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三十七章 狂った歯車 ―side : Rosalie― Ⅲ


※この回には、流血表現ならびに残酷な表現があります。

 心臓が弱い方はご注意下さい。




 カルティエは男の黒い剣をステッキで全力で弾き飛ばす。黒竜の剛腕(ごうわん)に押され、男は吹き飛ばされたが、くるりと身をひねって出入り口の扉の前に着地した。

「まさか……そんなわけが……」

 呆然と言葉を漏らすカルティエ。

「お前は、まさか」

 男が黒フードの下で唇を歪める。そして、黒い剣の先をカルティエへと向ける。

「ま……」

 カルティエはそれ以上の単語を口に出来なかった。

 黒い剣の先から影のように黒い刃が飛びだし、左肩を貫いたのだ。

「ぐああああ!」

 勢いに弾かれ、背後の窓に激突する。そしてそのまま外へと放り出された。

 ロザリーとマギィは目を見開いてその光景を見、ついでロザリーが窓辺に飛び付く。

「カルティエっ!」

 名を叫んで身を乗り出す。

 夜の深まって来たこの時分、黒い服を身に纏っているカルティエの姿は闇に紛れて見えなかった。

「貴様、一体何をした! ただ人ではあるまい! 何者だ!」

 鋭い詰問に対し、男は何も答えない。代わりに右手をすいと前に突きだし、先程攻撃した際に出ていった影の塊を回収する。影が剣に溶け込むようにして消えると、ぺロリと舌舐めずりをした。

「――なかなかだな。黒竜の魔力の味は」

 くすりと笑みを零す。

 ロザリーはその笑みに背筋に悪寒を覚えた。

(なんだ、こいつは。何なんだ)

 目の前にいる男のあまりの得体の知れなさに、豪胆を自負しているというのに恐怖すら覚える。

「化け物……っ」

 剣を抜いて構え、マギィは低く呟いてロザリーを背に庇う。

「――化け物、か」

 まるで面白いことを聞いたというように、男は笑う。

「前にも聞いたな、その言葉。……俺はただの人間だと言ったのに、無視され、生まれたことを憎まれた。何も望んだことはない。世界も、国も、何もいらなかった。ただ安寧(あんねい)が欲しかった」

 男は昔語りをするように、異様に静かな声で言葉を紡ぐ。

「何を言っている……?」

 ロザリーは男に問う。

 が、男はそれには答えず、言葉を続ける。

「ようやく見つけた地で、静かに暮らしていたかった。人たる者で仲間も出来た。かけがえのない……俺の宝だった」

 それほど大きな声を出しているわけではない。けれど言葉は真摯そのもので、ロザリーは胸を突かれるのを感じた。

 憎しみではない。これは、この吐露する感情は、悲しみだ。

「――大国の女王よ。かつて俺は、この国の王の差し金で殺された者だ。宝を奪われた者だ。

 ゆめゆめ忘れるな。王たる者、人を支配し守ると同時に、搾取(さくしゅ)する存在であることを。

 お前に罪が無いことは分かっているのだ。だが、これは俺のお前達への復讐だ」

 暗く光る双眸(そうぼう)で、男はロザリーを見た。

 ロザリーの前でマギィが身を強張らせたのに気付く。マギィは宰相であり文官で、魔法使いでもあるが武芸に通じていない。そうだというのに、この男の放つ圧力によく耐えている。

「……あなたは、もしや。前代の魔王……?」

 マギィの固い声での問いに、男は笑みを唇に乗せる。

「――ふ。俺は昔も今も、ただの人間だ。そして今では、過去の亡霊に過ぎない」

 そして男は一度目を閉じると、静かに目を開けた。スッと空気が鋭いものに変化する。

「女王よ、お前の命を奪えとこの男は言うが、それはやめておこう。代わりに、その男の命を貰い受ける。――俺の舐めた辛苦、深く思い知れ」

 低い声が呟くと同時、男の姿が目の前から消えた。

「あ……がっ」

 その代わりのように、目の前にいるマギィの背中に剣が生えていた。

「え……?」

 何か悪い冗談のようだった。

 ロザリーは虚ろな声を漏らし、苦悶の声と共に身を折るマギィを見つめる。

 ごふっ。咳込むような音と共に、床に深紅が落ちる。みるみるうちに水溜りを作っていく、それは。

「いやあぁぁぁっ!」

 ロザリーは両頬に手を当てて絶叫する。

 悲鳴を上げるロザリーに構わず、男は無情にも剣を引き抜いた。それとほぼ同時、支えを失ったマギィの体は床へと落ちる。

「マギィ、マギィ! しっかりしろ! いやだ、こんなのっ」

 マギィに縋りつき、半ば狂ったように叫ぶロザリー。傷口に手を押し当てて、止血しようとするが、胸の真ん中に出来た傷からは次から次に血が溢れていく。

 手の平から命が零れていく絶望感。ロザリーは頭が真っ白になる。

「……ロザ……リィ」

 マギィはそんなロザリーの手をそっと両手で包む。

「いいのです……。私は……いつかこうなるような……そんな気がしていた……」

 天井を向いたまま、誰かを探すように視線を揺らすマギィ。

 そしてその唇が何かを呟きだした時、今まで様子を見ていたアルスベルが声を上げた。

「おい、やめさせろ! そいつを殺せ!」

 その声を遠くに聞きながら、ロザリーは首を振る。

「嫌だ、やめろ! 私はここにいる! あなたの側にっ」

 淡い光がロザリーを包んでいく。

 ロザリーは涙を零して首を振る。この結界内で魔法を無理矢理使うこと。それはどんな魔法使いでも、死を意味する。

 だがマギィはそんなことはどうでもよさそうに、目を細めて微笑んだ。

「……お幸せに」

「マギィ! いやっ」

 瞬間、ロザリーの姿が執務室から消えた。

 そしてその直後、もう一人の黒フードの男の剣がマギィの喉に突き刺さった。マギィは口から血を吐き、息絶えた。

「くそっ、女王を逃したか!」

 アルスベルは舌打ちし、若き宰相の体を忌々しそうに蹴りつける。

「――やめろ。死者に鞭打(むちう)つ真似はするな」

 ひやりとした声で、亡霊の男が呟く。

「ふん。貴様が殺しておいて、よく言えたものだ」

 アルスベルはせせら笑い、興味を失くした様子で執務室の椅子に腰を下ろす。

「これで私は王になったわけだ。女王は排斥(はいせき)した。城内を速やかに制圧せよ」

「了解致しました」

 アルスベルの命を受け、先程剣で振るった男は左胸に右の拳を当てる敬礼をし、黒い衣を翻して執務室を出ていく。

「これで契約は履行(りこう)した。我々はこれ以降、お前の下を抜ける」

 男はアルスベルの部下が出ていくのを見送ってから、アルスベルに対峙し、はっきりと言った。それから静かに男に背を向け、数歩歩いたところで思い出したように顔だけをアルスベルへ向ける。

「去る前に、一つ忠告をしておこう。俺達が用無しになったからといえ、殲滅しようなどという気を起こすなよ。もしそうなったなら、次に死ぬのは貴様だと思え」

 そしてそれだけ言い残し、男は影へ溶け込むように消えた。

「――ふん、化け物め」

 一人執務室に残ったアルスベルは、結界内でも労苦なく魔法を使う男の去った場所を、まるで虫を見るような目で睨むのだった。




 灰色の空から次々に白い雪が降って来る。

 周りに何も無い、広い雪原にロザリーは座り込んでいた。涙が静かに頬を伝う。

 ――守れなかった。

 守れると思っていた。

 国も、民も、そして愛しい人も。

 王とは、国の剣。頂き。導く標。


 ――貴女のことは私が守ります。絶対に、死なせたりなどしません。


 マギィの言葉が頭に蘇る。

 ロザリーの両手はマギィの血で赤く染まっていた。

「う、あ、あああ」

 歯を食いしばり地面の雪を握りしめ、ロザリーは呻くように泣く。

 初めて会ったのは、ロザリーが十六歳の時だった。マギィはロザリーより四つ年上で、頭の良さを見込まれて教育係の一人に任命されて登城してきたのだ。

 冷たいともとれる容貌だったが、ロザリーは一目で恋に落ちた。

 それ以来、ことあるごとにプロポーズをして、ようやく婚約までこぎつけた。

 確かにロザリーは死ななかった。本当は殺されるはずだったのに、マギィが代わりになったのだ。あれは、そういうこと。

「嘘、つき。守ると言ったじゃないか……っ」

 言ったからには生きて守ってくれなくては意味がない。

(これが、あの男の言っていたこと……)

 魔王とされ、平穏な生活を望んでいた男。

 けれどそれは、ロザリーの先祖により壊され、男が大事にしていた人々の命をも奪い去った。

 だから男は、その王の末裔に叩きつけたのだ。大事な者を理不尽に奪われる悲しさを。痛みを。

 ロザリーは悔しかった。愛する者を殺されたのに、自分は憎むことが出来ない。

 ――あの男の目に、悲しみを見ただけに。

 しばらくロザリーは泣き続けていたが、やがて袖で涙を拭うと、ゆっくり立ち上がる。

 叔父だけは許せない。

 あの男だけは、全身全霊を持って潰す。身内だからと遠慮するのはもうやめだ。

「――行くか。ひとまず、町にでも着かねばな」

 ロザリーは周りを見回す。

 広々とした雪原の向こうに森と山が見えた。そして、円柱の形をした大きな塔が視界に映る。

 マギィが転移してくれたのだ、危険な地に送るはずがない。

 目的地を決めると、ロザリーは雪原を歩きだした。




 急に残酷度が上がりました。なんか……申し訳ない;


 前代魔王の亡霊の人を主人公で物語書いても一作書けますね。それも長編で。バッドエンドになるけど。

 あと書いてみたいのは勇者主人公な話かなあ。

 ロザリーは短編でなら過去話書けそうだなって思います。

 

 前代魔王が出て来てるせいで、今代魔王の影がいっそう薄くなりました……。


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