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(二)

 夕餉(ゆうげ)をお召しあがりになられた後のことにございます。

 雫姫はご自身が体験されたことを、父君様や母君様はもちろん、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる女房たちにも、お話しにはなりませんでした。

「夢中になっていただけと言われてしまうわよね」

 ご自身の部屋に用意された寝具の上にちょこんと座り、ため息をおつきになる。

「……常夜。お前はいったい何者なのかしら」

 雫姫の膝の上で丸くなっていた常夜は、名前を呼ばれたと思ったのか、首につけられた鈴をならし、雫姫を見上げてきます。その瞳の中では、切燈台(きりとうだい)の炎がゆらゆらと揺れておりました。

 常夜と出会い戯れていた時間は一刻にもなりませんでしたが、宝の置かれたあの部屋の外では、三刻あまりも時が経っていたのでございます。当然のことながら、雫姫はこれまでそのような体験をしたことはございません。

 雫姫が、今回の不思議な体験をした理由として思い当たるのは、足元で扇子から伸びた紐と戯れている常夜の存在だけだったのです。だからこそ、誰にも相談することができませんでした。父君様に我儘を言って飼えることになったのに、迂闊なことを言えば、常夜が取り上げられるのは必定。それは雫姫の望むところではなかったのでございます。

 考え込む雫姫を見上げていた常夜でございましたが、退屈になったのか、小さな欠伸をひとつ。

 先程まで、雫姫が小さな葛籠にしまった扇子をなんとか取り出そうと、悪戦苦闘しておりましたので疲れたのでございましょう。結局葛籠の蓋を開けることかなわず、こうして雫姫の膝の上で丸くなった次第にございます。

「もう! 私がこんなに悩んでいるのに!」

 雫姫がそう言って頬を膨らませますと、常夜は雫姫の膝の上でコロンと転がり、まるで雫姫をなだめるように、無防備なお腹をさらし、つぶらな瞳を雫姫に向けてまいりました。

 そんな愛らしい姿に、雫姫は頬をくらませたままでいることはできず、微笑んでその柔らかいお腹を優しくお撫でになり、常夜は心地よさそうに目を閉じて、雫姫に身体を預けたのでございます。

 雫姫はそのままお腹をなでながら、今日一日を思い返されました。考えてみれば、時が知らず知らずのうちに過ぎ去ったのはあの時だけ.。

 一度自室に戻り、常夜がいたずらしないように、小さな葛籠に扇子をしまわれました。その後、餌を与える為に調理場へ連れて行った時も、鈴をつけた姿があまりに可愛らしく、抱きかかえて皆に見せて回ったときも、楽しさのあまり時が過ぎるのが早いと感じはしても、異常を感じる程ではなかったのでございます。

(それにあの時も、時が早く進んだというだけで、害があったわけではないし、こんなに可愛いのだもの。妖でもかまわないわ。うふふ)

「でも、寝ずに朝を迎えてしまうのは良くないわよね」

 そう仰って、常夜を優しい手つきで枕元に横たえますと、切燈台の灯りを消し、寝具の中へお入りになられたのでございます。

 雫姫が横になられて、それほど時が経たぬうちに、雫姫から規則正しい寝息が聞こえてまいりました。それを見計らっていたかのように、文机の横に置いてありました小さな葛籠の蓋が、静かに持ち上がったのでございます。

 持ちあがった蓋は少しばかり横にずらされ、そこから顔を出してみせたのは、驚くべきことに、あの三色の紐が巻き付けられた扇子でございました。

「姫様、寝たね?」

 面妖なことに、扇子が口もないのに言葉を発します。

「よしよし。うんうん。本当に可愛らしい寝顔だね。永遠に今の姿でいられるようにしてさしあげるからね」

 扇子はふわりふわりと宙に浮かび、雫姫の元へと向かう。扇子は紐を巻き付けたまま雫姫の胸元へと忍び込もうといたしました。

 パシリ。

 軽快な音が響き、扇子は雫姫から離れた床板に叩きつけられる。

「くそっ、まだ起きてたのか馬鹿猫!」

 常夜でございました。

 黒い毛を全て逆立たせ、牙を剥きだし、扇子と雫姫の間に立ち塞がったのでございます。

「まったく。お前も姫様が好きなんだろう? だったら、姫様にいまのお姿のまま過ごしてもらったほうがいいだろうがよ」

「フーッ!」

 一歩も引く様子のないその姿に、扇子はため息をついたようにございます。

「わかった、わかった。今夜はもう諦めるよ。どうせ明日になれば、姫様の方が俺を使ってくれるだろうさ」

 扇子はまた宙に浮き、葛籠へと戻ろうといたしました。

「妖は、お前の方だったのね」

いつの間に目を覚ましたのか、雫姫の澄んだ両の瞳が、宙に浮く扇子を、しっかりと捉えていたのでございます。

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