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三十三章 事情



「……?」

 流衣は(まぶ)しさに眉を寄せ、それで目が覚めた。

「ふあ~よく寝た……」

 何が眩しいのかと思えば、木の枝葉の隙間から零れた朝日が顔を直撃しているせいだ。

 思い切り伸びをして、なんとなく空腹を覚える。

「お腹空いたなあ」

 そういえば、昨日は夕飯を食べないままぶっ倒れたのだった。それに血を流したせいか、身体は栄養を求めているらしい。

「お主、呑気じゃのう」

 呆れた声がしたのでそっちを向くと、近くの木の根元にアルモニカが座っていて、こっちを見ていた。声だけでなく、目まで呆れ返っている。アルモニカの前には、少し離れた位置に焚火(たきび)があった。冬にも関わらず暖かいと思ったのは、それでらしい。まあ、こんな所で冬の最中(さなか)に眠りこけたら凍死確実だから当然だろうが。

「アル、おはよう」

「……おはよう」

 アルモニカの反応を気にしないで挨拶をすると、ますます呆れた顔をされた。

『坊ちゃん、お早うございますっ!』

 アルモニカに挨拶したせいか、オルクスも頭をくいくいと突き出してきた。そこで初めて、オルクスがすぐ側にいたのに気付き、見知った顔にほっとして笑みを向ける。

「おはよう、オルクス。いい朝だねえ」

「こんな所におらなんだら、もっといい朝じゃったがの」

 やれやれと溜息をつくアルモニカ。

 慣れない野宿で眠れなかったのか、目の下には薄らと(くま)が出来ていた。

「――すまなかったな」

「ん?」

 急に謝られ、流衣は首を傾げる。アルモニカは思いつめたような顔で、足元の地面を睨みつけている。

「ワシのことに巻き込んだ。いや、正確に言えばクソ爺のことだが、奴はワシの師匠だから変わらんな。そ、それから……」

 ものすごーく言いにくそうに、眉間に(しわ)を刻み、ぼそりと呟く。

(かば)ってくれて……その……ええとだな…………ありがとう」

 語尾はようやく聞き取れる程度の小さな声だったが、流衣の耳にはしっかり届いた。

「どういたしまして」

 なんだろう。照れまくっているアルモニカを見ていたら、こっちにまで照れが伝染してきた。

 何故か流衣まで顔を赤くして、そう返す。

 アルモニカは、照れを振り払うように、勢いよく立ちあがった。

「さ、さて。腹が空いたんじゃろ? とりあえず近くの村か町まで行くぞ」

「えっ、ああ、うん!」

 流衣も急いで立ち上がる。

 アルモニカはよっぽど礼を言うのが苦手なのか、照れた勢いでずんずん森の奥に歩いていくので、このままだとはぐれてしまいそうだ。

「ちょ、ちょっと待ってよアル! ねえ、ところでそっちでいいの?」

 ぴたっ。

 アルモニカは足を止めた。ギギギと音がしそうな感じにこちらを振り返る。

「歩いていればそのうち着くものじゃないのか?」

「……いや、あながち間違っちゃいないとは思うけど……」

 流衣は苦笑混じりに答える。確かに、歩いていれば着くだろう。それが何カ月後になるかは不明だが。それに、こんなどこか分からない場所では土地勘のない流衣にもどうしたらいいか分からない。例えあったとしても、道を見つけるのには一苦労しそうだ。

 少し悩んだ末、〈知識のメモ帳〉のことを思い出し、鞄から引っ張り出す。現在地が分かるような地図を出してもらうと、エアリーゼよりも王都に近い場所にいることが分かった。

「ここからだと王都に帰った方が近いね。あ、近くに集落があるみたいだよ。そこに行こう」

「う、うむ……」

 不思議なメモ帳を前にして、アルモニカは驚いたものの、反論はないので素直に頷いた。



「お主、本当に変な奴じゃのう」

 先導して森を歩く流衣についていきながら、アルモニカはしみじみと言う。

 見たことのない人種だし、連れている使い魔は人型を取るは、言葉を使うは、更には持っている物まで謎の魔法書ときた。本人が人畜無害オーラを出しているからいいが、これで完全無比のような男だったら完全に警戒対象にするところだ。

「それに相当のお人好しのようじゃし、天然記念物並みの生存率ではないか?」

「う……。言ってることはよく分かんないけど、オルクスや友達がいなかったら野垂れ死んでる自信はあるよ」

「そうじゃろうな」

「…………」

 完全に肯定したら、流衣はうなだれた。

「一体、何者なんじゃ?」

 単純に不思議に思って問う。

 が、流衣はそれには困った顔をする。

「何者って言われても……。名前なら折部流衣……いや、ルイ・オリベだよ。……そうだなあ、大規模な迷子ってだけ」

「迷子なのか? どこの出身なんじゃ?」

「すっごい遠い所。帰る方法を探してるんだ」

 そう返す流衣の黒い目には、寂しさのようなものが浮かんでいた。困ったように笑っている顔か、能天気そうな顔しか見ていなかったので、アルモニカは少しドキリとした。

(なっ、何じゃ何じゃ、今のはっ)

 謎の自分に首を傾げながら、妙に焦る。

(よく分からんが、こいつが悪い! 捨てられた子犬みたいな目をするから悪いんじゃ!)

 実際のところ、年齢の割に小柄で、大人しく物腰も柔らかい流衣は、動物に例えるならネズミか子犬といった感じだ。アルモニカは大部分の女子と同じく可愛い物好きであったので、きっとそのせいだと思った。

 流衣は混乱中のアルモニカには気付いた様子もなく、自身の目的地について話している。

「でね、魔法学校のその先生を訪ねることにして――……って、聞いてる?」

「聞いておるわ!」

 つい噛みつくと、流衣は身を引いた。

「な、何で怒るの?」

「怒っておらぬ!」

「……そう?」

 流衣は首を傾げたが、アルモニカが睨んでいたら諦めたようだった。

「ええと、まあ怒ってないならいいんだけど……」

「うむ。しかしセト先生にお会いしたいとは、なかなか良い線をついておる。迷子なら、転移魔法で帰れるじゃろうて」

「セト先生っていうの?」

「転移魔法の権威じゃろ? なんじゃお主、『灰色のセト』を知らぬのか?」

 アルモニカはきょとんとした。転移魔法を学びたいのなら、この道の権威であるこの名は必ず聞くだろうに。

「知らないんだ、ごめん」

「否、不勉強なのは確かにいかぬが、知らないことを謝る必要はない。恥じることでもない」

 アルモニカはさっぱりと言い切る。

 知れば知る程、知らないことが多いことに気付く。だからこそ、知らないことを恥じることは全くないというのがアルモニカの信条だ。

「アルって……すごいね。本当に天才なんだ」

「は?」

「そんなこと、普通はさらりと言えないよ。尊敬する」

「ふん! 褒めても何も出ぬぞ!」

 何の意図も含まない、へらりとした笑みを浮かべる流衣。これくらいのことは言われ慣れているのだが、純粋な褒め言葉というのはどうもむずがゆい。

 視線を横に反らしつつ、アルモニカは勢いよく返した。



(アルも大概変わってるよなあ)

 全く素直ではないのだが、態度からは褒められて嬉しいことが伝わって来るので、流衣はアルモニカの少しの暴言くらい、あまり気にならなくなってきた。

 触ろうとすると引っかくけど、褒めると近寄ってくる野良猫みたいだ。

 しかし、流衣のことを変だ変だという前に、アルモニカの方が変人だ。引きこもりだし、研究好きだし。でも義理がたい性格をしている上に、結構気遣い屋みたいだから、女の子っていう感じだ。

 そんなことをつらつらと考えながら、(やぶ)の枝を押しのけて進んでいると、突然、一陣の風が森を吹き抜けた。

「……わっ」

 突風に驚き、ざわざわと揺れる木の(こずえ)を見つめる。青い空が僅かに覗いていた。

「風か……。ワシも使えたら少しは役に立ったろうに」

 ぽつり。アルモニカが若干沈んだ声で呟く。

 急に落ち込んでしまったアルモニカに、流衣はぎょっとしてしまう。強気な態度ばかりだったから、素直に驚いたのだ。

「ワシは風の祝福を持たぬ。じゃからして、跡継ぎにも関わらず、グレッセン家の落ちこぼれじゃ」

「……? グレッセン家の人って皆風を使えるんじゃないの? 風の神殿長一族っていう位だし」

 流衣の単純な問いに、アルモニカは首を振る。

「風の精から祝福を授かるのは、代々一族直系の男子のみなのじゃ。もし一族内に男子がいない場合、女子が授かることもあるが……。後継ぎはワシ一人しかおらぬのに、どうやら風には嫌われておるようじゃ」

 アルモニカは低い声でそこまで言って、ぼそりと付け加える。

「せめて兄様が生きておったら……」

 はあ。盛大に溜息を零すアルモニカ。

「お兄さんがいるの?」

「いや、おらぬ。ワシが小さい頃、家の庭で遊んでおった時に賊に殺されたんじゃ。それ以来じゃ、お母様が病的なほどワシの外出を嫌うようになったのは」

 流衣は何とも言えず、アルモニカの横顔を見つめた。

 一体どんな理由で外出禁止なのだろうと不思議に思っていたけれど、ここまでシビアな理由とは思わなかった。

「ふふ、お主が気にすることではない。ただ不幸だっただけのこと。ワシはお母様の気持ちも分かる故、従っているというだけじゃ」

 確かに、自分の身を心配して言っているのだから反発しにくいだろう。女の子だから余計に心配なのだと思う。

「僕がこんなこというのもおかしいけど……。アルはさ、風が使えなくてもいいんじゃないかな」

「む?」

「だって、お陰でヘイゼルさんの弟子になって、しかも杖連盟の人達に頼りにされてるじゃないか。風が使えたら、きっと魔法の勉強をする気も失せてたかもしれないし」

「……確かに、お主の言うことも一理あるの」

 アルモニカは難しい顔で頷く。

「風が使えなくたって、アルには出来ることがいっぱいあると思うよ。少なくとも、僕よりは断然、ね」

 ちょっと情けない気持ちになりつつ、そう付け足す。

「確かにそうじゃな。お主よりは有能じゃと思うぞ」

「………ハハ」

 そこまで真っ正直に答えられると、それはそれでへこむ。流衣は頬を引きつらせて、ごまかし笑いを浮かべる。

「じゃが、それを言うならお主にだって出来ることは多かろう。あまり卑下するものではないと思うぞ。聞いてても腹が立つしの」

「うっ、ごめん」

 不穏な言葉に、流衣は慌てて謝った。

 が、アルモニカは楽しげに笑っているだけで、怒ったりはしなかった。……もしここに本があったら、もしかしたら投げられていたかもしれないが。本がないことに感謝しつつ、流衣はほっとする。

「ふふっ、不思議なもんじゃ。お主の間抜け面を見ておったら気が晴れた。さ、行くぞ」

 ガーン。

 間抜け面って言われた。

 流衣は地味にショックを受けつつ、道が分からないだろうに先を歩いていくアルモニカを追いかける。

「ちょっと待ってアル! そっちじゃないから!」

 慌てて追いついて、軌道修正(きどうしゅうせい)をするのだった。




=蛇足的コメント=

 この二人のやり取りを書いていると心が和みます。

 そろそろお気づきでしょうが、アルモニカはサブキャラではメイン並みの立ち位置の子です。むしろメインメンバーに入れておきたいかも。


 しばらく流衣の視点中心です。

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