幕間7
「本当にルイはこっちにいるのか?」
ガタガタと揺れる馬車の中で、アルモニカは外の雪景色を見ながらむくれた顔をした。
「そりゃいるだろ。セト先生っての? その人に会うってずっと言ってたしな」
アルモニカの向かいの席に座ったまま、リドはあっさり返す。
「それに、手紙にあっただろ。アルモニカにまた会うことあったら宜しくって伝えてくれって。つまり、学校でもしかしたら会うかもしれねえってことじゃねえか」
「だったら転移魔法でさくっと学校に着いた方が良くはないか?」
「お前、それって学校の敷地内にある部屋だろ。俺みたいな部外者がいたら問題だろう。俺が兄だって知らない奴からしたら、お前の品性疑われるかもな。俺は別に構わねえぜ? 見てる分には楽しいし」
リドが面白そうに口端を引き上げて言うと、アルモニカはぴしりと固まった。
確かにリドの言う通りで、着地場所の目印となる魔法陣は寮の自室に置いてある紙の上だ。女子寮だから問題がありすぎる。しかも遠距離用転移魔法陣はまだ秘密にしているから、言い訳にも使えない。
そうなると、寮に男を連れ込んだだの、はしたないだの、噂好きな小鳥達は面白おかしくピーチク騒ぎ立てるだろう。想像しただけでゾッとする。
「ちっとも楽しくないわっ! 分かった、ちゃんと考えておるのなら、文句は言わぬ!」
盛大に怒鳴り、ぷいとそっぽを向く。
「お嬢様、またそのような話し方を……。はしたないですわよ」
アルモニカの隣に座っている三十代程の年齢の侍女・サーシャは口を挟む。灰色の髪をしているせいか、若干老けて見えるが口調や仕草は上品だ。丸眼鏡の奥に見えるモスグリーンの目が落ち着いた印象を与えている。
サーシャの小言に、アルモニカはむうと頬を膨らませる。
「良いじゃろ、学校ではないのだし。それにワシも兄貴同様、二年間の自由を貰ったんじゃからな!」
「本当にもう。ヘイゼル様を慕う余り口調を真似なされて……。あの方は素晴らしい方ですが、口調のしつけはきっちりされて欲しかったですわ」
「サーシャうるさい。小言多いぞ、年ではないか?」
「……何ですってお嬢様。聞こえませんでしたわ」
「すいませんでした! 冗談です!」
カッと目を見開いて凄むという恐ろしい形相に、生意気なことを言っていたアルモニカはすぐさま謝った。
(ガキが見たら泣くぞ……)
リドですらびくついてしまう形相だった。はしたないと言うなら、そういう顔をするのはやめた方がいいのではないかと思うけれど、怖いので口にするのはやめておく。
「あー……とにかくアルモニカ。あいつがそもそも学生街だか学問の町だかに着いてるとは分からねえから、とりあえず途中の町を一つ一つ潰してくぞ」
「それで構わぬが……学生街で合っとるぞ。正式名はアカデミアタウンだが、皆、学生街と呼んでおる。馬車で通り過ぎたことしかないから、詳しくは知らぬが」
アルモニカが通う学校は、スノウリードという魔法使いが建てたのでスノウリード魔法学校という名で呼ばれており、貴族や富豪の令息令嬢が集う所だ。金持ちが集まれば金を使うわけで、壁に囲まれた学校の敷地のすぐ下には街が出来、結構栄えている。エアリーゼよりは東南に位置する街であるが北部に位置しており、その為、魔物の襲撃にも遭いやすいが、その辺の街よりも余程強固な守りが敷かれている。権力者の子供が通うのだから、権力者が防御に金をつぎ込むのは当然だろう。そういうこともあり、避難するならばエアリーゼかアカデミアタウンにすべしと庶民の間ではささやかれていたりする街だ。
「よし、じゃあいいな。一応、精霊にも探すように頼んでるんだが、転移されると痕跡が消えて探しにくいらしいから、あんま当てにすんなよ」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんらしいぜ」
きょとんとするアルモニカに、あっさり返す。
「んじゃ、ま、俺はすることもねえし昼寝でもしてるわ。魔物が出たり、町に着いたら起こしてくれよ」
そして、あっさりと馬車の壁にもたれかかり、目を閉じて寝入る。
宣言するなり寝てしまったリドを、アルモニカは呆れて見つめる。
リドは旅に出る為に、神官服ではなく前と同じ黄土色の上着や黒いズボンに革靴、額に黄色い布飾りを巻いている格好をしている。この方が落ち着くらしい。
アルモニカの方も白いブラウスの上に紺色のボレロを着て、ギャザー入りの赤いスカートと黒いハイソックス、皮製のブーツという私服姿で、更にその上に防護の魔法陣が刺繍されている灰色の丈の短いマントを着ている。
思えば、こういう格好で、ちゃんと許可を得て外に出たのは初めてだ。学生服か神官服で馬車に乗ることはあっても、私服で乗ることはない。
「昼寝か、面白いのう。ワシも昼寝とやらをしてみよう! というわけでサーシャ、お休み」
リドを見ていたら真似してみたくなったので、アルモニカも昼寝に挑戦してみることにする。昼寝という怠惰なことははしたないという淑女の常識のせいで、試そうと思ったこともなかった。
わくわくと壁にもたれて目を閉じるアルモニカを見て、侍女のサーシャは肩をすくめる。そんなことは真似しなくて宜しいと小言を言いたかったが、跡取りとしての振る舞いを気にして、こんな風に自由に振舞うことはほとんどないアルモニカなので、好きなようにさせてあげようと思った。
自由に過ごして良いと言われた二年間が、アルモニカにとって実りのあるものになればいいと、アルモニカの苦労を知っているだけに願わずにはいられないのだった。