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ラブコメ

騎士団長と再婚約した令嬢は地味化計画の影響を思い知る

※本作は前作『騎士団長から婚約破棄を告げられた令嬢は地味化計画を推し進めることにした』の続編です。

──あれから、一ヶ月後。


私とクラウス様の婚約は、正式に、そしてひっそりと宮廷社交界に「再公表」された。


「再」とわざわざ言うのは、婚約破棄も再婚約も、社交界ではほとんど話題にならなかったからである。

人知れず別れかけ、人知れず戻ってきた。不死鳥のように。


それもそのはず、あれはたった四日の間に起きた出来事だった──当事者である私たちは至極真剣だったが、外から見れば茶番のようなものだっただろう。


婚約破棄だの地味化計画だの再婚約だの、私たちにとっての大騒動が、社交界に伝わるころには、「騎士団長がなぜか同じ相手と二度も婚約したそうだ」というふんわりした噂だけになっていた。


しかし、噂というのは、静かに爆発するものだ。


「"無口な騎士団長"と"地味な事務官"が二度目の婚約」などという、

摩訶不思議で耳目を引く話題を、社交界の飢えた貴族たちが黙って見過ごすはずがない。


三日三晩、獲物にありつけなかったハイエナ並に飢えた彼らには、私たちはさぞかし魅力的なご馳走に映ったことだろう。


私だって、他人事ならこう思ったに違いない。

「二度目の婚約? なにゆえ? 情熱が迸ったのかしら」と。


噂はどこからともなく生まれ、瞬く間に広がり、あっという間に尾ひれがつき、背びれも胸びれも生え、もはや別の生き物になっていた。


気づけば私たちはいま、社交界で新しい生ける伝説になろうとしている。


曰く、「冷徹無比な騎士団長が、ただ一人、地味な事務官にのみ優しく微笑みを向ける」だの──


曰く、「彼女の前では、剣を捨てて花を手に取る」だの──


さらには、なぜか「戦場の中心で彼女の名を叫んでいた」とか、

「白百合を背負って敵陣を切り裂いた」とか。


──架空の思い出が捏造されている。


全くもって事実無根、作風が違いすぎる。


噂というのは恐ろしい。転がりに転がって、数ヵ月後には壮大なラブストーリーとなり、舞台化される未来すら見える。


そのとき、主演のクラウス様役は白百合を背負って三回転して空を飛ぶくらいするだろう。

私役の女優さんは“無我の境地”(ニルヴァーナ)に至れるだろうか。ちなみに私は地味化計画のときにすでに半分ニルヴァーナに達した実績がある。




そんな騒がしさを他所に、私は今日も、騎士団での事務作業に励んでいる。粛々と。静かに。目立たぬように──いや、目立ってしまっているのはもう諦めた。


そして今日もまた、仕事を終えた私に、彼が一輪の花を差し出す。


「リリー、これを」


白百合だった。それはもう、毎日毎日、律儀なほどに。


私はそっと受け取り、微笑む。すると、彼はほんのわずかに視線を逸らしたが、真っ赤な耳は隠せていない。そして、ふと思う。


──これだけ毎日花を贈ってくれるのに、慣れる気配が一向にないな、と。


かくいう私も胸の奥が、ふわっと温かくなって、なんだか照れくさくなってしまう。


きっと、私の地味化計画が終了したことに、心からほっとしているのは私だ。クラウス様も悪夢から目覚めた心持ちに違いない。


「ありがとうございます」


一輪の白百合を見つめながら、私は静かに礼を言う。

何も言わずとも、わかる。彼はいま私のことを「可愛すぎる」と思ってくれているのだろう。


花言葉の方が、よほど雄弁だと言っても過言ではない不器用な彼が、それでも毎日、何かを伝えようとしてくれているのがわかる。


この、寡黙な騎士団長が、毎日欠かさず婚約者に花を贈るという噂は、今や騎士団内でも有名である。


その結果、団員たちの間では『団長の一日あたりの求愛行動』という謎の数当てゲームまで行われている。この騎士団長は団員から愛されすぎていると思う。


「君に、似合う」


ぽつりと、彼は言った。それだけ言って、また静寂が降りる。


たぶん、ここから五分くらいは無言だ。でも私は、もう酸欠に苦しんだりはしない。


この沈黙に、今は、心地よさすら感じている。

肺活量が鍛えられたという意味ではない。進化である。愛の力による適応進化だ。


そんな穏やかな空気の中、ふいに、彼がぽつりと呟いた。


「あの四日間は、地獄だった」


「……え?」


私は思わず聞き返す。彼はまっすぐに私を見て、躊躇なく続けた。


「君が……地味化した、あの四日間だ」


次の瞬間、耐えきれず吹き出してしまった。

あの、婚約破棄されたくなくて、暴走し迷走し、無心を目指して瞑想まで始めた四日間のことを、地獄とまで形容するなんて。


「必死だったんです、私。ブッダと呼ばれる覚悟までして」


「……二度と、見たくない」


──涅槃は私に無を、彼にトラウマを与えたらしい。


互いにダメージを負った地味化計画。

今更ながらなぜあんなに暴走してしまったのかと反省はしている。後悔はしていないが。


真剣な顔で嫌がる彼を見て、つい笑顔になってしまった。

そして、私たちの間に、また静かな沈黙が訪れる。


けれど、今はもう不安ではない。その沈黙の中に、確かに愛しさが満ちていると、私は知っているから。




地味化計画のことを思い出していると、ふと、前から気になっていたことをこの際に聞いてしまおうと、私は口を開いた。


「……あの、クラウス様」


「ん?」


彼が軽く首を傾げる。

その仕草すら、あの騒動を経た今の私には震えるほどの愛おしさを覚えてしまう。


そんな彼にずっと聞きたかったことがあった。


「どうして、最初に……婚約破棄を申し出たんですか?」


ずっと胸の奥に引っかかっていた問い。


彼は少しだけ目を伏せ、言葉を探すように息をついた。


「……周りから、言われていたんだ」


「周り、とは?」


「上官たちだ。『無口すぎる』『表情が乏しい』『これでは令嬢を不安にさせる』と」


ああ、と私は小さく頷いた。なんとなく、そんな気はしていた。


「……だから、感情を表に出す練習をした」


ぽそりと、彼は言った。


思い出す。婚約当初、たどたどしく私を褒めたり、ぎこちなく微笑んだりしていた彼の姿が。


まさか、あれが練習だったなんて。


「私のために?」


「……ああ」


耳まで赤くしながら、彼は短く答える。


──なんて、不器用で、まっすぐな人なんだろう。


胸の奥がきゅっと熱くなる。


「でも、どうして破棄を……?」


「上手くできなかったからだ」


彼は、静かに続けた。


「どう頑張っても、自然にできなかった。

君を不安にさせるばかりなら、いっそ……解放したほうがいいと、思った」


──解放? 違う。それは違うだろ、と思った。


ならば言いたい。選択権くらい寄越せと。勝手に別れを決めるなと。

そうこれは思い出し怒りだ。


わかっている、突き詰めれば事の発端は彼なりの愛情だ。

私も似たようなことを何度かやらかしている。身に覚えしかない。


ならば、やることはひとつ。


私は小さく息を飲み、彼の前まで歩み寄り、まっすぐに見上げる。


「クラウス様」


「……リリー?」


彼が戸惑った声を出す。


でも、引かない。


「私に、選ばせてください。誰と一緒にいたいか、誰の隣で笑いたいかは、私自身が決めます」


「……」


「私は、クラウス様が好きです。無口なところも、不器用なところも、真っ直ぐすぎるところも──全部、です。

言葉よりも、行動で愛を示してくれるあなたが、私は好きなんです」


言い切ると、彼の瞳が大きく見開かれた。


そして次の瞬間、そっと、私の顔に両手が添えられる。


その手は、少し震えていた。けれど、温かくて、優しかった。


「リリー……ありがとう」


低く、掠れた声。


私の胸は、またひと跳ねする。


──ああ、好きだ。この人の、すべてが。


しばし、二人だけの時間が流れた。


誰にも邪魔されない、静かで、穏やかな時間。


思えば、地味化計画を経てからのクラウス様は、以前と比べるとずいぶん饒舌だ。伸び代を感じる。

今日なんか、団内で密かに行われている数当てゲーム『団長の一日発言量』部門で、きっと歴代最高記録を叩き出したに違いない。

今なら、彼に大金を賭けても構わない気分だった。




やがて、ふと思い出したように私は尋ねる。今日の本題はこちらだ。

私たちは花を受け取るだけで随分と大仰になってしまう業を背負っている。


「……結婚式の準備はいかがです? 進みましたか?」


すると、彼は真剣な顔で力強く頷いた。


「万全だ。君の父上にも、挨拶を済ませた」


聞いていない。

私不在でなにをしている。


私の父は、これぞ中年貴族の典型と言ってもいいほど厳格な人だ。厳格大会があれば入選くらいはできる。

当然ながら婿選びには、一家言あるようで、その審査通過は大変に困難だろう。


「お父様、何か言っていましたか?」


恐る恐る尋ねると、彼は静かに答えた。


「『娘を泣かせたら、承知しない』と」


予想通りだ。


「それで、クラウス様は……?」


「『責任は取ります』と」


全くもって予想を裏切らない男たちだ。

天気の方がよほど外れる。


けれど、その言葉の重みを、私は知っている。彼が言う「責任」とは、口先だけの軽いものではない。

真剣で、誠実で、何より、愛が込められている。


「ふふ……ありがとうございます」


素直に、そう伝えた。


彼は少し照れたように目を逸らす。


その仕草すら、愛しくてたまらない。


そして、彼は少し逡巡したあとに意を決したような真面目な顔になって、尋ねた。


「リリー。明日の午後、時間はあるか?」


「はい、空いてますよ」


「……騎馬で……郊外へ行こうと思う」


……これは、もしかして、かなり不器用な変化球で投げられた、デートのお誘いか?

小手先は要らない。ストレート一本で勝負してほしい。


ぐるぐる考えてしまった私の表情を見て、彼は慌てたように付け加えた。


「よければ、だが」


「喜んで!」


即答すると、彼はほっとしたように微笑んだ。


その微笑みは、ほんのりと柔らかく、あたたかかった。


夕暮れの光に照らされて、彼がそっと呟く。


「……愛している」


小さな、けれど、確かな声。


胸が跳ねる。全力で三段跳びを決めたかのような心の高鳴り。


私は、ぎゅっと白百合を抱きしめながら答えた。


「私も、愛しています」


たった一言。でも、それだけで十分だった。


これからきっと、彼はときどき「可愛すぎる」と言って途方に暮れるだろう。私はそのたび、笑顔で「責任は取ってもらいます!」と返すだろう。


そんな、少し不器用で、でもあたたかい日々が、手探りでも確かに、続いていく。


無口な騎士団長と、愛する人を繋ぎ止めるために地味を目指した令嬢の、未来へと続く、物語が。


【完】

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