三十八章 死の呪い
※この回では、残酷な表現と暴力的な表現、流血表現などがあります。
心臓が弱い方、そういう表現が苦手な方はご注意下さい。
「いだっ!」
影のトカゲに飲み込まれた瞬間、わずかな浮遊感とともに落下した。固い地面で腰を強打して思わず叫び、痛みに耐える。
腰をさすりながら身を起こすと、灰色の石材で出来た薄暗い部屋にいた。やけに固い地面だと思えば、石床なのだから当然だ。部屋には、壁際に食器棚や本棚がある以外は暖炉が目立つだけで何もなく殺風景だ。
「アル、大丈夫?」
「う、うむ……。どこじゃ、ここは」
アルモニカもしたたかに打ち付けた腰を手で押さえ、顔をしかめながらきょろきょろと辺りを見回す。
「どう考えテモ、あの男のアジトでしょう。急いで脱出しまショウ」
オルクスの言葉に、流衣とアルモニカは慌てて立ち上がる。あの男もいずれここに来るのは間違いないからだ。
部屋の扉には幸い鍵はかかっておらず、流衣達はすぐさま廊下に飛び出した。
「う……なんか気持ち悪くない?」
「お主もか、ワシも若干気分が悪い」
走り出して数分もしないうちに、吐き気のようなものを覚えた。胸焼けとも目眩ともいえない気持ち悪さに、流衣はアルモニカを見る。アルモニカもまた僅かに眉間に皺を寄せていた。
「流石は闇属性使用の魔法使いどもの根城。瘴気が濃いのう。浄化してもキリが無さそうじゃ」
「浄化? そんなこと出来るの?」
「ワシはこれでも六大神殿のうちの一つの跡取りだぞ。聖法 の修練は積んでおる。浄化は割合得意じゃ」
そう言うと、アルモニカは走りながら両手の指先を合わせる。すっと呼吸が楽になり、流衣は目を丸くする。
「ひとまずワシらの周りだけ浄化した。それよりルイ、こちらでいいのか?」
「さあ。初めての場所だし分からないよ。あ、階段だ」
上と下へ分かれている階段に差しかかり、二人はスピードダウンする。
「どっちに行く?」
「上に行っても身動きが取れぬし、地下に着いたらそれこそ出口を無くすな」
「では上へ。多少の高さでしたら、わてがどうにかします」
オルクスの頼もしい言葉を受け、二人は再び走り出した。
「いたぞ、あのガキどもだ!」
「捕まえろ!」
上の階に上がり、出口か無くても窓はないかとうろうろしていたら、今まで静かだったアジト内が俄かに騒がしくなった。
「どこに隠れておったんじゃ、あやつら!」
忌々しげなアルモニカの声に、確かにそうだと流衣も同意する。さっきまで人っ子一人すれ違わなかったというのに、今更出てこなくたって誰も文句は言わない。
後ろから追いかけてくる黒服の大人達から全力で逃げていた流衣達だが、目の前の人影に足を止めた。
「少しの間くらい大人しくしてられないのか? クソガキども」
大きなトカゲを従えた黒フードの男だ。
「嫌な予感しかせぬのに、じっとしてられるか!」
すぐさま言い返すアルモニカ。その横で苦笑する流衣。
アルモニカの強気っぷりは修正不可能だ。幾ら相手が危なさそうなおじさんだろうと微塵も気にしていないのだから、煽らないように注意しても無駄だろう。
――それよりも。どうやってこの場を逃れよう。後ろには男の仲間達が三人追いついて道を塞いでいるし、一番危険そうな男は目の前だ。だが、揃いも揃って影の中に何かを飼っている。気味が悪いことこの上ない。
不快感が背筋を這う。それを無視して、流衣は打開策を練る。
(影か。影……。影は光で出来る。闇に紛れたら闇? でも、それだと闇属性の魔法使用の相手には不利だ。だったら光で消せばいいのか?)
だが、強烈な光は濃い影を作る危険もはらんでいる。
そういえば、と流衣はヒノックという名の神殿都市での宿屋での出来事を思い出す。ディルがゴーストを光弾で倒していた。その時にリドが言っていたではないか。「闇って感じだから光魔法が有効なんだな」と。
「大人しく捕まると思うなよ。――火よ、燃ゆる意志集いて、敵を滅す矢となれ! 火の矢!」
流衣が思考にふけっている間にも、アルモニカは攻撃態勢に入ってしまった。呪文を詠唱するなり、杖の先と空いた左手の平を前後に向ける。アルモニカの前後に火の矢が数十本並んで出現、黒服の男達に突撃を開始する。
流衣は驚いたものの、便乗して思い付いたことを試してみることにする。
「――ライト」
光属性の魔法の初歩である明かりの呪文を唱えながら、男達の足元に一つずつ明かりが灯るイメージを浮かべる。
「オン!」
明かりを魔法で点ける時には「オン」、消す時は「オフ」と付け足さなくてはいけない。だから、イメージする余裕があって助かる。
光の玉が閃光を放ち、光の爆発が起きる。
「くっ、影が!」
男達のうちの誰かが声を漏らす。
光で影が掻き消された所へ、アルモニカの火の矢が着弾。ゴッと爆発音がして、熱風が吹き抜けた。
流衣はその隙を逃さず、アルモニカの手を取って、三人の男のガードを抜ける。三人の男達とトカゲといる男一人ではどっちが危ないかなど、考えるまでもなく分かることだ。
「今、何をしたんじゃ?」
「明かりの魔法を使っただけだよ」
流衣はそう答え、後ろを振り向くと、天井に向けて呪文を唱える。めいっぱい爆発するイメージで。
「ドーガ!」
点火の術の時の比ではない大爆発が起こる。天井はあっという間に崩れ落ち、廊下は瓦礫で埋め尽くされた。
「お主が使うと、初級の魔法が大魔法並みじゃな。呆れて感動する気も起きぬ」
アルモニカが呆れ返った声でそんなことを言うが、流衣は首を振る。
「足止めのつもりだけど、きっと意味無い。あの人達、影を使って移動出来るみたいだし」
「ああ。ああいう影の中に魔物を飼っておる奴らを“影飼い”というのじゃが、闇属性魔法使用者の中でも特殊な奴らでのう、その瘴気の深さ故、あまり数も多くないと聞く。――じゃが」
走りながら、アルモニカは顎に手を当てる。
「影を移動出来る者はその中でも少数らしいぞ」
「それは良い知らせだね。ああ、そうだ!」
「ん?」
「折角だし、ここ、崩してく?」
良い事を思い付いた、とばかりに笑顔で訊いてしまったら、アルモニカが頬を引きつらせた。
「笑顔で恐ろしいことを言うのう」
「だって追いかけられるの嫌なんだよ。逃げるのは得意だけど、こそこそつけられるのは怖いじゃないか」
「まあそうじゃが……」
見えない影に怯えるなんて、想像するだけで背筋が凍る。そんなことになったら、ストレスで禿げそうだし、寿命も縮みそうな気がする。
流衣はふと思いついて、手近な部屋に飛び込む。廊下にいて窓が見つからないのなら、部屋の方にはあるはずだ。
この部屋も壁際に棚があるだけで殺風景な部屋だった。だが、窓は無い。
「窓を作らない構造なのかな?」
「さてな。――って何するんじゃ」
「壊すんだよ」
流衣からすれば災害としか思えない人達の住処だ。逃げる為には躊躇しない。
杖のトップを一番奥の壁に向け、爆発の呪文を一言呟く。
ドゴォォッ!
朱色の炎とともに爆発が起き、壁が吹き飛ぶ。熱風が吹きすぎると、そこにはぽっかりと穴のあいた壁があった。土埃が舞い、壁は黒く焦げていたが、流衣は気にせず近づいた。
灰色の空が見えた。白い雪がちらちらと視界を通り過ぎていく。足元に視線を落とすと三階分の高さの下には地面が見えた。どうやら、森の中の空閑地に建っている建物のようだ。
「ねえアル、どんな岩も砕くことが出来る強いものって何か知ってる?」
アルモニカは首を僅かに傾げる。
「水か? 洪水なんかで岩を砕くじゃろう?」
「うん、それも正解。でも僕は、こっちの方が強いんじゃないかって思う」
「?」
分からない、という顔で床にしゃがんだ流衣を見下ろすアルモニカ。その前で、流衣は左手の平を床につける。
魔力を引き出し、杖と左手に伝わせる。そしてそのまま手の平から床へ。水面に広がる輪のように、地面に魔力を注ぎ込む。
流衣の体が青く発光し、地面にも青い輪が生まれては広がり消えていく。
「な、なんじゃ、これは……」
幻想的で美しいともいえる光景。見たこともない光景に見とれながら、何が起こるのか分からない恐怖を感じ、アルモニカは自身の短い杖を抱え込んで身を縮める。
「坊ちゃん、これは……素晴らしい」
感嘆を含んだ唖然としたオルクスの声が静かな場に落ちる。
本来は芽を生やす程度の魔法らしいが、アイビーを生やした経験からきっと出来ると流衣は信じる。
アスファルトで舗装された地面から植物が生えたり、コンクリートで固められた壁から雑草が生える光景。そういう物を目にしていたから、流衣は植物が最も柔軟で強いものだと思っていた。
「グロウ!」
魔力を惜しげもなく注ぎまくり、これくらいだろうというところで呪文を唱える。
「…………?」
思わず衝撃を覚悟して目を閉じたアルモニカだったが、何も衝撃らしいものがないのでそろりと目を開ける。
「うーん、失敗かな?」
腕を組んで、首を傾げる流衣。何も起きる気配がない。
「おっかしいなあ、ちゃんと木が生えるイメージを……。蔦の方が良かったのかな」
一人ブツブツと呟きながら、改善点について悩む。
「魔法として発動はしてたと思いマスガねえ」
オルクスも不思議そうにしていて、主人と使い魔で頭を突き合わせて悩んでいたのだが、扉の開く音で意識を引き戻した。
「クソガキども、ふざけた真似をしやがって……!」
怒りをたぎらせている誘拐犯の魔法使いがそこにいた。
さっきのアルモニカの魔法に巻き込まれたのか、黒いローブのあちこちが切れていて、しかも煤けてボロボロだ。フードはすでに外れており、金髪と赤茶色の目が覗いていた。
「おじさんじゃなかったんだ……」
追いついてきたことよりも、そっちに驚いた。
てっきり中年親父だろうと思っていたが、三十代前後の若い男だった。顔立ちは地味めで、鋭い目が印象的だ。
男は流衣の呟きには気付かなかったが、壁に空いている大穴を目にしてますます鋭い表情になった。
「廊下をめちゃくちゃにしただけでなく、壁にまで穴を! お前ら、絶対に老師に突きだしてやるっ!」
男が怒鳴ったとほぼ同時、トカゲの口から黒い棘が発射された。
それをオルクスが光の壁を出して防御する。が、弾かれた棘は地面で小さな影溜まりを作り、そこから影が伸びた。
「へっ」
目を丸くした瞬間、影は鳥籠を形成して流衣達を閉じ込めようとする。流衣は慌てて明かりの魔法を使って影を消す。
「あっぶなっ」
冷や汗が出た。杖を持っている手の平が汗で滑りそうになる。そんな流衣の前に出て、今度はアルモニカが魔法を使う。
「炎よ、風よ、今こそ手を取り合いて踊る時! 火と風の回旋曲!」
アルモニカの前に炎の塊が出現する。そして、風が渦をなして火を巻きこみ、巨大な火の渦となって男へと襲いかかる。
だがそれは黒いトカゲが壁へと変わり、防がれた。
「腹立つのう。ワシの十八番がこの様か」
「いや、十分すごいと思うけど」
容赦の無い一撃だった。巻き込まれたら大火傷間違いなしの魔法だ。火と風を組み合わせるとは面白い魔法である。
「諦めて、〈杖の宝〉について話せ!」
男は優越感たっぷりに言う。――その時だった。
ゴゴゴ……
低い唸り声のようなものが聞こえたと思ったら、グラグラと地面が揺れ始めた。
「地震!?」
バランスを崩して座りそうになるのを耐えながら、流衣は軽くパニックに陥る。地震大国日本では、地震が起きたらすぐに机などの下に身を隠すように言われて育ったのだ。が、ここには肝心のテーブルがない。
それどころか壁際に置かれた背の高い棚が衝撃で倒れた。すぐ近くの床にガシャンと音を立ててぶつかる。
「きゃあああ」
隣の方では、アルモニカが頭を抱えてしゃがみこんでいる。前方のトカゲ使いの男もまた、怖気づいた様子で戸口に掴まっていた。
ピシリ
流衣達と男の間の床面にヒビが入る。
(え、やばい崩れる!?)
流衣が凍りついたその時、床面から緑色の葉が突き出た。よく見るとそれは双葉で、しゅるしゅると茎が伸びてきたかと思えば、みるみるうちに立派な枝になる。
「え……っ」
枝だ。
そう認識したところで、枝は上の天井に穴をうがち、それ以外の枝は出口を求めて壁にあいた大穴へと伸びてくる。そう、流衣達の方へと。
「わーっ!?」
驚いたが揺れているせいで身動きが取れない。
わさぁぁぁ! 保有量を越えた木の枝は一気に外へと突き出て、流衣達はその衝撃に巻き込まれた。
「……あれ」
ふと気付くと、灰色の雲に覆われた空が見えた。
背中に当たる草の感触に目を瞬く。視線をずらすと、すぐ上の枝にアルモニカが引っ掛かっている。ぐったりしているところを見ると、気絶しているのかもしれない。
――枝?
そこで重要なことを思い出し、流衣はがばっと飛び起きた。
「あれ? え? どうなったんだ?」
きょろりと周りを見回す。アルモニカはいたが、オルクスは近くにいないようだ。ふと視線をずらすと、右手の下の方に煤けた壁が見えた。なんてことはない、流衣があけた大穴だ。
それからそーっと下を伺いみる。密集した枝と葉は地面のようだが、隙間があって下が見えた。地面は遥か下にある。ここから落ちたら、打ちどころが悪ければ即死だろう。
ふと、流衣はその枝の一つに、いつも腰にかけている小さな鞄が引っ掛かっているのを見つけた。驚いて周りをもう一度見直す。結界補助の試作品の金属板や財布、ウィングクロスの銀行と郵便ポート用の認識スティック、フラムに貰ったお守りなどがばらばらと落ちている。
一番近くにあったお守りを拾おうと掴んだ瞬間、その手を黒いブーツの足が踏みつけた。
「いっ!」
痛みに声を上げて身を強張らせた瞬間、左頬を思い切り蹴られた。衝撃に跳ね飛ばされ、流衣は枝の上に倒れ込む。
痛みで一瞬、意識が飛んだ気がした。
何が起こったのか分からず身を起こそうとするが、そこへ追い打ちをかけて、腹を蹴られる。
「ぐっ、ふっ、かはっ」
何度も何度も蹴られる。気付けば頭を抱えて悲鳴を上げていた。
「このっこのっ、ふざけやがって! お前らのせいで、俺の計画が台無しだ!」
あの黒いトカゲを連れた影飼いの男の声だ。痛みで鈍い思考の中、そう気付く。
「特にてめえは気にいらねえ。さんざん邪魔しやがって!」
怒りの滲んだ低い声が恐怖を煽る。が、唐突に暴力はやんだ。
「げほげほっ…ごほっ……………うぁっ」
腹を抱えて咳き込んだ流衣だが、頭を踏まれてブーツの角でぐりぐりと抉られる痛みに弱々しい声を漏らす。碌な抵抗も出来ず、痛みやら悔しさやらで目尻に涙が浮かぶ。
「こんなチビにっ、クソッ、このままじゃギルドマスターに殺される! 全部お前のせいだ!」
死を目前にして箍を失っている男は、狂ったように叫び、流衣の左腕を思い切り踏みつける。ブーツの角で抉るように踏んでいたかと思えば、そのまま体重をかけてきた。
「うああああっ」
骨の折れる軋んだ音が響いて、腕を襲う灼熱のような痛みに悲鳴を上げた。
男はつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「このまま嬲り殺してもいいが、それじゃ面白くねえ」
流衣の背中を踏んだまま、男は懐に手を入れ、取っ手は木、先についている円盤は金属で出来た判子のようなものを取りだす。そして、火の魔法で円盤を熱し始めた。
「ここまで俺を怒らせた礼だ。最上級の呪いをくれてやる」
そう言って、男はにぃと唇を歪に歪める。
「死の呪いだ。じわじわ苦しんで逝きな、クソガキ」
「いぐっ、何を……っ」
折れている左腕を乱暴に掴まれ、持ち上げられる。そこで初めて焼き印の存在に気付いた流衣は、信じられないものを見る目で男を見た。
が、男は流衣には構わず、焼き印を流衣の左手の甲に押しつける。
「う、ああああああっ!!!!」
ジュッと肉が焼ける音がして、焦げた嫌な臭いが広がる。
火の塊を押しつけられた流衣は、腕が折れているのも忘れて暴れた。しかし痛みが増しただけで、何の解決にもならない。
「あああ、うああああっ」
男が手を放すと、流衣は腕を抱えて転げ回る。
(痛い! 痛い痛い痛いっ、水……っ、水を、誰かっ!)
火傷には水だ。だからそう求めたいのに、強烈過ぎる痛みのせいで声にならない。
左手の甲に刻まれた魔法陣は、赤く燃え、一瞬にして黒い光を放つ。
瞬間、針に突かれたような鋭い痛みが胸に走る。
ヒュウと息の漏れるかすかな音がした。息をし損ねて、口から勝手に漏れたのだ。
(え――?)
一瞬、何が起きたか分からなくて痛みが吹き飛んだ。
しかし、左手の痛みはすぐに胸の痛みに取って変わった。
「…………ぁっ」
心臓に走った痛みは凄まじく、声にならない悲鳴を上げる。気付けば負傷した左手で胸の辺りの服を握りしめていた。
ドク、ドク、ドクッ。心臓の音が耳の奥に響く。
「………っ、………!!」
流衣は身を丸め、服を掴んだまま、荒い息をつく。目の前が霞むのだが、痛みがひどすぎて気を失うことも出来ない。
額には油汗が浮き、見開いた目から涙が零れていく。
「無様だな、少年。だが、その女に出くわしたのが運の尽きと思って、せいぜい恨むがいい」
苦しみに耐えている流衣を見下ろして男は低く笑い、興味を失った様子で枝に引っかかった格好で気絶しているアルモニカの方に向かう。
流衣は息をしているのか、自分でも分からない。短い呼吸で、肺にまで空気が届いていないような気がした。
ふいに喉の奥に熱いものが溜まっているのに気付き、知らず咳き込んで吐きだした。鉄錆びた臭いがする。もしかしたら血なのかもしれない。
(僕……死ぬのか……)
こんな訳の分からない世界で。何故か巻き込まれただけなのに、帰ることも出来ず。
(……はは。本当についてない……)
熱と涙で滲んだ視界に映るおぼろげな世界。それが徐々に薄れていく。だんだん目の前が暗くなっていくのを感じながら、故郷のことを思い出す。
あそこにいても、流衣はときどき事故に巻き込まれかけた。
もしかしたらあそこで死ぬはずだったのが、ここで死ぬことに変わっただけなのかもしれない。
恨みの思考など欠片もなく、ただひたすら望郷の念が脳裏をかすめていく。
(ああ、帰りたかったなぁ……)
諦めに似た境地で目を閉じた流衣は気付く。
――光が見える。
それを掴もうとした右手の中で、フラムから貰ったビーズで出来た花の形のお守りのビーズが弾け飛んだ。
第二部は、流衣の受難編ともいうべきところですかね。
主人公を虐めまくってごめんなさい。私も書いてて痛かった……。
では、これにて……。