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幕間6



 光に手が届いた。そう思った瞬間、気付けば流衣は見渡す限りの花畑に立っていた。


「――あ、れ……?」


 唖然と立ち尽くす。

 赤、白、黄色、青紫、青。様々な色の花弁を持った花が無秩序に地面を埋め尽くしている。あちらには薔薇(ばら)、こちらには百合(ゆり)といった具合で、季節も生育環境も無視して美しい花を咲かせている。そしてそれは水平線の彼方まで続いていて、虹のかかった薄青い空と溶け込んでいく。

 ひらひらと飛んでいく白い蝶の群れを目で追い、美しい景色に気を奪われていると、シャラリと衣擦れの音が背後から聞こえた。

 ハッと我に返り、そちらを振り向く。

 儚げな容貌の女性が立っていた。白いドレスはまるでウエディングドレスのように華やかで、清楚な印象を与える。足元まで届く柔らかそうな薄紫の髪と、星の輝きを宿したような銀色の目は夢のように美しく、日の光を一度も浴びたことがないような白く透き通る肌は精巧な人形みたいに見えた。

 妖精の女王というものが存在するなら、まさしくこのような人なのだろうと、ぼんやりと流衣は思う。人知外(じんちがい)の美しさを前に、声も出せないで硬直するばかりだ。

「初めまして。あなたがツィールカが巻き込んでしまったという方ですね」

 温かみを含んだ声は、鈴を震わすような響きをもつ。

「……あなたは?」

 流衣はぼんやりしそうになる自分を叱咤し、失礼にならないように丁寧に問い返す。

「わたくしは、レシアンテ。運命と生命(せいめい)を司る女神ですわ」

 レシアンテと名乗った女神は、たおやかに微笑む。見る者全てを癒すような、温かい笑みだ。

「ここはわたくしの花園です。本来なら、死後にお招きする所なのですが、今回は夢を通じて引きこみました。他の神には内緒ですよ」

 そう言って、人差指を唇に押し当て、悪戯っぽく笑う。

 たったそれだけの仕草に、流衣は顔を赤らめた。どんな仕草も綺麗に見える人だ。いや、神か。

「僕、死んだんじゃ……」

「いえ、生きていますよ。少しばかり善き運命をあなたに授けました。この世界の者ではないのですから、問題ありません」

 ということは、本当はそんなことをしてはいけないということなのだろうか。

 優しく微笑む美しい女神を見つめ、流衣は僅かに首を傾げる。見た目と違い、意外に思い切りのある性格らしい。

「ありがとうございます」

 例えそうだろうと命の恩人ということに変わりはない。流衣は丁寧に頭を下げる。顔を上げると、女神は優しい目をして上品に笑っていた。

「ふふ。それはわたくしの台詞です。わたくし達の巫女を助けて頂いて、ありがとうございます」

 ドレスの裾を僅かに持ち上げてお辞儀するレシアンテ。流衣の頭に疑問符が浮かぶ。

「何のことだか分からない、という顔ですね。あなたが影の塔の中心に木を生やした時、わたくし達の可愛い巫女が解放されたのです」

「解放……?」

「そう。地下に閉じ込められていたのですよ。わたくしのような神は、この世界の者に対し、声を授けることは出来ても直接手を貸すことは出来ない。ツィールカがあなたに施しを与えたのは、違う世界の者だから出来たこと。――そう、ずっと昔に人間に与えた聖具すら、異なる世界の者に与えたものでした」

 レシアンテはくすりと微笑む。

「彼の場合、召喚されたのではなくたまたま迷い込んだだけでしたが。ふふふ。けれど異なる性質ならば、何かしら世界に影響を与えます。あなただって例外ではないのですよ」

 流衣は凍りついた。影響というのは、ウィルスみたいなものなのだろうか。

「善い方向性のものですから、恐れることはありません」

 にっこりと微笑むレシアンテ。何も言っていないのだが、余程自分は分かりやすいのかもしれない。

「あなたをここへ呼んだのは、巫女のことでお礼を言いたかったから」

「いえ……。むしろ、木の成長に巻き込まなくて済んで良かったです」

「それは大丈夫。あなたは気付いていないようですが、あなたは地の精霊に好かれています。彼らは、好いている人間にとって悪いようには致しません」

「地の精霊に、ですか……?」

「そうです。魔力が強いことで威力が増していると思っていたのでしょう? そんなことで、植物が一息に成長することはありません。精霊に好かれているからこそです。いつかあなたも地の〈精霊の子〉に会うかもしれません、その時にお確かめなさい」

 レシアンテの言葉をじっくり飲み込んで、流衣はこくりと頷いた。

「本当に素直で良い子。偶然とはいえ、巻き込まれたことが不憫でなりません。わたくしの手で帰らせてあげたいのですが、それは理に反します。力足らずで申し訳ありません、異世界の子」

 柳眉を曇らせて謝るレシアンテ。元はツィールカという名の女神に原因があるのに、我がことのように感じているようだ。

 このような美しい女神に悲しげな顔をさせたことだけでも、大罪を犯したような罪悪感に駆られ、流衣は滅相もないと首を激しく横に振る。

「優しいのですね。ありがとう。ツィールカも、あなたが帰れるようにと大きな魔力を授けたのです。どうかツィールカのことを恨まないであげて下さい」

 レシアンテはやんわりと微笑んで、空を見上げる。

「もう帰さなくてはいけませんね。少し引きとめ過ぎました。あなたとこうして言葉を交わせて、わたくしは嬉しかったですわ。どうか命は大切になさって」

 そしてレシアンテは流衣の左手をそっと取り、優しい笑みを浮かべる。

「そして、あまり悲観なさらないで。どの命にも価値はあるのです。あなたはあなたに出来ることをすればいいのですよ」

 流衣が自分のことを、あまり役に立たない人間だと卑下していることを知っていたのか、レシアンテはやんわりと励ました。無意識に涙ぐんだ流衣に、レシアンテは言う。


「では、お行きなさい。そして――――」




 新幕、開始です!

 殺伐としたのはしばらくないので、第一部のノリに戻ります。

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