナコ」


 「はじめまして、白兎 きな子です。埼玉から来ました。よろしくお、、、」


 キナコは思い出した。昨日夜、親父が自己紹介の練習をやっとこうと言い、練習させられたのを。


 「キナ、もっと笑ってぇー、そんでポーズ決めてたら皆んなも笑わって友達もすぐできるんじゃないか!」


 親父は裏声で自己紹介するキナコを演じた。

 右手でピースし、それを左右に揺らしながら「おはようございます!白兎 きな子でーす!埼玉県から参りまして、こちらでお世話になります。よろしくお願いしたいと申す〜」


 その光景が頭をよぎり、思わず吹き出してしまった。そんなキナコを見てクラスのみんなも笑った。

 小林も笑いながらキナコに寄り添う。


 「どうしたキナコ!笑ってるのかぁ、泣き出したかとおもったよ」


 きな子は頭を小刻みに下げ、「すみません、、、よろしくお願いします!」と言い直し自己紹介を終えた。

 教壇から見て4番目の一番後ろの席が空いていて、朝礼が始まった瞬間から「あそこが私の席か」と思い、そこに向かおうとしたら、「キナコ!そこじゃない!」小林に呼び止められた。

 そして、小林は窓側の2番目の列の後ろを指した。「ごめんごめん!言うの忘れた!2 番目の後ろあっちな!」

小林は続けて言う。


 「あっ、キナコの名前!黒板に書けばよかった」


 先生の天然ぶりに陽気な女子がツッコむ。

 「先生!もーう!しっかりしてくださいよー!!」


 そんな会話などよそに、キナコは呆れ果てた。なぜなら、キナコの席の隣とそのまた隣、それから前とその前まで席が空いている。「絶対的に不良の固まりじゃん!」

 ほとんどの席はうまっているのに関わらず、この一部だけがすっからかん。明らかにグループでサボっているとしか思えない光景だった。

 キナコはイラッとしなが席に着く。生徒の笑いも取れて絶好調な小林に苛立ち始めてきた。

 「何が黒板に名前書けばよかったじゃ!あほんだら!」心の中で怒鳴り散らす。


 小林は忘れてたとヘラヘラしながら黒板のど真ん中に大きく白兎 きな子と書いた。

 「書いとくね!」小林はそう言うと朝礼を始める。

 

「ざけんな小林、、、今更書いたところで意味ないわ!誰が見るか!隣のクラスのやつが、あれが転校生の名前〜ってくるだけだわクソッたれ」


 表情にこそ出さないが、キナコは一瞬にして不機嫌となった。、、、




その頃、親父は豆腐屋に初出勤。


 白の長靴に白のエプロンを着た太ったおじさんはバックヤードで背もたれのない丸い椅子に座って煙草を吹きながら新聞を読んでいた。

 開けっぱのドアの前に背丈の高い男が顔を出す。白兎 勉だ。


 「失礼します!」


勉は笑顔で頭を下げた。おじさんは「おぉ!今日からの?」と聞いた。


 「はい!よろしくお願いします。」


 「元気でいいねぇ、こっち座れよ」そう言うと、隅に適当に放置された丸い椅子を持ってきた。太っていてゆっくりな動きだ。歩くのでさえとんでもないカロリーを消費してそうだ。特にこんな暑い日にはさぞ息苦しいだろう。

 

 「採用ありがとうございました。」


勉は緊張しながら礼儀正しく振る舞う。


 「いやいや、人手不足でこちらこそありがたいよ。それにお前さん、なかなか男前だな、客が増えそうだな!佐藤とは友達なんだろう?」


「はい、昔からの」


この豆腐屋の仕事は友人である佐藤からの紹介だった。

佐藤は勉よりも先に都市部に移り住み、印刷会社で役職を得ていた。


おじさんは緊張を解そうと雑談を挟む。


「俺はぁ店長の四賀 利潤だ、よろしく!」


「利潤さん、すごくかっこいい名前ですね。」


おじさんはこの豆腐屋江戸川の店長で利潤と名乗った。



「おお!ありがとうよ、そんで君の仕事は、製造された豆腐の販売だ。長く続けば、大豆の仕込みから豆腐の製造まで教えるぜ、、あぁあと、最初は注文を受けた施設への配達な!」


「はい!了・解・です!」


勉は気合いのある返事をした。


利潤は太った体を重そうに持ち上げると、後ろのタンスから自分が着ているものと同じ白いエプロンを取り出した。


 「おい、これを!お前さん大きいからな、身丈にあってねぇかもしれんけど、これしかねぇから、これ着ろ」


エプロンを優しく投げ渡すと、勉はエプロンを着て初仕事を開始した。

 売り場には既に20代の青年が1人立っている。


 「おい、桜!こいつこれから入るから、いろいろ教えてやれ!勉だ」


「おす!よろしくお願いします」


礼儀のいい若者の桜は、頭を軽く下げると勉を見上げて、「あぁ、、、じゃあ、、、」と言って戸惑っている。

 「そんな、緊張しなくていいよ、よろしくな!」桜は身長160cm後半に対して、勉は180cmはるかに超えている。身長差が桜を緊張させた。


 「えぇーと、これが売る豆腐です」


 桜は見ればわかるところから一々教えていく。勉は思わず吹きそうだったが、笑うのは抑えて、ゆっくり説明を聞いていった。


 「そして、配達行く時はあれを、、、」


桜が指差したのは、茶色の大きな箱を後ろに乗っけた少し錆のついた自転車だった。

 桜は勉を見ると、「勉さん、背が高いので、少し乗りづらいかもですけど、、、」

 

 「あはは、大丈夫、大丈夫!慣れてる。今日もな、ゴミ捨て場で拾った自転車に乗ってきたよ!」


 勉は親指で自転車を指差した。桜は唖然した表情で勉の話を聞いている。

 

 「だから、大丈夫!」


 「そうですか、、、あはっ」桜は笑った。「勉さん、面白いですね」


 「そうだろう!」


勉はお得意の顔をやや右に向け目を細めたキメ顔をした。桜と勉は相性が合い、絶好の出だしの仕事となった。


 勉「いくつ?」


 桜「年齢ですか?17歳です」


 勉「17歳!若いなぁ」


 桜「勉さんいくつですか?」


 勉「俺、42歳!」


 桜「えぇ!42歳!」


桜は張り上げた声で驚いた。


 勉「俺、中学生の娘もいるし!」


 桜「えぇ!そんなんですね。奥さんも?」


 勉「妻はいないなぁ、残念!!」


 桜「へぇ〜」


見た目からモテそうなのに、妻がいないのは桜にとって意外だった。

 桜は仕事を教えていきながら、勉がここに来るまでの話を聞いた。

 勉は戦争時代に少年兵として戦場に送られた。生き残ったがその後の性格は苦しく、埼玉の田舎で農家をやっていて、22歳の時に駆け落ちして家出、でも働き口が見つからず、奥さんに逃げられ、娘と2人になった。

 娘を養う為に借金をして、日雇いバイトじゃやってけず、発展したこの町の希望を信じた。

 そして桜も同じだ。子供も妻もいないが、生活する為に働く必要があった。中学まで行き高校には進学していない。

 豆腐屋江戸川と古着屋のバイトをかけもちしている。いつかは正社員になるのが夢でもある。

 お喋りに夢中になりすぎるたびに、利潤は裏の豆腐製造場からレースをあげて顔を覗かせる。それに気づくと桜と勉は即興で会話の合間に豆腐・ショーケース・お客さんなどのキーワードを入れて誤魔化した。

 桜はショーケースに入っていた豆腐を取り出すと赤と白のチェック柄のランチョンマットが敷かれたテーブルに置き、豆腐の名前と作り方まで丁寧に教えていった。

 


 「これは、絹ごし豆腐、、、濃い豆乳に凝固剤を流し込んで熱に通してつくります。とても柔らかいのが、、、特徴、、、待って、、、すみません!これじゃなくて、こっち方だ!これは、充填豆腐でした!」


桜は、ショーケースを指差し、「これが絹ごし豆腐でした!!すみません!」と言い焦って訂正した。

 勉は笑いながら、テーブルに置かれてる長方形に切られた裏紙の束から一枚取ると、桜の胸ポケットに入ってた使いたての鉛筆を取ると、「大丈夫、大丈夫、ごめん、、、もう一度言って、メモるね」とメモするの忘れてた風を装って書き留め始めた。でも実際は、最初からまとめるつもりなどなかったが桜にチャンスをあげる為での演出だ。


 そろそろ、奥さん方が増える時間となった。夕方16時頃、通りから足を止めてここに近づいてくる奥さんが1人。

 ベージュ色のメッシュのバッグを持っており、花柄のエプロンをつけているパーマへアーの40代後期の女性だ。

 桜は店内から大きな声で「奥さん!うちの豆腐美味しいよー!」

 さっきの緊張した雰囲気とは裏腹に、慣れた声かけと陽気な青年といったところだ。


 「杏仁豆腐って置いるかねぇ?」


奥さんは大きい声で聞きながら近づいて来る。


「はい!杏仁豆腐ありますよ〜」

桜はあえて上半身を外に突き出し、ショーケースの表面から真ん中の段の端にある杏仁豆腐を指した。

奥さんは桜が邪魔で正面からショーケースが見えず、顔を左右に傾ける。

 


「あぁ、、美味しそう!これ3つもらえる?」


奥さんは愛嬌のある笑顔で言った。横で棒立ちの勉を興味深そうにチラチラ顔を見る。

 勉と目が合うと、奥さんは笑顔でアイコンタクトするが特に会話もなく、桜が袋に杏仁豆腐を入れて手渡すと、お金を払い去っていった。


 「おぉー、お前なかなか上手いなぁ!」

勉は関心し、桜も照れながら謙虚に答える。

 「これくらいは、やっていたら慣れますよ!」

 

 「なんて、言うんだっけ?」


 「豆腐・江戸川いかがですか的な事を言えば、大丈夫です!」


 「よし、俺やろう!」

勉は気合を入れて、大きな声で「豆腐・江戸川いかがですかー!」と声出しを始めた。桜もその気合いに圧倒され、自分も負けないと声出しをする。2人を見て、安心しながら微笑む利潤は煙草を吸いながら、客が入って来るのを見て、裏に戻っていく。





豆腐屋の仕事が終わると、締め作業した後、利潤から売れ残った杏仁豆腐と、ヤッコ、焼き鳥5本をもらい、盗んだ自転車で帰った。

 家に帰るとご飯を待ち構えているキナコが窓縁に座って、うちわを煽りながらお菓子を食べていた。


 「ただいまぁ!」


 「おかえり、仕事どう〜?」


 「なかなかいいよ!続きそう〜」


キナコは匂いを察知、「焼き鳥?」


 勉は顔の横まで焼き鳥を持ってきて、得意なキメ顔を見せる。この時のキメ顔は一段と輝き、キナコも「かっけぇー」と言いながら焼き鳥に直行。

 ヤッコのスープと、お米、焼き鳥に杏仁豆腐、そして豆腐の炒め物、具はキャベツ。これが今日の夕飯。

 2人はテーブルを囲む。夜になるとこのあたりは静まり、月の光に照らされて眠りに入る、

 そして、今日の出来事を話し合った。


 「ねぇ、豆腐屋って何すんの?」


 「ええ、作ってそれを売る仕事、それから配達な」


 「ああ、配達か」


 「学校はどう?」


 「友達はできたな、あれは、もう友達よ」


勉は目を見開き、キナコの話に興味深々。


 「おお!それで、、、」


 「その子たちの名前は、、、えーと、、、」


キナコはうる覚えの記憶を遡って、名前を1人ずつ言っていく。

 「さつき、、、、れいこ、、、さや、だったはず、あぁ、、あと宮本」


 「宮本?」


勉は1人だけ苗字呼びに違和感を感じる。


「そう、宮本、指導係」


「生徒指導!生徒指導の先生を宮本って、、、お前、、問題起こすなよ」


勉はキナコの性格上、先生の名前を呼び捨てにしているのが心配でならない。しかし、人付き合いの下手くそなキナコにして、初登校で友達ができた事は関心した。


 「大丈夫、大丈夫。先生って呼んでるから表向きは!」


キナコは不良の笑みを浮かべた。


 勉「うぅわ、怖っ」


キナコは話を続ける。「3人はね、海外スターのファンなの!それで、エリザベス・ハニーとかマイケル・プリン、ビートルズの話で意気投合してね、アメリカ女子の会に誘ってくれた」

キナコは洋楽ファンで、英語こそ喋れないが、勉がどっからか手に入れたエリザベス・ハニーのレコードを大事に持っている。

 勉はご飯を食べながらキナコの話を聞いた。


 「私のおかっぱ頭をあの子達は、洋風にボブヘアーっていうのね、それであだ名をつけられて、、、、ボブ・キナコになったぜぇー、かっこいいだろう!」


勉は吹き出した。

 「ちょっ、、、ちょっと待て!ボブ・キナコ?!ウケる!!」


 「何がそんなに面白い?」


キナコは真面目な顔で怒鳴るように言った。


 「だって、、、ボブ・キナコは、ちょっと、、、」


 勉は笑いこげる。花柄でヒビの入った茶碗をテーブルに置いて、床を叩いて笑った。ボブ・キナコだけでも面白いが、それを真面目にかっこいいと語るキナコに耐えられなかった。

 キナコは少し気に食わない様子で夕飯に戻り、焼き鳥を串から肉を勢いよく引き裂く様に食べる。


 勉は5〜7分笑いすぎて、息切れしながら真っ赤な顔で夕飯に戻った。


 「やばぃ、、、ボブ・キナコかぁー!いいなぁ!」

 

 「もういいよ!」


たった2人だが、夕食時はいつも賑わっている。それからもこの町で順調に暮らし、よその町の感覚は抜け、馴染める様になっていった。

 勉は半年後も仕事で豆腐作りまではやってないが、利潤は桜から豆腐作りを教え、勉は1人で売り場に立っていた。




日常


9月末頃、、、、


 「さや!」


 「何〜?」


背が高くスレンダー、肩まで垂れ下がる髪、おでこが見え、明るい雰囲気のさつきは、声の響く廊下から大きい声でサヤを呼ぶ。

 さやが振り向くと、後ろから猛ダッシュでさつきが走ってくる。その様子を真顔で見つめる。


 「ねぇ、、、」


 「なんなの?」


静かで丸眼鏡。二つの三つ編みをさげ、陰気だが、眼鏡を外せば美人になれそうな整った顔をしている。

 普段静かだが、オタクで好きなものに関しては口が止まらない。


 さつき「今日バレー休みなのよ、だからアメリカ女子会しよ!」


 さや「えぇーん、今日はすぐ帰る」


 さつき「なんで?」


 さや「ゲゲゲの鬼太郎見るのよ」


 さつき「鬼太郎は来週の水曜日に見なさい!」


 さや「い・や・だ」


 さつき「いいじゃなーい!」


さつきのテンションに比べ、さやは冷静に受け答えをしている。また、さやの目力が強く、目線を合わせて喋ると思わず目を背けてしまう。


 さつき「どうしたら、来る?」


 さや「どうしても、来ない」


 さつき「わかった、こうしよう!あなたの家でみんなでゲゲゲの鬼太郎を見ましょう!!」


 さや「はぁ?」


その日の夕方17時頃、キナコ、ちさこ、さつき、さや、れいかの4人はさやの家に集まる事になった。

 オレンジ色の騒がしい通りを4人は歩いていた、さやの家に向かって。


 さや「なんでうちなのよ!」


 さつき「いいじゃない!一番金持ちだから、、、そうだよね!れいか!」


 れいか「そうねぇ、万年筆持ってるし!」


 れいかとさつきの隣を歩いているキナコは、さつきがれいこって呼んでいた友達をれいかと呼んだ事で、自分はつい最近まで名前を間違っていた事に気づいた。

 今更それを言うのは失礼だと思い、特に触れなかった。


 さつき「キナコは初めてでしょ?」


 キナコ「うん、初めて!どんな家?」


 れいか「そうねぇ、どんな家?」


 さつき「あのね、2階建ての一軒家、庭付き、白鳥を2匹飼っている。父親は印刷会社の重役!」


 れいか「えぇ!!白鳥を2匹飼ってるの?」


 キナコ「白鳥って、白い鳥?」


 さつき「そう!見た事ある?」


 キナコ「うん」


キナコが昔いた川島町にある越辺川には、冬になると白鳥が飛んでくる。記憶の中で一番覚えているのは、白鳥の群れの中に1匹、ものすごい大きいのがいた事だった。キナコはそれを話した。


 さや「すごー、綺麗な場所?」


 キナコ「まぁねぇ、」


 さつき「さつき!さつき!」


 さや「はぁ?」


さつきは急に自分の名前を連発した。すると大笑いしだし、「ごめん!、、、間違った!」と言った。

 

 「あのね、さすが!って言おうとしたら、自分の名前連呼しちゃったの!」


 その言葉にれいかは独特な笑い声で大爆笑。「がははははっ、、、がはははっ、、、ひぃー」。

 その笑い声がキナコとさやのツボにささり、2人も大爆笑。結果、全員が爆笑しながら歩き、周りの通りがかる大人たちは横目でみながら素通りしていった。

 4人はハイテンションのままさやの家に行った。奥の方からさやのお母さんの声が聞こえてきた。

 「さや、、、誰か来てるの〜?」


 「友達!」


さやは大きい声で答え、「入って!」と言い、靴を脱ぐも玄関の端に綺麗に揃えた。

 まるで洋風な家だった。さつきが連れてきたかった理由もわかる、欧米に憧れる子なら、誰もが来たがるような、お城みたいな家だった。


 「あら!いらっしゃい!」


さやのお母さんは予想してた通りの美人で、その上優しい。理想的なお母さんだ。


 さや「みんなで鬼太郎見ていい?」


 お母さん「いいけど、鬼太郎途中までしか見れないわよ、最後まで見たら遅くなるでしょ!」


 さや「わかった!、、、みんな途中までね」


さつき「はいよー!!」


れいか「すごーい綺麗!」


れいかはこの家の雰囲気にぴったり。小柄でお嬢様みたい。腰まで伸びた長い髪にカチューシャをつけている。

 中身はおっさんだが、この中で一番小柄で女の子って感じの雰囲気だ。

 4人はダイニングにバッグを置くと、さつきが言った。「さや!部屋、部屋見して!2人とも、さやの部屋すごいんだよ!」

 さやは、気前悪そうに部屋を案内してくれた。2階の階段も絨毯が敷かれ、廊下も大げさだが、学校みたい。

 廊下の途中に、茶色の小さな戸棚の上のアンティークのランプは、廊下をゴージャスなオーラで包んでいる。

 そして部屋ドアを開けると、そこに広がっているのはキナコの憧れの全てだった。

 出迎えるのはエリザベス・ハニーの大きなポスター、左を見ればピンクの布団が可愛い洋風のベッド、その横の壁にはビートルズのポスターも貼られていた。

 何より、部屋に入って右側の勉強机の所に飾られたフランス人形が美しかった。


 キナコ「すごーい」


 さや「どこが」


 れいか「あんたの部屋、女の子の頭の中よ。わたしだったら、、、」


れいかが何かを言い切る前に、さつきが口を挟む。


 さつき「でしょ!!本当はこれが見せたかったの!」


自分の部屋かのように自慢するさつき。この空間にいるというだけで、誇らしいのだ。

 キナコは空間を360℃見渡し、ベッド横の本棚に並べられた海外アーティストのレコードに目が入った。


 キナコ「すごい」


ただ感激していた。自然と体が動き、レコードに近づく。並んだレコードケースを一つ一つ撫でるように触れる。

 

 さつき「すごいでしょー、キナコ!」


 キナコ「うん!」


3人がさやの部屋に見惚れていると、「みんな、クッキーとアセロラジュースをどうぞ〜!食べに来て〜」とお母さんが下の階から呼んだ。

 さや「この部屋は飲食禁止なのよ」


 さつき「さ・す・が!」


4人は最後の最後まで目に焼き付けようと部屋を出る直前まで空間を忙しいほどに目ん玉を動かした。

 みんながこの空間に見惚れて去っていく中、キナコはエリザベス・ハニーと縦文字の英語タイトルのレコードにくびったけ。さやのお母さんの声で、早く出なきゃいけないという焦りと、自分には手に入れられないレコードの魅力に負け、魔が刺した。

 「もう少し見てたい、、、、、少し借りるだけ、、、」そう思うと、手がレコードを取り出し、そのまま腕を後ろにやると、セーラー服の中にこっそり隠した。

 「大丈夫、バレない。こんなにレコードがあるんだから、、、、」

 

4人は静かに階段を降りると、ダイニングへ行った。5つくらいの椅子に囲まれた背の高いテーブルと、その前にある大きなテレビと背の低いテーブルが目の前に一つ、下にはベージュの絨毯、そこに4人は座ってさやのお母さんが注いでくれたアセロラジュースと、チップも何も入ってないシンプルなはだ色のクッキー。

 クッキーを食べながら、ゲゲゲの鬼太郎を見た。

 キナコの頭はレコードのことでいっぱいだった。みんなが鬼太郎に夢中になったのを狙って、こっそり背中にくっついているレコードを、学生バッグの中に仕舞った。

 19時前になった頃、「みんな、早く帰った方がよさそうね」と言われ、仕方なく帰宅する事に。さやは3人を玄関まで見送り、れいか「また来るねぇ〜」とそそくさと歩いていく。

 

 さつき「れいか!ちょっと待って!」といいながらキナコの手を引っ張り、「さや!また明日!」と言い、ペースの早いれいかを追いかける。

 駅でれいか、さつきと別れると家に向かいながら、バッグから盗んだレコードを取り出してじっくり見つめる。

 金髪の長いカールヘアーに、青い目、赤のタイトでセクシーなドレスがとても光っている。ピンクの唇がぷるっとしていて、本当に綺麗な人なんだと改めて実感する。

 親父に見せたいが、盗んだことバレたらやばい為に見せられない。これは、自分だけの秘密、キナコはレコードケースを眺めながら歩き、家に着くとバックにしまう。


 「ただいま〜」


何事もなかったかのように部屋に入った。帰ると、親父はテーブルの横で眠っていた。薄い毛布だけを被って、父親の体にフィットしている。


 「ただいま!」


キナコは大きな声で言い直した。親父はびっくりしたように顔を上げて、目をこすりながら「おおぉ、おかえり」と落ち込んだ声で返した。


 「どうしたの?体調悪いの?」


キナコは親父に強めの口調で言った。親父は「少しぃ、、、調子が悪い、、、」といつものは打って変わってテンションが低い。

 そんな親父を見てキナコは、心配と同時に寂しさを感じた。

 体調は悪いとはいえ、キナコの為にご飯は作ってテーブルに置いててくれた。豆腐とキャベツの炒め物、豆腐の味噌汁、あとお米。豆腐屋から譲ってもらったとであろう食卓カバーがかけられていた。

 さやの家について話したかったキナコだが、今日は控える事にし、黙ってご飯を食べた。その日の夜、いつものようにテーブルを寄せて電気を消して寝間を敷いて寝た。狭い部屋に2人、キツキツではないが、寝相の悪い日は、どちらかの足がお腹の上にきてたりする。

 特にキナコは寝相が悪い。この部屋は古くて透けてるレースしか窓を閉ざすものがなく、夜でも視界が効く。



 歴史の授業中、吉田先生が誰かに当てようとしている。キナコは先生の目線から逃れるようと教科書を立てて顔を隠す。

 横の席にさやがいる。さやはぼそぼそと声をかける。

 さや「ねぇ!ねぇ!キナコ!」


 キナコ「何?」


 さや「あんた、世界スターでエリザベス・ハニーが好きだったよね?」


 キナコ「うん!いつも言ってるじゃん!」


 さや「そっかぁ、疑うわけじゃないんだけど、私のレコード、、、」


 キナコはドキッとした。それは素直に表情に出してしまい、さやの目はその反応をじっくりと見つめている。


 さや「やっぱりね、あんたさぁ、、、」


ドン!


誰かが教室のドアを勢いよく開けた。そこに立っているのは、可愛いスズメを肩に乗せた親父だった。そしてその横に宮本がいる。2人とも背丈が同じで、まるで同士の様な雰囲気を醸し出している。


 「吉田先生!今日、キナコは早退きします!」


キナコはその言葉に緊張しながらも非日常的な出来事にワクワクした。そして何よりさやの尋問から逃れられ助かったと思っている。

 素早く荷物をまとめ、後ろの棚に入れていたお絵かき帳と色鉛筆をバックの中にしまうと、みんなの目も気にせずさっと教室を出た。

 廊下を歩いてる最中、親父と宮本は世間話をしている。親父の横でその話を聞きながら、「親父も一応、大人なんだなぁ」と感心していた。

 そして親父はキナコの肩に腕を乗せ、その温もりが何かと安心した。

 親父とキナコは家に帰り、部屋のドアを開けるとスズメは飛んで行った。

 部屋の中は美味しそうな料理の匂いが漂う。テーブルを見ると、鍋いっぱいのすき焼きが置いていた。親父は坂本九の「上を向いて歩こう」を歌いながら食卓を囲み、「キナコ〜すき焼き〜食べよう〜!」と誘う。


 キナコ「なんで、こんな豪華なの?」


 親父「たまにはねぇ〜」


 親父はテーブルの真ん中の大きな鍋から、豆腐、牛肉を取りお皿に入れてお米といっしょに食べた。


 親父「おいしぃなぁー」


親父があまりに美味しそうに食べるから、キナコも真似をしてすき焼きを食べる。親父は最初に豆腐を食べたが、毎度夕飯に豆腐が出てくる。豆腐に飽きたキナコは牛肉を最初に食べ、親父と同じく「おいしぃなぁー」と言う。


 「ねぇ〜!さやって友達の家に前行ったの!」


 「おぉ!それで〜」


 「まるでヨーロッパのお城!!楽しかったぁー、羨ましかったなぁー」


 「お前も住んでんじゃん!このお城に」


 「はぁ?やっば、こいつ、、、ここをお城!」


 「キナコ、、、、」


親父は急に真剣な顔でキナコを見る。そして、言った。


 「どんな事があっても、終わりよければ全てよし」


 「うぅ、、、、うん」


親父は続けた。「どんな家に住んでいても、その人の人柄が価値になるよー、キナコはこのお城に住んでる。でも正直者だから大丈夫。悪い人じゃないから」


キナコはその言葉に照れ臭がりながら、「そんな事ないわー」と謙虚に否定した。でも、頭をよぎった。さやの家からレコード持ち出したのを、、、、

 でも言えなかった。だから落ち込んで、自分を悟った。「私は正直者じゃない、、、、悪い人だ、、、」その悟りは、キナコを落ち込ませた。




目が覚めた。さっきのはただの夢だったのだ。横を見ると少し寂しげな親父の背中が薄暗い部屋の中で眠っていた。

 「夢かぁ、まじで嫌!」


夢を見ることがあまりないキナコにとっては、不思議な出来事だった。「今のが、、、夢かぁぁ」と感心しながらも、心の中でレコードを盗んだ事に対し、罪悪感が芽を出していた。

 キナコはしばらく考え、「返しそう、、、かな」そう思った。


 次の日、親父はキナコが起きるより先に外へ出かけていた。どこへ行ったかはわからないが、昨日からまともに口も聞けてない。

 夢は印象派でトラウマみたいに頭にこべりついている。

 学校に登校すると門前に宮本がいる。


 「うわあァー、夢にいた人」キナコはいつもの様に「おはよう〜ございます」と言うと、宮本は「おはようございます!、だろう」と指摘する。


 「はーい」


 「はい!」宮本はいつも威圧感でキナコを正す。キナコはこの勢いで生徒を正すやり方は、生徒の為になるのかね?といつも思っている。

 「声を上げる勇気の持ち主がこの世にいるなら、今頃あいつはクビだ!」

 教室に入ると、みんな自由に過ごしている。1人の席に集団で集まっておしゃべりする陽気に、静かに本を読んでいる人、読書好きの生徒は、陽気な女子の声が目障りっぽい様子だ。廊下から鬼ごっこで盛り上がる男子の叫び声、毎朝見る事になるこの光景はキナコにとって憂鬱。学校の始まり、これから8時間以上いなくてはならないからだ。

キナコは自分の席に着くと、机に寝そべりさやが来るのを待った。さつきは朝練で朝礼前の教室にいるところを見た事がない。

れいかはいつもギリギリで来るか、遅刻してくる。先生から叱られても本人の反省の色はない。初登校日、空席だらけの区間に座らせされたことを思い出す。

空いた前の席2つは不良だったが、右隣は遅刻癖のれいかだった。因みにその左側は席替えで不良に囲まれた事に恐怖を覚えた男の子。

しばらくうつ伏せでいると、「おーい、おはようお寝坊さん!」とさやが声をかけてきた。


「おはようさん、、」


キナコの動揺する様子にさやは「どうしたの?」と問いかける。


「いや、別に」肘を机につけ頭を支えた。さやの方をしっかり見ながら何でもない様を装い、いつ言うかタイミングを測る。

 

 「昨日は、鬼太郎を全部見せてあげられなくて残念だゎ、私、猫娘みたいになりたいね、可愛いと思わない?」


 「えぇ〜まぁぁ、、、そうね」


 「キナコ何考えてるの?」


 「何が?」


 「今、何か考えてるでしょ、話が弾まない」


 「そうねぇ、、、なんていうか、、、」


 「おはよー!!」


本音を言い出す前にれいかが来た。いつも遅れてくるはずなのに、今日は一段と早い。


 「さや、持ってきたよ。言ってたやつ」


れいかがバッグから取り出したのは青色のキラキラのラメでできたシュシュだった。

 

 さや「えぇー!可愛いぃ」


 れいか「そうでしょー、はい!」


れいかは自慢げにシュシュをさやに渡した。さやは嬉しそうだ。

 

 キナコ「何なの、それー」


 れいか「シュシュよ、エキサイティング・リリコのブランド」


 キナコ「お笑い芸人の?」


エキサイティング・リリコは世界的なブランドだが、珍しい女お笑い芸人のリリコから命名された。キナコはリリコしか知らない。


 れいか「違うわよー、もう少しオシャレに興味もとーやー、ブランドよ」


 キナコ「へぇー」


キナコは完全に言うタイミングを失ったが、安心する自分もいた。気がつけば教室は生徒が揃い、金が鳴る5分前だった。

 教頭の福井が廊下を歩いてまわっている。


 れいか「うーわ、教頭だ」


 さや「ほんとだ、隠して後でまた貸して〜」


さやはこのブランドのシュシュが欲しかったが、期間限定のもので手に入らなかった。唯一の手に入れられなかったものを、れいかが持っていたということだ。

 その日は何も話せず、バックの中のレコードを取り出すこともなく学校は終わった。アパートに帰ると玄関には、親父のボロ靴と、もう一つ見覚えのある靴が、、、


 「ただいまー」


 「おかえり!」親父はいつもの機嫌で返し、キナコは少しほっとした。

 すると、「キナコ?、、、帰ってきたの〜」。おばあちゃんだ。


 「おばあちゃん?」


左側の襖に隠れておばあちゃんの姿が見えなかった。親父の母親で埼玉から来た。

 

 「キナコ?、、、」


おばあちゃんにテーブルに前かがみになり、帰宅したキナコを見ようとしている。長い髪を後ろで団子結びにまとめ、少しこけていて細っそりとした体型、薄ピンクの着物を着ている。狐の様な目つき、切長の口、戦争を生き抜いただけあって頑固で気強そうに見えるが、その反面に孫のキナコには優しかった。

 そして親父には厳しい。急に家出したり、女に逃げられたり、帰ってきたと思ったら子供を連れて戻ってきたりで、そんな親父をずっと心配してきた。なにせ女手一つで育て上げた一人息子なのだから。


 おばあちゃん「キナコ、久しぶりだねぇー元気?」


 キナコ「うん!ずっと元気!どうしているのー?」


 キナコは興奮しながら聞いた。


 おばあちゃん「それわね、あんたのお父さんに呼ばれたんだよ、仕事掛け持ちしたいから家事を手伝ってほしいって、」


 キナコ「仕事?」


 親父はキッチンでまたもや豆腐の炒めものを作っている。珍しくもやしの入ってない炒めもので、中にホウレンソウ、キャベツ、小さく切られたナスが混ざり合い、親父にしては珍しいくらいに美味しそうな香りを生み出し、部屋中を漂っている。匂うだけでよだれが垂れる。


 親父「あのな、家計がギリギリだからな、ゆとり持とうと思ってな!」


 キナコ「へぇー、、、、おばあちゃん、野菜持ってきたの?」


 おばあちゃん「そうよ、あんたちゃんとご飯食べてるの?」


 キナコ「食べてるよー、親父が作ってくれる。」


 おばあちゃん「野菜は?ちゃんと栄養のあるものは食べてる?」


 キナコ「おばあちゃん、食べてるよん!」


陽気で言葉の語尾を変えてまともな日本語を話さない感じが親父に似ており、おばあちゃんはキナコと話すたびに、この子も道を外さないか心配になる。

 親父は豆腐屋の仕事は昼からで、21時前に帰ってくる。昨日、キナコがさやの家から帰ってきた時に親父が家にいたっていうことは体調不良で早退したのだろう。

 これからは昼間の仕事とは別に、映画館、ライヴ会場のチラシ配りをするらしい。これは朝の仕事。

 親父は豆腐の炒めを作ると、大きなお皿に移し変え、テーブルの真ん中に入れた。

 お米が炊けた合図の煙もいつも以上にいい匂いだった。


 おばあちゃん「あんた、ご飯は上手く作れてるんだね」


 一つ一つ親父がしっかりできてるか確認している。


 キナコ「よっしゃー」


 親父「食べよう〜」


3人で手を合わせ、夕飯に取り掛かった。その日の夜狭い部屋におばあちゃんも合わせより狭くなった。

 3人分の敷布団は重なり、真ん中をキナコに左に親父、右におばあちゃんが寝た。

 次の日から親父は朝早くに仕事へ行った。


 ライヴハウスのスタッフから大量にもらったチラシを人通りの多い交差点で、通り過ぎる人満遍なくチラシを配った。


 「ドッグ・ルーパーのライヴですよ〜、、、土曜日18時、今週ね」


 チラシを受け取る人や受け取らない人などいろんな人がいる中、見覚えのある人が前を歩いてきた。


 「あれ〜?白兎さん?」


 「あぁ!奥さん!」


前を通りがかったのは、豆腐屋に毎度寄ってくれる奥さんだった。名前は知らない。


 「えぇー、あんた、豆腐屋舐めたの〜?」


 「いいやぁ、辞めてないっすよー、朝の時間が空いてたんで、これもやろうと思って」


 「へぇー、偉いなぁ働きやで、、、うちの旦那は家に帰ってきたらすぐにお酒なんだから!」


 奥さんはたまげたと言わんばかりの表情で勉を見つめた。そして、勉が早退した日の事を話した。


 「そういえば、前豆腐屋に黒スーツの男の人たちが来てたでしょ?大丈夫だった?」


 「あぁー、あれね、あれはその〜、まぁ〜、なんていうか」


 勉は戸惑っているが、勉に全く容赦な意味奥さんは尋問していく。


 「あれって、ヤクザ?ヤクザっぽかったわね〜みんなが噂してたわよ〜」


 「まあぁね、ヤクザなんかじゃないっすよ、たまたま堅い男たちだったから、そう見えただけで、ただのサラリーマンですよ!」


 「あんな夕方にサラリーマンが?」


 「営業」


 「あぁ〜、なるほどねぇ〜」


奥さんはまだしっくりときてないが、営業と言われれば、そんな気もしなくはない。ただ、あんなイカついオーラで営業が務まるかと思ったりもする。


 「まぁ!豆腐屋、辞めたわけじゃないのね?なら、良かった。また、来るから!」


 奥さんは潔くその場をさる前に、チラシを見て「ドッグ・ルーパー?有名人?」と聞いてきた。


 「ドッグ・ルーパーはブルース系のバンドです。まだ、無名かも、、、」


 「そうよね、知らないわぁ、わたし最近の子だれも知らない。外国人?」


 「いいえ、日本人ですね」


 「ヘェ〜」


奥さんにとっては、考えられないと言ったところだ。

 奥さんの姿が見えなくなると、勉はホッとした。そして、豆腐屋の利潤に対する罪悪感を感じた。昨日、、、




馬場と白兎


 勉は豆腐を売っていた。


 「杏仁豆腐、ありますよ、ここに!」


ショーケースの中に入った杏仁豆腐、見たらわかるのに、気づきずらいのか、皆んな探し出せない。

 このおじいちゃんも杏仁豆腐を見つけられず1分ほど探した結果、勉に聞いた。

 桜は後ろの部屋を掃除している。豆腐を製造するところだった。

 珍しく利潤が配達をしている。あの太った体で自転車に乗るのは大変だと思ったが、意外にも慣れた様子だった。

 あの体で自転車は安定を保ち、あの肉厚なら、こけたとしても軽傷すらなさそうだ。


 「ねぇぇ、お兄さん!寄せ豆腐を1つ」


 「はいよー」


袋に豆腐を入れて、お客様が手に握る小銭を受け取ると豆腐を渡す。


 「ありがとうねぇー、またね」


 「はーいありがとう」


奥さんは微笑みながら帰っていく。どのお客様も見慣れた人ばかりで、手土産を貰ったり、話が長くなったりが日常茶飯事、しかしあまりに接客が長くなりすぎると利潤から指摘されたりもする。でも、商売の仕事は楽しいものだ。

 そんな平和な風景に黒い影が差した。


 勉が接客している様子を伺い、お客さんいなくなったのを見計らって奴らは来た。


 「おい!白兎、、、」


 勉は奴らを見て唖然とした。そして、だんだん手が震える。


 「久しぶりだなぁ、元気か」


黒いスーツを着た男4名、豆腐屋江戸川の前に立っている。店を囲むように。

 みんな背が高いが、その中で一番ガッチリしていてサングラスをつけた年長者が口を開く。


 「おい、白兎お前、俺を忘れたわけじゃないよな?」


 低いトーンの優しめの話し方がむしろ狂気に感じる。


 「どうして、どうして、ここを?」


 「なにも驚くことはないだろう、お前都市に移って仕事選びだろう、この時代だ、想像はつくだろう」


 「くっそー」


静かな声で嘆く勉。


 「お前、借金あるのしってるか?」


 「俺?もう返済したぜ!」


 「何を言ってる?まだ残ってるじゃないか、お前の相棒がいただろう、名前なんだっけ、、、あぁ、馬場 太子だったなぁ」


 男はわざと演技くさく勉のかつての友人の名前をあげた。

 馬場 太子、中学時代からの友達だった。同じ少年兵に入り、汚い大人たちの裏切りや負傷兵の世話を一緒に乗り越えた戦友でもある。

 家出したての若い坊主2人が最初にお世話になったのは埼玉のいたヤクザの組織。

 そんなに大きい組織ではなかったが、勢力をあげ、噂は埼玉中からここ江戸川までも広まっていた。「有栖組」だ。

 4人のうち2人は知らないが、このガッチリした男とその右端に立つ一番背が低く細い男は知り合いだ。

 

 「馬場が残した借金の分だぜ、さほど多くない、言うて少なくもないけどな」


 「はぁ?それを何で俺が払わないといけないんだよ」


 「相棒だろ、自分がまだ純白な若僧だったころを思い出せ、相棒の契約書に保証人としてサインしたよな?」


勉は思い出した。有栖組のトップに会った頃、「お前たちの面倒を見てやる」と言われ、生活費を肩代わりしてくれた事を。

 勉は眉間に皺を寄せ、目を閉じて記憶を遡る。この思い出を変形させたいが、確かにあの頃、互いの契約書の保証人の欄に互いの名前を書いた気がする、馬場はすでに死んでいる、アルコール依存症だった。そして、あいつは裏切った。


 27歳のある日、名古屋丸の内ホテル。上流階級の人間が出入りするこのホテルに、暗殺計画の重要ターゲットが宿泊していた。

 

 太子「勉!勉!早くしろ!」


ホテルマン衣装をした太子は301号室の部屋の前に立っている。そして、背が高いくせにノロマの勉に、険しい顔で早く来い!と小声で怒鳴る。


 勉「ごめん、ごめん」


 太子「ここが、真柴の部屋だ!2人で挟んで、抵抗できなくするぞ、だからお前はここに来い!」


太子はドアの向かいに指を刺し、ドアの左側に太子、右側に勉とポジションを決め、真柴がドアを開けるタイミングで太子がスタンガンで襲いかかり部屋に押し込み、勉も部屋に入ってそのままドアを閉める。

 倒れた真柴の首に勉がロープをかけ、2人がかりで部屋の電気にロープをひっかけ吊るした状態にし、そのまま自殺をしたように見せる作戦だった。


太子「いいか?作戦はしっかり頭に入れてるよな?」


勉「うん、、、入れてるよ!しつこいな」


肩が上がった状態だった。太子はスタンガンを構えて、勉はロープを両手で握る。

 もともとは太子の任務だった。有栖組のトップ有栖川 信長さんから頂いた任務だ。勉は背が高かった事で、有栖川さんが天敵の組と交渉した時、ボディーガードとしてつき、暴力沙汰になった時もその激戦に参加した。こうして勉は役割を果たしたが、太子は身長165cm程度の小柄で、特にこれといった任務を果たした事がない。

 よって、この暗殺計画は太子に任された。暗殺なのだから、なかなか重大な任務と言えるが、組織に暗殺の任務を任せられるのは、失敗した時に自分らは無関係として太子を捨てられるからだ。

 本人もそれを知っているが、成功すれば報われると思っているわけだ。勉はめんどくさいと思いながらも、太子に同情した。


 太子「よし、ノックしろ!」


 勉「いくぞー」


勉が小声で合図すると3回ノックした。そして長い腕を伸ばし、ドアの覗き穴を隠した。オレンジ色のライトが廊下を照らし、ヨーロッパ風の絨毯や窓が緊張感を増す。

 耳を凝らしていると、誰かがゆっくり音を鳴らして近づいてくる。

 そして、ドアがゆっくりと開いた。真柴はまさか自分が今日、殺されるなんて思ってもないだろう、のぞき穴で誰がノックしたかも確認する事なくドアを開けた。

 この瞬間、2人とも息を呑み作戦決行の姿勢をとる。「いまだ!」そう思った瞬間、

 ドアから出てきたのは全く知らない外国人の男性だった。茶色の髪をオールバックにまとめ、リボンの首ネクタイと、黒のスーツを来た170cm後半の背丈の男性だ。


 太子「えっ?」


動き出さない太子を見て、勉も同様する。開いたドアに隠れて、ターゲットが確認できない。外国人の男は太子の目線を見て、ドアの向かいの勉の存在に気づき、ドアからこそっと顔を覗かせた。

 2人の持ってる凶器に視線が移り、男の濃い顔はより濃くなる。


 男「Ohh NOo〜」


外国人の男は瞬時に事態を理解し、スローで太子に体を向けると、思いっきり腹に蹴りを入れ、勢いよくドアを閉めた。

 太子は腹を抱え、何も言えずただ唸り、勉は理解できないまま太子に寄り添う。


 勉「太子!太子、大丈夫か?太子?」


 太子「やばい!部屋間違ったかもしれん!」


 太子は喉から声を絞り出し、「早く、逃げるぞ」


 そういうと、勉の肩に掴みながらゆっくり立ち上がる。すると、廊下の奥、階段から誰かが走ってくる。しかも集団で走ってくる足音だ。


 勉「やばい!!」


そう悟った時、太子は勉を押し倒し、1人窓に向かって走って行った。そして窓を開けるとそのままパイプをつたって降りた。


 勉「えぇぇぇ〜、あいつまじかよ、、、」


「おい!お前!」


ホテルマン3人と警備員2人が勉の方へ走ってくる。「あいつ見た事ないぞ!」「あぁ、ここのホテルマンじゃない!」、、、、

 数十分後、勉はパトカーに乗せられていた。重い手枷をつけられて、、、、、

 殺人未遂で逮捕、もう1人は行方知らず。しかし、「殺そうとしたわけではない、ここに逃げた飼い猫を気絶させようとしただけ、、、飼い主が雇い主で、猫を連れて帰るまで、帰ってくるなと怒られた」というでっちあげた理由で釈放された。

 おそらく、飼い主の名前に有栖川さんを使った為に、有栖川さんもその嘘に乗ったのだろう。もしくは、何かしらの賄賂を渡したかだ。どちらにしろ2人は終わりの運命にあった。

 勉は有栖組から逃げる様に去った。今までの稼ぎを封筒に入れて、組みのポストに投げ込んだ後、タクシーに乗ってどこまで遠くへ行った。


 あれから何年も月日が流れ、組との関係は終わるを迎えたはずだった。しかし、知らず知らずのうちに有栖組は、勉と太子を探していた。おそらく、太子が既にこの世にいない事は知ってるだろう。


 「おい、忘れましたは通用しないぜ、有栖川さんに迷惑かけて、逃げたのに見逃されただけ運がよかったと思え!」


堅い男は、険しい目つきで勉を睨みつけた。すると横の細く背の低めの男が、一枚の紙を出した。

 紙を堅い男が受け取り、それを勉に渡した。「30万だ!」

 

 「30万?!、どこからそんな大金を持って来いってか!」


 「恨むなら太子を恨め、それに払えない額ではないだろう、来年の4月2日までに持ってこい!昔にお前がお金を入れたポストだ。太子の命日でもあるの忘れないでやれよ!」


男4人はその場を去った。勉は呆然している。後ろから桜が出てきた。


 「勉さん!大丈夫ですかぁ?さっきのは?」


 「ごめん、、、なんでもない、、、、」


 「お金せびられてたんですか?」


 「いいやぁ、、、そんなんじゃぁないよ、、、ごめん、、、」


勉は無理やり表情を取り戻して、作った明るい声で返した。


 「いやぁぁ!仕事中にマジでごめん!ごめんね、なんでもないよっ!この事は、利潤さんに内緒ね」


勉は人差し指を口の前に出し、桜にこの事を言わないよう口止めした。桜は気に食わぬ顔をしながら頷いた。きっと、勉の力になりたいのだろう。

 数時間後、利潤は自転車に乗ってご機嫌に帰ってきた、肉の入った白い袋を3つハンドルに下げていた。

 自転車を降りると、豆腐を入れてた箱を両手で持って、上に白い袋を乗っけて 「お疲れー!!」とそそくさと後ろの部屋に入っていく。


 


 「おい!勉、お疲れ!居酒屋の店主から差し入れだ!マグロ」


 「えぇー!マグロっすか、ありがとうございます!!」


 「お疲れだな、、、、」


利潤は勉はじーっと見ている。


 「どうかしました?」


 「何か、悩んでる事でもあるのか?」


 「えぇ?急に?」


 「いいや、いつものオーラが黒ずんでいるもんだから、、、」


 「えぇ?、、、あっはい?」


勉は同様し、いつもの様な会話ができなかった。利潤は何かを知ってるのか、「まぁ、いい、なんかあったら、いつでも聞くからよ」そう言い、勉の肩を叩きそのまま後ろの部屋に行った。

 勉は桜を疑ったが、帰る前に「おい、桜、」と声かけた時の反応に違和感がなかった。

 「なんでもないよー、お疲れな!」そう言って、盗んだ自転車で帰って行った。





キナコと利潤

 

 勉は仕事が終わり、家に帰ったら。アパートのドアを開けたら、キナコと母の喋り声と懐かしい夕飯の匂いが漂ってきた。



 「さやの家にはフランス人形があったの、、」


 「フランス人形?その子は金持ちなのね、金髪にドレス着た人形でしょ?」


 「そうー」


勉は調子を偽り、ハイテンションを装った。


 「ただいまー!」


 「おかえり、、、ご飯できてるからあんたも早く食べなさい!」


 「親父、調子は?んん?」


キナコは眉間しにシワを寄せ、親父得意のキメ顔を真似る。


 「最低!」


親父はハイテンションで答えた。


 「あんたたちは懲りないね、いつもこんなかい?」


 母は孫のキナコと息子のやりとりに呆れていた。しかし、3人で住めるようになったことは、生き返った幸せといったところだ。

テーブルには、3日前に持ってきた豆腐を使った炒め物と豆腐の味噌汁にキャベツを入れた味噌汁。まるで、具材は変わってないのに豪華な夕飯に見える。

 母は引っ越してくる時にお椀とお箸、ティーポットにお茶飲む用のコップを持ってきた。そのせいか、食卓はまるで一般家庭並みの華やかさだった。


 「あぁ、そういえば、、、、」


勉は白い袋のことを思い出し、ニヤニヤしながら袋を2人の前に出した。


 「じゃぁーん!マグロですっ!」


キナコは喝采しながら言う。「素晴らしい!素晴らしいですっ!」

 そして手を伸ばし、勉から袋を受け取ると、中を確認する。母も顔を覗かせ、「これは?どうしたの?立派ね!贅沢な」


 「利潤さんが、配達先の居酒屋の店主がくれたんだって、なんでか知らんけど、とりあえず食べよう!」


 「食べよう!!」


キナコも続けて言った。母は「ちょっと待ってなさい、おばあちゃん切るから」といって、袋を取り台所まで行くとマグロを職人並みの手捌きで捌いていく。

 勉は疲れた腰をやっと下ろすと、夕飯を食べるキナコをずっと見つめた。そして、生きてる理由と1人じゃない事実を実感し、どんな困難も乗り超えれるそんなエネルギーが湧いてきた。

 気がつけば笑みが溢れている。キナコは親父の視線に気付き、「なに?」と純粋な表情で聞いた。


 「別にー!」


キナコは話を続けた。


 「そういえば、あのね、さやの家のね、、、」


キナコの話は盛り上がった。一口サイズに切られたマグロを新品の白いお皿に移し、食卓の前に置くと、母も座り「子供の頃からあんなに甘やかしたら、ろくな子にならない!」とツッコミながら話に入ってくる。


翌朝、勉が起きると既に母が朝ごはんを作っていた。おむすび3つ。


「ほら、お腹すくでしょ持っていきなさい。」


「あっ、ありがとう」


勉はおむすびを母の買い物用のカゴバッグに入れて仕事へ行った。おばあちゃんはキナコを叩き起し、「いつまで寝てるの?早く起きなさい、遅れるよ!」


「だるうー、ねぇ何時?」


「6時50分」


「6時50分!なんで起こしたの?」

いつもより1時間も早く起こしてさっさと朝ごはんを食べさせ、キナコを学校に行かせた。


キナコは今日こそはと、バッグの中のレコードと一緒に学校へ行った。

その日の朝礼から1時間目の授業終わりと休み時間は何もなく過ごしたが、2時間目の数学の授業中、先生が配布したプリントを解く時間。

できた人からそれぞれ、教壇に椅子に座って待つ先生に採点してもらう。

終わった人から自由に行動していた。キナコは問題3の分数系の問題は何一つ分からない。

そして教えてもらうていで、さやの所へ椅子を引いて行った。また今日は謝るのに都合がいい。なぜなら、さつきが部活の大会で学校に来てなかったからだ。あの陽気がいると、真剣な話を一対一ではできない。


「さや、さや、さや、さや!」


「んん?どうしたァー?」


「問題は解けた??」


そう言いながらそーっと椅子を持ってきて、1人サイズの机に二人で座って使う。

何も言わなくとも、数学など真面目に解く気はなく、話は雑談に変わっていく。

さやは鬼太郎の話で1人お祭り騒ぎのお喋りモードに突入。

さやの機嫌がある程度取れたところで、キナコは例の話を持ち出した。


「さや、、、、」


「んんー?」

さやはプリントの問題を解きながら顔を傾げる。


「あのね、謝らないといけない事があって、、、」


「謝らないといけない?、、、何を?」


キナコはさやに完全に体を向けず、机の端を見つめながら話を続ける。


「前、あんたの家に行ったじゃない?」


「来たわねぇー」


「その時にさぁー、あんたの部屋レコードがたくさんあったの見てね」


「あぁ〜、部屋も見せたっけ?、、、私、洋楽好きなの、あんたも好きでしょ?また来てよ、一緒に洋楽聞こう」


「ありがとう、、、、そのぉ、」


「どうしたの?」


さやはキナコのボソボソとした態度に違和感を感じている。目線はプリンとから、キナコに移した。


「あのね、えぇーとねぇ言いずらいんだけど、、、」


「んん、どうした?」


さやの顔を見て喋るのは緊張するが、キナコは勢いではっきり言った。


「はい、あなたのレコード盗んだの」


「んん、はい?」


「ほら、エリザベス・ハニーのブルームーンのレコード持ってるでしょ、、、あれ、私が今持ってる」


「どういう事?」


キナコは立ち上がり、自分の机に戻るとバッグをとって中からレコードを取り出しながらさやの席に戻った。

レコードが顔を出した瞬間、さやの顔は険しくなっていく。キナコは緊張に慣れ、もはやもう解決しちゃおうと早々とさやにレコードを渡した。盗んだ事がまるで普通のことのように。


 「はい、これ、なんかごめん」


 「ちょっと、ちょっと待って、、、」


さやは事態を飲み込めないまま、エリザベス・ハニーのレコードをじーっと見つめている。

 しばらく沈黙の間が続いた。そして、さやは口を開いた。


 「あんた、、、ありえない、どゆこと?」


 「あのね、ごめん、、、魔が刺して、思わず取ってしまって、、、」


 「いやいやいや、ありえない」


冷めた目線でキナコを見るさや、また沈黙が続いた。すると、2時間目終了の鐘がなり、先生の席に戻れの声が響いた。

 「また、あとでね」キナコはそう言うと、一旦席に戻った。その間も休み時間、なんで言い訳をしようか考えていた。

 終了の号令が終わった後、さやはぼーっとしていた。キナコはそそくさとさやのところに戻るが、さやはキナコを見ることもなく、ただ数学の教科書やノートを引き出しに戻す作業をしている。

 何も言いだそうか戸惑っていると、さやは立ち上がり、キナコを見てこう言った。


 「あんた、泥棒じゃん。ありえない人、無理」


 そしてさやはキナコを払いのけてった。れいかの席だろうと予想はついたが、キナコは後ろを振り向けなかった。

 その瞬間からキナコは友達を失った。その日一日中、れいかとさやは一緒に行動しキナコは1人だった。学校の終わりも、れいかの席の前でさやは立っていて、キナコの入る間はなくなっていた。

 れいかに話したかどうかはわからないが、とにかくキナコは早々と学校を出た。

 でもすぐに家に帰る気にもなれず、外を歩き回っていた。

 学校近くの商店街を歩いていると、「親父の豆腐屋江戸川を見てみよ!」と思いつき、行ってみることにした。

 駅を使った方が早いが、電車代がもったいない。でも、歩く方が落ち着けていい。

 キナコは、親父の働く豆腐屋を見に行った。

 商店街は17時以降、主婦や仕事取りのサラリーマン、他校の生徒たちで賑わっている。中には同じ制服を着た子もいる。正月のお祭りの様な雰囲気だ。

 まっすぐ歩き続けると、「豆腐屋 江戸川」の黒文字で書かれた大きな看板を見つけた。その下は客盛りだ。

 「なかなか儲かってるな」と思いながら近づいていくと、若い青年が1人で店番をしていた。

 いろんな主婦が行き交う中、キナコは豆腐屋江戸川の前に立ち客がいなくなるのを待った。

 人が少なくなった瞬間にキナコはショーケースとその横に並ぶレジカウンターの前まで行くと、その若い青年と目が合った。


 「いらっしゃい!おつかい?」


若い青年はとても気さくで好印象な青年だ。


 「いいえ、知り合いがここで働いていて、、、」


 「えぇ?知り合い」


青年は素敵な笑顔で返してきた。


 「えぇーと、白兎 勉っていう人なんですけど、今どこに?」


 「えぇ!勉さん!今配達で留守にしてます。んん?勉さんの、、、」


制服姿のキナコを見て勉の娘と察知したが、「知り合い」とよそよそしい言い方をした為、青年は答えに迷っていた。


 「勉の娘でーす!」


キナコは左手のピースサインを頬まで持ってきて、左右に揺らしながら顔を少し傾け、陽気に答えた。


 「あぁ〜!やっぱり、勉さんの娘だったのかー、ごめんな、勉さん今配達行ってていないんだよなぁ」


 「そうですか、まぁ、家でも会えるので、、、」


 「あぁ、そっかー」


青年は申し訳なさそうに答えた。そして、続けてこう言った。


 「なら、少し後ろで待っていてよ!歩くの疲れたでしょー、ここの商店街は道が長いからね、何できたの?」


 「歩きです」


 「歩き!?」


青年は驚いてる。


 「なら、尚更休んだほうがいいね!後ろおいでよ」


キナコは言われるがまま、礼の言葉を言うのも忘れて、店の奥の赤と白のチェック模様のクロスが敷かれたテーブルの椅子に座り、真ん中に置かれたお菓子の入った小さな丸い網のカゴを差し出された。

 青年は販売をこなしながら、キナコに話しかけた。通り側からも椅子に座っているキナコが見える。

 後ろの制服姿の女の子は?と常連の客は興味深く見てくる。客の中には青年に「あの子は?」とぼそっと聞いてくる人もいた。



 「俺、桜って言います!よろしく!」


 「白兎 キナコです。」


 「お父さんから聞いてるよ、お父さん立派だよね!」


青年は気さくに話を続けた。すると、白い袋を持った太った男の人が店の奥に入ってきた。

 青年は太った男の人にキナコを紹介した。「利潤さん!向こうに座ってる子、勉の娘さんです、勉に会いにきてたんですけど、今配達でいないんで、」

 利潤はたまげた表情で、キナコを見ている。「そうか!勉の娘か!ははっ!」。

 そして、キナコの前まで来ると手を伸ばし握手を求めた。キナコは座ったまま軽く頭を下げ握手した。

 利潤はそのまま店の奥にあるドアの開けっぱなしの部屋に入っていくと、青年が身につけているエプロンと同じ白のエプロンをつけながらキナコと向かい合うように座り、興味津々に微笑みながら話しかける。


 「勉はどんな親父だ?」


 「どんな親父さんだ?、、、変な人」


 「はっはははは!そうか!変な人かぁ、面白いなぁ」


 「家でちゃんと親父してるんだなぁ、あんな若々しい親父っていないだろう!」


利潤は話を続ける。


 「お前の親父さんのおかげこの店も助かってるよ」


 「えぇ?親父が、、、」


 「うん!気さく明るいから、お客さんが増えてね、もうやがて豆腐屋江戸川も閉店間際でね」


 「えぇ!どうして?」


 「もう、時代だよ。これからは商店街じゃなくてもスーパーで買えるからな」

 

 「あぁ〜、、、いつからやってるの?」


利潤の馴染みやすい人柄に気がつけばタメ口になっていた。


 「そうだなぁ、おじさんの親父の世代からやってるからな、もう50年は遥かに超えている、100年はいかねぇけどよ」


 「へぇーすげー」


利潤はキナコの反応に思わず吹き出した。


 「お前は、本当に勉に似ているな!」


 「えぇ、どこが?」


 「そういうところだよ、その反応」


 「えぇ〜」


利潤は煙草を胸ポケットから取り出し、箱から一本の煙草に火をつけ煙を吹いた。

 その煙が夕日に当たって、キナコの目には神秘的に見えた。

 少し間が空いて、利潤は口を開いた。


 「親父さんは努力家だよ、、、しっかりやっていけてるか?」


 「しっかりやっていけてるって?」


 「だからぁ、生活はしっかりできてるのか?」


あまりにもおばあちゃんが言いそうセリフだったために、キナコは少し驚いた。同時にこの人の優しさを実感した。


 「一応、ギリギリだけどね」


キナコはこの時、誰にも言えなかった罪悪感を聞いて欲しくなった。利潤に話を聞いてもらおうかと格闘している。


 「そうか、、、最近のあいつは、何かあまり元気がないというか、あまりに昔の自分に似てるからな」


 「昔の自分?」


 「ああ、昔の自分、おじさんにもなぁ、娘がいたんだよ」


 「えぇ!」


キナコは驚いた。


 利潤の昔の話をした。家庭が貧しかったこと、利潤の父親はお世話になっていた豆腐屋の主人が病気になって、後継として豆腐屋を継いだ。

 一旦、生活に余裕を持つが戦争でめちゃくちゃになった。そして、利潤が中学生の頃に母親が病気で亡くなった。

 利潤の父親は潰れた豆腐屋を新たに成立、豆腐屋江戸川を建てた。

 利潤が二十歳の時に父親と大喧嘩。原因は利潤が大きな夢を持っていたことだった。将来はパイロットになりたかったんだとか、でも父親は猛反対、しばらく遠距離になるが、父親が病気になった。

 ある日の春、ひさびさにこっそり訪れた父親の豆腐屋が閉店のまま。家は留守で、父親は病院で入院していた。

 完全に気力のなくなった父親を初めて見たその日から、罪悪感を感じた。

 そして毎日お見舞いに行った、父親が目を閉じる時「こんなに頑張って生きてきたのに、こんな終わりになるなんて、、、」そう思った。

 何より切なかったのは、利潤以外に父親のお見舞いにくる人は1人もいなかった。亡くなったその日もその後も、、、、


 「おじさんは、親父の豆腐屋を継ごうって思った、、、」


 利潤は豆腐屋を継いで間もない頃、素敵な女性と出会い、そして結婚した。素敵な妻に似た素敵な娘も生まれた。幸せにしよう、その一心で頑張ってきたのに、悲惨な時代に2人とも失った。

 利潤は誰よりも戦争を憎んでいる、、、


 「この世は冷めてるよ、頑張っても報われないこともある、でもなぁ、頑張ってる奴を見ると目を背けられないんだぜ」


利潤は切ない表情と声で語った。キナコは親父が元気なかったあの一日を思い出し、おじさんに聞いた。


 「おじさん、あのね、前に家に帰ったら親父の元気が全くなかった日があったのね、何があったか私も知らないの、心当たりとかない?」


 「さぁなぁ、あいつのオーラが急に暗くなっている様に見えたからなぁ」


キナコと利潤の会話に青年は売り場に立ちながら耳を傾けていた。


 「キナコ、お前には悩みとか不満とかあるのか?」


利潤は親父を心配した後、キナコについても聞いてきた。


 「なんかぁ、落ち込んで見えるぞ」


 「えぇ!初めて会ったのに、私が落ち込んでるのがわかるわけ?」


 「そうだ、おじさんにはオーラを感じる力がある」


 「ふふ、オーラ!」


キナコは笑い飛ばしたが、利潤の真剣な眼差しから笑うのをやめた。そして今日あった出来事を思い出し、とうとう利潤に話した。


 「さやのレコードを盗んだ。エリザベス・ハニーのブルームーンだよ、、、魔が刺して思わず手を伸ばして、、、」


 「ちゃんと返したのか?」


キナコは頷く。


 「そして、誤ったか?」

 

 「もちろん、誤ったよ、、、絶好されたけどね」


 「でも、誤ったんだな」


 「うん」


 「なら、正しい事をしたんだ」


利潤はキナコが無我夢中で話している間、ただ頷いて聞いていた。そして、時折質問をしてきて、意見を言った。

 そして、古い銀色の自転車に乗った親父の姿が近づいてくる。その瞬間急ぎで親父には言わない事を約束し、利潤をそれを守ると誓った。

 親父は「ただいま!」と大きな声で帰ってきた。そして、利潤は右手を振りながら「おぉ!」と返しキナコもそれを真似した。

 すると、親父は「えぇ?」と驚いた顔でキナコを見つめ、「なんでここいる?」と質問してきた。

 キナコが答える前に利潤が「お前を迎えに来たんだよ」と返し、2人は見つめ悪賢く笑った。


 「えぇ〜〜」


親父は勘弁してくれと言わんばかりの顔だ。

 そのまま親父と一緒に帰ることにした。キナコ、利潤は2人に白い袋に入った牛肉と豆腐をくれた上、青年と一緒に店の外から手を振って出迎えてくれた。


 「学校からわざわざ歩いてきた?」


 「そうだよ」


 「遠くなかったか?」


 「まぁねぇぇ!」


 「やばいぞ」


2人はいつもの会話をしながら家に向かった。商店街を出るまで歩き、大通りに出たところから親父が自転車をこいで、その後ろにキナコは座った。

 道路にはオレンジの光が眩しいほどに車が渋滞し、その周りをたくさんの高いビルが立ち並んでいる。

 半年前にこの町に来た事を思い出した。格安アパートが見え始めた時のワクワク感とこれからの生活の不安感。

 ここまで生きて来れた、明日、さやに話しかけてみようかな?なんて思いながら、利潤に会えた事、青年の優しさに感謝した。





これぞ人生だ!


生活はゆっくり安定を手に入れつつあった様に思えた。

 キナコが起きる頃には親父は仕事に行き、おばあちゃんは朝ごはんを作って起きていた。

 学校に行けば相変わらずひとりぼっちになってしまうが、さやに手紙を書いては下駄箱に入れて帰る、これが日常となった。

 ある時は鬼太郎の話を持ち出したり、またある時は学校に出る妖怪の話を書き綴った。さやの反応は一向に変わらず、そして、さつきは分け隔てなくキナコにも話しかけてくるが、ノーテンキなさつきでさえ、さやとキナコのギクシャクした関係を修復させる術はなかった。

 学校の終わりは真っ直ぐ家に帰り、学校の先生の話とか、でっちあげた友達話をおばあちゃんに話した。

 親父は21時前に必ず帰り、みんなが寝た後1人夜更かしして、左脇に寄せられた丸いテーブルに向かって家計簿をつけている。右手で頭を掻きむしり、その後ろ姿から、なかなかウチは厳しいんだろう、そう予想できた。

 季節はすっかり紅葉の季節を越え、真っ白な世界に。


 おばあちゃんとキナコはマフラーを首に巻き込んで、毛玉が目立つ手袋をつけて買い物へ行った。

 

 「おばあちゃん、みかん買おう、みかん!」


 「贅沢言わない、正月まで待つのよ!」


 「はぁぁ、、、、こんな寒いのに、、、みか、、」


キナコの話を遮っておばあちゃんは続けて言う。


 「豆腐があるわよ、すき焼きができるわ」


 「お肉なしの!?」


 「えぇ、そうよぉ」


 「夢に何度豆腐が出てきたことやら、、、」


キナコの屁理屈を聞くのは慣れてるおばあちゃん。商店街のお得の文字を探して歩き回る買い物がおばあちゃんの特技。


 「あぁ!大根!キナコ、大根を取ってきて!」

  

おばあちゃんは急ながら、網かごから手編みのピンク色の小さな財布を取り出し、中から小銭を取り出して、それをキナコに渡し「急げぇ!」と取り急ぎ大根を取ってきてもらう。

 おばあちゃんは見つける役、キナコは食材を取りに行く役目。案外いいコンビネーションだ。因みに、親父とキナコの2人だった頃は、手を組んで食材を取りに行ったか、親父の悪知恵で手に入れていった。

 数十分後には網カゴの中は満帆でキナコはそれを腕に抱きながら歩いた。


 「おばあちゃん!重い!重い!交換!」


 「おばあちゃんに持たせようなんて、罰当たりな孫ねぇ!」


 「こんな時だけか弱さを出しやがる」


2人はバスに乗り込み、一番後ろの大きな座席のど真ん中に座った。バスの中にはキナコとおばあちゃんと運転席近くに女の人が1人座っている。

 外は立ち並ぶ建物とその通りはたくさんの人でいっぱい。しばらく外を見ていると、雪が降ってきた。人々はみんな揃って上を見上げている。

 その人たちの中に同い年くらいの子達がいた。見覚えのある小柄と長身の組み合わせグループ、「さや、さつき、れいか、、、」あの3人だった。

 3人は笑いながら、手を組み通りを走り抜けて、目先にある服屋の入り口に立つテントの中に入って降る雪を避けた。

 そして、窓ガラスから見える服を見てみんなで盛り上がっていた。

 キナコは少し背をかがめ、座席に寝そべる様に座り変えた。横目でその様子を眺めて、何ともない様子を振る舞った。

 バスの乗って数十分たった頃、江戸川の商店街の入り口から親父が自転車に乗って出て行くのが見えた。行き交う人たちみんなに挨拶をしている。みんな豆腐屋江戸川の常連の様だった、そして親父は人気者の様子。


 「おばあちゃん!親父だ!」


 「えぇ?、、、あっほんとだ!頑張ってるねぇ」


 キナコは興味深々で親父を見れるだけ見続けた。親父は商店街の入り口を出て、そこから右に真っ直ぐ走っていった。

 

 「いつも何処に配達してるんだろうね」


 「そうだねぇ、居酒屋とかじゃないの」


 「聞いた?親父、あまりにも好感がいいから、配達係からなかなか昇格しないんだって!」


 「誰から聞いたの?」


 「親父」


 「なら、嘘よ」


キナコとおばあちゃんがバスを降りる頃には雪は止んでいた。曇り空の中、また振り始める前にそそくさと格安アパートに帰った。




 「お疲れ様です!豆腐屋江戸川の木綿豆腐を届けにきました!えぇーと、柴田さんはいますー?」


「柴田さん、呼んでくるんで、ほな待っててや」


居酒屋「柴崎」は豆腐屋江戸川の常連で、店長の柴田さんはプライベートでも店によってくれる。

 関西弁の青年は、柴田さんを呼びにバックヤードに入っていく。他の出先ではそこのスタッフが豆腐を受け取って終わりだが、柴田さんは特別だ。

 しばらくして青年が出てきた。「どうぞー!」灰色の黒ずんだカーテンを上げ中へ案内してくれた。

 中に入ると、柴田さんはダンボールに詰められたトレイの数を紙を挟んだクリップボードに記入していた。勉を見て、「おぉ!お疲れ様!」と招き入れ、勉が持っている箱を受け取り、それを別の若いスタッフに渡すと、その若いスタッフはその箱をキッチンに運んだ。

 キッチンの入り口は二つあり、勉は裏側のスタッフ用の入り口から入ったのだ。

 そして、ダンボールの前にあるパイプ椅子に座ると、ダンボールにもたれかかったパイプ椅子を開き、勉に「休め」と言わんばかりに座り様に誘った。


 「はぁ、この時期は大変だな、、、、」

 

 「おぉ!それはまたどうして」


 「どうもこうも、寒いとお客さんは家から出たがらないだろう、予約が減るんだよな」


 「なるほど、大変だ、でも毎年この時期を乗り越えてるんですよね?なら、今年も大丈夫ですよ!」


 「ははは、ありがとう!、、、あっ、そういえば、うちと仲のいい団子屋があってね、そこの女将がそっちの豆腐を大変気に入ってね、ぜひ配達をお願いしたいと言ってたんだけど、お前から利潤さんに伝言できないか?」


 「あぁ、ぜひ!」


 「もちろん手紙も送るし、団子屋の女将からも顔を出すと思うけどよ」


 「因みに団子屋の名前は?」


 「おもち」


 「おもち、へぇ、聞いた事ないですね」


 「そうか、この辺じゃ有名だぞ、利潤さんも知ってると思う。それとそこの女将は礼儀にうるさい、、、まぁ、世で言うクソババアってことだな」


 「クソババア?」


勉は思わず笑ってしまい、柴田さんもつられて笑った。


 「会えばわかるよ、でも礼儀がしっかりしている人は大歓迎だよ、でもこんな雑談は好まないから、変に口数増やすなよ」


 「はい!利潤さんに伝えておきます」


 「おぉ!豆腐はうちに届けているやつと同じやつで頼む、数量とかはわからねぇけど、ある程度運べる量持ってけば大丈夫だ」


 勉は豆腐屋江戸川に戻り、さっそく利潤さんにこの話をした。


 「あぁ、おもちか。知ってるぜ、なかなか向こうの女将はきつい人だからな、苦手なんだよな」


 「でも、柴田さんとは仲がいいらしいですよ!」


 「柴田、あいつは交友関係も広いからな、、、わかった、豆腐の種類と数量をおもちに聞いてみような」


 「はい!よろしくお願いします」


利潤にとって、これほど扱いづらい客はいないといったところだが、勉にとっては初めて自分が持ってきた案件だった。

 豆腐の予約が増えるのは利益になる、特に今の時代、スーパーに買いに行く人が増え、昔と比べ経営は落ちてるからこそ、配達の予約や常連は宝なのだ。


 時間はあっという間に21時、いつも使っている道は、雪が降り積もり自転車が漕ぎづらい。

 自転車を引きながら歩くことになった、足は疲れいつも以上にゆっくりペース。星々が綺麗な夜、車が走る大通りを抜けて近道の中道に入ると、後ろから何かが後を追ってくる。

 すこし、早歩きで歩くも、後ろの何者かも勉のペースに合わせて遅くなったり速くなったり、思い切って振り返った。

 黒の長いロングコートにフードを被った勉と同じ背丈の男が立ち止まった。


 「誰だ?」


男は何も答えず、ただ立ち尽くしている。正面から数名、誰かがやってきた。通行人と思い、勉は安心したが、その影はよりはっきりしていった。

 目の前に現れたのは黒いスーツの男、、、「有栖組」の下部だった。そして、前に豆腐屋江戸川に来た連中だ。またしてもメンバーの中で一番堅い方が最初に口を開く。


 「おぉー勉〜、順調か?」


 「はぁ?何の用だよ」


 「おっとー、あの件忘れたわけじゃないよっな?」


 「忘れてねぇよ」


堅い男は平然とした表情で詰め寄り、勉は眉間に皺を寄せる。

 

 「あぁ、そうだよな、でないと家族の身も危ねぇからなぁ」


 「はぁ?家族は関係ないだろう」


 「何言ってる、お前が働けなくなったら、次はお前の娘とお母さんだろう」


 「そんな話は聞いてない」


勉は強く言い張ったが、それを払いのけて、勉の胸ぐらを掴み堅い男はこう言った。


 「そんな話は聞いてませんで済まないって、それくらいわかってんだろう?殺人未遂と組を裏切り、仕舞いには有栖川さんの名前も出し出るんじゃ!そんな話は聞いてません、、、で通用するか!」


 堅い男は勉を圧倒させ、さっきまでの平然とした態度と裏腹にその威圧感は勉も身構えるしかない。

 勉の胸ぐらを離し、シワになった部分を優しく伸ばしながら、「そう言う事だ、わかったな?」そう言って、男たちはみんな場を後にした。

 暗く狭い中道で塀にもたれかかり、何も言い返せなかった自分の情けなさを憎んだ。家に帰ってもこの事は話せず、期限も迫っている、このペースでは確実にお金を用意できるわけがない。ただ絶望の中でひとりうずくまっている。

 その日から家に帰っても、キナコとおばあちゃんの「おかえり〜」の声が切なく、申し訳ない気持ちでいっぱいだが、なるべくいつものテンションを偽った。

 来る日も来る日も、そんな日々が続いた。



ある2月の事、キナコはさやの下駄箱に最後の手紙を入れた。

「さやへ

もうすぐ、中学2年生になるね、あまりに1年が早すぎて楽しむ暇がなかった。

改めてエリザベス・ハニーのレコードの件はゴメンね、うちにはレコードプレーヤーなんてないの、だから意味なかったのよ。 あと、アメリカ女子の会はほんとに楽しかったわ。

2年生になるし、そろそろ手紙書くのはもう辞めるわ。手紙書くの結構楽しんでいたのだけど、これからは新しい楽しみを見つける!


ボブ・キナコより」


キナコは学校帰り、いつもとは違う道から帰った。商店街や大通りがある方ではなく、裏道の静かな道がひたすら続くような通りだった。

ハニーの「貴方に憧れて」を歌いながらのんびり帰宅途中、後ろから不良の男子高校生2人が路駐で屯っていた。彼らを横目に通り過ぎたが、2人に後を追われている事に気づいた。

あえて曲がり角を右に進み、2人が着いてこないか確認したが、やはり2人はキナコを追っていた。危険を感じたキナコは次の曲がり角を左に進み、なるべく早く大通りに出るように歩いた。

不良は早歩きでキナコに近づくと、肩に掴みかかり、声をかけてくる。


「ねぇ、お姉ちゃんどこ行くの?」


2人とも学団を前回に空け、下の白いワイシャツは出しっぱなし、髪型はリーゼントのようだが、それほどボリュームもない。

1人はキナコの後ろに、もう1人はキナコの前に立ち、逃げ場を完全に失った。


「ねぇぇってば、中学3年生?」


「いいえ、1年生ですけど、、、」


キナコはボソッと答えた。不良2人は背の高いキナコを見て、中学3年生だと思っていた。


「へぇぇ、背が高いな、スタイルもいいし」


そういうと、不良の1人がキナコの腰に手を伸ばした為、キナコは危機感よりも苛立ちが先走り、目の前の不良を拳で強くぶん殴った。

不良は思いっきりぶっ飛ばされ、転げながら路上で倒れる。それを見て後ろの不良はかなり声をあげた「おい!てめぇ、何してくれとんじゃぁ、ボケ!」、キナコの髪を引っ張り振り回す。

キナコは痛がる暇も惜しまず、ちょうど後ろの不良と向かい合った瞬間を狙って、膝蹴りをくらわせた。

不が髪を離しお腹を抱え、前かがみになり、髪を引っ張られた仕返しに髪を引っ張り返し顔を上げると顎に命中して膝蹴りをくらわせた。

数秒の間で2人を片付け、キナコはほっとしていた。すると向こうから集団で走ってくるのが見えた。不良の仲間だ。

みんな、似たような格好で不良のトップという訳ではないのに、威張って統一を志した酷くカッコ悪いメンバーといったところだ。

とにかくキナコは猛ダッシュで逃げる。


不良「おい!あいつ大通りに出るつもりだ!こっちからの方が早い」


不良「おっぉ、こっちおまらこい!」


不良「あいつ足速いな」



しばらく狭い道を曲がったりを繰り返し、そのまま左へ行けば大通りに出る。車が走り、ビルが立ち並び、通行人も多い。あの手の不良なら簡単に追い払えるに違いない。


不良は全員でざっと7人くらい。通りを出て、走り続けていると、キナコよりこの町をよく知っている。

大通りに出て逆走するように走り続けていると、建物の間の狭い路駐からキナコを先回りして不良が3人出てきた。後ろには4人追いかけてきている。

挟み撃ちになり、横断歩道を渡った。飛び出してくるキナコにびっくりして車はクラクションを鳴らす。


キナコ 「ごめんなさい!、、、すみません!!」


不良「どけっ!」


通行人に容赦なく暴言を吐きながら、荒い走り方でキナコに近づいていく。




れいか 「ねぇ、なんの手紙だったの?」


さや「これを最後にするって」


れいか「へぇ!見して!」


れいか、さや、さつきは大通りに建つブランドショップの前で棒付きキャンディーを舐めながら暇つぶしをしていた。

18時半頃にこの通りでポーランドから来たブランド店がオープンする、それを待っていた。


さつき「ねぇ、、、さや?」


さや「何〜?」


さつき「キナコとぉ、そろそろ仲直りしても、、、」


さや「ねぇ、さつきさん!」


さつき「はい!?」


さや「、、、」


さやはさつきをじーっと見つめ、さつきの肩は上がる。


さや「そうだねぇ、、、私も謝らないと」


れいか「謝るの?」


さや「どう絡めばいいか分からなかったんだよ、、、」


さつき「うん!うん!わかる。でも大丈夫、仲良くなれるから!」


さつきはすごく嬉しそうだ。3人の中でキナコと関わり続けているのはさつきだけで、さやとれいかはあの一件以来キナコと話してない。れいかに関しては、何があったかも分からないでとりあえず、キナコと話さない流れについて行った。


れいか「そうね、うちも謝りたいなぁ」


さつき「いいと思う!みんなでまた仲良くなれるよ!」


れいか「あっ、ちょうどキナコ走ってきてるよー」


さや「何言ってるのあんた?」


さつき「どういうことー」


3人が振り向いた先に大人の怒鳴り声と、クラクション音が鳴り響ていた。車や人混みに紛れ込み遠くからはよく見えなかった。

だが、向かいの通り側で行き交う人達が同時に避ける仕草と何かを追うようにみんな同じところに目線をやっている。

「すみません!どいて!」と怒鳴りながら人混みをかき分けて必死に走るキナコが見えた。


れいか「ほらー」


れいかは向かいの通りを指さし、さつきとさやも走るキナコを確認すると「まじじゃん!」と口を揃えて言った。唖然としながらも隣の通りからキナコを追いかける。


さや「あれ、何から逃げてるの?」


さつき「さぁね、足速!、れいか!はやく」


れいかはさつきとさやに追いつけず少しずつ距離が空く。

しばらく追いかけてると、きなこの後ろの不良たちに気づいた。


さや「さつき!不良!」


さつき「不良?」


さつきも気づき、2人は走るスピードをあげた。このままでは何も出来ないと悟ったさやは走りながらキナコに大きく呼びかける。


さや 「キナコ!キナコ!」


キナコは走りに夢中過ぎて全く聞こえてない。さつきもさやの様に大きい声でキナコを叫び続けた。

すると、さっきの声にキナコは2人に気づいた。この時には既にれいかはおいてかれていた。

キナコは情報の収集がつかないまま、さやとさつきがこちら側に逃げて来る様、手で誘い、それを見て次の横断歩道でこちら側の通りに移るつもりだ。

さやとさつきも横断歩道を目掛けて走り続け、信号がタイミングよく青になる事を祈った。

後ろの不良は相変わらず荒々しく、人混みを上手くかき分けられてない。

その間にキナコは横断歩道まで辿り着いたが、ちょうど赤になってしまった。


さや「くそ!最悪じゃん!」


さつき「待って!待って、どうにかできる」


さつきの目に飛び込んできたのは、道路沿いに転がっている石だった。


さつき「あれだ!」


バレー部のエースのさつきは石を1つ握りしめると、姿勢をただし腕を後ろにやる。

そしてタイミングと命中を定め、思いっきり腕を振り下ろした。石は銃弾顔負けのスピードで車両を超え、キナコに最も近くにいる不良4人のうち2人の顔にまとめて打撃。残り2人は何か飛んできたとばかりに足を止め、取り乱している。


「大丈夫か?」


「大丈夫じゃないー!あの女追いかけろ!」


「了解!あっ、お前も早く来いよ!」


不良のうち1人はキナコを追い、もう一人も追っていく。そのうちに青信号になった横断歩道を息切らしてゆっくり歩くキナコ。さやは「バカタレ!走ってこっちに来い!」とキナコに怒鳴る。さつきは手を振り、さやの横で正義のヒーロー顔負けの姿勢で待っていた。


キナコ「ごめん、はぁーはぁー」


キナコは楽勝かの様にピースサインをさやに見せつけ、さやはキナコを強く抱きしめた。そしてこう言った。


さや「こっちこそ、、、ごめん、あんたの事嫌いになった訳じゃないから」


さつきは涙をこらえて嬉しそうに見つめている。誰よりも情深く友達思いなさっきには耐えられない光景だった。


キナコ「ごめん、、、はぁはぁ、、、、ありがとう」


さや「でもね、あんた、エリザベス・ハニーのレコードって高いんだから」さやはそう言うと、キナコとさつきの手を取り、横断歩道の前にあった狭い道を通って走っていく。不良はそれを見逃さず、追いかけ続けた。


さつき「キナコ!なんで追いかけられてるの?」


キナコ「帰ってる時に絡まれて、あいつらの仲間2人ボコったのよ」


さつき「えぇ!」


中道を走り抜けると、来たこともない所に辿り着いた。


さつき「あんた、ここ来たことある?」


さや「ないよ、キナコあんたは?」


キナコ「私もない」


さつき「えぇ〜、どこ?」


3人が行き詰まってる間に不良集団に追いつかれ、とうとうお得意の挟み撃ちにあった。


さや「えぇ!終わった」


さつき「なんで、こんなぁ」


不良「おい!よくここまで逃げ切ったなぁ、でも所詮ここまでだぜ」


キナコ「あんた、中学生相手にどうすんの?」


不良「好きなようにするさ」


さやはさつきとキナコを引っ張り、固めて身構える。


不良「おい!阿須川!」


阿須川「はい!」


阿須川という集団の中で一番下のやつが前にでてきた。キナコがボコッた2人のうちの1人だ。


不良「どいつ?」


阿須川はキナコに指を指した。


不良「お前か」


不良はキナコを最初のターゲットにすると、もう一人前に出てきたバットを持った不良がこのリーダーと思われる奴にバットを渡す。

そいつは右手でバットを握りしめると、左手の中に叩きうちながら、キナコに質問をする。


不良「おい、名前はなんて言うんだ?」


キナコ「教えない」


不良「あぁ?教えない、、、こちとら先輩だぜ、、、」


バットを持って近づいてくる、3人は緊迫しながら逃げる方法を必死に考える。

すると、「おーい何してんだ?」不良集団の奥から男の人の声がした。

不良組とさつき、さや、キナコの3人が同士に奥に視線をやると、自転車を引きながら歩く40代そこらの警察2人と、生徒指導の宮本、同じ学校の男子生徒1名の4人が歩いてくる。

宮本はキナコ、さつき、さやを見て、「おぉ!何してる?」とノーテンキに声をかけてくる。

そして警察に言った。「あれも、うちの生徒ですね」

宮本に連れられてるかのような気弱そうな男子生徒は3人をただ黙って見ていた。廊下ですれ違った事があるようなないような曖昧な顔だ。


警察「おい!そこのバット持ったのと、この連中も宮本さんの学校の子?」


宮本「いいえ!違いますよ、他校のチンピラっすね」


警察「おい!何してる?集団で女子に何しようとした!」


不良は目が泳いでいる。しばらくボーッと突っ立ていたが、リーダー的な奴が「逃げるぞー」と叫び、みんな慌ただしく逃げていく。警察のその勢い一瞬驚くが、慣れてますといった雰囲気を取り戻して無線で仲間に通報している。

そして、警察の1人が散るように逃げてく不良の片方を追いかけていった。もう一人の警察はキナコたちに状況と安否の確認の為に残った。もちろん、宮本もいる。


3人はほっとして座り込んだ。


さや「神様ってホントにいるんだ、、、前に、京都に旅行に行った時に髪が宿る湖を見てきたの」


さつき「へぇー、助かったじゃん」


宮本「お前たち大丈夫か?」


さつき「はぁー!先生!ありがとうございます!」


キナコとさやも続けて言った。


宮本「なんで、あんな事に?」


さつき「えーと、それは、、、なんだっけ、キナコ?」


キナコ「えぇーと、帰る途中に絡まれて、あの不良集団の中の2人をボコったら、激怒して追いかけて来ました」


宮本「えぇ?!ボコった?」


警「まぁ、正当防衛ですね。3人とも怪我は?」


さつき「ないです」


さや「ないです」


キナコ「ないです」


息を漏らしながら答えた。


宮本「いいから、一回立ち上がれ」


3人は寝起きの様に立ち上がった。


警察「一応、署の方に報告したんですけど、被害届は出しときましょうか」


宮本「いやいや、いいです!あいつらバット持っていても、結局は殴れなかったでしょうし、3人とも怪我はないんで」


宮本は3人が答える前に答えた。「この先復讐されたらどうする?」とさやは少し苛立ちながら、大丈夫だねと言われる度に頷いた。


宮本「あれ、他校の生徒だけど学校知ってるますんで、そこの学校の指導員にこちらから報告しときます」


警察「そうですか、助かります。この子達は大丈夫ですね」


宮本「はい、俺が送って行くので」


警察「了解です!とりあえずあの不良は逃げたので、見つけてきますな!ご苦労さまです!」


警察は敬礼すると、自転車に乗ってもう一人の警察とは逆方向へと走っていった。


宮本「それで、キナコ、お前どうやって男子2人をボコった?」


宮本は興味深々に笑いながら聞いた。


キナコ「覚えてないですよ、、、ただ、最後の1人は膝蹴りで決めました。」


宮本「あっははは!さすがだな」


さつき「膝蹴り?」


キナコ「うん」


宮本「いやーたまたまよ、こいつが、あっこいつ2年の柴崎、親父が居酒屋のチェーン店を持ってるんだけどよ、レジ金くすねてパチンコ行ってんでけど、制服でどこの学校かバレて俺がここまで迎えに来てるわけよ」


さつき「あっ、へぇー」


柴崎くんは丸メガネにおカッパ頭で、雰囲気そんなことする子には見えない。

宮本は容赦なくここにいる経緯を話す為、柴崎は不貞腐れた様に下を見て、宮本の横で「俺やってないのに」とボソボソ呟いている。


さや「あっ、ブランド店が開いてる」


さつき「そうだ!ブランド店」


宮本「何のブランド?」


さや「18時半にブランド店が開くんです、それでここにいたんですけど、途中でキナ

コが逃げてたから、それを見かけて助けたら巻き込まれたって感じで」


宮本「おぉーやるなぁー」


さつき「あっ、ってことで、ありがとうございました。これから初オープンのブランド見に行くんでぇ」


さつきはキナコとさやを引っ張り、焦り気味にその場を去ろうとするが、宮本はそれを止めた。


宮本「ダメダメダメ、ブランド店とか、まぁよく分からんけど、今日は大人しく帰れ、あいつらうろついてるぞ」


さや「えぇーーーー!なんで、そんなぁー」


宮本「帰る!」


さつき「はい!」


3人は宮本の勢いに負け、帰る羽目になった。さつきもさやもこの日を待ち遠しくしていただけ、苛立ちは止まらない。しかしキナコと仲直りした日になり、「まぁ、いいか」なんて感覚でその日はブランド店を諦めた。

キナコが家に帰ると、珍しく親父が帰って来ていた。体調が悪いのか、毛布を被って眠っている。

おばあちゃんもご飯を作って待っている。


「あれ?親父は今日仕事じゃないの?」


「今日は体調が良くなかったらしくて、豆腐販売は休んだんだよ」


「へぇー」


「なんか、あんたいい事でもあったの?」


さすがおばあちゃん、キナコの機嫌を察知する。だが、今は感動的な仲直りの嬉しさの余韻に浸りたい為、「別に〜」と言い、これ以上今日の出来事は話さなかった。


「さぁ、ご飯を食べましょー」


おばあちゃんはテーブルに用意された茶碗にお米を入れ、いつもの豆腐と珍しく牛肉の入ったすき焼きの鍋をテーブルの真ん中に持ってきた。


「へぇ!今日はゴージャス!」


「そうでしょ、商店のおじさんと仲良くなって、肉が余ってるから持ってけって」


「ほんとー!素敵〜」


「ほーら!勉!起きて、ご飯ですよー」

おばあちゃんは親父を叩き起すと、「んんー?」とだるそうに顔を見せるが、匂いを嗅いで「すき焼き?」と言って、顔が明るくなる。


「そうですよー」


おばあちゃんの返事で確信に変わり、「よっしゃー」と言わんばかりに起き上がって、テーブル前に座り茶碗を手に取った。



親父「キナコ、いつ帰ってきた?」


おばあちゃん「キナコもいまさっき帰ってきたばかりよ」


キナコ「ただいま〜」


お得意のピースサインを見せた。親父も寝起きの顔で「おかえり〜」と言いながらピースサインを返す。


おばあちゃん「はいはいはい、もう食べるよ」


親父とキナコは真っ先に牛肉に手をつけ、汁碗に入れ食べようとすると、おばあちゃんが2人の手を叩き、「はい!片寄らない、バランス良く入れる!」と指摘し、キナコの汁碗をとり、豆腐、しいたけとバランス良く具を入れていった。親父とキナコはまるで兄弟のようだ。

 その日の夜も親父はおばあちゃんとキナコが眠っている時に、1人だけ起きて端に寄せられたテーブルに家計簿をつけては頭をかきむしり悩んでいる様だった。

 キナコは夜中2時に起き上がり、小声で親父に声かけた。


 「親父!親父!何してるの?」


親父は振り向いた。作業用のスタンドランプの光が親父の顔を照らす。


 「起きたのか?明日学校だろ、」


 「そっちは明日仕事でしょ、体調治ったの?」


 「治った」


親父は優しく微笑みながら頷いた。キナコはもう眠れないと悟り、起き上がって親父の斜め向かいに座った。部屋にはおばあちゃんのいびきが響いている。

 

 「ねぇ、いつも何してるの?」


 「勉強」


親父はふざけて答えるが、真面目に戻りキナコに言った。


 「明日起きれなくなるぜ、眠れ、もう2時だよ」


 「起きてしまったんだもん、おばあちゃんのいびきうるさいし、、、」


親父は後ろを向いて、眠っているおばあちゃんを見てくすっと笑った。


 「確かに」


 「体調はいいの?」


 「うん、治ってるよ。俺強いから」


 「体調不良になってる時点で弱いだろう」


親父は笑いながらメモを見つめている。右手でペンを握り締め、その手は全く動かない。メモには出費と給料の金額が左右に分けて書かれていた。数字の文字は汚いが、親父の努力に関心した。

 

 「いつからこれやってるの?」


 「これ、、、昔から」


 「誰から習ったの?」


 「おばあちゃん」


 「へぇ〜、すげぇ〜」


親父は話題を変えた。


 「明日は学校だろう、学校は楽しいか?」


 「普通〜」


 「前、豆腐屋江戸川に来ただろう、利潤さんが正直な子だって褒めてたぜ、何話した?」


 親父はメモからキナコに目線を移した。キナコはふざけて答える。


 「別に〜、、、親父は盗んだボンボロ自転車で帰って来ます〜って!」


 「おい!」


親父がツッコミ、キナコは静かに笑った。そして、キナコが言った。


 「ねぇ、聞いて〜」


 「どうしたの?」


 「今日ねぇ、友達と仲直りしたの」


 「喧嘩してたの?」


親父は興味深々に聞いてきた。


「あのね、さやって友達の家に遊びに行ってね、そこで少し言い合いになったのね、エリザベス・ハニーの事どこまで知ってるかっていうので、、」


キナコはホントの話はしなかった。しかし、昨日の学校の終わりにあった感動的な仲直りの話は飾らず語った。


「不良に絡まれたのよ、2人やっつけたんだけど、片付いたと思ったらその仲間が後ろから追っかけてきたの!」


「はぁ?それ、お前大丈夫だったか?なんかされてないよな?」


「されてないよ、喧嘩の王者、逃げ足は強者、私は負けてない」


親父はキナコが思った以上に心配した様子だった。キナコにとって笑い話だった場面も、親父からしたら心配で仕方がなかった。


「、、、そして、友達が助けてくれたの」


「それで、その子たちも大丈夫だったんだな?」


「うん!」


「生徒指導の宮本?、、、その人はそんな軽くこの事件を片付けた?」


「うん、警察が被害届だしますか?って聞いてきたんだけど、大丈夫です!大丈夫です!って」


「はぁ!ありえん、マジか、、、あっ、お前いつもと違う道、わざわざ歩くな!そんで、人が多いところ歩け」


「分かってますよん!」


「あの距離だけど、バス使うか?」


「私はお金はないの!」


「お金の心配はするな、出すからバスでいけーーい」


親父はいつものおふざけ発言を混じえながら、バス代を出してくれることになった。学校から家までの距離は2kあるかないか、そんな距離でもバスで行けるのはありがたいが、この家族にそんな余裕があるのか心配な気持ちだ。


「親父が小学生の時はどんなんだった?」


「俺?、、、うーん。モテたな」


「へぇ〜、それで〜」


「モテて、クラス委員長をやったこともある!これホントの話」


「嘘でしょ〜、勉強できないのに?」


「勉強できないのは関係ないだろう!、、、でも背が高かった。だから、喧嘩は強かったぜ」


「ふぅーん、私も喧嘩強い」


「俺たちタックを組んだら最強だな」


「組んじゃう?」


「組もうか」


2人はしょうもない話ばかりだが、久々に話す事ができ、キナコと親父は小さな声で盛り上がった。


「もう4時になるよ、今日は無理でも眠りな」


そういうと親父はキナコの頭を粗末に撫で、キナコは眠りについた。

朝起きると、いつものように親父は仕事へ行った。、、、


18時頃前、勉は配達に行った。届け先は団子屋「おもち」。

女将の名前は四島 おもち。一見美しいおばさんだが、必要以上の愛想はなく、同じ空間にいるだけで緊張感を持たせる程の見えないオーラに包まれている。

「おもち」の注文はいつも、寄せ豆腐10個、杏仁豆腐15個だった。

最初にこの団子屋に来たのは、2月頃、柴田さんからの話を受けた2週間後だった。


書道で書かれたような切れのある文字で「おもち」と書かれた看板と、紅色のオーニング、店の端には白のガーベラが植えれた花壇がドアを挟み。

ドアはガラスでできている。外観は非常に清潔で隅々まで掃除が行きとどいている。まるで旅館のようだ。

裏口はなく、お客さん専用の入口からそのまま入っていく。


「お疲れ様です、豆腐屋江戸川の白兎です。豆腐の配達に来ました」


売り場にたっている気さくな若い女性スタッフがショーケースを挟んでお客様を出迎える。

薄ピンクの着物が「おもち」の制服で、女将は薄ピンクの着物の上から青紫に黄色の花の絵柄が刺繍された羽織ものを身につけている。


「はい、白兎さまですね。こちらへどうぞ」


横に並んだショーケースの一番端にある上下できる茶色の薄い板を着物の裾を右手で上げ、左手で板を上げた。そして、手で誘導してくれた。


勉は豆腐の入った箱を持ちながら、その間を通ると奥にあるもうひとつの扉を開けた。中に入ると、茶色の廊下に高台になって畳の部屋になっていた。

その部屋には女将が花を解体していた。切った枝や葉は畳に敷かれた新聞紙に入れている。

その後ろ姿を見て、「あっ、今日はハズレの日だ」と実感する。

いつもはここのキッチンで働くシェフの1人が裏で受け取るが、稀に女将本人が受け取る事がある。今日のように。


「お疲れ様です」


「はい、お疲れ様です」


「豆腐お届けに参りました。」


「はい、ご苦労さまです。」


お女将は立ち上がり、勉の方までお引きずりで来ると箱を受け取った。

勉は畳にあがることなく、そのまま代金だけ貰って店を出た。


自転車で「おもち」を去った後、ため息をこぼした。


「はぁ、緊張したぁ、、、」


ひとつの緊張が終わり十字路の横断歩道で青信号になるのを待っている間、お金の事を考えている。

時間は迫っていた。「どうにかしないと」ぼーっと考えている間に青信号が赤に変わり、「あっ、、、」なんて事も多い。

誰かから借金するか、どこかで賭け儲けするか、、、

 お金を借りるならば、考えられるのは利潤だったがつい最近、言い出しかけて言い出せなかった。

 なぜなら、利潤は近いうち店を閉店するんだとか、経営はそろそろ困難な時代だと、そして桜は今年4月に正社員になるチャンスを得た。

 ブランド店「グアナム」というポーランドのから来たブランドで、江戸川区に新しい店舗ができるんだとか、そこである程度経験を積めば正社員雇用もあるとか、、、 

 勉もひどく焦っていた。「このままだと生きる為に働く場所がない、いや、生活の為だけの稼ぎだけならいくらでも仕事を探せる。でも、4月2日が猶予だ」。しばらく考え込んでいると、吐き気が勉を襲った。

 すぐ近くにあった公園のトイレに寄って、吐き気が治るまで便器に顔をうずくめた。

 最近はこんな調子がずっと続いている。このままではと焦りは勉の体を壊していった。




夜、キナコはさやが貸してくれたレコードプレーヤーとエリザベス・ハニーのブルームーンをさっそく家に帰って聴いてみた。

 

 「うわぁー人生変わる〜」


 「何なのそれ?誰の曲?」


 「エリザベスハニー、知らないの?」


 「最近有名な外国人の女の人?」


 「そうだよ」


おばあちゃんは、温かいお茶を飲みながら、勉が寒い外でも温まるマフラーを編んでいる。

 もう春の季節であるものの、この部屋の寒さは12月顔負け。全部の窓を閉めてヤカンをかけると部屋はどうにか温まった。


 「あぁ〜いい、うん、ほんとにいい声こんな女性になりたーい!」


 「へぇぇ〜、日本女子は着物が一番いいのよ、あんな露出して、娼婦みたいよ」


おばあちゃんはエリザベス・ハニーに対してあんまりいいイメージを持ってなかった。


 「今日、親父が帰って来たら聴かせよー!」


 「お父さん遅いね」


 「今日何か聞いてる?」


 「うんん、何も」


時間は過ぎて行き、夜の22時になっても帰ってこない。キナコとおばあちゃんは先にご飯を食べた。

 キナコはレコードを聴かせたいと親父を待ったが、あまりに遅い時間になった為に、おばあちゃんに「今日は早く寝なさい」と言われ、とうとう眠りについた。

 おばあちゃんは親父を心配し、スタンドランプをつけたまま眠りについた。

 次の日、キナコが朝起きると横で親父が眠っていた。

 内心ほっとしたが、なんで遅かったのか気になった、そして今眠っているということは、体調不良に違いない。

 そんな親父を見ていると、早起きのおばあちゃんがいつもの様に朝ごはんを用意していた。


 「キナコ、おはようー」


 「おはようー、親父いつ帰って来たの?」


 「昨日の夜中3時」


おばあちゃんは小さい声で言った。


 「へぇ」


キナコは朝ごはんを食べて、制服に着替え、学校へ行った。

 勉はその後に起きた、朝11時頃、、、



 「勉、勉、大丈夫?」


 「んん、おはようー」


心配するお母さんに対して笑いながらふざける勉。


 「大丈夫かい、あんた、、、昨日何でこんなに遅かったの?」


 「いやぁ、昨日、友達にばったり会って、少しお酒飲みに付き合ってて言われて、、、」


 「お酒飲んだの?」


 「いいやぁ、俺は飲んでない」


勉はお酒が弱く、自分から好んで飲む事はない。

 布団から起き上がり、テーブルには朝食が用意されていた。


 「いいから、温かいお茶入れるから、朝食食べて、、、あっ体調はどうなの?」


 「えぇ?あっ体調ー、、、大丈夫」


 「今日は豆腐屋の仕事いくの?」


 「うん、行くよー」


勉は寝ぼけた目を啜りながら、ボケーっと受けた答えする。


 「んん?あれは?」


目に映ったのは、レコードプレーヤーとそこに立てかけられたレコードケースだった。


 「あぁ、なんかねぇ、キナコが友達からレコード借りて来たって、それであんたに聴かせるって言って昨日ずっと待ってたんだから」


 「俺に?、、、あーマジかー、悪いなぁ」


勉は目を覚ました様に、レコードケースを見て、「あぁはは、エリザベス・ハニー、、、さやって友達からかぁ」勉は思わず微笑んだ。


 「ほーら、勉!寝間をたたんで、朝食を食べなさい」


お母さんは温かいお茶をコップに注ぎ、お米と卵焼き、豆腐の炒め物に並べて置いた。それぞれから湯気がたなびき、いい香りがする。

 勉は今日の豆腐屋の仕事に向けて、体調を整えた。朝食を食べていると、お母さんがこう言った。


 「あのね、あんた副業は向いてないよ、私、5月から働く事にしたんだけど、、、」


 「えぇ?働く?どこで?」


 「紡績工よ」


 「えぇ、でもキナコは?朝食とか、、夕食は誰が作るんだよ?」


 「あのね、そんな長くは働かないよ、朝の10時〜3時よ、それに5月から雇ってもらえるだけ運が良かったんだから」


 「大丈夫なのかよ、」


 「あんたをここまで1人で育てたんだよ、私を舐めるんじゃないよ」


おばあちゃんは女手1人で勉を育て上げてきた。いろんな不幸苛まれながらも、乗り越えてきた強い女だ。

 勉は何もいい返せなかったが、ありがたかった。ただ頷き切ない表情で、朝食を食べる事に集中した。、、、

 外は春の匂いが漂い、新しい年の始まりだった。今年の正月はみかん意外に特別な事はなく、お参りも行ってなかった。それを思い出した勉は、「あっ、今日仕事行く前にお参りしてくる」と言い家を出た。

 お母さんは勉の急な発言、奇想天外な言動には慣れているが、今年は勉の事が今まで以上に心配だった。





嫌な予感


キナコは春休みは、さやとさつきとれいかの4人でブランド店「グアナム」を初めて来店したのが一番の思い出になった。

 国の地図のデザインがとても輝いて見える。


 れいか「これ、男の子むけじゃない?」


 さや「そう、私は気に入った」


キナコはこの日の為に、親父からお小遣いをもらっていた。「グアナム」はハイブランドだが、この日はセールで70%オフ、Tシャツ一着400円で買えた。

 キナコはフランスの地図のデザインのTシャツを選んだ。店員は綺麗な透明袋に包むと、それを茶色の袋に入れて、丁寧にキナコに渡した。


 さつき「キナコ?これは何の地図?」


 キナコ「フランス」


 さつき「えぇーめっちゃ可愛いじゃん、私も早く選ぶから待ってね」


 さや「早くしてよねー、さっちゃん」


さやは既に何着か購入し、3袋ほど手に下げながられいかと一緒に他のTシャツを鑑賞していた。

 さつきは「これ!これが可愛い、これにする」と言い、そそくさとレジに持っていった。選んだのはイギリスの地図のデザインで、Tシャツの裾の右端にユニオン・ジャックが描かれていた。

 4人は購入後もしばらくTシャツを鑑賞、しっかり目に焼き付け、「また来る!」

と誓った。

 最後、喫茶店に寄って帰った。次会うのは新学期だ。


 さや「またね、キナコ!」


さやは手を振って、バスに乗った。さつきとれいかの3人で大通りを歩いていると、


 さつき「そういえば、キナコが追いかけられてた時、あんたどこいたの?」


 れいか「あぁ、えぇ!どこいたって、ここら辺、わたしあの日、1人でグアナム行ったんだから」


 さつき「うーわ!抜け駆けね」


さつきはわざと大胆な反応を見せる。


 れいか「あんたたち、足が速いのよ」


 キナコ「そう?」


 れいか「キナコ!あんた、ほんとに不良2人やっつけたんでしょ?」


 キナコ「うん」


さつき「凄いと思う、ほんとに、」


キナコ「でもね、さやが言うには、さつきが超人レベルの腕力で不良に石投げたみたいよ!」


れいか「えぇ、やばっ」


さつき「まあね、わたしレベルなら、このくらい」


れいか「顔やば、、、まぁ、いいや、、、あんたたち、2人とも身長高いけどいくつなの?」


さつき「私、164か165cm、、、キナコは?」


キナコ「私、166くらい」


れいか「2人とも背が高いよね、羨ましいぃ〜」


キナコ「あんたいくつ?」


れいか「150cm」


さつきとキナコは口揃えて「ちっちゃ」と呟き、れいかはそれを聞き逃さなかった。

 反射的にグアナムのTシャツが入った袋で、さつきとキナコに打撃し、「あぁーー!!忘れてた」と言わんばかりに3人とも焦った。


 さつき「え、ごめん、れいか、でもグアナムまで、あんた、、、」


 キナコ「ごめーん、」


 れいかは自分で袋を振り回しておきながら、心配してTシャツを確認、シワが入ってない事に安心した。

 Tシャツのデザインを再び目の前にした瞬間、3人ともすぐ帰ってグアナムのデザインを鑑賞したい気分になり、長ったらしい通りが面倒くさくなっていった。

 大通りの十字路でそれぞれの方向へ別れ、そこからは走って家に帰った。

 帰ってさっそくおばあちゃんにTシャツを見せると、おばあちゃんは「芸術的ね」と言いながら丁寧に触った。地図のデザイン部分を優しく撫でた。


 「親父にも見せよう〜」


 「あぁ、お父さん早く帰ってくるよ」


 「へぇ、どうして〜?」


 「また、体調が悪いんだって」


 「ヘェ〜」


親父は毎日ノーテンキだが変わった事が一つ、それは体調を崩す事が多くなった。咳が止まらなくなったり、急な眩暈を起こす。

 体調不良の親父を見た時、自分の話をする気にはならなかった。反応は悪いし、というか心配でもあるからだ。

 その日、15時頃に親父は帰って来たが、予想通りすぐに眠りについた。  

 一回眠ったら10時間は眠っている。病院に行く為のお金はなく、親父は「友達と遊んでおいでっ!!」と言ってお小遣いくれるが、それも申し訳なく感じ始める。


 夜、親父は目を覚まし、いつものテーションでキナコに「こんばんは〜」と言って、右手のピースサインを左右に振った。

 「はい、こんばんは〜」と言ってキナコもそれを真似し、「ねぇ、見て!」とグアナムのTシャツを見せた。

 

 「おぉー、これがグアナムかぁ、」


 「そう〜、これがグアナムなの!フランスの地図」


親父はTシャツを手に取り、地図を見つめる。「宝の地図みたいだね」なんて呟きながら、地図に見惚れていた。

 

 「すごいでしょー、400円した!」


 「すごいなぁ、クオリティーの高いデザインだな!」


 「楽しかったか?」


親父は微笑んだ表情でデザインを見ながら聞いた。


 「うん、楽しかった。」


 「良かったなぁ」


 「勉、大丈夫なの〜」


おばあちゃんが勉が起きたのに気づき、キッチンから声を張り上げる。


 「大丈夫だよー」


勉はそう言いながら目ん玉を真ん中にし、ベロを出す変顔をキナコに見せた。キナコも表情を真似して見せ2人でふざけあった。

 おばあちゃんがキッチンから出てくると、変顔している2人を見て「また、もう〜何をやってるの!キナコ、あんたは女の子なんだから」と言いながら食卓の真ん中にみかんを並べた。


 「ほら、食べなさい」


 「えぇ!何でみかん!」


 「もらったの、おばあちゃん友達多いから」


おばあちゃんは得意げな顔をしながら、キッチンに戻った。

 親父は立ち上がると、寝間を適当に二つに畳み、テーブルを真ん中に寄せてみかんをさっそくみかんに食らいついた。


 キナコの春休みはあっという間に過ぎ、4月1日、新学期の始まりとなった。親父はいつものように既に仕事に出て、キナコはいつものメンバーとバスの駅で待ち合わせすることになっている。

 いつもの大通りに出ると、さつきが既に待っていた。横断歩道を渡り、さつきの方までかけた。


 「さつき!おっはよー」


 「おはよう、はぁ、、、まじでクラス一緒になりますように」


 「なれるーよ!」


さつきは手を合わせて神様に祈っている。さやがバスで到着するまでにれいかが来なければ、そのまま学校へ行くという事を本人に伝えている。

 新学期が始まるというのに、れいかは相変わらず遅刻癖が治ってないからだ。

 そして、一台のバスが駅に止まった、窓からさやの顔が見えた。


 さつき「はい、れいかは1人で登校確定ね」


 キナコ「そうだね、あの子は、、、」


キナコが偶々視線をやった方向かられいかが猛ダッシュで向かって来た。

 「さつき!さつき!、れいか来たよー」


 さつき「えぇ?あっほんとだ」


さやがバスから降りて来て、「おはようー」と言いながら、れいかの方を見つめている。おそらく、バスが駅に向かう途中で走るれいかを誰よりも先に目撃したに違いない、れいかが3人のところに辿り着くと、「ギリギリたどり着けたね、無理かと思った」とさやが言った。

 

 れいか「はぁはぁはぁ、はい!」


 さつき「よし!行こう!4人が同じクラスになれるように祈って!」


結局、4人はバラバラになった。キナコは2年3組、さやは1組、れいかは5組でさつきは7組だった。

 そして、担任は怖そうな女教師だった。


キナコ「終わったァー」、、、、


今日、親父にこの話をしようーと思いながら、時間が過ぎるのを待った。、、、



しかしその日の夜、父は帰ってこなかった。おばあちゃんとキナコは心配しながらその日の夜を迎えた。

 次の日の朝、キナコは目を覚ましたが父は帰って来てなかった。


 「おばあちゃん、親父は?」


 「まだ、帰ってないみたいね」


 「えぇ〜」


おばあちゃんも心配した様子だ。だがキナコに朝食は作り、学校に行くように言い、続けて、「おばあちゃん、昼の12時までにお父さんが帰ってこなかったら、豆腐屋江戸川行ってみるわ、もしかしたらいるかも、、、」と言った。

 キナコは心配しながら、学校へ行った。もし、どこかで倒れていたらどうする?なんて最悪なパターンをなん度も想像した。

 学校の授業中、先生が呼びに来て、おばあちゃんが迎えに来て、、、、なんてあるわけない、そう自分に言い聞かせた。しかし、それは現実になった。


ボブ・キナコの夢


朝11時、静まった廊下に響く教室から漏れる先生の声と、黒板にチョークを打つ音。

 宮本は、2年3組のキナコを呼びに2階の廊下を歩いている。

 3組のドアをノック、その音にクラス中がドアに注目。社会科担当の吉田に言った。

 「授業中申し訳ないな、キナコの保護者が迎えに来てるので、キナコは今日早退きさせます」


 キナコは呆然としている。


 宮本に連れられて、棟の一階で職員室や事務室の向かいにある会議室へ向かった。

 中に入ると担任の小林と教頭の福井、2人と向かい合わせで座っているキナコのおばあちゃんの3人が待っていた。

 深刻そうな表情から、親父に何かあったと理解した。きなこはバッグを下ろし、おばあちゃんの横に座った。


 「きなこ、、、」


キナコは息を呑む。


 「いい、キナコ、、、、お父さんが捕まった」


 「え?」


朝11時、静まった廊下に響く教室から漏れる先生の声と、黒板にチョークを打つ音。

 宮本は、2年3組のキナコを呼びに2階の廊下を歩いている。

 3組のドアをノック、その音にクラス中がドアに注目。社会科担当の吉田に言った。

 「授業中申し訳ないな、キナコの保護者が迎えに来てるので、キナコは今日早退きさせます」


 キナコは呆然としている。


 宮本に連れられて、棟の一階で職員室や事務室の向かいにある会議室へ向かった。

 中に入ると担任の小林と教頭の福井、2人と向かい合わせで座っているキナコのおばあちゃんの3人が待っていた。

 深刻そうな表情から、親父に何かあったと理解した。きなこはバッグを下ろし、おばあちゃんの横に座った。


 「きなこ、、、」


キナコは息を呑む。


 「いい、キナコ、、、、お父さんが捕まった」


 「え?」


おばあちゃんは深刻な表情で話を続けた。


 「おもちっていう団子屋からお金を盗んだみたいなのよ、、、」


 「えぇ?なんで?」


 「わからない、、、、」


おばあちゃんは眉間に皺を寄せ、涙を堪えているようにも思えるが、怒っているようにも見えた。

 

 「今どこにいるの?」


 「東京留置所、、、」


キナコは呆然とした、親父は犯罪者になったからだ。

 その日、キナコは親父に会いたいと要求したが、それは無理だった。嫌な妄想通り、おばあちゃんに迎えられ早退き。

 2人で家に帰った。、、、、



 部屋に入ると、寝間に食卓、、、、何もかもが日常的なのに、世界が変わって見えた。

 おばあちゃんによると、親父を探しに行こうかとウズウズしていると、家に警察が尋ねて来て、捕まった事実を知った。

 そして、警察は親父から手紙を預かったと、、、、

 おばあちゃんは手紙をキナコに渡した。


 茶封筒に入っていた。手紙にはいくつか雫が落ちた後がついている。

 広げると、親父の文字だった。、、、


 「学校は楽しいか、俺はしばらく帰って来れない、ごめんな、悪い事をしてしまったよ。

  でも、また会えるから、おばあちゃんと助け合うんだよ  


             きなこへ」


 キナコは赤ん坊以来、久しぶりに大泣きした。手紙に涙の雫が落ちる。おばあちゃんはキナコの肩を優しく強く抱きながら一緒に泣いた。



 今日の夜、利潤が家に訪ねて来た。


 食卓を囲い、キナコとおばあちゃんは隣同士で座り、前に利潤が座った。

 テーブルにみかんと温かいお茶を出し、利潤は豆腐と肉や野菜、果物など、大量の手土産を持って来た。


 「お母さん、キナコ、、、大丈夫ですか?」


 「えぇ、、うちの息子が大変迷惑をおかけして、、、本当にごめんなさい」


おばあちゃんは涙声になりながらも、利潤に謝った。

 利潤はそんなおばあちゃんの謝罪を止めた。


 「お母さん、あなたが謝ることじゃない!、、、あいつ、、、助けられなくて、俺もごめんなさい」


利潤は頭を下げた。


 「あいつ、お金に困ってんなら、俺に言えよ!」


 利潤さんは語った。親父は配達で行った「おもち」で、女将が大金を入れた封筒を落としたと、そのお金は店の利益で着物の裾に入れていたところ、落としてしまったんだとか、いつもなら経理担当がお金を管理するが、この日は店の金庫が錆びすぎて一時的に開かなかった為に、一旦お金を抜いていたが、それを落としたのだ。

 それで女将は焦っていた、親父はそれを畳部屋の襖と茶色の柱の間に挟まっていることに気づき魔が刺した。

 それをズボンのポケットの中にしまったのだ。

 その瞬間を受付のスタッフが見ていたが、「まさか白兎様が?、、、きっと、あれは白兎様の茶封筒だろう」そう思った。

 その日は徹夜でスタッフ一同で探したが見つからず、あの出来事を女将に報告した。女将はすぐさま豆腐屋江戸川に尋ねたが、その頃そっちにももどって来てなかった。

 どこへ行ってたかは利潤もわからない、しかし、次の日の朝、親父は豆腐屋江戸川の前で壁にもたれて眠っていた。


「その後、警察が来てな、勉のポケットから利益を入れてた茶封筒が出てきたんだよ、、、」


キナコはまさか!と思い、親父から貰った手紙の茶封筒を見せて、「え、これじゃないよね?」と言うと、利潤は否定した。


「茶封筒だけが女将のところに戻ってきた」

 

「お金は?」


おばあちゃんが聞いた。


「どこにやったのか、あいつは言わなかった、警察の連中があいつを尋問しているはずです。」


沈黙が続いたが、おばあちゃんが口を開き語り始めた。


 「必ずしも、いい人が過ちを犯すとは限らない、、、あの子は昔から、優しい子なんですよ。背は一丁前に高いのにその割に繊細でね、落ち込んでいるとすぐ分かる、、、いくら隠そうともね」


キナコは涙を堪えておばあちゃんの話を聞いている。利潤は頷きながら瞼を擦る。


「そう、、、嘘つくことはできないやつだ、あいつは」


利潤はおばあちゃんの言葉に付け足した。またその後に知った事実、豆腐屋の同僚の青年が教えてくてたが、利潤は何度も女将に頭を下げ、勉が盗んだ分のお金を前払いで返した。

「俺はもう生きたから、、、」それが理由だった。また、豆腐屋は今年か来年には閉店予定だったが、続けることにした。

まだ客はいるから、、、


親父が収監された中野刑務所に二人で行くついでに豆腐屋江戸川を尋ねた。

 2人が来るのに気づいた青年は、目を見開き、待ってたとばかりに大きく手を振る。


 「大丈夫でしたか?」


 「まだわからないの、まだ会ってないから」


おばあちゃんが答えた。青年はさっそく親父について聞くが、今から会いに行くキナコとおばあちゃんにも、どんな状況か把握できてない。


 「そっかー、、、きっと大丈夫ですよ」


青年は目に涙を浮かべるが、笑みを見せてそう言った。そして続けて話す。


 「俺、勉さんが困っているの、、、しっかり理解してあげられませんでした。それに、、、黒いスーツをきた人たちの事を誰にも言わなかったし」


 「黒いスーツ?」


おばあちゃんが聞くと、青年は若干目が泳いだが、決心したのか全てを話してくれた。


 「そういうことだったの、、、勉に聞かないと、確かな事がわからないわね」


おばあちゃんがそう言うと、青年は深く頭を下げ、大きな声で謝った。


 「すみませんでした!言わないと約束して、、、俺言えなくて、、、」


青年の目からどんどん涙溢れ、感情的になりながらも謝った。


 「あの子は、あなたにもこんな迷惑をかけて、こちらこそごめんなさいね」


おばあちゃんは青年の肩に触れ「顔を上げて、謝らないで」と優しく声をかけた。

 青年は顔を上げると涙を拭い、「勉さんに会ったら、よろしく言っといてください!」と言った。


2人は豆腐江戸川を後にすると、そのまま鉄道に乗って中野刑務所に行った。



 

灰色の壁に正しく無の空間、警察官が1人立っていて、透明のガラス越しに親父が来るのを待った。

この静かな時間は直ぐに終わり、ガラスの向こうの右横のドアが開いた。キナコもおばあちゃんも心拍数が増す。

最初に1人警察官が出てきた、そしてその警官が壁に沿うように立ちドアの向こうを見ている。

そこから手錠をつけた灰色のパジャマのような服を着た親父が出てきた。前よりも痩せていてた。

キナコは立ち上がり、ガラスに手をつける。


「親父、、、」


おばあちゃんは無言だ。親父はうっすら頬を上げて、無の空間に唯一用意されたパイプ椅子に座り、ガラスの下の壁の端から端まで伸びた白い台に腕を置き、ガラスの真ん中の穴に向かって、静かな声で一言言った。


 「ごめんな」


 親父はガラスに頭をつけ、キナコも顔をガラスに近づけた。


 「学校はどうだ?」


 「うん、楽しい、、、」


 「良かった、、、」


味気ない会話が続くが、親父もキナコも涙を堪えるのに必死だ。

 するとおばあちゃんが涙をポツリと流しながら口を開いた。


 「勉、元気なの?、、、体調は?」


 「うん、大丈夫だよ、、、」


 「そうなの、良かった」


おばあちゃんは泣きながら笑みを見せ、ガラスに手のひらをつけた。親父はおばあちゃんの手に合わせる様にガラスに手のひらをつける。


 「なんで、あんな事を?」


おばあちゃんはとうとう、本題を問いただした。

 親父は少し口籠り、しばらくすると真実を吐いた。


 「俺、どうしようもなくて、、、若い頃にヤクザと絡んだ、俺、友達の分の借金背負っちまったよ、、、、」


 「なんで、言わなかったの」


おばあちゃんの感情的な声と、親父の泣き声は面会室に響いている。


 「心配させたくなかったんだけど、もう、無理だな」


 親父は泣いて感情的になりながら、笑って見せた。


 「勉、あんたは馬鹿なんだから、、、」


 親父はおばあちゃんを見た後、キナコに目を向けた。そして、キナコもおばあちゃんと同じようにガラスに手のひらをつけ、親父はキナコの手のひらに合わせる。

 そして、キナコに優しく声で言った。


 「ごめんな、でも、お前はこんなになるなよ、、、人生を楽しめな」


しばらく話していると、面会時間はあっという間にすぎ、後ろの端っこに立ちメモを取っている警官が「もう、時間です」と言い、親父のところまで行くと肩に手を置き頷いた。

 親父も抵抗する事なく椅子から立ち上がり、おばあちゃんとキナコも立ち上がった。


 「またな」


親父がそう言うと、おばあちゃんはキナコの肩を強く抱きしめながら、「また戻っておいで」そう言った。

 警官は頭を深く下げると、親父を誘導しながらドアへ向かい、親父は手錠のついた手を振ると、ドアの向こうへと消えていった。



 その年の6月20日、内職中に親父は血を吐き、病院へ搬送されその日の夕方18時02分、43歳で死んだ。死因はくも膜下出血だ。


 キナコとおばあちゃんのもとに、白兎 勉の死亡の報告通知が届き、2人とも泣き崩れた。あの日以来、会う事はなかった。 病院の真っ白な部屋で白いベッドに眠る親父は疲れていたように見えたが、同時に気持ちよく眠ってるようにも見えた。

 しばらく見ていると、こんなボケがふと浮かんできた。


 「親父!眠る時も豆腐の中かよ!!」、、、






ツインテールで、シャネルの黒のショルダーバッグを右肩に背負い、赤色のロングドレスを身につけ、青紫の豪華なコートを纏い、金のハイヒールをコツコツならしながら東京 銀座を歩いている。

 パパラッチのカメラの光があまりに強く、真っ黒のサングラスがフラッシュで瞳が見え隠れする。

少し先にはキャバ嬢に出迎えられるスーツを着たオッサンがタクシーに乗り込んでいくが、その騒ぎようで気になったのか、こちらに目をやった。


「へぇ!?ボブ・キナコ?」


「本物だ!」


オッサンは顔を真っ赤にしながら、せっかく止まったタクシーに乗らずドアを閉めると、後ろの赤いライトがついてタクシーは去っていく。そのライトがキャバ嬢の着るシルバーのドレスと、胸まで垂れるパーマのかかった髪の先をワイン色に染める。

そんな景色がパパラッチの隙間からキナコの目線に入り、「やかましいね、こっちに来るわ」と独り言をぼさっと吐いた。すると、目の前に黒のリムジンが止まり、運転手が出てきて、「あ!お待たせしました、白兎様」と焦り口調で話す。


「白兎なんて呼ばないで、ボブ・キナコって呼んで」


「失礼しました!ボブ・キナコ様!」

グレーのスーツの似合うこの運転手の男性は20代前半の新人。そして、キナコ専属のリムジンの運転手だ。

運転手はキナコをエスコートし、座席に乗ったのを確認すると運転席に戻り、パパラッチの集団をはい退けて、リムジンを発進させた。

しばらくしてやっと静かになった。赤信号になって止まっている時、ダッシュボードの中央についたラジオの音を大きくした。


「最近では、充填豆腐が市場に登場!」


ラジオのノイズに混じって男の人の声は、豆腐について語っていた。


「家庭料理のデパートリーが増えるのではないでしょうか!

容器に入っていて、、、」


 「ねぇ、ラジオ消して、、、」


 「あっ、はい」


運転手はラジオを消した。


 「豆腐って、、、」


 「お嫌いですか?」


運転手はミラー越しにキナコを見ながら、謙虚に質問した。


 「いいえ、嫌いじゃないわ!あなたは?」


 「えぇ、僕は好きです、、、豆腐、、」


 「そう、、、豆腐は一生分食べたわ、、、だから、特別な思い出がある」


キナコは窓にもたれ、夜景を見ながら何かを思い出したようにぼそっと吹いた。



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