プロローグ
…田舎の消防署は暇だ。
だから俺たちは、あんなバケモノに目を付けられ、今こうして力を持ち戦っている。
…何の変哲のない偏屈な日常を懐かしくも、恋しくとも思う。
孤独で、独り。そんな響きがむしろ、好きだった。
自分には何もない。なんて気が楽で素晴らしい言葉だろう。実に有意義だ。
事務所で他署の無線を聞き、大変だなと安寧をこき、必要以上に干渉してこない上司、後輩たち。実に生きやすい。
このまま定年までこの安息の地で何事もなく終えれればどんなに幸せで有意義な仕事だろう。そうなることを切に願い働いてきた。
いや、働いてきたというよりは、ただその場に居たと言う方が正しい。無論、何も出動や仕事が無かった訳ではない。
それなりに出動し、それなりに業務をこなしてきた。だが、何せ腐っても消防署だ。
そう、24時間勤務交代制。時間は腐るほどある。
その中で実質業務時間なんて、3.4時間程だ。すぐに暇になる。
最初のうちはよかった。来るべき災害に備え訓練し、資機材を整理し、体を鍛える。実に消防士らしい毎日を送っていた。どんなに苦しくとも、助けた人々の安堵した顔を見て、感謝の謝辞を聞くとそんなもの吹っ飛んだ。
…悪くない気分だ。
だが、所詮は人間。楽を覚えるととことん堕落する。七つの大罪で言うところの【怠惰】だ。
感謝されるような現場は当然ながら少なく、頻繁にあるものではない。出動と大層なことを言っているが、十中八九軽症の救急搬送だ。入院の必要性すらない事案の数々。当然のようにその場にいるだけの家族。救急車に同乗すらしない奴らばかり。
…何が車で後から行きます。だ。
お前らは緊急事態で救急車を呼んだのではないのか。なぜ心配じゃない。なぜついてこない。
馬鹿らしくなった。
そこからはもう堕ちるだけ。
何に対しても気力が湧かない。
工場の流れ作業に例えると分かり易い。
そんな日々を3年も過ごせばお分かりだろう。
そう、田舎の消防署は暇だ。