三十四章 旅は道連れ 2
※この話中、戦闘表現があります。
「すっごいなあ、見てよオルクス。真っ白だ!」
翌日、王都に向けて村を出立した流衣は、雪で白く染まっている街道を前に興奮していた。
そんな主人に、周りに人がいないことを確認したオルクスは言う。
「これが雪というものですか、白くて綺麗なのデスネ。直に見たのは初めてデス」
「えっそうなの?」
「はい。わて、実はこの世界に降り立つこと自体は初めてなのデス」
女神様のおわします神殿から、人間界の様子はずっと観察しておりましたが。こちらは頭の中に響く声で付け足すオルクス。
初めて来た割に物知りなのは、そういう訳らしい。
「僕の住んでた所も雪は降るんだけど、いつ見ても綺麗だなって思うよ」
流衣はにこにこと感想を零す。それに、排気ガスのせいで汚れている心配をしなくていいのが良い。
「雪など珍しくも楽しくも何とも無いと思うがの。毎年冬になれば降るし、積もれば雪かきをしなくてはならぬから面倒だし、積もっていると歩きにくいし、溶けかけもまた歩きにくい。転倒の危険もあって良いことなんか無かろう?」
アルモニカには見慣れている光景らしく、否定的なことを返した。
「ま、遠目に見る分には確かに綺麗だが。静謐の月の間中これでは、嫌気が差すぞ」
「あーそっか、ここって冬が長いんだったっけ」
冬が大体十二月から二月の間と思われている日本と異なり、ラーザイナ・フィールドでは一月と二月、それから十二月、十三月、十四月、十五月を「静謐の月」と一纏めに呼んでいる。「静謐の月」が、冬の季節と思われているのだ。十五ヶ月中の六ヶ月も冬とは、確かに長い。
「でもアルってお嬢様なんだから雪かきなんてしなくて済むんじゃないの?」
ふとした疑問を覚えてアルモニカに問う。彼女はふるふると首を振る。
「ワシの行っている学校では、生徒が交替で雪かき当番をするのじゃ。どんな家柄、地位だろうと関係ない。とはいえ、魔法を使えば早く終わるがな」
「結界とかって張らないの?」
「魔物避けくらいは勿論あるが、そんなものをかけておっては魔法の練習が出来ぬ」
「あ、そっか」
王城内は結界が張られているせいで魔法が使えないことを思い出し、流衣は頷いた。魔法学校で魔法が使えないのは致命的だから当然といえる。
魔法があっても何もかもが便利になるというわけではないのだな。流衣はふーんと顎に手を当てて、街道の雪を踏みしめて歩いていく。
雪の中で野宿をする勇気はないので、今日中に隣村まで辿り着かなくてはいけない。地図にはガッツェという名で載っていた。あとは王都手前にあるクローディスタの町を通過すれば王都に入れる。
「あれ、何でしょう」
肩の上にとまっているオルクスが、前をじっと見つめて訊いてきた。
「え?」
流衣は考え事をやめ、道の向こうに目を凝らす。
「荷馬車が物凄い勢いでこっちに来るように見えるのう」
アルモニカは横で目の上に手を当てて、ちょこんと背伸びをして言う。いや、それくらいで視界は変わらないと思うけど……。
「あーほんとだー」
流衣も同じように手を当てて呟いて、ハッと慌てだす。
「こっち来るって、危ないじゃん! アルもこっち!」
「おお、いかぬ。そうじゃった」
見ている間にも馬車はぐんぐん近づいてくるので、二人は急いで道の端に避難する。
「おおーい! 危ないぞ、君達も逃げろーー!」
ビュン!
荷馬車は風を切って通り過ぎ、御者台にいた男の声がエコーを伴って消えていく。
「わて達も、ですか?」
「何言っとるんじゃ、あ奴」
オルクスは引っかかる言葉に首を傾げ、唖然と見送ったアルモニカは意味不明だと眉を寄せた。
皆して馬車の後ろ姿を見ていたが、何気なく前方に視線を戻して凍りついた。
――雪で出来た巨人がいた。
「っわーっ! 何あれ!」
流衣は盛大に叫んだ。
「雪だるま!? 雪だるまなの!? だるまじゃないよね! 人の形だよね!? じゃあ何なんだっ?」
「うるさいぞ! 落ち着け、あれはどう見たって雪の形した人じゃ!」
「……あなたも落ち着いて下さい。それを言うなら、人の形をした雪、です」
冷静に突っ込むオルクス。
確かにその通りだ。ここは適当に雪男と命名しておく。
「グオォォォッ」
ぽっかりとあいた口から、雪男は唸り声とも奇声ともつかない声で叫んだ。目も丸い点が二つあるだけで、顔だけを見ると子供の悪戯のようだ。身長は二メートルかそれ以上あり、まるで悪い冗談みたいである。
雪男は雪で出来た丸太ぐらいの太さはある腕を振りかぶり、こちらに向けて振り下ろす。
「ひーっ!」
「ぎゃーっ!」
流衣とアルモニカはそれぞれ悲鳴を上げ、その場から退避する。腕が地面にぶつかり、雪がぶわっと弾き飛ばされる。
「えーとえーと、雪だから、どうしよう!」
咄嗟に思い付いた魔法が点火の術しかなく、流衣は焦りに焦り、どうでも良くなって雪男に杖の先を突き付ける。
「ファイアー!」
ドッゴォ!
手加減をし損ねた魔法による一撃で、雪男を基点として火柱が立ち上り、ついで爆発が巻き起こる。
「ななな、お主、点火の術で何を引き起こしておるんじゃ! こんの常識外!」
爆風で尻餅をついたアルモニカが、盛大に文句を言ってきた。
「魔力だけは桁外 れなんだよっ、……調整が下手なだけで」
「尚悪いわ、ボケっ!」
軽快な突っ込みと共に、雪玉も飛んできた。
「ぶっ」
べしゃっと顔面にぶつかる雪。冷たさと衝撃が同時にきた。
情けなさ全開で、顔についた雪を払う。そうして雪男のいた場所を見る。
「……嘘だろ、再生してる!」
足の付け根を残して弾け飛んでいた雪男であるが、すぐに周りの雪を取り込んで身体を再生し始めた。
「火よ、燃ゆる意志集いて、敵を滅す矢となれ。火の矢!」
アルモニカもまた魔法を呼びだして対抗するが、雪にプスプスと矢が刺さっただけで、すぐにまた再生して意味をなさない。
そこで流衣がふと思い出したのは、何故か植物の成長促進の術だった。芽が出る程度の魔法だというのに、混乱しまくっていたのだと思う。
「……グロウ!」
右手を地面に付け、蔦が生えるイメージで呪文を唱えた。
すると雪男のいる地面一帯が円状に輝き、雪の間からアイビーが生えてきて一気に雪男の足に絡みつく。
「やりましたよ、坊ちゃん! 流石です!」
オルクスが横で歓声を上げる。
「何が流石じゃっ、何故この魔法で植物が生えておるんじゃーっ!?」
さっきから常識外の光景を見せつけられ、アルモニカもまた混乱の渦に叩き落とされたみたいだ。頭を抱えて唸っている。
「でもごめん、アル。頭が真っ白でこれ以上呪文を思い出せないっ。今のうちに逃げよう!」
そう流衣がアルモニカを振り返った瞬間、流衣の鼻先をかすめて水の塊が飛んで行った。
「!」
驚いて目で追うと、水の塊はそのまま雪男に被弾し、バシャッと全体に水がかかった。と、思ったら、水のかかった部分から氷が出来ていき、最後には雪男は凍りついてしまった。見事な氷のオブジェが出来上がる。
「フゴホ、ホゴホゴフゴ!」
「だから何言ってるか分からないって」
どこかで聞いた遣り取りが後方からした。
そっちを見ると、宿で会った行商人の神官の青年と少年が立っていた。
オニキスは呆れた目をゼノに向けてはいたが、腰に提げたサーベルの柄に手を当てている。
「“大丈夫ですか、旅の方!”だ、そうだ」
一瞬、何を言われているのか分からなくて、流衣達は揃って目を点にした。
「あ、えと、はい、大丈夫です」
一拍遅れ、オニキスがゼノの言葉を通訳したのだと分かり、そう答える。
(何で言ってること分かるんだろう……)
不思議な尊敬をオニキスに覚える流衣。
「とどめは俺がしとくか」
オニキスはゆるりとした足取りで前に出ると、サーベルを抜き、雪男の頭から足へと一刀両断する。
パキ……ペキパキペキッ、ドシャン!
オブジェに出来た切れ目からヒビが入り、そのままオブジェは崩れ落ちた。
「邪魔だから燃やしておくぞ」
オニキスはぼそりと呟き、火の魔法を放って一瞬で雪男を無に帰した。
「はい、終了」
まるで掃除が終わったというような口ぶりだ。哀れ、雪男。流衣は少しばかり魔物に同情を覚えた。
久しぶりの戦闘らしい戦闘です。(リドとディルの方のはカウントせず)
すっかりアルモニカが突っ込み要員になってしまった……。流衣とオルクスだけだと突っ込み不在でボケ倒しなので助かります。
私的に、日本のような平和な国から魔物の跋扈するファンタジー世界に行ってしまい、魔法を覚えても、実際に戦闘になったら頭が真っ白になって呪文を思い出せないような気がします。
というわけで、流衣も基礎しか思い出せませんでした。
あ。荷馬車の彼は、そのまま村に逃げ込みました(笑