41
うちの事務所はそんな余裕はほぼなく、俺が先輩に同行することはあっても、基本的に何も指導などをされることはなかった。
見て覚えろとか、疑問を質問しても自分で考えろ……とか。
そんなわけで、ほとんど俺は独学で学ぶしかなかったんだよな……。
まあ、でも、まだ戦力になっていないときから給料を支払ってもらっていた恩は……あるといえばあるか。
「それについては……一応感謝しますが……俺は戻る予定はありませんよ」
『ああ!? ぶっ殺すぞ!? てめぇ、調子乗ってんじゃねぇぞ! 今うちの状況知ってんのか!? 花梨と麻美とかいう使えないやつを残していきやがって……! こっちに押し付けんじゃねえぞ!』
「調子に乗ってるのは、そっち」
隣で静かに聞いていた澪奈が、社長の激高に反応する。
俺のほうに片手を差し出してくる姿はとてもかわいらしいのだが、その姿には怒りが見える。
スマホを彼女に渡したところで、社長が上機嫌な声を上げる。
『おっ、ちょうど澪奈もいたのかよ。ま、そっちの茅野はどうせ無能だからいいや。おまえだけでも帰ってきな』
「ふざけないでマネージャーは無能じゃない。それに、人を道具にしか思ってない事務所になんか戻りたくない。前も、言ったでしょ?」
『ああ? あんま舐めた口きくんじゃねぇぞ?』
「脅したら誰でもかれでもいうこと聞くと思わないで。私は、ここでマネージャーと一緒にトップMeiQuberを目指す。そっちはそっちで勝手にしてて」
『てめぇ……っ! マジで戻ってくる気ねぇんだな!? 後悔すんじゃねぇぞ!』
『まあまあ、社長。こっちには私もいますから……落ち着いてくださいよ』
これは高野か? 電話越しにそんな声が聞こえてきたのだが、社長は何やら苛立った様子だ。
『てめえはさっさとあの二人をなんとかしやがれ! 最近あいつらのことで色々問題になってんだよ! 何だよこの前の配信はよぉ!』
『ひぃ! す、すみません……っ!』
ただ、あまりうまくは言っていないようだ。社長の怒鳴り声に、高野がビビっている雰囲気が伝わってくる。
……空気が非常に悪い。
「私は戻るつもりないから。退職関係以外で必要のない電話はしてこないで。それじゃあ」
『ふざけんじゃねぇぞ! おい、澪――』
澪奈が一方的に言い切ってから、通話を切った。
珍しく怒った顔をしていた彼女がスマホをこちらに向けてきて、俺は受け取る。
「……向こうは、色々バタバタしてるみたいだな」
「もちろん、私とマネージャーがいなくなったんだから当然。今の勢いを活かせれば、絶対伸びるし……伸ばすから」
澪奈が固い決意とともにそう言ってからこちらに顔を向ける。
「だから、これからも……私のマネージャーとして、支えてほしい。よろしく、お願いします」
「……ああ、もちろんだ。澪奈の夢が、俺の夢にもなったんだ。絶対、かなえような」
「……うん。ありがとう。一生傍で支えてくれるんだね」
「まあ、俺の力が必要な限りはな」
「婚姻成立?」
「そういう意味じゃない。ほら、今日の配信の準備でもするぞ」
澪奈のいつもの冗談に苦笑を返しつつ、立ち上がる。
……この一か月ほどで俺の生活は大きく変わったけど、それでも俺のやることは変わっていない。
澪奈をトップMeiQuberにすることだ。
ただ、恐ろしいのはこれで事務所とは完全に敵対関係になってしまったことだ。
とはいえ、俺がやることは変わらない。
澪奈の一番最初のファンとして、これからも彼女の魅力を引き出し続けるだけだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「面白そう」「続きが気になる」と感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです
皆様の応援が作者のモチベーションとなりますので、是非協力よろしくお願いいたします!




