90
俺は撮影なんてしたことがない。
今だって場違いだと思っているくらいだ。
いつも見ている側だったのだが、まさかここまで緊張するとはな。
何度か撮影をしたが、カメラマンとディレクターが撮影した画像を見て考え込んでいる。
……たぶん、俺の表情とか見ているんだろうな。
俺もなんとかしたいのだが、自然な笑顔というのがよくわからなくなってきてしまった。
必死に表情を考え笑顔の練習をしていたのだが、それを見ていた澪奈が笑っていた。
「なんか、こわばってる?」
「……そりゃあな」
「もっと肩の力を抜いていい。ハグとかしてあげよっか?」
「やめい。何か、アドバイスないか?」
「マネージャーが楽しいときのことを思い浮かべればいい」
「楽しいとき?」
「そう例えば、誰かと一緒にいるときとか」
「……誰か、か」
そう思って俺は思い浮かべようとする。
そのとき、隣でぶつぶつと呪文のような声が聞こえてくる。
「澪奈澪奈澪奈澪奈澪奈……」
「隣にいたら澪奈しか思い浮かばないからやめてくれないか?」
「私のこと、そんなに想ってくれてるなんて……」
「強制だからな?」
まったく……なんて腰に手をあてて苦笑しているときだった。
こんなところで見られたら別の記事が出来上がってしまうかもしれない。
なんてやりとりをしていると、パシャリとカメラが動いた。
驚いていると、カメラマンがにこりと笑った。
「さっきくらいの表情でいいですよ」
「……はい」
そう言われてできればいいんだけど……でも、少しコツを掴んだ気はする。
まあ、澪奈の冗談に付き合っているときか。
それから澪奈とともに撮影を行い、途中途中澪奈が絡んできてくれるおかげでどうにか撮影は終わった。
「はい、大丈夫です! ありがとうございました!」
「「こちらこそ、ありがとうございました」」
俺と澪奈は頭を下げ、俺はすぐに着替えを終える。
澪奈が出てくる前に、改めてマネージャーとして挨拶をして回る。
「大変ですね。マネージャーの仕事もやるのって」
ディレクターと名刺交換をしているときにそういわれた。
「いや、そもそも私はマネージャー一本のつもりなんですよね……」
「でも、もう世間は完全に二人組の冒険者だと思っていますよ?」
ディレクターが笑いながらそう言ってきて、俺も苦笑を返すしかない。
……俺はあくまで澪奈の補助のつもりだったのだが、気づけば澪奈と同格みたいに扱われているんだよな。
「……そうなんですよねぇ。むしろ自分たちのマネージャーを雇ったほうがいいかもしれないくらいなんですよね」
「でも、雇ったら雇ったで今度はその人含めた三人組の冒険者になっちゃうかもしれませんよね。今のお二人を見ていると」
「……あー、それはそれでありえないとも言い切れないですねぇ」
もしも三人目を雇った場合、俺はまずそいつを全力で教育するだろう。
ていうか、自衛できるくらいでないと撮影係も不安で任せられないからな……。
その後も休憩を挟みつつ色々な撮影が行われ、何度かのあとにオッケーをもらう。
午前いっぱいかかり、ここでの仕事は終了となる。
昼食は、澪奈が用意してくれたおにぎりを移動の間に食べる。
次の現場は、ここから近いのでタクシーに乗り込んで、食事しながら向かう。
現場に到着したのは予定よりも早い時間だ。
軽くインタビュー前に撮影をする。とっていも先ほどのような本格的なものではなかったが。
それからインタビューを受けることになる。
内容としては冒険者活動を始めた理由とかだ。
まあ、前の事務所との関係について聞きたい様子だったので、軽くそれについて触れつつの話だ。
インタビュー、というかお互い軽くコーヒーなどを飲みながらの雑談の中だったのでこちらは緊張することはなかった。
……そんなこんなで電車に乗って地元へと帰還した。
「……ふう。これで今日の仕事は終わりだな」
体力的な疲れはなかったが、精神的な疲労は大きいかもしれない。
隣を歩く澪奈はそんな余裕はない。……まだ、ひとまずは大丈夫そうだな。
「お疲れさまマネージャー。撮影はこれから慣れていこう」
「……そうだな。ってこれだとどっちがマネージャーか分からないな」
「新たに人を増やせない以上、お互いに管理するしかない」
澪奈からすれば仕事が増えるかもしれないが、笑顔である。
……まあ、あまり澪奈の負担にならないように気をつけないとな。
自宅についたところで、俺はすぐに生放送の準備を始める。
生放送の準備といってもカメラの状態を確認する程度だ。
……インベントリに入れてあるため、特に問題もない。
移動の間に質問箱に寄せられていた質問も整理していたしなぁ。
「じゃあ、軽く準備運動がてら迷宮にでも潜るか?」
「うん」
俺たちは迷宮で準備運動を行い、その日の生放送を行った。




