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おまけ召喚 第二部 狙われた杖の宝  作者: 草野 瀬津璃
第八幕 不死鳥らは暗躍す
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四十六章 あちら側とこちら側



「やあ、こうして会うのは初めましてだね。私はヴィクトル・アーツ。皆には教祖って呼ばれているよ」

 ほとんど白に近い銀の髪を後ろで束ねた深紅の目の男は、穏やかに微笑んだ。

 対する流衣はその正面の長椅子にちょこんと座った姿勢のまま、無言で固まった。“教祖様”という人物が、余りにも想像とかけ離れていたせいだ。

(もっと怖い人で、そう、鬼みたいな形相の人かと……)

 勝手に妖怪を想像していたので、本人――この人が嘘を言っていないなら――を前にして嘘ではないかと勘繰る。いや、もしかすると白昼夢を見ているのかも?

(というか、待って、今、思い切り名前を言わなかった?)

 目をパチパチと瞬き、今度は自分の耳を疑う。

『秘密結社の長が、不用心なものですね。名前を明かすなんて、馬鹿ではないですか』

 流衣が何か言う前に、オルクスが肩の上から呆れたように言う。呆れながらも毒を混ぜているのは流石という他ない。

「えーと、いいんですか、そんなあっさり名前を言って……」

 困り果てた末、恐る恐る訊いてみる。

 教祖はにっこりと笑う。

「名を名乗ったからといって、それが本物とは限らない」

「……偽名?」

「そうとは言ってない」

「…………」

 どっちだ。

 流衣は唖然とし、内心で溜息を吐く。

 ま、まあいいや。どっちでも。

 流衣はコホンと小さく咳払いをし、自分も名乗り返す。

「僕はルイ・オリベです。あの、本当に教祖様って人なんですか?」

 思わず疑いの気持ちが口から滑り出た。

「そうだよ、ルイ・オリベ君。こうして見ると小さいなあ、本当に男の子?」

 質問に答えてくれたものの、そのまま質問を返される。しかも流衣にとっては嬉しくない問いかけだ。

「……男です。背が低いのは、僕の生まれ故郷の人達の特徴です」

 平均より小さいが、黙っておく。

 ややむすっとしつつ返しながら、教祖の言葉に違和感を覚える。……“こうして見ると”?

「前にもどこかで会ったことが……?」

 眉を寄せての問いに、教祖は右手の平を上に向けて掲げる。

「クロロ、おいで。……この子を覚えてるかな」

 ポン! と白煙とともに、目玉に羽の生えた魔物が現れる。

「あ」

 へんてこりんで間抜けな、自分のことを監視していた使い魔だ。

「この子は私の使い魔なんだ」

 教祖は使い魔の頭を軽くなでると、もう戻っていいよと声をかけた。再び白煙が起こり、使い魔は消え失せる。

「はあ……」

 使い魔だからどうしたというのか。

 意味が分からないので、流れのままに頷く流衣。

『坊ちゃん、使い魔と相性が良ければ、同調することで使い魔の視野と術者の意識をリンクすることも可能なのですよ。遠く離れた場所の光景を、自分の目で見ているように見ることも出来る、ということです』

 ああ、なるほど。

 流衣は心の中で呟く。

 それならばオルクスとも同調とやらが出来るのだろうか? 単純な疑問が浮かぶ。

『ただし、意識の同調はそれなりにリスクもおいます故、あまりオススメしません。試してみたいなんて言わないで下さいよ』

 オルクスがここまで真剣に言うのだから、よっぽど危険度が高いのだろう。流衣は素直に頷く。


「――まあ、手札を明かすのはここまでにして」


 教祖の切り出しに、流衣は若干警戒し、教祖を伺うように見る。教祖は赤い目を細めるようにして真剣な光をたたえており、流衣はそれに気付いた途端、急に身じろぎすら出来なくなった。空気にピンと緊張の糸が張られたかのようで、息苦しい。

 じわり。膝の上で握った手の中に汗が浮かぶ。

「前にユリアを介して君を見た時から、仲間にしたいと考えていた。どうかな?」

「……ユリア?」

 流衣は手を握りしめ、どうにか声を絞り出す。

 なんなんだろう、この人。ただ座っているだけなのにプレッシャーを感じる。

「以前、行商人の女性の顔を見ただろう? ……火傷のある」

 僅かに言いにくそうに教祖は言う。少しだけ憂いをこめて眉が寄せられた。

 流衣はすぐに思い出した。〈悪魔の瞳〉、行商人、女、火傷を負った顔。それらの単語で思い出すことは一つしかない。魔物入りの闇物をばらまいていた行商人。

 しかし、意味が分からない。

 使い魔を介してというのならば、先程のオルクスの説明で納得がいくが、あの女の人を介するとはどういうことだ?

 無言のうちに眉が寄ったのを見てとり、教祖は少し楽しげに口端を引き上げる。

「君は素直だね。意味が分からないとはっきり顔に出ている」

「う……」

 思わず顔を手の平で覆う。

 しかし今更隠しても遅いだろう。

「――例えば」

 教祖はついと窓の方へ視線を投げながら、呟くように言う。

「ある所に、一人の男がいた。彼は白い髪と赤の目を持った異端児(いたんじ)で、魔力が強かった。親はそのことへの不満はなかったが、ある理由から男を不気味がっていた」

 異端児。

 流衣の脳裏にエルナーの姿が過ぎる。

 失くした色の代わりに、膨大な魔力を宿して生まれてくる子供のこと。そして、その強い力と見た目のせいで()まれる存在。

 流衣は、教祖が自分自身のことを話しているようだと気付く。

「男はときどき先を見た。異端児であるだけでなく、異能まで授かっていたんだ」

 静かで、淡々とした声が、広く茶色の落ち着いた色調で統一された客間に響く。先程まで身動きが取れない程の威圧感を持っていた当人は、今では僅かに悲しげな色を赤目に宿している。

 つまり、あの行商人の女性を介してというのは、女性の未来を通して流衣を見たということか。流衣はハッと納得する。

 教祖は更に話を続ける。

「疎まれて育った彼は思った。人と違うことで差別されるなら、人と違うことが認められる世の中にすればいい、とね」

 にこり。教祖は重い話とは場違いに軽く微笑む。

 どういう顔をすればいいのか分からず、流衣は更に居心地が悪くなる。

 そんな話をされても困る。自分はこの人達の仲間にはなる気はないのだから。

 黙りこんでいる流衣を教祖は一瞥し、僅かに身を乗り出すように問う。

「クロロを通して観察していたから何となく分かったのだけれど、君はどこか異質だよね」

「………」

 自分でも感じていた違和感だけに、思わず目を丸くして教祖を凝視する。

「私達は世間のはぐれものだけれど、そういう異質とはまた違う。馴染んでいるようで馴染んでいない。まるで水と油のようだ。ここの空気が水なら、君は油というところかな」

 この人はもしかして心の中まで読めるのだろうか。

 急に教祖が得体の知れないものに見えてきた。流衣は無意識に身を引きながら、まじまじと教祖を観察する。三十代ほどの優男で、雰囲気は落ち着いていて、身のこなしは優美だ。礼儀作法を身に着けたそれである。

「……どうしてそう思うんです?」

 これ以上探られまいと表情を引き締め、教祖と相対する。

「その肌の色は突然変異として」

 教祖は僅かに考えた後、謎の仮定を持ちだした。

「そんな歳で旅をしている上に、魔力は稀に見る程の大きさだ。そこまでは時折いるはぐれものかもしれない。でも、君は、まるで初めてお遣いに出た子供みたいに不安げに見える。全てが真新しいと言わんばかりだ」

 す、すごい……。

 流衣はごくりと唾を飲み込んで、目の前の男を見る。この人の観察眼はすさまじいものがある。直接会ったわけでもないのに、ほぼ核心まで勘付いているとは。

「僕はとんでもない田舎の出なので、何もかもが珍しいんです。だからそう見えるんだと思います」

「では、そういうことにしておこう」

 流衣の精一杯の嘘などお見通しらしい。教祖はにこりと笑った。

 うぐぐ。流石に一組織の長は一筋縄ではいかなそうだ。

「ルイ・オリベ君。私達は、どんな異質も否定することはないし、受け入れる。仲間になって、くれるかい?」

 再び身じろぎ出来ない程のプレッシャーに襲われ、流衣は椅子に座ったまま硬直する。

 赤い目がこちらを見ている。

 宝石みたいな赤。ピジョンブラッドのような、惹きこまれる光を宿した赤。

 赤、赤、赤。

 頭の中が赤色で埋め尽くされる。


 ――パキン!


 色の洪水は涼しい音とともに止まる。

 流衣はハッとして、くらくらする額に手を当てる。

「我が主人に、妙な真似をしないで頂キタイ」

 気付くとオルクスが、目の前の茶器の乗った低いテーブルの盤面に立っていた。……いつの間に。

「おや、失敗してしまったか。そのオウムは使い魔だったんだね。人語を話すとは驚いた」

 あくびれない台詞をのたまう教祖。口では驚いたと言っているが、あまり驚いているようには見えない。

 置いてきぼりをくらった気分で、流衣は教祖とオルクスとを交互に見比べる。

「流石に一宗教の教祖ともなると、することが違いますネ。暗示をかけようなどと姑息ですよ」

 地を這うような低い声で、オルクスは黒光りする目を教祖に向ける。

 教祖は肩をすくめる。

「いつもするわけではないよ。ただ、今回は面白そうな人材だからどうしても仲間に引き込みたかったんだ」

 まるで悪戯を告白するように、教祖は顎に手を当ててクスリと笑う。

(暗示……)

 流衣は内心で一度復唱し、意味に気付くと顔色を変える。妙に感じていた威圧感はそれのせいか。

 どうやら、本当にまともな人ではないようだ。屋敷のトラップを見てから思っていたことを再度強く認識する。

 流衣は椅子の上で背筋を伸ばして座り直すと、キッと(まなじり)を吊り上げる。

「すみませんが、仲間にはなれません。ここに来たのは、どういう意図なのか知りたかったからです」

 はっきり断って、こんなやばそうな所からは出て行こう。

 ひしひしと身の危険を感じ、流衣は強気な態度に出ることにした。その半面、心の中では震えあがっていたりするけれど。

「そもそも、人と違うことを認められる世の中にしたいのに、瘴気(しょうき)入りの品物をばらまく理由も分からないです。申し訳ないですけど、僕はついていけません」

 丁寧に話しながら、肯定出来ないことを口にする。

「うん、そういう答えがくることは知っていたよ。君が仲間にならないという答えを出したのは分かった。でも、魔物入りの品を配るのにはちゃんと理由があると言っておこうかな」

 相変わらず落ち着いた態度の教祖はそう返す。流衣は目を瞬く。理由なんてあったのか。

「人っていうのは不思議なものでね、危機的状況にあると普段差別をしている相手とだって手を取り合うことが出来る」

「…………」

「つまり、世の中が混乱している方が、ある意味ではとても平和的といえる」

 流衣は教祖の言わんとしていることを飲み込もうと考えを巡らす。彼らが世間を騒がすのは、その方が周りの人間が一致団結しやすいからと、そういうことか? それでわざわざ危険なものをばらまいていると、そう言いたいのだろうか。

 それは本当に正しい方法なのだろうか。

 差別を失くしたいのなら、もっと違うやり方もあるのでは?

「理解してくれとは言わない。でも、忘れないでいて欲しい。私達はどんな異質も受け入れるのだということを。もし仲間になりたくなったら、いつでもおいで。私達の仲間はどこにでもいるから」

「………はい。仲間になることはないでしょうけど」

 曖昧にしていても後々面倒になると感じたので、流衣はきっぱりと断る。

 教祖は緩やかに笑み、ふと眼光を鋭くする。

「――ただし、私達に敵対する気なら、子ども相手とはいえ手加減しないよ」

 流衣は背中に冷や汗をかきながら頷く。そうしながら、言っていることは容赦ないが、こうして警告をくれるだけ、この人は優しい方だろうと頭の隅で考えている。

「では、お帰り。話が出来て気が済んだ」

 そんな風に帰りを促す教祖を、流衣は胡乱気に見る。

「話をするだけで、ここまで連れてきたんですか?」

「いや、初めから言っている通り、仲間にしたかった。だが話してみて分かったよ。君はまだこちら側じゃない(・・・・・・・・・・)

 流衣はきょとんとする。

 ……こちら側?

 意味を推し量りかね、教祖を見上げるが、教祖は穏やかに微笑むだけで答えは言わなかった。

 よく分からないまま席を立って扉に向かう。

 部屋を出る時、教祖に「またね」と気軽に声をかけられ、流衣は複雑な心境で教祖を振り返る。どう返事をするべきか悩み、結局、無言のまま軽く会釈だけした。今後会う予定があるのだろうか? 先の分からない流衣には謎だ。出来れば関わり合いになりたくない。

 もやもやとしたものを胸の内にくすぶらせながら、流衣は扉を閉めた。


     *


「あれ?」

 部屋を出たはずだったが、廊下ではなく玄関の外に立っていた。

 流衣はきょとんと目を瞬く。

『坊ちゃん、強制転移ですよ』

 オルクスの説明に流衣は納得し、同時に、仲間にならないならとっとと出て行けと言われているように思えてますますもやもやしてくる。思わず屋敷を振り返り、教祖の一癖も二癖もありそうな笑みを思い出して溜息をつく。

「やあ、そっちから現れたってことは話を断ったんだな」

 門側からの声に振り返ると、サイモンの部下のラズリードという青年がこっちを見ていた。門前に横づけにした馬車の、客席への踏み台に腰掛けて頬杖をついている。

 流衣はそちらに歩いていきながら、苦笑いを浮かべる。

「最初から断ってましたけど」

 ラズリードは無言で赤と青の両目で流衣を探るように見つめる。

「どこの民族か知らないけど、この国じゃ珍しい見た目だし、苦労してるんじゃないのか?」

「見た目のことで気を付けろって言われたのはついこないだです。一年前は特には言われなくて……。と言っても、一年ほど昏睡状態だったらしいので、僕にはついこないだのことなんですけど」

「ふぅん。やっぱ苦労してんのな」

 まあ、見知らぬ世界に来て苦労しないわけがないよなあと内心で呟きつつ、流衣は門扉をくぐる。

「でも、そうでもないですよ。ここに来て初めて会った、今じゃ友達なんですけど、その人と一緒に旅してたので」

 そう考えてみると、リドが一緒にいるのといないのとでは大きな差がある。思えば、流衣がオルクスと二人という状況自体はラーザイナ・フィールドに来て短時間だけだったのだから、流衣が一人で旅をしていてトラブルに見舞われるのも自然なことに思えた。流衣が気付かなかっただけで、リドが結構トラブルを回避してくれていたのかもしれない。

 そういえば、ユリアという行商人に出くわした時や王都で杖連盟を訪ねてうろついていた時以外は、たいていリドが側にいた。リド曰く「目を離した隙にカツアゲにあいそう」という話だったが……。あれが結構効いていたのかもしれない。

(リド、目付き悪いもんなあ……)

 目付きが悪いというより、若干鋭いという方が正しいか。初めて会った時、流衣自身がリドのことを盗賊と勘違いしたくらいだ。周りの人間も少しくらいびびっていたとしてもおかしくはないと思う。

 そんな風に、リドに対して物凄く失礼な結論を弾きだしていると、ラズリードは僅かに口端を引き上げる。

「なるほど、君はついてるんだな」

「……ついて、ますか?」

 思わず胡乱気な顔になる。

 確かに出会う人間には恵まれているが、ついているのならそもそもこんな所にはいないわけで、こうして苦労していたりもしないはずだ。

「別に不幸自慢をしたいわけじゃないが、俺はこの通り目が赤と青という派手な色で、このせいで親兄弟には不気味がられて仕舞いには家に居場所がなくなってな。……〈悪魔の瞳〉の連中ってのは、だいたいどこかそんな事情を持ってることが多い」

 ラズリードは声をひそめる。

「君が顔を見たユリアだってそうだ。……それから、リーダーが人買いを憎んでるのも、あの方ご自身が酷い目に遭わされたせいだしな」

 ラズリードがこっそりと教えてくれた中身に目を丸くしたところで、ガン! と激しい音がした。

 見れば、サイモンが馬車の屋根に立っていた。さっきの音は屋根を蹴った音らしい。

「ラズリー、余計なことを言うな。そいつにもう用はない、とっとと出発するぞ」

 不機嫌そうな金色の目が物騒な光を持つ。

 ラズリードは肩をすくめ、御者台に向かいながら流衣に言う。

「ま、ようは寂しくなったらいつでも来いよって話。教祖様は誰も差別しない」

 左手をひらりと軽く振り、そのまま御者台に飛び乗るラズリード。流衣は楽しげにも見える背中を見送りつつ、唖然とする。さらりと事情を暴露してくれたが、ここの人達は何かしら事情を背負っているらしいのに、とても逞しく見える。そして教祖に対して並々ならぬ尊敬と親愛の情を寄せているらしい。

「何をぼんやりしてる。早く乗れ」

「うぎゃっ」

 いつの間にかサイモンが背後に立っていたのに驚き、その場を飛びのく。不機嫌オーラ全開の少年はイライラと流衣を睨む。しかし流衣は首を振る。

「いえ、あの、いいですよ、自分で出て行くんで……」

 本音はサイモンと同じ空間を共にするのが精神的苦痛ということだったが、サイモンは客席への踏み台をガッと蹴る。

「お前にここの位置を知られたら困るんだよ。それぐらい、考えなくても分かれ」

「すみません!」

 反射的に謝り、一拍遅れて理解する。なるほど、それなら確かにまずい。

「黙りなさい、クソガキ。我が主人を愚弄するのは許しませんよ」

 流衣が馬車の扉の取っ手を掴む前に、肩でオルクスが憮然と言った。

 流衣はぎょっと左肩を振り向く。オルクスは剣呑な目でサイモンを睨んでいる。急に口をきいたオウムを、サイモンは僅かに目を丸くして凝視する。

 一方で流衣もびっくりしていた。

「あれ、声出てるけどいいのオルクス……?」

「何がです?」

「様子見してるから黙ってるんじゃなかったの?」

 流衣にだけ聞こえる声で話すことはあったが、声を出さないで黙っていたのはオウムのふりをしているせいかと思っていた。高位の使い魔がいると分かれば警戒されるかもしれないし、そういう配慮なのだと勝手に納得していたのだけれど違かったのか?

「あのヴィクトル・アーツとかいう男にはばれたのです、隠す理由がありません。それにわて、このクソガキに一言物申したかったんです」

 ばれた云々も理由であるだろうが、つまりはオルクス自身が我慢の限界に達した訳らしい。

「というわけで坊ちゃん、わて、人の姿になって宜しいですか!」

「わ、分かったから。近いって」

 バサバサと羽ばたきながら勢いよく頼んでくるオルクスに対し、流衣は首をのけぞらせつつ後退し、いつもの要領で血と魔力を幾らか渡す。

「――さて」

 人の姿になったオルクスは、腕を組んで凄みをきかせつつ笑みを浮かべる。真っ黒い笑みだ。女神の使い魔とは到底思えないほど真っ黒だ。

 流衣はオルクスの後ろであわあわしながら、人の姿になったオルクスを更にまじまじと見ているサイモンの様子を伺う。

 サイモンはしばし考え、結論を出したらしい。

「なんだ、そいつ、亜人だったのか。それならそう言え。オウム族か? そんな一族っていたのか」

「わては使い魔です、失敬な!」

 オルクスの眉が一気につり上がる。

「あなた方ときたら、なんなんです。妙ちきりんな低位使い魔を監視役に送ってきたかと思えば、今度はブラックリストだの。そして来てみれば話がしてみたかった? 腹が立ちます。わての主人は気がお優しいので何も言いませんが、いい加減にしないと、この屋敷まるごとぶっ飛ばしますよ!」

「オルクス……一言じゃないよ」

「申し訳ありません、坊ちゃん。しかし今はこのカラス族のクソガキと話しているので、少し黙ってて下さい」

「………ご、ごめん」

 笑顔が怖い。

 場の空気を和らげようと思ったのに、逆にブリザードの極所地帯になってしまった。

 というのも、オルクスの一言のせいでサイモンの目に物騒な光が浮かんだせいだ。

「教祖様に(あだ)なすっていうんなら、殺すよ?」

 瞬時に凍りつく流衣に反し、オルクスはにやりと笑いを返す。

「安っぽい忠誠ですね。あの男の害敵は全て消すと? 世の中そんなに甘くないですよ」

 サイモンの目が細められ、瞬時に袖口から三本のスローイングナイフを取り出すが、オルクスはそれを右手の一振りで払った。

 トストスッ

 軽い音を立て、馬車の壁にナイフが二本刺さった。

 払われた反動で尻餅をついたサイモンの眼前に、オルクスは残りの一本のナイフの先を突き付ける。

「……それから、力の強い相手からは逃げることも覚えなさい」

 赤子の手をひねるようにいなされたのは初めてだったのだろう、唖然とするサイモンを、にやりと笑って見下ろすオルクス。

「主人相手に必死になる心意気は嫌いではありませんがね」

 今度は普通の笑みをにこりと浮かべ、オルクスはナイフを手の中で回転させると、碌に横も見ずにナイフを投げる。壁に更にナイフが増えた。

「そして、そっちのあなたも」

 御者台から飛び降りようとしていたラズリードはぎょっと身を引く。そしてキッと厳しい目でオルクスを見た。

「オルクス、ちょっとやりすぎじゃ……」

「何をおっしゃいます、あれだけ散々けなされたり脅されたりしていたのですから、これくらいの意趣返しをしてもバチは当たりませんよ」

 とてもすっきりした顔でにっこりと笑うオルクス。

 この笑顔を前に何かを言う気にもなれず、流衣はすぐに諦めて溜息をつく。最近、前より諦め癖がついた気がする。

 疲労を覚えつつ、流衣はふと思いついてサイモンを見る。

「あー、そうだ。サイモン君」

「………」

 むっすりと視線だけで問い返すサイモンに、流衣は一応謝っておく。

「嘘ついてごめん」

「――は?」

 きょとんとするサイモンを尻目に、流衣はオルクスを見上げる。

「行こっかオルクス」

「ええ」

 そして、オルクスが頷き返すとともに、転移魔法でその場を後にした。


    *


 残されたサイモンは雪の上に座り込んだまま、誰もいなくなった地面を見つめ、遅れて理解する。前に転移出来る者がそのオウムかと問うたのを違うと言ったことを謝ったようだと悟ると、ふんと鼻を鳴らした。

「帰るぞ、ラズリー」

「へ!? は、はい!」

 急に声をかけられたラズリードは驚き、それからすぐに御者席につく。

「――あいつ、意外に面白いな」

 ぼそりと呟き、馬車の壁に刺さっているスローイングナイフを回収する。

 あんな風にあっさり負けたことは無かった。それに対する怒りはない。むしろ、負けた時こそ自分が死ぬ時だと思っていたから、生きていることに拍子抜けだ。

 あの使い魔の言っていることはサイモンをイラつかせたが、使い魔自身はきっと文句八割と善意二割だったのだろう。自身の危ういところに気付かせられ、表面上は落ち着いているように見えるが内心では衝撃を受けていた。

 時には逃げろなんて、誰にも言われたことはなかった。


 ――無茶はしないで、危なくなったら逃げなさい。


 ふと、前に教祖様に言われたことを思い出す。

 なんだ、言われているではないか。

 ただ、それを自分が飲み込んでいないだけ。

 客席に座り、動き出した馬車の中で、他に何か言われていなかったかと思い出す。やがて、ふと、たまには部下を労われと言われていたと思い出す。

「ラズリー」

 御者席に声をかけると、ラズリードの返事が返って来る。

「はい」

「いつもありがとな」

「…………!!?」

 その突然の礼に驚いたラズリードが御者席から落っこちたのは、後々になってもサイモンには理解しがたいことだった。




蛇足的後書き


 今回は顔合わせ程度のつもりですので、こんな感じで。

 や、こんな感じなつもりでいたんだけど、実際に書いてみるとなんか違和感がありますね。なんだろう。

 書いたものを何度も手を入れてみたけれど、これ以上は良くなる気がしないので上げておきます。

 幕題の割に出番は少ない不死鳥達。でもしばらく幕題そのままで続けます。短すぎるので。

 では。

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