三十五章 手掛かりを追いかけて
流衣の居場所が分かったのは、〈塔〉に駆け付けてから一夜明けた朝になってからだった。
レッドに案内された、〈塔〉のメンバーが隠れている地下室の片隅で、壁に背中を預けて座り、寝入っていたリドはパチッと目を開けた。
寝起きは悪い方だが、風の精霊からの情報を待つ為に気を張っていたせいですぐに目が覚めた。
「――居場所が分かったぞ」
室内では魔法使い達が眠っていたが、三人程起きており、リドの言葉にパッと表情を輝かせた。
「地図を見せてくれ」
「ああ、勿論だ」
茶色い髪に赤茶の目をした三十代ほどの男が頷き、テーブルに地図を広げる。
風の精霊の話を元に、大体の位置を指す。精霊は地図を読めないので、予測するしかない。
「意外に近いな」
「これならすぐに迎えに行けますね」
「でも……エアリーゼでも学校でもないとなると、アルモニカはいないのかしら?」
魔法使い達は小声で囁き合う。
すると、ヒュウと地図上で旋風が起きた。
「ルイと一緒だってさ」
魔法使い達は目を丸くして、リドを見た。
「精霊の言葉が分かるのですか?」
「そんな〈精霊の子〉には初めて会ったぞ」
「ん……まあな」
精霊と意思疎通をすると、周囲の人間はたいてい驚く。リドはいつも対するように適当に頷く。
「外はどうなってる?」
「二時間前に戻って来た偵察によると、反乱軍はもう敷地内にはいないようだ。めちゃくちゃにして落ち着いたってところかな」
「逃げ惑う民を可哀想に思って、女王様は危険を承知で城門を開けられたようです。素晴らしいご決断ではありますが、これが悪い方に行かなければいいのだけど……」
長い銀髪に淡い青色の目をした女魔法使いは、そう言って不安そうに目を伏せる。
「あちらにも選別の門があるのよ、きっと大丈夫よ」
もう一人、黄色い髪を短く切りそろえた、男勝りな印象の女が銀髪の女を励ますように言う。
悪意ある者を除外する魔法がかけられた門、それが選別の門だ。ただの都市伝説だと思っていたのだが、事実だったらしい。リドはそんな場合ではないのに感心する。
「まあいいや、とにかくどうにかして西門から王都を出るよ。おい、ディル、起きろ」
リドはディルに声をかける。
壁にもたれ、立ったまま眠っていたディルはハッと背筋を伸ばす。その動作に驚いて、足元にうずくまっていたノエルが飛び起きた。
「あ、ああ、すまない。いつの間にか眠っていたようだ。見習いとはいえど、恥ずかしいな」
頬を指先でポリポリとかく。
それからリドから話を聞いて、大きく首肯する。
「そうか、ならば善は急げだ。早速発つとしよう」
「おう」
「ピギャ」
ノエルも頷いて、羽ばたいてディルの肩の上におさまる。
魔法使い達は顔を見合わせる。
「君達、よっぽどその友達と親しいんだな。この状況で探しに行こうとするなんて……」
「親友ってのもあるが、放置してると死んでそうでな……」
リドは、流衣の弱さっぷりを思い出し、遠い目になる。
「ひどい言い様だな。素直に心配していると言えば良かろうに。まあ私とて、親友の交わしをした相手を死なせるのもな」
「死ぬこと前提かよ。つーか、なんだそれ、初めて聞いたぞ?」
「そりゃあそうだ。君は怒って部屋を出て行ってたからな」
「あの時かよ……」
うげ、と顔をひそめるリド。
説教をしてしまったことについては後悔していないが、怒ったことについては思い出したくない。熱くなりすぎるのは格好悪い気がする。ディルじゃあるまいし。
「……貴様、今、失礼なことを考えただろう」
ディルにじと目で睨みつけられる。
リドはそろりと目を反らすと、地図を借り受けた。
「じゃあ行ってくる。あんたらのお姫さんも、俺らの連れともどもちゃんと保護すっから心配するな」
軽い口調で言うリドに、魔法使い達は旅に必要な物を簡単に纏めて渡し、アルモニカのことを頼むと頭を下げ、見送ってくれた。
「リド君」
〈塔〉の建物から出ようとしたところで、後ろから呼びとめられた。
振り返ると、グレッセンが駆けてくるのが見えた。その傍らにはクリスの姿もある。
「私も行くよ。断ってもついていくのでよろしくな」
クリスは諦めたのか、何も言わずに側に控えていた。
「おっさん……」
リドは呆れたが、今更引くようではないのだろうなと感じ取り、早々に説得を諦める。
「好きにしろよ、どうせ止めても無理なんだろ」
「ああ」
笑顔で言うな、笑顔で。
そうして四人で行くことになり、建物を出ると、今度はレッドが追いかけてきた。
「俺もアルを探しに行く。お前ら、俺の背に乗りな」
レッドがそう言い終えると同時に、レッドの身体が赤く光り、みるみるうちに大きな赤竜の姿に変わった。背中に大人四人くらいは軽く乗れる程の大きさだ。ちょっとした二階建ての建物くらいはある。
「貴殿は赤竜だったのか」
「おう。レッドっていう、少しの間だが宜しくな。さあ、乗れ」
レッドに促され、四人はその背へと乗り込む。背中に突きだしている角のようなものに、落ちないようにしがみつく。
「道案内しろ、どっちに行けばいい?」
「西だ。西門からずっと街道沿いに行けばいい」
「了解。では行くぞ!」
レッドの掛け声と同時、レッドは地を蹴る。そして皆が風圧を感じた瞬間、空へと舞い上がった。
今回は短めです。